ミミ
「ねぇ、ミミ。死んだ人はお星様になるんだって」
寒い寒い夜。アンは雪を踏みしめながら、山道を行きます。ミミはその小さな体に抱かれ、アンに寄り添っていました。
ミミは黒いうさぎ。まだアンがお母さんのお腹の中にいるときに、お父さんが買ってきてくれたぬいぐるみです。でも、アンのお父さんは、アンが産まれる前に事故で帰らぬ人になってしまいました。
そしてつい最近、アンのお母さんは、「新しいお父さんよ」と、男の人を連れてきたのです。
アンはそれがたまらなく嫌になり、ついさっき、ふもとの家を抜け出してきたのでした。
「この山の一番上まで登ったらきっとお星様に手が届くから……そしたら、お父さんに会えるよね」
アンはミミをぎゅっと抱きしめました。
ちらちらと雪が降りはじめても、アンは前へと進みます。本当はとても心細かったのですが、今更帰り道も分かりません。ただ進むしかなかったのです。
雪はどんどん降り積もり、アンの足取りもどんどん重くなっていきます。そしてついに、彼女は雪の上に倒れ込みました。もう手足の感覚もありません。まぶたも重くて、アンは我慢できずに目を瞑りました。このまま眠れば、お父さんに会える気がしました。
アンが眠りにつくと、美しい女神様が現れました。
「かわいそうなアン。お父様のところに連れて行ってあげましょう」
女神様がアンに手を伸ばそうとすると「だめ!」という、声が響きました。
それは、アンに抱かれたミミの声でした。
「小さなうさぎよ。この子はこれから死ぬのです」
「お願いです。女神様、アンを連れていかないで」
「人を助けるのは人でなければなりません。それがこの世界のきまりです。運命を変えてはいけないのです」
再び手を伸ばす女神様にミミは食い下がります。
「じゃあ、僕を本物のうさぎにしてください。助けを呼んできます」
女神様は手を止めると、ミミをまっすぐに見つめました。
「貴方を本物のうさぎにするのは簡単です。ですが、一度なってしまえば、もう元の人形には戻れないのですよ」
「……かまいません。お願いします女神様!」
女神がミミに手をかざすと、ミミの体は光に包まれました。
ミミはアンの腕から抜け出すと、雪原を走り出しました。黒い黒い影が白い世界を駆け抜けていきました。
翌日。アンはベッドの上で目を覚ましました。
そばではお母さんと、新しいお父さんが心配そうな顔でアンのことを見つめていました。
「あれ……私、昨日は山に……」
戸惑うアンをお母さんは泣きながら抱きしめました。
「よかった、よかったアン。山で倒れていた貴方をお父さんが見つけてくれたのよ」
アンを助けてくれたのは、新しいお父さんでした。
「昨日の夜、家をノックする音がしてね。開けると黒いうさぎがいたんだ。うさぎが「こっちに来て」と言うように、ふりかえるんだよ。それを追いかけたら、アンが倒れていたんだよ」
アンは「お父さん」にお礼を言いました。
そしてすぐにミミがいないことに気づきました。
アンは元気になってから、お父さんとお母さんと一緒にミミを探しにいきました。でも、ミミは見つかりませんでした。
落ち込むアンの手をお父さんとお母さんは握ります。アンもそれを少し照れ臭そうに握り返しました。
幸せそうなその姿を遠くで黒いうさぎが見つめていました。三人が見えなくなると、うさぎは跳ねながら山の奥へと消えて行きました。
end