第三試練『翔』前編 ー違いー
試練の塔 第三試練『翔』。
ここは先ほどの二つの試練の部屋に比べて、大幅に小さい。
数百メートル歩いたら、もう壁に当たってしまうほどの広さで、
壁の近くに扉や違う色をした壁なども存在しない部屋だった。
(怪しい部分はなさそうだな。じゃあ、やっぱり……)
部屋に入った瞬間に気にはなっていたが、あえて意識しないようにしていたが、今に至っては見ないといけない。
おそるおそる視線を上に向ける。
周囲の壁が見えているだけで、天井が全く見えない。どこまでも上に続いているんじゃないかと錯覚してしまうほど、上に空間が広がっていた。
最初の試練に底が見えない穴があったが、それの天井版だ。
とりあえず、上がってみるかと思い<天翔>をしようとしたが、入ってきたとこの近くに人の気配を感じた。
「ガイさん!」
突如現れた人物、ガイを見つけて声をかけるセイヤ。
その声に驚いているガイ。
「あなたは……もうここまできたのですか?」
「はい。一昨日できるようになったので挑んでみたら、ここまで来れました」
ガイは最初会ったときと同じような顔で一言「そうですか」と言った。
(うーん、気まずい)
苦笑いをしながら、話かけていくセイヤ。
「ガイさんはここの部屋の次につながる階段を見つけましたか?」
「……うっすらとですが、上のほうにあるのは見ました」
表情は相変わらずではあるが、聞かれたことに答えるガイ。
(表情はあれだけど、聞いたことにはちゃんと答えてくれるし、優しい人なんだな)
そのことに気付いたら自然と笑っていたセイヤだったが、
ガイに「何を笑っているんですか?」と言われると、誤魔化すように表情を引き締めなおした。
「それにしても、ここにいる天子たちは少ないですね?今までの試練ではもっといた気がします」
今までの試練の天子たちを十とすると、ここの天子たちは二とか三になるくらい天子たちの差が激しい。
「はい。私も気になっていました。ここの天子たちを使っても次へ行けないので、この試練には何かあると思っていたところです」
セイヤは今のガイの言葉に何かが引っ掛かっていた。
そんなセイヤを気にせず「では私は試練に戻ります」と言い、<天翔>を使おうとしていた。
(ここの天子たちを使って次へ行けない?そんなことあるかな?)
現に今までの試練は「その部屋にいる天子たちを使って」試練を乗り越えてきたのだ。
ここだけが違う可能性はあるだろうが、限りなく低いだろう。
思案しながらもセイヤはガイに視線を向ける。
<天翔>のために天子たちが集まっているところだ。
このあと起こったことにセイヤを目を見張る。
大半の天子たちがガイのもとへ集まっていかないのだ。
ガイも気付いているだろう。しかし、集まらない以上今の状態で<天翔>を使うしかない。
ガイが<天翔>を使って姿を消した後、セイヤは独白していた。
「半分以上も集まらないなんて……」
ただでさえ少ない天子たちなのだ。より少ない天子たちで技を使ったところで効果が薄いのは一目瞭然。
「けど今ので、うっすらと見えるとこまで行けるのなら、全ての天子たちの力を借りれば次の階段まで行けるか?」
黙々と考えていると、先ほどと同じように戻ってきたガイ。
「ガイさん、そこに戻ってくるのはどうなったときなんですか?」
表情だけで言うと「うだうだ聞かずに、てめぇで試してみろ!」なのだが、セイヤの問いに律儀に答えるガイ。
「届かずに落下するのは当然。この落下中にしばらくするとここに移動させられるのです」
なるほどと納得すると、今度はセイヤが<天翔>を使おうとする。
ガイはそれを察すると、邪魔しないように少し離れて見ることにした。
しばらく見ていると、周囲の異変に気付く。
自由気ままに、ふよふよしていた全ての天子がぴたりと止まり、ゆっくりとセイヤのとこに集まろうとしていた。
セイヤは天子たちがどうなったのか足元を見なくても、なんとなくわかった。
「いくよ、せーの!」
セイヤの姿が消えた。
ガイには今見た光景が信じられなかった。
なぜ全ての天子が集まった?何が違う?どこが違う?
違いは一つ、天子たちに対する考え方。
考え方ひとつでこれほど大きな差が出たということに、今のガイは気付くことができなかった。
全ての天子の力を借りて、上昇していくセイヤ。
何か罠があるかもしれないと警戒はしているが、今のところ何も起こっていない。
ガイの最高到達点を越えたが、まだまだ上昇は止まらない。
しばらくすると、借りた天子たちの力が無くなり、上昇も止まった。
セイヤは周囲を見渡すと、今セイヤがいる高さと同じところに次につながる階段を見つけた。
「思ったとおり、全ての天子の力を借りると届くみたいだ」
視線を上に向ける。
「かなりの高さまで来たはずだけど、まだ天井が見えないってどんだけ高い……ん?」
セイヤは体が下に引っ張られているように感じた。
さっきまで同じ高さにあった階段も徐々に上に見えるようになってきた。
落下が始まったのだ。
「とりあえず行ってみるか」くらいの気持ちだったので、何も考えずに真上に行った。
壁に足が届けば良かったのだが、届きそうにない。
結果、真下に落下するしかなかった。
しばらくするとガイが言っていたように元の場所に移動していた。
「どうでしたか?」
ガイから声をかけられたことに少し驚きながらも答えるセイヤ。
「ガイさんが言っていたとおり、あっちの壁のかなりの高さのところに階段がありましたよ。ただ壁伝いに真っすぐ上に行くと足場に当たってしまうので、何かしらの方法は考えないといけないかなと」
「そうですか。ありがとうございます」
ガイは教えてもらったことに礼を言った後、天子たちが少ないため交互に行おうとセイヤに提案する。
セイヤがこれに同意すると、ガイは再度試練に戻った。
この後もセイヤとガイは上昇しては落下することを何度も繰り返していた。
現在落下中のセイヤはあることを考えていた。
(この落下中の猶予は何のためにあるんだ?)
「落下が始まったら移動させられる」ならば、先ほどセイヤがやったように全ての天子の力が必要になる。
しかし、移動まで猶予があるということは「移動させられるまで何かができる」ということだ。
セイヤは考えに集中している間、見えているものが変わっていった。
今まで全く見えていなかった天子たちが少しずつ見えるようになっていた。
その結果、所々に今までの試練と同じように、天子たちが集まっているとこがあることにも気づき始めた。
「あれ?なんでこんなとこに天子たちが?……もしかして!?」
ふと考えがよぎったが、時間切れだったらしく、セイヤは元のとこに移動していた。
周囲をぐるりと見て、ガイの姿を見つけると、そこへ駆け寄る。
ガイはこちらにくるセイヤを見ると、声をかける。
「どうしましたか?」
「僕、今のでこの試練の乗り越え方がわかりましたよ!」
セイヤはここから階段まで行くには全ての天子の力が必要であること、そして思いついた方法をガイに伝えた。
このセイヤの言葉を聞いたガイは眉根を寄せた。
「なぜ、それを私に伝えるのですか?」
ガイの疑問はもっともだ。
ガイはセイヤと同じ候補者。いわば、ライバルだ。
そんな相手にわざわざ乗り越え方を伝えることはない。
もう一度やれば行けるのならば、そのまま何も言わずに次へ行けば良かったのだ。
セイヤは頬をかきながら、答えた。
「ガイさんも僕に必要な基本技が何かを教えてくれたから」
ガイは目を見開く。
理由はどうであれ、セイヤに<天翔>と<天衝>が必要であると教えたのはガイなのだ。
わざわざ言う必要はないのに、だ。
そんなガイに少しでもお返しをと思い、ガイにも伝えたのだ。
「えーっと、あ、ほら!あそこ!あとは……あそこにも!もっと上にも天子が集まっているとこがあるので活用するといいですよ!」
セイヤは集まっているとこを指さしで教えた後、それじゃお互いに頑張りましょう!と言い残し、セイヤはその場を後にした。
ガイはもう一度セイヤが指さしたとこを見る。
「天子が集まっているとこだって?そんなの、どこにあるというんだ」
ガイにはラウと同じように、セイヤが見えるものが見えなかった。
「それに、先ほど言っていたもう一つの方法。そんなことができるとは思えない」
ガイはセイヤが伝えてきたことをきれいさっぱり忘れることにした。
その方法がこの試練の本来の乗り換え方とも知らずに。




