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作者: 神田そら

ペラペラとページをめくる音。シャーペンと紙が擦れ合う音。忍者のような小さな足音。図書館に人はいるのに声も聞こえない。まるで自分達だけの世界がそこで形成されているかのように。

そして本もまた自分達を別の世界に連れていってくれる。1ページめくるごとに新しい世界を広げていく。それが僕の休日。読書は毎日している。「世界の中心で愛を叫ぶ」なんかもう10回は読んだはずだ。それほどあの作品は素晴らしかった。ただの恋愛物語じゃなくて…ってセカチューの話はここでおしまい。

平日も休日も変わらず1日の締めくくりは本に栞を挟むこと。栞を挟むと1日が終わったかのような気がしてすぐに眠りについてしまう。そして平日、目が覚めたとき僕はまた、孤独になる。

学校に向かうのは朝の7時半だから起きるのは大体朝の7時に起きている。母子家庭でお母さんは朝の6時半には仕事に行ってるから朝食を食べる時はいつも1人。

「いってきます。」

そう投げかけても返してくれる人はこの家にはいない。

学校は近所で歩いて15分くらいのくせに僕は自転車で通学してる。その方が楽だし、早く学校に着く分本をいっぱい読めるから。学校につき、駐輪場に自転車を止め、靴を履き替え、2階の教室へと階段を登る。鍵は朝担任が開けてくれるから空いてるけど教室の中には誰もいない。1人だけの世界で僕は本を開いた。

朝日の差し込む窓際の席で鳥の囀りを聞きながらページをめくっていく。

ガララララという音ともに自分の世界が崩れていく。

「おはよう、拓己!」

「おはよう。」

教室に入ってきたのは僕の幼馴染の東崎梅だ。いつも僕の次に教室に入ってきては挨拶をしてずーーっとだる絡みしてくる。梅は別に僕と同じ人種ではないと思う。どちらかといえばいつもクラスで目立つ立ち位置にいるし、先輩に噂されるくらい可愛いし、なにより梅は小説よりもマンガの方が好きだから。

今日は目の前に座られてずっと本を読んでいる僕の顔を覗いていた。

「なにしてんの?」と普通の人なら聞きたくなるだろう。けどだる絡みに慣れてきた僕の場合は

「どっかいけ。」

だった。冷たくすれば梅は拗ねてどっかに行くのを知ってるから。

今日も梅は拗ねて自分の席に戻り、提出課題の答えを真剣な顔で写し始めた。シャーペンで文字を書く音と、風の音、ページをめくる音、椅子の鳴き声だけがこの教室にあった。

授業中は勉強に集中して、休み時間は本を読んで。昼休みはご飯も忘れて本を読む。そんな僕の1日の学校生活も終礼を迎え終わりに近づいていた。ここからは早く帰って自分の世界に入り込もうとしていた。しかしその予定は全部崩れた。

「拓己ー早く行くよー!」

梅が教室の入り口から大きな声で読んできたもんだからクラス中のみんなの視線が僕に一瞬集まった。

まぁ当然無視して反対側の出口から出ようとしたが、ガチャっと音が鳴りドアが開くことはなかった。

仕方なく梅の横を通り過ぎようとしたら梅が僕の腕を掴んできた。

「拓己!今日ごはんいくんでしょ!聞いてないの!?」

ごはん…ごはん…ごはん!?そういや昨日うちのお母さんが

『拓己明日夜ご飯梅ちゃんの家族と食べに行くからね。学校帰りそのまま梅ちゃんとおいで。場所は、、』

って言ってた気がする…。

「あ、そうだった…。」

本当に心の声が漏れたようにその言葉が口からこぼれた。本を読む時間が削られた悲しさでそこからの梅の言葉は全く記憶に入ってない。


「拓己くん身長また高くなったんじゃない?」

そう梅のお母さんが投げかけてきた。実際僕の身長は最後にあった時から5センチも伸びてたからまぁ適当に

「うん。今は173センチ。」って答えた。

多分本当は170センチくらいだけどちょっと、ほんのちょっとだけ盛って答えた。

「あら、本当におっきくなってる。昔は梅のほうが大きかったのに」

「ちょっとお母さん!私はずーっと小柄で可愛らしい女の子なんですー!ね、おばさん?」

むしゃむしゃとご飯を食べていたお母さんは急に話を振られたことに驚いたのかむせて咳き込んでた。

トントンと背中を叩きながら介抱すると落ち着いてきて梅の質問に答えた。

「そうよ!梅ちゃんはずーっと可愛らしい女の子だわ。拓己、あんた梅ちゃんと結婚しなさいよ」

結婚。その単語に場は一瞬固まった。まだ高校生それも高一の僕らにその言葉を投げかけてくるもんだからみんな驚いたみたいだ。そして1人驚くとは別の反応の人物がいた。その顔は耳まで赤くなり口元はにやけたその人の顔を見て心配になった。

「梅?大丈夫?」

「だっだっだっ大丈夫ぶっ!」

なんだか梅の様子がいつもと違うような気がしたけど僕はそんなこと気にせずに黙々と目の前に広がる中華料理を食べていった。

話も盛り上がりながらご飯を食べ気づいたら22:00を回っていた。明日は休みの日だから別にどれだけ遅くなってもいいけど流石に遅いということで若い僕と梅だけ先に家に帰らされてお母さんとおばさんは2人で二軒目の居酒屋に向かった。

「ねえ、拓己。」

見える灯りは街灯だけの道を歩きながら梅が話しかけてきた。

「どした?」

「拓己ってさ、好きな人とか…いるの?」

「いない。」

好きな人どころか友達も梅以外思い浮かばないくらい人間関係が狭いんだからそんな質問してこないでほしい。だって虚しくなるだけだから。

梅はそっかと言ったように前を向いて少し浮き足立ちながら歩き始めた。3、4歩進んだ後だろう梅が急に変なことを言い出した。

「ね、拓己。私と結婚しようよ。」

またいつもの変な絡みだと思った僕はいつものようにまともな反応はせず、冷たく受け流した。

「はいはい。」

いつものように拗ねてどっか行くのを待ってたけど今回は違った。

「本気だよ。」

「え?」

「私、本気で拓己と結婚したい。」

真剣な顔して話をしてくる梅に僕は少しドキッとした。

けどまだ結婚なんて考えられない上に梅に気がない僕はなんも言い返せなかった。

「ははは。急に何言ってるんだろ、」

そういって梅はどっかに行ってしまった。街灯に照らされた梅の目からは涙がこぼれていた。


次の月曜。僕はいつも通り1番に教室について読書していた。ガラララ。その音が聞こえてきた時梅がきたのかと思った。けど、いつものおはようがなかった。ただカバンを机に置いて教科書をだしてってそんな単純な音しか聞こえなかった。ちらっと教室を見ると来ていたのは梅じゃなくて同じクラスの紫藤桜だった。

紫藤さんはどちらかといえばこっち側の人間で、でも梅とだけは楽しそうに話すそんな女の子だったから名前も覚えてた。梅と仲が良かったから。

ホームルームが始まるまで梅は学校に来なかった。担任がホームルームの最初に1番の話をぶっ込んできた。

「東崎は昨日引っ越して転校しちゃいました。」

転…校…。一昨日まですぐそこにいたのに急にいなくなるから僕は戸惑いを隠せなかった。

その日は休み時間も本を読むのを忘れ梅のことを考えていた。1番に家に帰りお母さんに梅の話を聞いた。

わかったのは梅の両親が離婚していたこと、それが理由で引っ越しが決まったこと、この前の食事は引っ越し前最後の食事だったこと。

引っ越し先はここから新幹線と電車とバスでおよそ5時間の所だった。

梅のラインを僕は持っていなかったからお母さんに梅のお母さんに繋げてもらって電話した。

「梅。なんも言わずに引っ越すなんて薄情だろ、」

そういうと梅はぐっと唇を噛み締めたような声で話してきた。

「なら拓己。会いにきてよ。住所教えるから。」

「会いに行くって、僕は高校生だし、泊まるとこもないから行けないよ。」

今回ばかりはまともな返答を返した。そしたら梅はすぐじゃなくていいからって言って電話を切った。その後ラインを交換して僕は本を開いた。

『愛読書の一ページに慣れたら。』この本は大切な人の存在の大きさを教えてくれる本だ。今日は半分くらい読んだところで本に栞を挟んで、調べ物を始めた。

【バイト募集】【求人募集】

付近の飲食店を調べに調べた。2日たった放課後僕は面接に訪れていた。結果は即採用。あんまり自信はなかったけど意外と採用されて自分自身が1番驚いてる。

「ねえ、君新人?」

後ろから女の人に声をかけられたと思ってびっくりしながらはいと後ろ向きながら返事をした。

僕の顔を見て驚くその人は同じクラスの紫藤桜だ。

「紫藤さん?」

「え、だよね。拓己くん?だっけ」

初めて喋ったのに自分の下の名前を知っていたことに疑問を持ったけど話を続けた。

「そう。ちょっとお金が必要でバイト始めた。」

「よく梅から拓己くんの話を聞いてたからちょっと話してみたいって思ってたんだよね。拓己くんいつも本読んでるけど何が好きなの?私はねミステリー系が好き。」

僕は、思いのほかおしゃべりな紫藤さんの様子に戸惑いまくっていただろう。だって紫藤さんはクラスではあまり目立たないしそんなに声を上げて喋るタイプじゃない。桜って名前だけど紫藤、紫色の藤の花って言ったほうが紫藤さんの普段は表しやすい。そんなタイプの子だった。

「僕は愛読書の一ページになれたらって本が好き。」

「あぁ!あのめっちゃ売れてる実話のやつでしょ?通り魔に殺されたとかそーゆー。」

やっぱりこの本はめちゃくちゃ売れてる。そこに関心を抱くあたり自分は本好きなんだと改めて感じた。

それから紫藤さんに仕事を教えてもらいながら1日目のバイトは終わった。

家に帰るとその日の疲れがどっと身体に押しかかってきて本を読むことすら忘れ眠りについてしまった。


それから1ヶ月後の給料日。口座に入ってたのは3万円。週3回のバイトじゃこれが限界だった。

しかし梅のとこに行くには最低でも7万円必要だ。往復の新幹線に、電車、バス、ホテル、ご飯って。

この様子だとあと2ヶ月かかる。そう焦った僕はバイトを週6回に増やした。単純計算なら倍の6万円もらえるはずだ。

本のページをめくる回数が日に日に減ってくのがわかった。昨日なんて疲れて一ページ読み切るのも辛かった。

「最近バイト増やしすぎじゃない?」

紫藤さんとは気楽に話せるようになったからクラスで1人になることはなかった。そう心配してくれてるけど僕は急いでお金を稼ぐ必要があった。

「本当にお金が必要で。」

「そっか。」

それ以上は詮索してこなかった。多分梅から僕が会いに行く話を聞いてるから疑問に思わないんだろう。梅に早く会いたい。今はそれしか考えることができなかった。そして気づいた。

いつしか僕は梅のことが好きになってると。

梅が転校して自分の近くから離れた時心に穴がぽっかり会いた気がした。時間が経てば経つほど梅に会えない時間に苦痛を感じるようになっていって。そして梅のことしか考えれなくなっていた。ご飯を食べるときも、バイトしてるときも、本を読むときも。

「紫藤さんは梅からなんて聞いてたの?」

「なんのこと?」

「僕のこと。」

紫藤さんは答えていいのか良くないのか悩んでいる様にみえた。結局覚えてないといってわかりやすいごまかしをしてきたけど。


また1ヶ月後の給料日。予定よりは少なかったけど5万円が振り込まれていた。これで合計8万円。やっと梅に会える。そう思った。梅からはもう住所は聞いていたから、そこに次の日向かおうとした。1日分の着替えと財布とスマホと本だけを持って。

【明日行く。】

あの電話した日から全く話してなかった梅に一言だけ伝えて眠りについた。次の日の朝、早朝から僕は家を出て新幹線に乗っていた。梅から返信はまだきていない。既読すらついてないだなんて薄情すぎる。

新幹線を乗り終え、電車に乗り換え、バスに乗りバス停から2分歩いたところに

「あった。」

表札には【西村】と書かれていた。住所は間違ってないからこの家のはずだし、離婚したんなら苗字が変わっててもおかしくない。そう思ってインターホンを押すと見たことのある顔が出てきた。

「拓己くんじゃない。梅から聞いてたわよ。いつかくるって。」

そう言って家に上がらせてもらった。やけに家は静かだった。畳の部屋に連れてこられたとき僕は膝を落とした。

「梅に挨拶してあげて。」

グスっと涙を啜る音がおばさんの方から聞こえた。そこにあったのは梅の遺影が飾られた仏壇だけ。

理解が追いつかなかった。だって生きてると思ってたから。

現実を受け入れられないせいか涙すら出なかった。悲しいより先に現実を否定したい。その気持ちがあったから。

「ごめんね…教えてあげられなくて…。」

泣きながら僕に謝るおばさんを見てやっと現実を受け入れることができた。僕はその場で泣きじゃくった。

赤ちゃんに戻ったかのように悲しさで胸がいっぱいになって。

10分くらい泣いてた気がする。だいぶ泣き止んできた後おばさんから梅の話を聞いた。


2年前。まだ中学2年の頃私はあまり学校に来ていなかった時期があった。その時期私は入院をしていた。

「え、?」

「後天性の免疫不全症で、進行が激しいためこれ以上治療することはできません。長く持ってあと一年と少しでしょう。」

そう医師に告げられた。私は生きてやる。死んでも生きてやると唇を噛み締めて思っていたけれど現実は悲惨なものだった。走ることもままならない。少し歩いただけで息切れをする。免疫が弱まっているのを体で、頭で感じてた。

けど拓己の前だけでは絶対にそれは見せなかった。拓己のことが好きだから。拓己に弱いところを知られたくなかったから。

「拓己!」

いつも拓己は本を読んでてまともに相手してくれない。けど私もすぐに自分の椅子に座って落ち着かないと倒れてしまう。だからちょっと絡んでは椅子に戻ってってそればっかりを繰り返してた。

あの日拓己に結婚したいなんて言ってちょっと後悔してた。

その次の日もう拓己に会えなくなるなんて知らずに。

容体が急に悪くなって病院に運ばれた、そしてまた入院生活が始まった。けど入院と知られたくなかったから引っ越したって嘘ついて。本当に引っ越したけど。

自分の死期が迫ってるそれを自分ではわかってた。だから私は何か残すことにした。

梅の花が病室に飾られていたからそれを押し花にして栞を作った。そしたら拓己はこれを使ってくれるだろうって。梅の花だから私を思い出してくれるだろうって。

そして手紙を書いて眠りについた。

一生目が覚めることはなかったけど。


これが手紙と栞。といっておばさんに梅からの手紙と栞を渡された。

手紙には2文だけ。

【これまで隠しててごめんね。拓己とウエディングロード歩きたかった。】


それを見て僕はまた泣いてしまった。おばさんの胸を借りながら梅の異変に気づけなかった自分の未熟さと適当にあしらってしまった自分の冷たさに怒りの矛先を向けながら。


それから家に帰ったあと僕はまた読書を始めた。

1日の終わり、栞を挟むたびに梅のことを思い出す。


梅、ごめんね。


梅、ありがとう。


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