見回りと遭遇
立ち並ぶ家々のとある一室。
黒髪で黒のシャツを着た男が荷物をまとめていた。
荷物には携行食、ランプ、外套などが揃っていて、まるでどこかに数日間行くみたいだ。
「荷物はこれくらいかな。あとは……」
忘れ物がないか部屋の中を見回していると、ドアを叩く音がした。
「おーい、セイヤ!いるかー?」
「ああ。待ってて、今開ける」
同じような荷物を持った同僚が部屋の中に入ってきて、黒髪の男——セイヤの荷物を一瞥。
「なんだ、準備終わってるのか」
「うん、終わってるよ。……今終わったばかりだけど」
「そうだと思った。準備が終わってるなら集合場所に急ごうぜ、たぶん俺らで最後だぞ」
「え!?もうそんな時間?ちょっと外でまってて!」
外に出ようとしている同僚の後ろでは、バタバタと部屋中を駆け回る音がしていた。
音に混ざって「やばいよっ、やばいよっ」という声もするが、気のせいだろう。
後ろ手でドアを閉めて、深いため息をつきながら一言。
「お前、さっき『うん、終わってるよ』って言ったじゃねーか」
このつぶやきも部屋の中から聞こえる音でかき消えた。
集合場所では今か今かと話をしている同僚たちの姿があった。
そこにセイヤと同僚が到着した。
「よう!お前たちで最後だな」
到着したセイヤたちに気付いた他の同僚が声をかけてきた。
「そうなんだ、待たせたかな?」
「いや、まだ班長が来ていない…って、ちょうどお出ましだな」
セイヤは前方に視線を向けると一人の男性が歩いてくるのが見えた。
その男性は筋骨隆々で短い白髪であり、セイヤたちからは「班長」と呼ばれていた。
班長は集まったメンバ全員に向かって、言葉を発した。
「よーし、時間通りに集まったな。簡単に内容の確認を行うぞ!
定期的にやっているが、この街周辺に『ヤツら』がいるか見回りを行う。
今回、拠点とする場所は…っと」
そう言って大きめの紙を広げた。周辺地図のようだ。
「ここより少し離れた場所に三箇所の拠点ポイントがあるのは知っているな?」
周辺地図には赤い点が三つ、青い点が一つあった。
青い点は現在地、赤い点は拠点ポイントだろうか。
青い点を中心に三角形を描くように赤い点が記されていた。
班長は青い点の上側にある赤い点を指さしながら言葉を続けた。
「今回はここの拠点ポイントを中心に三日間かけて見回りを行う!
詳しいことは拠点ポイントについてから話す!以上。質問は?」
誰からも声が上がらないことを確認した班長は「それじゃあ、出発の準備に入れ!」と号令をかけた。
道中何事もなく、拠点ポイントに一同は辿り着いた。
「問題なく目的地についたのは幸先が良いことだ。毎回同じことを言うが、ちゃんと聞けよー。まずは各組に分かれてテントを張って寝床の確保に移れ!」
班長の指示を受けて、各々の設置場所に移動し始めた。
組の割り当ては当初、出発前に組み分けをしていて毎回違うメンバだったが、
回数を重ねる度にそれも無くなり、今では決まったメンバで組になっている。
無くなった理由は班長曰く「そろそろ自分達で合う相手がわかってきただろ?これからは各自で決めるんだ!」らしい。
「けどあれ毎回決めるのが面倒になっただけだよな」
「うん、俺もそう思うわ」
「俺も俺も」
セイヤの組ではこのような会話をしながら、慣れた手つきでテントを組み立てていた。
作業も終わり休憩をしていたとき、別の組の人が近づいてきた。
「班長が今後の方針を発表するから、『灯台』に集合だってよ」
「連絡ありがとう。僕らの組で最後?」
「そうだよ。もう行けるなら一緒に行こうぜ?」
「了解。みんな行けるよね?……うん、じゃあ一緒に行こうか」
各拠点ポイントの中心には、やぐらが立っている。
高い位置から拠点ポイントの周囲を見張るために立てられたもので、
夜間を通して見張りを行っている。
以前、とある組が探索中に行方不明になってしまい、
「心配ではあるが、『ミイラとりがミイラになる』では困るからな。翌日の朝に捜索しよう」と方針が決まったその夜遅く。
なんと行方不明になっていた組が拠点ポイントに戻ってきたという。
「なんで戻ってこれたんだ?」と誰かが聞いたところ、
「このやぐらの明かりを頼りに歩いてきた」と答えが返ってきた。
この頃から「探索中に迷ったときにも拠点ポイントに帰ってこれるように」と
やぐらの大きさを周りより少し大きめに作り、また夜間の見張りも必須となった。
今まではただ単に、やぐらと呼ばれていたが、
「迷ったときの道しるべ」の意味を込めて、灯台と呼ばれるようになった。
その灯台の下に台座があり、台座の上に班長が立っていた。
班長は周囲を見回し、全員が集まったことを確認すると今後について話し始めた。
「よーし、全員集まったな。ここに来る前に三日間見回りすると言ったのは覚えているな?
さっそく今から見回りを行うが、その前にこの拠点を守る待機組と見回りを行う探索組に分かれてもらう。
今から呼ばれた組が今日の探索組だ」
次々と組名が呼ばれていき、「——以上が今日の探索組だ!」と班長が言い終わると、
各所で「やった、待機組だ!」や「なんで私達の組が探索組なのよ!?」などの声が聞こえてきた。
「俺達も探索組か。セイヤ達は呼ばれてないよな?」
「うん、呼ばれてないから待機組だね」
「セイヤ達が待機組?毎回探索組に選ばれるのに?こりゃまだ何かあるな、絶対」
「……毎回探索組になること自体がおかしいと思うのは僕だけかな」
様々な反応がある中、班長は話を続けた。
「話は最後まで聞け!俺は今日のって言っただろ?明日は探索組と待機組を入れ替える!
そして三日目は全員で軽く探索してから帰るっていう計画だ!」
班長の話を聞き終わると、周りの喧騒も落ち着いてきた。
「質問や文句があるやつはいるかー。……いないようだな?
なら、一日目の作業開始だ!」
その日の夜——
「無事に探索が終わって良かったー」
「探索の後の夕飯は格別だな!」
「探索中はずっと気を張りっぱなしだからな、気持ちわかるぞー」
などの声がところどころから聞こえてくる。
今回の探索は何事もなく、終わったようだ。
探索組が周囲を探索している間、待機組が何をしていたのかというと、
拠点の警護はもちろんのこと、メンバ全員分のご飯も作っていた。
「温かい食事」というものは重要であることは全員同じ認識であるため、
食事に関しては手を抜くことはない。
ただし料理側に多く人手を割いて、警護を疎かにするわけにもいかない。
温かい食事は確かに大事だが、警護も同じくらい大事なのである。
そのため待機組になる数は探索組より多くなっている。
灯台の近くにある広場に全員集まって、
待機組(料理組)が作ったご飯を和気藹々と食べている。
「何かあったら俺のこの剣で斬ってやったんだけどな!」と今回探索組だった男が剣を高々と持ち上げると
「お前のへなちょこな剣で斬れるわけないだろ。明日、俺の槍でブスッとだな」と今回待機組だった男が
手に持っているスプーンを槍に見立てて、突く仕草をする。
「なんだよ?」「あぁ?なんだよ?」と睨み合う二人。周りも「おぉ?なんだ、喧嘩か?」とザワめきだしたが、
「お前ら!飯を食う時は喧嘩じゃなくて団欒をしろ、団欒を!」と班長の叱咤が聞こえるとすぐにザワめきも収まった。
「剣や槍といえばさ」と誰かが口を開く。
「セイヤの使っている武器って珍しいよな?」
「ん?」とご飯を口に運んだ状態で振り向くセイヤ。
「確かにな。なんていったっけ?えーっと……チカラ?」
「ちげーよ、ヤイバだよ。ヤイバ」
「うん、どっちも遠くにある国で使われている文字の形では似てるけど違うね。カタナだよ」
「サカナだっけ?」
「サカナはさすがにねーだろ。カナタだよな?」
「あれ!?僕、今カタナって言ったよね?なんで違うのが続いちゃうの!?」
カタナ。とある国の文字では「刀」。
セイヤたちがいるところより、はるか遠くに存在している国にいた
「サムライ」と呼ばれた戦士が使用していた武器である。
「なんで剣じゃなくてその……カタ……ナ?を使ってんだ?」
「んー、最初は剣にしようと思っていたんだけどね。剣を買いに行った日にちょうどこの刀が入荷したみたいでさ?
これも何かの縁と思って、剣じゃなくてこっちにしたんだ。……まぁ、それなりに値段もしたけど」
おかげで懐事情がね。と肩を落としながら嘆くセイヤ。
「剣に変えようと思わねーの?」
「剣に劣らない丈夫さと斬れ味だからね。今は変える気はないかな。
ただ壊れたときが問題だよね……」
セイヤたちがいるところでは使用する武器は主に剣や槍、斧などである。
そのため刀のような珍しい武器となると、全く無いわけではないが数がどうしても劣ってしまうので、
見つけることが難しくなる。
「ま、そのときに考えたらいいんじゃね?」
「うん、そうだね。壊さないように大事に使っていくよ」
この話が終わるころには、全員食べ終わっていた。
班長の合図で全員で「ごちそうさま」を言って、食器などを片付け、各自のテントに戻って眠りについた。
こうして、一日目は何事もなく終わりを迎えた。
二日目の朝、灯台の下。
一日目と同じように台座の上に班長が立っている。
「皆、おはよう!良く眠れたか?今日は昨日言った通り、探索組と待機組を入れ替える!
ただし、今から言う組は夕方から待機組だ!」
昨日と入れ替えるということは探索組のほうが多くなってしまうため、
どこかのタイミングで待機組の数を増やす必要がある。
途中から探索組から待機組になる組を言い終わると、班長は話を続ける。
「昨日何も起こらなかったからと言って、今日も何も起こらないとは限らない!
分かっているとは思うが、念のために言うぞ……全員、気ぃ引き締めて行くぞ!」
班長が全員に喝を入れると、全員が「おう!」と力強く応えた。
班長の話が終わると各所で「頑張れよ」「お前たちもな」などの会話が行われていた。
「じゃあ、セイヤたちも気を付けて行けよ」
「ありがとう。そっちも拠点の警護任せたから」
セイヤたちもまた、他の組の人たちと同じような会話していた。
各々気を引き締めつつ、作業二日目が始まった。
さっそくと前置きを言いながら、班長は大きめな紙を広げた。
この紙は拠点ごとに作成されている周辺地図で当然、今広げたのはここの拠点のものだ。
ここに来る前に見たものとは違い、赤い点が中心に描かれてあり、
多くのバツ印が八方に散らばって描かれている。
「昨日は時間も時間だったから拠点からあまり離れていないところを探索した」
そう言いながら班長は赤い点のすぐ近くを円を描くように指でなぞる。
「今日は昨日よりも範囲を拡げて探索を行う。今から割り当てを言うぞ」
班長は各組の名を呼びながら、担当する場所に石を置いていく。
担当範囲は組同士あまり離れすぎないように割り当てられている。
これはある組に何か起こったときに別の組がすぐにフォローができるようにした結果だ。
「割り当ては以上だ。何か質問はあるか?……無いようなら、出発だ!」
各組準備したものを再確認し、全員拠点の入り口から出発していった。
拠点の周りは森になっていた。
木一本一本が大きいが、陽は十分入ってきているため暗さは感じない。
拠点から南東に向かった場所が今回セイヤたちに割り当てられた場所であり、
周囲に気を配りながら、森の中を慎重に進んでいた。
道中、自分たちの足音や荷物が当たって鳴る音が聞こえるだけで
何も起こらないまま、目的地まであと少しのところまで来ていた。
「よし、あと少しで俺たちの割り当て場所だ」
「着いたらちょっと休憩しようぜ」
「賛成。休憩しながら、次どっちに行くか決めようぜー」
「わかってる。最初からそのつもりだ。セイヤもそれでいいよな?……セイヤ?」
返事がないセイヤのほうに全員が振り向くと、セイヤが緊張した面持ちで
「……やっぱり、おかしい」と歩みを止めたセイヤ。
「おかしい?特におかしいとこはなかったと思うが?」
他の同僚たちも同じく気になった所がないようだ。
「二人も同じ意見か。悪いが、セイヤ。どこがおかしいんだ?」
セイヤは緊張した面持ちを保ちながら答える。
「静かすぎるんだ。途中までは草木や動物たちの音も聞こえていたけど、
大体半分過ぎたところからかな?だんだん僕達の音しか聞こえなくなっていた」
セイヤの言葉を聞いた同僚たちは面食らった顔をして、周囲を見回しだした。
「ここまで慎重に進めていたと僕も思う。けど、ここからは緊張感も持って進んでいこう」
全員が頷くと、より一層慎重に進んでいった。
割り当て場所が目視できるところまで進むと先頭を歩いていた同僚が急に止まった。
まだ距離があるから、はっきりとは分からない。
ただ割り当て場所にいる「アレ」を目の当たりにした瞬間、
顔が強張り始め、体中から汗が流れ出した。
他の同僚たちも同じ状態に陥っていた。
ただ一人……セイヤだけは緊張はしているものの、だいぶ落ち着いていた。
緊張を吐き出すかのように深呼吸をし、「アレ」を見ながら言った。
「出たな……魔獣!」