お出かけ ー供物の行先ー
翌朝。
セイヤが借りている部屋の扉を叩く音がする。
扉を開けると、アマネが立っていた。
「おはよう、セイヤくん。今、大丈夫かな?」
「うん、大丈夫だよ。どうしたの?」
あのね、と言うと、アマネの視線はセイヤの手に持っているものにいく。
「セイヤくん、それって……」
アマネはセイヤが持っているものを指さすと、あぁ、これねと持ち上げる。
「うん。あの魔人と戦ったときに使えなくなったやつだよ。刀っていうんだけど」
魔人との戦いで歪んでしまい使えなくなった刀をセイヤはどう処理すべきか、考えがまとまらずに今に至っていた。
「ならちょうど良かった!それを持って、ちょっとお出かけしない?」
セイヤの話を聞いたアマネは軽くパンと音が鳴るように手を合わせながら言った。
特に用事もないので了承するとアマネはパッとした顔をした。
「本当!?じゃあリビングで待って……あ、いや!外!外で待ってて!」
すぐに行くからー!と言い残して、自分の部屋に戻っていくアマネ。
セイヤは「なんで外?」と疑問に思いながらも出かける準備を始めた。
部屋に戻ったアマネは扉を閉めると深く息を吐いた。
よし!と気合を入れるとクローゼットを開ける。衣装選びだ。
「えーっと、何を着ていこうかしら?」
よりどりみどりな服が並んで……ってわけではなく、クローゼットの中は割と空きがある状態だ。
巫女としての服が多くあり、たまに出かける用の服が数着あるだけだった。
むぅと唸りつつ、結局今着ている服(巫女服)のままで行くことにした。
(今度、服買い足そうかな)
どんな服を買おうかと考えるだけで楽しいが、考えるのを後にした。今はやることがあるのだ。
「じゃあ、身だしなみくらい整えようかな」
鏡の前でパパパッと整えていくアマネ。何か装飾品も付けようかと物色しだす。が、服と同じで装飾品も数はあまり無い。
物色が終わり装飾品を取ろうとしたが、伸ばした手をピタリと止めた。
「なんか私だけ無駄に気合入っているみたいで、変に思われないかな?」
ただいつものように祠にお祈りをしに行くだけだ。
いつもなら着の身着のままで行っているのに、今回は装飾品なんて付けて行ったらどう思われるだろう。
セイヤ(アマネの妄想)「素敵な装飾品だね。『装飾品』は!」
「そうだよー!装飾品にしか目がいかないよー!……けど、装飾品は褒められた。えへへ」
アマネの暴走は続く。
セイヤ(アマネの妄想)「祠に行くだけなのにそんなもの付けて、アマネって……変だね」
「わー!私は変じゃないよー!普通だよー!」
アマネは頭を抱えて突っ伏しだした。色々考えた結果、何も付けずに行くことにした。
「よし、行こう!」
結局部屋に入る前と後で、特に変わらなかったアマネだった。
「お母さん。今からセイヤくんと祠に行ってくるね」
アオイは料理の手を止める。
「いってらっしゃい。朝ごはんまでには帰ってくるのよ」
はーいと元気よく言って玄関に向かうアマネだが、途中でピタッと止まって振り返る。
「お母さん、私変じゃない?」
突然の娘からの言葉に驚いたアオイだが、優しい笑顔で答えた。
「今日も世界一可愛いわよ、アマネ」
それを聞いたアマネはパッと明るい顔をして、再び玄関に向かい、外へ出て行った。
外へ出ていくのを見送ったアオイはつぶやく。
「ガイさんのときはあんなこと一言も言わなかったって気付いているかしら?あの娘。お相手がセイヤさんだからかしら?うふふ、あの娘いつ気付くかしら?」
ね?お義父さん?とリビングに向かって言うアオイ。
……ラウは最初からリビングで座っていたのだ。
ラウは「ふん!わしは知らん!」と言った後、「あんな坊主のどこがいいんじゃが」とブツブツ言いだした。
アオイはそんなラウを見て、あらあら、まあまあと言って、朝食作りを再開した。
先に準備が終わったセイヤはラウとアオイに朝の挨拶とアマネと出かけてくる旨を伝えたあと、アマネに言われたとおり外で待つこと約十分。「おまたせ」という声が聞こえた。
振り返ると、アマネが小走りで来るところだった。
「だいぶ待たせちゃったかな?」
「ううん。全然待ってないから大丈夫だよ」
本当に大して待っていないので素直に答えたセイヤだが、それにアマネはホッとしていた。
「それじゃあ、行こうか。……あっちだよ!」
試練の塔とは逆方向に向かって歩いていくアマネたち。
黙々と歩いていると、家からあまり離れていない場所に石板が立っていた。
石板まであと数歩というところでアマネは立ち止まった。
「ん?どうしたの?」
「えーっと、セイヤくんから先に石板まで行ってくれる?」
「?……良いけど」
不思議に思いながらもセイヤが一歩前に踏み出すと、目の前にあった石板が急に消えた。
変化は石板だけではなく、場所自体が変化していた。
「え?……え?」
セイヤは状況がわからないまま周囲を見る。
まず足元は半径十メートルほどの円形状の石垣になっている。
視線を前に向けると、整備された道があり、その先に祠があった。
周囲は草木で囲まれており、澄んだ空気でつつまれていた。
さらに草木の奥を見ようとしても、不思議と霞がかかっていて見ることはできない。
と、ここで右隣にアマネが瞬間移動してきたように突然現れた。
「アマネ、今のって……」
「あ、さすがに気付いた?そう、私の家に初めて来たときと同じやつだよ」
あのときも少し歩いたら、今までいたとことは違うとこに一瞬で移動していた。
まさに今と同じように。
アマネは一枚の青い符を取り出し、セイヤの目の前に持ち上げる。
「これは『転移符』っていってね?行きたい場所に一枚置いて、対になるもう一枚を使うと転移符が置かれた場所まで一瞬で移動できるってものなの!」
すごいでしょ?と自信満々に言うアマネ。
もう一枚、今度は赤い符を取り出す。
「さっき見せたのが設置型の転移符で、こっちの赤いのは飛翔型の転移符。
飛翔型は相手をどこか適当な場所へ飛ばす転移符なの。
自分にも使えるみたいだけど、使ったところは見たことがないかな?」
「もしかして、あの魔人が急に消えたのは……」
「そう。飛翔型をガイさんに使ってもらったの」
「そうだったんだね。今の僕があるのは二人のおかげだ。本当に感謝しきれないな」
深々とお礼をするセイヤ。アマネは慌てたように両手をぶんぶんと回していた。
「ううん!そんな、あ、当たり前のことをしただけよ!」
あとでガイさんにも改めてお礼を言おうと心に誓ったセイヤ。隣では、おほん!とわざとらしく咳をするアマネ。
「ちなみにこの転移符も『神刀流』の技の一つみたいなものらしいの。
今は見えないけど実は転移符には紋様があってね?
その紋様は天子たちの力を使わないと浮かび上がってこないの。この紋様が無いと転移符は使えないんだ」
アマネは苦笑しながら言う。
「まぁ私も詳しくはわからないんだけどね?
転移符を使うには天子の力を使うからとりあえず『神刀流』の技の一つにしておこうって感じみたい」
アマネの話に納得するとうんうんと頷くセイヤ。
頷くのを見たアマネは「じゃ、祠へ行こうか」と言って歩き出す。セイヤもあとに続いた。
祠の前でアマネの真似をしながら、セイヤも一緒にお祈りをした。
アマネよりも祈りが早く終わったセイヤは改めて祠を見た。
小さいながらも白を基調として立派に作られていた。祠の前にお供え物を置く用であろう台座もあった。
アマネも祈りが終わり、セイヤに向き合う。
「セイヤくん、そこの台座に持ってきたものを置いてくれる?」
セイヤは言われたとおりに刀と鞘を台座に置いた。しかし、何も起こらなかった。
しばらく待っていると、アマネから声をかけられた。
「あ、特に何も起こらないよ?本当にお供えだけ」
へ?という顔をしてアマネを見るセイヤ。
「期待しちゃった?今は『試練を受けるためのお駄賃をここに置いておきます』って感じかな?」
けどね?と続けるアマネ。
「セイヤくんの前にガイさんも同じようにお供えをしたんだけど、
翌日またここに来たらね……お供えしたものがなくなっていたの」
「……ラウ爺とかがもっていったとか?」
まぁ、ありえないだろうけど。と内心思いつつ言うセイヤ。アマネは首を左右に振る。
「一応聞いてみたけど、知らないって言われたわ。
けど私、方法はわからないけど……誰が持って行ったのかはわかる気がするの」
「え?いったい誰が?」
「本当かはわからないけど『供物形変わりて理となす』って書かれているのがあったの。だからお供え物を持って行ったのは……先代の継承者たちよ、きっと」
アマネが言ったことは普通なら絵空事だと思うだろう。しかし、この世界では「普通に」あり得ることなのかもしれない。
そして嘘か真かを確認できる存在が二人いる。その一人が口を開く。
「書かれていたことが本当かどうかは実際に『青天の理』を見たらわかることだから。継承者になって戻ってきたら真っ先にアマネに教えるよ」
こんなことをしれっと言うセイヤを、目をぱちくりとして見ているアマネ。
しばらくすると、アマネは自然と笑顔になっていく。
「ふふ、ありがとう。楽しみにしてる。
けど、セイヤくんじゃなくてガイさんが継承者になったらどうするの?」
(「僕が絶対になる!」とか言うのかしら?うふふ)
内心ウキウキしていると、セイヤから返事がきた。
「あー……そのときは、ガイさんから教えてもらおうか」
アハハと笑って、後ろ頭をかいているセイヤ。
アマネは表情は笑顔のまま、しかし心の中ではこう思っていた。
——ダメだ、こりゃ。




