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隻眼の騎士  作者: たき
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(9)

 昼前に学院に到着した七人はまず学院長に鍵を返した。『メーセの鏡』の入手に失敗したことを報告すると、学院長はどこか安堵したような表情になり、タウの目が完治したことをとても喜んだ。

 昨日と今日の午前中、姿のなかったことを尋ねてきた同期生たちには、審査のことは言わず、目を治しに行っていたとだけ伝えた。タウの目がすっかり元通りになったことに皆ほっとした様子で、バトスなどは「俺が代わりに総大将を務めてやろうと思ったのに」と笑っていた。

 そして放課後、タウたちはあらためて学院長室に呼ばれた。むっつりとした顔で「失敗したそうだね」と言うオーネー神官に、タウは「申し訳ありません」と頭を下げた。

「まさか君たちがしくじるとは……まあいい。特別にもう一度だけ機会を与えよう」

 恩着せがましい口調のオーネー神官に、タウたちは互いを見合った。

「どうしたんだね? 迷うことはないだろう。特別措置に対して遠慮することはない。それだけ君たちには期待しているのだから」

 六人の視線がタウに集中した。返事はタウに任せるということらしい。タウはしばらくうつむいて考え込み、顔を上げた。

「せっかくのお話ですが、ここまでで十分です」

「審査を受けないつもりかね?」

 オーネー神官が信じられないとばかりに目を見開く。

「虹の捜索隊に入る機会をわざわざ自分からつぶすつもりか。このままでは特待生にもなれないが、それでもいいと言うのかね」

「神法院のご配慮には感謝しています。ですが二度も失敗するということは、俺たちの今の実力はその程度ということですし」

「今回は君の目の治療を優先させた結果であって、実力とは言わないだろう」

「なっ……」

 抗議しようと前へ踏み出したシータをタウはとめた。

「はい、今回の失敗の原因は俺です」

 堂々と答えたタウを、六人がはっとしたさまで見る。

「課題の宝を手に入れるよりも、足手まといになった俺を仲間は助けてくれました。もし他の者に問題が起きれば、俺も同じ行動に出たと思います。俺たちはそういう集団です」

 皆が発揮する力はいつも同じものに向けられる。だから自分たちの『実力』はこの先もこういう形で現れるだろう。

「虹の捜索隊の審査は、来年受けます」

 きっぱりと言い切るタウに、オーネー神官は唇をゆがませたが、それ以上は勧めなかった。隣の学院長がかすかに微笑んだとき、オーネー神官が口を開いた。

「そこまで言うのならしかたがない。君たちの好きにしなさい」

 本当なら喜んでいい話ではないはずなのに、自分を含めみんなが肩の力を抜くのをタウは感じた。

「ところで、君たちは玉を持っていないかね?」

 突然の話題転換に、学院長の顔色が変わった。玉を持っているシータたち五人がびくりと体を揺らす。タウは努めて冷静な態度で「いいえ」と答えた。

「知りませんが、玉とはどんな玉ですか?」

 オーネー神官は瞳をすがめてタウを見つめ、「知らないのならいい」と低い声音で告げた。

 退室した七人は、いっせいに息を吐き出した。

「驚いたな、いきなり玉のことを聞いてくるんだから」

 ラムダがふところから黄赤色の玉を取り出して陽射しにかざす。

「学院長に他言するなと注意されていたからああ答えたが、神法院は玉を探しているということなんだろうか」

「もし持っていると言えば、審査なしで虹の捜索隊に入れたんじゃない?」

 イオタの言葉に全員が黙り込んだ。だがタウはかぶりを振った。

「学院長が話すなとおっしゃるには、きっと何かわけがあるんだと思う」

「……そうね。急に玉のことを探ってくるのも何だか妙だし」

「タウは、あれでよかったんだな?」

 ラムダの問いかけにタウはうなずいた。

「いくらイフェイオン先生の件で活躍したとはいえ、俺たちだけ特別待遇を受けるのはやはりおかしい気がする。もちろん特待生入りはまだあきらめてはいない。交流戦で武功をあげれば、可能性はあるかもしれないからな。だが虹の捜索隊については、今は正直あまり執着がないんだ」

 虹の捜索隊に入ることよりも、もっと大切なものが自分にはあるから。タウは全員を見回した。

「次の休みはオーリーオーニス学院の学院祭だ。あそこには天空神を祭る祭壇もある。せっかくだから、みんなで行ってみないか?」

「そうだな。祈願してくるか」

 ラムダが賛成し、皆も承知する。そして七人は歩きだした。



 神法院に帰ったオーネー神官は、すぐにビオス・マルキオー神官長のもとへ参じた。マルキオー神官長は人払いをすると、二人きりになった執務室で手持ちの書類を荒々しく卓上に投げた。

「アルクス市とオーリオーニス学院はやはり首をたてには振りませんか」

 書類をちらりと見て尋ねるオーネー神官に、マルキオー神官長は苦々しげに鼻を鳴らした。

「建国からの取り決めを神法院から犯すつもりかと、あくまでも強気だ」

 初代の国王と大神官がおかしな契約をしたおかげでいい迷惑だと、マルキオー神官長は吐き捨てた。国内では神法院以外に唯一天空神を祭る礼拝堂があるアルクス市は、神法院の礼拝堂でさえ感じられない神気が漂っている。アルクス市には虹の森への入り口があると言われているが、建国時に市と交わした約束のために、神法院や国政に携わる組織、人間は、アルクス市への調査や干渉を禁じられているのだ。

 過去に虹の森へ行ったという者たちを追及しても、言葉に抑止力が働くせいでどこにあるのか答えない。そこで神法院や時の権力者は虹の森へ行けそうな者たちを支配下に置き、代わりにアルクス市へ送り込もうとしてきたが、いまだ成功したためしがない。マルキオー神官長も虹の捜索隊を創設したものの、これという成果はあがっていなかった。

「もうじき神法院史の編纂作業も終わるだろう。大神官が戻ってくれば計画はつぶされる。なんとしてもこの機会を逃したくはないが……おお、そうだ、例の七人はどうであった?」

 思い出したように聞いてきたマルキオー神官長に、「そのことですが」とオーネー神官は報告した。

 七人が審査に失敗しただけでなく、これ以上の特別扱いを拒んだことに眉をひそめたマルキオー神官長は、どうやら七人が玉を集めているらしいというオーネー神官の言葉に反応した。

「それはまことか」

「はい、おそらく間違いないだろうと思われます。しかも、ヘリオトロープ学院長はそのことを知っている様子」

 マルキオー神官長の眉間のしわがいっそう深くなった。

「ヘリオトロープめ、やはり隠しておったか」

 舌打ちするマルキオー神官長に、「どうやら子供たちにも口どめしているようです」とオーネー神官は付け加えた。

「どういたしますか」

「ヘリオトロープの処分は後回しだ。まずは七人を『保護』する」

 ただし今は交流戦を控えているため、実行はその後にという指示をマルキオー神官長は出した。すべての玉をそろえているのか確認だけはしたいがというつぶやきに、オーネー神官がにやりと笑った。

「それでしたらケーティ市長の息子があの集団におりますので、市長から探りを入れさせましょう」



 休日、タウとイオタは学院代表として、そして残る五人は待ち合わせをしてオーリオーニス学院の学院祭に向かった。開式の儀に出席したタウとイオタは、レイブン・ピスタシオにしばらく張り付かれ、目のことをあれこれ聞かれはしたが、それを何とか振り切り、ラムダたちと合流した。

 オーリオーニス学院は他の三学院とはどこか雰囲気が違っていた。古く、しっとりと落ち着いていながら、時折背筋がぞくぞくすることがある、不思議な場所だった。

「ねえ、見て。杖に五芒星がついているわ」

 廊下を行き来するオーリオーニス学院の生徒をイオタが指さす。この学院の神法学科生の杖はどれも、専攻の法の紋章石とともに、天空神の紋章である五芒星が彫られていた。

「さすがは天空神を祭る土地ね」

 ミューが感嘆の息を漏らす。さっそく天空神の礼拝堂に行ってみようということになり、七人は屋根で五芒星が光る礼拝堂へと足を運んだ。

 古めかしい音を立てて開いた扉の先には、天秤を手にした天空神クルキスの偶像が、窓から差し込む陽射しに彩られて凛然と立っていた。その斜め後ろには、竪琴を大事そうにかかえた賢者ミカーレ・ケントロンが伏目がちに控えている。七人は導かれるようにそろそろと進み寄り、男性とも女性とも言えない無性にして万能の神をあおいだ。

 イオタがつと両腕をさすった。ファイとミューも身を縮めるようにしてかすかに震えている。

「すごいわね。アルクス市に入ったときから神気のようなものは感じていたけれど」

「聖域の中心にいるくらい濃い『気』だ」

 慣れていない人間には少しきついよとファイが周囲を見回す。タウたち武闘学科生やローはそれほど強い何かを受け取ることはできなかったが、確かにこの学院は特別だと思えた。守られているのとは違う。むしろあふれる『気』を抑えるために学院が存在しているかのようだ。

 タウはふところから赤い玉を取り出した。再々審査の話を断った日の帰り道、突然現れたものだ。タウにつられ、五人もそれぞれ玉を光にかざした。

「あと一つだな」

 玉は六つそろった。あとはローの玉のみだ。全員に注目され、ローはうなずき、弱々しく笑った。

 最後の一つを手に入れて虹の森へ行けるよう祈った七人は、そこで礼拝堂を出ることにした。ファイたち神法学科生が、これ以上いると頭がおかしくなりそうだと言いだしたのだ。

 皆が扉へと爪先を向ける中、タウはイオタを呼びとめた。

「ありがとう」

 首をかしげるイオタに、タウは顔をほころばせた。

「イオタがみんなに提案してくれたから、俺は目を失わずにすんだ」

「仲間が困っていれば手を貸すって私に言ったのは、タウでしょ」

 だから当然のことをしただけよ、とイオタが恥ずかしそうによそを向く。「そうだな」とタウは笑って、先に扉を開けて待っている五人のもとへ歩きだした。

 次に奇跡のパンを作る機会があれば、新しいことを祈願しようとタウは思った。

 今度は、自分と仲間のことを――。

「ロー?」

 先に礼拝堂を出たファイは、後ろのローがどことなく沈んでいるように見え、眉をひそめた。

「どうかしたの?」

「……僕、本当に……」

 開いたてのひらを見つめたローは、やがて唇を結ぶと「何でもないよ」と笑った。

「お腹すいてきたね。そろそろお昼にしようよ」

 ローの声かけにシータが一番に賛成する。そして七人はひとかたまりになって、天空神の礼拝堂を後にした。     


閲覧ありがとうございました。これで6巻は完結です。

次巻は第1部最終巻で、投稿は年が明けてからの予定です。

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