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「それにしても……どうしてこうなっちまうんだ」
俺とさやかが変な関係を持っていると勘違いされたことは、些か良い気分ではないのだが、一部女子から勘違いされるのも仕方ないのかもしれない。
「折角、脱オタして……俺は生まれ変わったってのに。次はホモ疑惑かよ」
言われてみれば、俺とさやかは普段からずっと一緒だ。休み時間の度に、さやかは俺の机へとやってきて、そのまま二人で会話だ。他の生徒たちも俺の元へと来るけど、そいつらのことなんて眼中に入ってないかのように、さやかは口を止めることはないし。俺の中では、話を中断したくないのかなとか、キリのいいところまで話したいのだろうとか思っていたんだけど……。
「さやかが俺を独占しようとしてる? んなわけねぇーよな。はははは」
変な想像をしちまった。
彼氏を誰にも奪われたくない彼女みたいな真似を……アイツがするわけない。
「キモっ。何一人で笑ってるの? マジでキモい」
突然の罵倒には、思わず、俺も「ふぇ」みたいな声が出ちまった。
「何その反応キモいんだけど……」
家の中で俺を罵倒してくる奴など、一人しか居ない。
妹の鈴華だ。テニス部に所属している彼女は、部活帰りなのだろうか、お得意のジャージを身に付けている。練習着なのだ。
「……何こっち見てきてんの? マジでキモいから見ないでよ」
「人様に向かってキモいと言うなんて……どんな教育を受けて育ったんだ?」
「にいには、スズの奴隷という教育を受けてきたよ?」
中学二年生なのだが、もう既に反抗期に入っており、兄である俺に対して、散々酷いことを言ってきやがる。妹ってのは、もっとこう……「おにいたま」とか「お兄ちゃん」とか「お兄様」とか言い、もっと兄を敬う存在であってほしいのだが。何が、奴隷だ。舐めやがって。
「お兄ちゃんは悲しいです。妹がこんなふうに成長して」
妹が不満を持つように、俺も持っているのだ。
まぁー可愛い妹の範疇なのだがな。
「それはこっちのセリフなんだけど。最近色気付いてるし。マジでキモい」
「はぁ? 俺が中学の頃はもっと髪を整えろだの、歩き方を変えろとか散々言ってきただろうが。そのくせに……今更、その移り変わりはなんですかー?」
「オシャレが似合うひとと似合わないひとがいるの。で、にいには似合わない」
「そうか? これでも結構女子人気高いんだが?」
「…………クッソ、周りの奴等もお兄ちゃんの良さに気付いてきた!!」
小言で何か言われているが、俺の耳にはさっぱり聞こえない。
「んで? 鈴華、何しに来たんだ?」
「バカにいに、ご飯だよ?」
「お? 今日もスズが作ったのか?」
「あたし以外に誰が作るのさ」
「たしかに」
俺と鈴華は二人暮らし中だ。
父親と母親が事故死したとか、海外出張というラノベや漫画で使い古された設定と同じではない。父親が単身赴任になり、母親も付いて行ったのだ。
『パパ。寂しいなぁー。やっぱりママが居ないとなぁー』
『やだぁー。何を言ってるのよ。パパ。そんなこと言ったら、ママもパパに会えなくて泣いちゃうじゃないー』
『やっぱりパパにはママが必要だよー!』
『ママもパパが必要ー!!』
多分だが、こんな感じの流れで二人は家を出ていっちまった。
幸せすぎる夫婦関係なのだが、子供としてはちょっと恥ずかしい。
ラブラブすぎて……新たな弟か妹ができるかもと思っちまって。
「今日もありがとうな。スズ」
わざわざ部屋まで夕飯ができたことを教えに来てくれた妹の頭をよしよしと撫でながら、俺はリビングへと向かうのだが。
未だに立ち尽くしたままの、鈴華は何か変なことを口走っていた。
「…………バカにいに、時々優しくなるからムカつく」
鈴華の作った料理は今日も美味かった。
ムシャムシャと食べる俺の姿を見て、鈴華は自信満々に腕を組んでいた。
どんなもんだいと威張っているのだ。
「やっぱり鈴華が作った飯は最高だな」
「当然。お兄ちゃんの胃袋は、スズが掴んでるんだから」
「あーその通りだ。お兄ちゃんは餌付けされてるからな」
「煽てても無駄だからね。スズは騙されないからね!」
◇◆◇◆◇◆
「何だよ……こ、これは」
飯を食ったあと、俺は風呂へと入った。
それから気晴らしにと、スマホ片手にソファーで寛いでいたのだ。
んで、誰かからメッセージが届いてるかもと淡い期待を抱いて、LIMEを開いたわけなんだが……。
「アイツ……何やってんだ? マジで」
通知123件。さやかからだった。
メッセージの内容を確認してみると、スタンプが大半だった。
『寂しいよ』『大丈夫?』『んー観察中!?』などなど。
可愛いものを好む系統にある、さやからしいスタンプだ。
既読を付けたものの、返事をするのは面倒だった。
どうせ明日会うのだ。それからでもいいだろう。
と、俺は悠長に考えていたのだが……。
突然の着信音が鳴り響いた。
そのとき、俺は半分眠っていたので、もう大慌てだ。
大袈裟なリアクションを取ったせいで、鈴華から笑われちまった。
「で……どういう風の吹き回しだ? さやか? わざわざ電話かけてきて」
『…………既読付けたのに全然返事くれないから電話した』
『心配したんだよ。もしかしたら寄道の身に何か起きたんじゃないかって』
「俺の身に何か起きるわけないだろ?」
『起きるかもしれないじゃん』
「お前は心配性だな。大丈夫だから安心してくれ」
『寄道は昔もそんなこと言って……自分だけ傷付いた』
「……その話はいいだろ?」
『よくない!! 僕は嫌なんだよ、寄道が傷付くのが』
「あー昔の話はするな。嫌なことを思い出すからな」
『…………ご、ごめん』
「お前が謝ることじゃない。だから気にするな」
『それでさ、寄道。僕抜きで、昼匙さんと何話してたの?』