第一試練『瞬』
そして次の朝の朝食後。
ガイはいつものように修行か試練の塔に行ったが、他はゆったりと過ごしていた。
そんな中、前日栄気を十分に養ったセイヤは席を立つ。
「なんじゃ、坊主。また修行かの?」
「いえ、今日は試練の塔へ行こうと思います」
「そうか。試練の塔か。一昨日みたく朝に帰ってく……は?」
全員がきょとんとした目でセイヤを見る。
「わしも年じゃな。すまん、坊主。もう一度言ってくれるかのう?」
「今日は修行ではなく、試練を受けようと思ってます」
言い方を変えたが、内容は同じことを言ったセイヤ。
「……坊主。どうやら疲れているようじゃな、今日も休むといいわい」
「もしかしなくても、冗談だと思われてます?」
セイヤはおそるおそる聞いてみると、バンとテーブルを叩くラウ。
「当たり前じゃ!一週間じゃぞ?一週間で試練に挑んだ者なんぞ、先祖代々誰一人いないわ!まさか坊主。一週間で<天翔>と<天衝>を使えるようになったというんじゃなかろうな?」
「えーっと、そのまさかなんですが……」
さらに何か言おうとするラウをアマネが手で制し、自分の顔の前に人差し指を立てる。
「ラウ爺。ちょっと、しーっ!……セイヤくん、本当なんだよね?」
セイヤはアマネのほうを見て、何度も首を縦にふる。
「……わかった。私はセイヤくんの言葉を信じるよ」
「アマネ!?本気か?」
アマネは笑顔で答えるなか、そんな孫娘の言葉が信じられないラウ。
「本気だよ、ラウ爺。なんなら本当かどうかラウ爺も一緒に行って、実際に自分の目で見たらどう?」
腕を組んでしばらく考えていたラウは「わかった。実際に見せてもらう」と言った。
ただしと付け加える。
「もし嘘だった場合……二度と試練を受けさせん!」
そんな理不尽極まりない言葉にアマネは何かを言おうとしたが、それをセイヤが止める。
「わかりました。構いません、嘘なら二度と試練は受けません」
「ふむ、よかろう。準備をしてくるから少し待っていなさい」
ラウが自分の部屋に戻った後、セイヤはアマネに袖をくいくいと引っ張られた。
「セイヤくんの言葉は信じてるよ?けど、あんな約束なんてして大丈夫だったの?」
半信半疑といったような顔で訊ねるアマネ。
「うん、大丈夫だよ」
なんの問題もないように笑顔で答えるセイヤ。
セイヤの言葉を改めて聞いても不安を消せないアマネ。
そんなアマネとは裏腹に少しキョロキョロしだすセイヤ。そして、おもむろに口を開く。
「みんな、今日はお願いね」
セイヤが言葉を発した瞬間、アマネは部屋がより明るくなったように感じた。
アマネだけではなく近くにいたアオイはもちろん、別の部屋にいたラウまでも同じように感じた。
より明るくなったのは、この部屋にいた天子たちが強く発光したからであろう。
なぜ今強く発光する必要があるのか?
(セイヤくんの言葉に応えた?)
良く見ると天子たちが部屋にふよふよと浮いていた。
キョロキョロしていたのは天子たちを見ていたから?
アマネでさえ、今気付いたというのに?
アマネは無意識にじーっとセイヤの顔を見つめていた。
アマネの視線に気づいたセイヤは「ん?どうしたの?」とまるで今のが普通であるかのように接してきた。
そんなセイヤを見ていたら、自然とさっきまで感じていた不安がアマネの中から消えていた。
アマネの中には不安はもうない。なら、アマネがセイヤにしてあげれるのはただ一つ。
「ううん、なんでもないよ。試練頑張ってね、応援してる」
笑顔で送り出してあげることだ。
試練の塔 第一試練『瞬』。
セイヤたちの前には奈落まで続いてそうな底なしの穴とそこに架かる唯一の道である橋、その橋を渡ろうとするものを妨害しようといくつもの鎌が遮っている。
前回見たときと同じ光景だ。
「さて、坊主。これが最後かもしれないからの。しっかりと目に焼き付けておくんじゃぞ?特別にわしがお手本として<天翔>を使い、向こうに渡ってやろうか?」
かっかっか!と笑うこと数十秒。セイヤからの返答はない。返答だけでなく気配も感じない。
「おい、坊主!なんか言ったらどう……!?」
隣を見るとセイヤの姿がなかった。
逃げたか?と思ったが、逃げるには先ほど入ってきたところから出るしかない。
その際には扉が開く音が必ず聞こえるのだが、今は全く聞こえなかった。
周囲を探していると、遠くのほうからラウを呼ぶ声が聞こえる。
聞こえたほうを見ると、セイヤの姿があった。あったのだが。
(いつのまに、向こう岸に渡っていたんじゃ?)
セイヤがいたのは向こう岸。そして向こう岸にいくには<天翔>を使わないといけない。
使えないと思っていた<天翔>を使えたことにも驚いたが、一番の驚愕は「いつ<天翔>を使ったのか?」だ。
(油断していたとはいえ、気付かないのはあり得ん)
向こう岸に渡って、直接聞こうとラウも<天翔>を使う。
ラウ自身は気付いていなかった。<天翔>が使えるだけではこの試練は簡単に越えられないことを。
だから何度も何度も鎌に阻まれて、何度も何度も最初の位置に戻されていた。
「なぜじゃ?以前は行けたのに!?」
以前出来ていたものが急に出来なくなると焦りを感じてしまう。
ラウは冷静さを欠けた状態で何度も試したが、結果は実らず。
回数もそろそろ五十を超えそうなところで、ラウの背中を叩くものがいた。
誰じゃ!といって勢いよく振り向くと、向こう岸に渡っていたはずのセイヤがいた。
「……なぜ坊主がここにおる?」
「ラウ爺のことが心配になって……」
自分が出来ないことを出来ている者に心配されると例え相手に他意はなくとも、心配された側は悪くとらえてしまうことが多い。
ラウも悪い意味でとらえてしまい、カッとなってしまった。
「一度出来たからといって、調子にのるでない!見ておれ!今度こそ成功させてやる!」
ラウはヤケになっている状態だ。だから、セイヤの「あと少しだけ待って!」という言葉にも耳を貸さない。
(坊主に心配されるほど、わしはまだ落ちぶれておらん!)
再度<天翔>を行うラウ。先ほどよりもぐんぐん進み、失敗していた場所も軽々と越えていく。
このままいけるか?と思ったが、試練は甘くはない。
目の前にあった鎌の速さが急に変わりだしたのだ。
それもラウが通過するときと鎌が橋の上を通過するときが一致するように。
今までと同じく鎌にぶつかる?否、今度は鎌の刃の部分にあたる。
<天翔>で移動している途中で止まったり、方向を変えることは可能である。
これが出来れば橋から落ちて最初の位置に戻ることができる。
だがラウはこの術を持っていなかった。ラウだけでなく、アマネやガイも持っていない。
進むことしかできず、進んだ先には死の兆し。
そう察したときラウは冷静さを取り戻した。
(あぁ、わしはなにをやっておるんじゃろう)
ここにきた目的は「ラウ自身が試練を超えること」ではなく「セイヤが本当に試練を越えられるのか」を見に来たのだ。
(ほんの数時間前に言ったことも忘れてしまうとは、本当に年かのう)
かっかっか!と心のなかで笑う。
ラウは鎌が下りてくるのが見えた。
(本当にぴったしじゃな。まぁ、わしが招いたことじゃ)
すぐそこに鎌の刃が横からせまっている。
ラウの<天翔>、そして今せまっている鎌は確かに速い。
だが、この中で一番速いのかと問われたら、答えは否だ。
今まさに「この中で一番速いもの」がラウの後ろから来ていた。
ラウはあと三歩くらいで刃に当たるというところで、誰かに服の後ろをつかまれた。
ラウは一瞬呆気にとられるが、その誰かはラウをつかんだまま橋を駆け抜けていった。
あのままでは当たっていたであろう鎌もあっという間に置き去りにし、気付いたら岸についていた。
岸に着くとラウは地面に下ろされ、前後にがくがくと揺さぶられた。
「ラウ爺!ねぇ、大丈夫!?」
「坊……主?」
考えれば当たり前のことだが、ラウの後ろにいたのはセイヤしかいなかったので「助けた誰か」はセイヤしか考えられない。
セイヤはラウが無事なのを見て安堵していた。そのラウはセイヤを信じられないというような顔で見ていた。
(わしよりも速いじゃと!?)
セイヤより先に<天翔>を使ったのは間違いない。しかし先に使ったラウに追いつき、助け出した。
ラウは自分の<天翔>はガイの<天翔>に匹敵すると思っていた。
現にあのときの岩までの競走もガイから少し遅れて着いたのだ。
そんなラウに追いついたということは、セイヤの<天翔>はラウやガイを凌駕していると言える。
(あ、ありえん!……が、実際に見てしまったからの)
ゆっくりと考えを巡らせようとしているがラウにやはり何かあったのかと思ったセイヤが再度がくがくと揺さぶってくるので、できそうもない。
「ええい!やめんか!わしは大丈夫じゃ!」
セイヤの手を払うと、指を突き付ける。
「<天翔>ができるのはわかった。しかし!<天衝>ができなかったらダメじゃからの!ガイさんの話では次の階層に<天衝>が必須らしい」
次でおしまいかのう、かっかっか!と笑うラウ。
だが内心では<天衝>もできるのだろうと思うラウだった。




