(6)
タウが大会堂を出て行くのを見て、シータは急いで追いかけた。場内はまだざわめきがおさまらない。期待はずれだった代表戦に憤る声、タウを心配する声、さまざまな話が混ざり合う中、シータは廊下でミューに治療してもらっているタウのそばへ走り寄った。そばにはラムダとイオタ、ローもいる。
ミューの法術で頬の傷はすぐに消えたが、誰も口をきかなかった。そこへアレクトールが大股で近づいてきた。
「どういうつもりだ」
「よせ、アレクトール」
胸ぐらをつかんでタウを壁に押しつけるアレクトールをラムダがいさめる。だがアレクトールは歯ぎしりしながらタウをにらみつけた。
「俺のことをなめていたのか? 何なんだ、あのぶざまな試合は!?」
「彼は目が見えていないのではないか?」
割って入ってきた声に皆がふり返る。武闘館剣専攻担当クルード教官とシアンの登場に、タウだけでなくアレクトールやラムダもはっとかたまった。
「左側へきた攻撃をかわすのが遅すぎる。最初はどこかけがをしているのかと思ったが、君は左目がよく見えていないのだろう」
クルード教官の言葉にアレクトールがタウをかえりみた。
「本当なのか」
タウは返事をしない。アレクトールがタウの左頬をひっぱたこうとして寸前でとめたが、タウは遅れてびくりと反応しただけだった。
「くそっ」
アレクトールはタウを突き飛ばすと、荒々しい足音をたてながら去っていった。
「見苦しい試合をお見せしてしまい、申し訳ありません」
頭を下げるタウに、クルード教官は眉間にしわを寄せた。
「万全の体調でのぞむのは剣士として当然の姿だ。それを怠りながら無理に出るのは感心しないな。へたをすれば命を落とすこともあるのだから。君は今一度、剣士としての心構えを学びなおすべきだ」
クルード教官がきびすを返す。シアンはタウの肩に手を置き、早く治すよういたわって教官の後に続いた。
「これでもう絶望的だな」
ふうっと息をつき、タウが自嘲まじりの苦笑を漏らす。ラムダは「笑ってる場合じゃない」と、タウの左目に触れた。
「どういうことなんだ。いつから目が見えないんだ?」
「全然見えないわけじゃない。視力は確実に落ちてはいるが。おかしくなったのはたぶん、この前の野外研修からだ」
タウは研修の最中にイーオスと戦い、何かが目に飛んだような気がしたことを話した。
「もしかしたら体液が入ったのかもしれない」
「ちょっと……のんきに言わないでよ。それが本当なら、あんた完全に失明するわよっ」
それまで黙って聞いていたイオタが怒鳴る。ミューもラムダも顔色をなくしていた。
「研修の後に治療しなかったの?」
時間がなくて目を洗ったくらいだとタウが答えると、「イーオスの毒はそれくらいでは落ちないのよ」とイオタが額を押さえ、ミューもこぶしを唇に当てた。
「だめだわ。もう日にちがたちすぎてる。『治癒の法』では治せないわ」
『治癒の法』は万能ではないのか。とまどうシータにミューが説明した。
「死んだ人を生き返らせることができないように、何日もたったものには『治癒の法』はきかないの。薬を使って時間をかけて治すしか方法はないけれど、それも効き目があるかどうか……」
そのときファイが遅れて現れた。事情を聞いたファイはしばらく沈黙し、薬を作れないわけではないから何とかやってみようと言った。ただ、材料を集めるためにあちこち回らなければならないと。面倒だとぼやく者はもとよりいない。シータたちはさっそく薬作りにとりかかることに決めた。
「ところでファイ、今までどこに行っていたんだ?」
「神法学院の先生に呼ばれて話をしていたんだ。それから、この後みんなで学院長室に行くよう言われた」
「神法学院の先生が何の話?」
「飛び級しないかって誘われたんだ。風の法を教える人間がいないから、少しでも早く教官になる者を育てたいって」
「ふーん」とつぶやいたものの、イオタは少し気分を害したようだ。神法学院でもすでに期待されているファイにシータは感心したが、予定より一年早く卒業してしまうのは寂しい。それに、これから三回生で学ぶ分も頭に入れようということになれば、一緒に冒険している時間などないだろう。
「どうするの?」
ミューの問いかけに、ファイは「少し考える時間をもらうことにした」と告げた。ファイのことだから早く勉強を進めたくてあっさり承知したのかと思っていたシータは、驚いた。みんなも同じように不思議そうな顔をしている。
「飛び級することになったら、冒険に行けなくなってしまうから」
ぼそりと言い、ファイが先に学院長室へ向けて歩きだす。足取りは落ち着いているが、照れが見え隠れしている。シータたち六人は互いを見合い、笑ってファイを追った。
学院長室の扉をたたいて入室すると、学院長のそばに見覚えのある人物が立っていた。学院長はいつになく機嫌の悪そうな表情で七人を迎えた。
「やあ、また会ったね。私は神法院の大地の法神官ケノン・オーネーだ」
深黄色の髪のやせた神官は、瞳を細めてシータたちに歩み寄った。
口元はうっすら微笑んでいるが、観察するような目つきがどうも気味悪い。警戒するシータたちをよそに、オーネー神官はファイのところで視線をとめた。
「ファイ・キュグニー、君の叔母上は私の同僚だ。彼女が神法院にいた頃は親しくさせてもらっていたんだよ。今は一時的にこの学院の教官職に就いているが、いずれ神法院に戻る予定だ。やはり彼女がいないと華がなくていけない」
いささか品のない笑いを発するオーネー神官に、ファイは返事をしなかった。
「さて、イフェイオン・ソルムに関する二つの件での君たちの活躍は、神法院にも届いている。ビオス・マルキオー神官長は君たちの功績をいたくかっておられ、このたび私を派遣された。『冒険者の集い』の報告書を読ませてもらったが、あと一歩で宝を手に入れるところだったんだね。これなら合格として虹の捜索隊への登録を許可してもよかったんだが」
オーネー神官が学院長を見やる。学院長は「失敗は失敗です。神法院から委託されている審査ですから、学院側の判断で特例を認めるわけにはいきません」と冷ややかに言い放った。学院長の不機嫌の理由がこの神官の存在であることを、シータは察した。
「ということだ。この頭のかたい学院長のおかげで、君たちは虹の捜索隊への登録を見送る結果になったわけだが、先ほども話したとおり、マルキオー神官長は君たちに目をかけておられる。もし君たちが希望するなら、虹の捜索隊への再審査をおこなおうと思うが、どうかね?」
シータはタウを見た。タウもシータを見て、仲間をふり返った。
「それは俺たちだけということですか」
「もちろんだ。君たちには再審査を受けるだけの実績がある。他の不合格者への気兼ねは必要ない」
誰も返事をしなかった。突然の提案にとまどうシータたちに、オーネー神官は続けた。
「もちろん再審査とて簡単なものではない。君たちに探してもらうのは『メーセの鏡』と呼ばれるものだ」
「満月の夜に『サルムの化粧台』に現れる水のことですね?」
「さすがによく知っているね。君はイオタ・サリーレだったね。やはり、この集団は優秀な人間がそろっているようだ」
オーネー神官にほめられたというのに、イオタは嬉しそうな顔をするどころか逆に眉をひそめて、タウに視線を投げた。
「満月って、たしかあさってよね」
「君たちにはすぐ向かってもらう。本来冒険は休日におこなうのが決まりだが、虹の捜索隊は神法院の許可があれば出かけてもかまわないことになっている。君たちはまだ正式ではないが、今回は特別にはからおう」
だから何も心配することはないと言うオーネー神官に、「いえ、そうではなくて」とラムダがためらいがちに答えた。
「実はタウの左目が見えなくなっているんです。イーオスの毒がかかったらしくて……すぐに薬を作らないと、このままでは失明してしまうんです」
「おや、それはまた」
オーネー神官は目をみはったが、タウの具合を案じるようなそぶりはなかった。しかしそれまで黙っていた学院長がタウへと近づいた。
「いつの話かね?」
「先日の研修のときです」
「それから今までずっと放置していたのか」
学院長はタウの左目のまぶたを指で押し開き、のぞき込んだ。
「急いだほうがいい。あと二、三日もすれば完全に見えなくなってしまう」
期限の短さにシータは驚惑した。タウの目の症状はそれほど危険な状態なのか。
「ですが、薬を作っていると審査に間に合いません」
タウの答えに学院長はかぶりを振った。
「次の満月の夜まで待てばいいだろう。君の目を治すほうが先だ」
それでいいですねと学院長がオーネー神官をかえりみると、オーネー神官は不満げにうなった。
「私は別にかまわないが、特待生試験は二週間後だ。審査をのばせば試験は落ちるだろう。もし君たちが特待生入りを望んでいるのなら、どちらを優先させるかよく考えたほうがいい」
「審査を受けます」
「タウ!?」
イオタとラムダが同時に叫ぶ。
「お前、何を言ってるんだ。目を治すほうが大事だろう」
「全員の特待生入りがかかっているんだ」
肩を揺さぶるラムダに、自分のために好機を逃すわけにはいかないとタウは言った。
「俺たちのことはどうでもいい。目が見えなくなったら、剣を振るうのも難しくなるんだぞ!?」
「見えなくても感じることはできる。俺の父親も武闘館在学中に右目を失ったが、何とかやり過ごした。片腕の剣士だっているんだ。訓練すればどうにでもなる」
それに俺も特待生にはなりたい、というタウの言葉に、ラムダは困惑顔で皆を見回した。誰も言葉を発しない。シータもすぐに答えられなかった。
「審査を受けさせてください」
タウがオーネー神官に頭を下げる。満足げにうなずくオーネー神官の横で、学院長はひどく怖い容相で唇をかんでいた。
一礼して退室する。あさっての早朝に出発するというタウに、承知の返事は誰からも出なかった。
「馬鹿も馬鹿、大馬鹿よ。こんな大事なことを一人でさっさと決めるなんて。みんなで考えたいって朝は言ってたじゃない」
「この集団の代表は俺だ」
「あんたなんか知らない。もう、目でも何でも使えなくなってしまえばいいんだわっ」
イオタが涙目で去る。シータはラムダと視線をあわせたものの、かける言葉が見つからなかった。




