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『そういうわけで僕たちは小説を書くのです。』  作者: 伊東
〜ぼくたちが小説を書く理由を、みんなまだ知らない〜
1/2

たとえば東くんの場合.1

『「……そういうわけだから。」

 なにがどういうわけなのか僕にはちっともわからなかったけど、でも僕と彼女は、もう「そういうわけ」になるのだろうということは、なんとなく分かった。これがきっと、僕と彼女の最後の言葉になるのだろうと。

 テーブルのコーヒーカップには、まだなみなみとコーヒーが残っていた。けれど、もう湯気は立っていない。

 僕はなにか言わないといけないような気がしたけれど、でもなにも言葉にはならなかった。なにを言っても的外れになっていまいそうな気がして。間違っているような気がして。

 彼女はそんな僕を一度だけちらりと見た。混み合った喫茶店で膝においてあったコートを、器用に羽織りながら、一度だけ僕を。

 彼女はなにも言わなかった。

 僕はなにも言えなかった。

 ほんの一瞬、なにをいうべきなのかわかったような気がしたけれど。

 僕が何かを言う前に、彼女はもう行ってしまっていた。

 人の間をするりと潜り抜けて、喫茶店のドアが閉まり切る前に、彼女はもう見えなくなってしまっていた。

 僕はもう一度コーヒーカップを眺めた。

 ふと思い出す。

 そういえば彼女はいつもたくさんのミルクを入れていた。

 砂糖の量はティースプーンに雪山ができるくらい多かった。

 熱いものが得意じゃなくて、いつもコーヒーが冷め切ってから、猫みたいにゆっくり飲んでいた。

 でも、いつもコーヒーを頼んでいた。

 それは、きっと僕が大のコーヒー好きだったからだ。

 僕はまだ、言葉にならない、言葉を、必死に探している。口の中でわだかまった、君への気持ちを。

 きっと、それは、こんな苦いコーヒーでは飲み干せない。』


 エンターキーを叩く。ここまで書いておれはようやく座椅子で縮まっていた背中を伸ばした。窓から入ってくる光がなんとなく青白いから、もう4時。灰皿で燻っていたタバコをのばして、もう一度火をつける。

「つまんねえ、文章だ……。」

 正直言ってゲボをはきそうだった。タバコを吸ってなかったら、きっとトイレに駆け込んでいた。それかパソコンのディスプレイを破壊していたに違いない。

 それでも、一応ファイルの『保存』のボタンを押す。ここで消してしまったら、地獄みたいな一ヶ月が全部‘’おじゃん‘’になる。

 ファイルの名前を『反吐』にする。『outlook』のサインインページを開いて、大学用アカウントから、そのまま、一番上の連絡先に、確認せず『反吐』のファイルを送りつけた。

「ふうぅ……。」

 携帯を開くと正確には4時30分。締切は今日の6時までだったから、まあ大丈夫なはずだ。

 もう一度だけ、大きくタバコを吸う。もう白い部分とフィルターの部分が、同じぐらいの長さになっている。きっと、アパートの敷金と礼金は返ってこないだろうと、そんなことをぼんやりとおもう。

「はあぁ……。」

 つまらないことは悪いことじゃない。そう自分に言い聞かせる。

 つまらないことは悪いことじゃない。ただ、つまらないものを「面白い」と言うのは悪いことだ。大衆というのは自覚してほしい。自分たちは、重大な悪事を働いているのだと。

 ……そういう奴らのために、せっせとつまらないものを拵えているおれは、悪事の共犯者だろうか?

 またつまらないことを考える。おれはクサクサしてアメリカンスピリッツの箱を乱暴にあけた。

「……タバコ、切れてんじゃん」

 コンビニに行くよりほか、無かった。

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