25 敵襲
「えい!」
「おお、上手い上手い!」
「その調子だぞリリィ」
「はい! ありがとうございます!」
リリィの護衛に就いてから一週間が経った。
その間、僕とルヴィアはリリィの訓練に付き合っている。
その甲斐あってなのか、モーニングスターの扱いも大分慣れてきたみたいだ。
たまにすっぽ抜ける時もあるけどね……
『それにしてもあの子の力は凄いわね。
シスターにしておくのがもったいくらいよ』
(そうだね)
アスモに同意する。
モーニングスターを持たせてもらってけど、めっちゃ重かった。
持った瞬間に地面に落としてしまうくらいに。
それを軽々と振り回せるんだから、リリィの腕力は常人離れしている。
だから、もしリリィが勇者や戦士だったらと考えてしまうんだ。
『でも、魔法の方はやっぱりダメね』
(うん……)
モーニングスターの扱いは上達したけど。
魔法は訓練しても一向に使うことができなかった。
回復魔法だけではなく色々な魔法をやらせてみたけど。
一度だって発現しなかった。
『やっぱりユーリがキスしなきゃダメなのよ』
(だから何でそうなるんだよ!
やらないって言ってるだろ!)
しつこいな~もう。
キスをしたからってリリィが魔法を使えるか分からないじゃないか。
リリィだって、好きでもない人にそんなことされたくないだろう。
そもそも、シスターである彼女はそういう事を禁止されているだろうしね。
「なんだ?」
「どうしたのルヴィア」
「茂みに何かいる、気をつけろ」
「え!?」
突然警戒するルヴィア。
彼女の視線を追うように茂みを観察すると。
ガサガサと音を立てながら茂みの中から何かが出てきた。
「ゲラゲラ」
「ギャア」
「何だこいつ等!?」
『魔族よ、ユーリ!』
魔族だって!?
何でこんな所に魔族が……聖女候補を狙ってきたのか!
パッと見て魔族の数は十体程。
外見は僕よりも小さい人型で、顔が醜い。
『こいつらは醜鬼、低級魔族よ』
(ゴブリン……)
名前だけは知っている。
知能が低く、群れで人間を襲う魔族だ。
勇者や戦士からしたら大したことないらしいけど。
力のない市民からしたら脅威。
「「ゲラララ」」
「リリィ、僕等の後ろに下がって!」
「は、はい!」
リリィを守るのが僕等の役目だ。
彼女を下がらせ、ルヴィアと共に剣を構える。
魔族と戦うのは初めてで、手が震えていた。
『大丈夫よ、ユーリ。
今の貴方ならゴブリンに遅れを取ることはないわ』
「うん、ありがとう」
僕の緊張を感じたアスモが鼓舞してくれる。
そうだ、怖気づいている場合じゃない。
勇者の僕は、これからずっと魔族と戦い続けなきゃいけないんだから。
「行くぞユーリ!」
「うん!」
「「身体強化!」」
「ゲラァ!」」
魔法で身体を強化し、一斉に襲い掛かってくるゴブリンと交戦する。
ゴブリンは武器を持っていない。
剣のリーチがある分、僕等が有利だ。
「はっ!」
「ギャア!?」
剣を一閃し、チャグルの胸を斬り裂く。
耳障りな悲鳴が鼓膜にこびりつき。
肉を裂いた生々しい感覚が手に残る。
そして、僕の手で一つの命を殺したという現実が理性を揺さぶった。
「ぅぐっ」
とても気持ち悪くて、吐き気を催す。
これから僕はずっと魔族を……。
その命を自分の手で殺さなければならないのか。
罪悪感に押し潰されそうになっていると。
アスモが警告してくる。
『何ボーっとしてるの! 左から来てるわよ』
「――っ!? 火炎魔法」
左側から迫るゴブリンに火炎を放つ。
火炎を浴びたゴブリンは、悲鳴を上げながら倒れる。
その場には、焼き焦げたゴブリンの死体があった。
また一つ、命を殺した。
「ふぅ……片付いたか」
「はぁ……はぁ……」
「大丈夫か?」
ゴブリンを全滅した後、ルヴィアが心配してくる。
初めての実践なのに、彼女はいつも通り動けていて。
ゴブリンを殺しても平然としていた。
「僕なら……大丈夫。ルヴィアは平気?」
その問いはどちらの意味で言ったのだろう。
ルヴィアは、そっちの意味で捉えたようだ。
「父上と母上を目指したその日から覚悟はしていた。
それに何度か戦場につれていかれて実践は済んでいる。
これでも戦うことを望んでいるのかと聞かれたが。
私は人の為に戦うことを選んだ」
「そっか……ルヴィアは凄いね」
「そうでもないさ。私も初めて魔族を殺した時は。
今のユーリみたいに青ざめていたよ。だから気持ちは分かる」
僕の背中を摩りながらそう告げるルヴィア。
魔族を殺し続ける覚悟か……。
『慣れれば平気よ。
こんなんで一々罪悪感を抱いていたらキリがないわ』
(そうだとは思う。そうしなきゃいけないと思う。
だけど、余り慣れたくはないな)
『もう、ユーリは優しいわね』
僕は優しくなんかないよ。
本当に優しいのは、リリィのような人だ。
「主よ、かの者達に安息の眠りを。サーラム」
ゴブリンの死体に向かって祈りを捧げるリリィ。
人族の敵である魔族にも祈りを捧げる彼女こそ。
本当に心の優しい人間なのだろう。
「おい落ちこぼれ! 大丈夫か!」
「やはりこっちにも魔族がきていたか」
「グレンさん、クールさん」
二人とその仲間達がこちらにやってくる。
話を聞くと、訓練場にも魔族が襲撃してきたようだ。
帰ってこない僕等を心配して様子を見に来てくれたようだ。
「僕等は大丈夫です。魔族は倒しました」
「ほう! 落ちこぼれなにしてはやるようだぜ!」
「ここに居ては危険だ。魔族の情報を伝えるのと。
聖女候補を安全な場所に避難させる為にも大聖堂に戻るぞ」
「わかりました」
僕達は急いで大聖堂に戻り。
魔族のことを大司教に伝えた。
「魔族が現れたのですか!?」
「そうだぜ!
粗方片付けたが、まだ残っていないか調査に行ってくるぜ!」
「念のため、シスターや町民を安全な場所に集めてください」
「わかりました。勇者様方、どうか聖都をお守りください。
皆は大聖堂に集めます。結界が張られている大聖堂なら。
魔族は決して入ってこられませんから」
グレンとクールがそれぞれ告げると。
大司教は頷いて言う通りにする。
「おい落ちこぼれ、お前はここに残っていてもいいぜ!」
「そうですね、君が居ても役に立ちそうになりませんから」
「行きますよ、僕も勇者ですから」
さっきは無様な醜態を晒したけど、もう大丈夫。
僕は守られる側じゃない。守る側なんだ。
『そうよユーリ。
貴方の力をこいつ等に見せてギャフンと言わせなさい』
(別にそんなことはしないよ……)
こんな時に張り合っている場合じゃない。
僕は勇者としての責務を全うするだけだ。
「いくよ、ルヴィア」
「ああ、皆を守ろう」
「ユーリ様、ルヴィア様……」
ルヴィアと意志を合わせていると、リリィに声をかけられる。
心配そうな顔を浮かべる彼女を安心させるように。
笑顔でこう告げた。
「大丈夫だよ。リリィは僕等が守るから」
「私達に任せろ」
「はい……どうかお気を付けください」
「それじゃ、行ってくるぜ!」
「勇者様方に主のご加護を、サーラム」
僕とルヴィア。
グレンとクールと仲間達は、再び聖都の出入り口に向かう。
すると、信じられない光景が飛び込んできた。
「ゲラララ!」
「ギャア!」
「ワオーン!」
「おいおい、何だよこれは!」
「なんて数の魔族なの!?」
出入り口から夥しい数の魔族がなだれ込んでくる。
二十や三十どころじゃないぞ。
それにゴブリンだけではなく、他の魔族も沢山いるじゃないか。
いったいどこからこんな数の魔族が現れたんだ……。
「この数の魔族を相手に、僕達は勝てるのか?」




