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隻眼の騎士  作者: たき
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(4)

 午後の演習の時間、剣専攻一回生は、闘技場に入ってきた集団にどよめいた。スクルプトーリス学院との交流戦も近くなり、今日は初めて槍専攻三回生と合同演習をおこなうのだ。今まで剣専攻二、三回生や槍専攻一回生との合同演習はあったが、槍専攻二、三回生とは普段ほとんど関わることがない。剣専攻三回生よりも上背のある生徒が多い槍専攻三回生に、シータの隣にいたパンテールやエイドスたちが息をのんだ。

「やっぱり迫力があるな」

 エイドスが小声で言う。確かに威圧感はあるが、ラムダや先鋒隊副隊長のウィルガのような知り合いもいるので、シータは他の一回生ほど緊張にかたまるということはなかった。またラムダとウィルガもシータに近寄ってはこなかったが、目があうと二人とも笑顔で軽く片手を挙げてきた。

 授業開始の鐘が鳴り、ウォルナット教官と槍専攻担当カウダ・フォルリー教官が姿を見せた。槍専攻三回生代表のアレクトールが号令をかけ、生徒全員が二人の教官にあいさつする。節度ある演習を実施するようフォルリー教官が注意を口にし、いよいよ相手を決める時間になった。

 一番にシータのもとへ来たのはラムダだった。シータもラムダのほうへ向かったので、二人は早い段階で合流した。考えてみれば、町の闘技場でも打ち合うのはいつもタウとだったので、ラムダと武器を交えるのは初めてだ。さっそくラムダが練習場所の確保に行こうとしたところへウィルガが寄ってきた。ラムダの次に手合わせの約束を申し込まれ、シータが承知したとき、アレクトールがラムダの肩をつかんだ。

「どけ、ラムダ。こいつは俺が相手をしてやる」

 さすがにシータも困惑した。ピュールとは幾分険悪な雰囲気が薄れてきたとはいえ、アレクトールは苦手だった。できれば接触せずに終わりたいと思っていたのだが、アレクトールは最初からシータをたたきのめすつもりでいたらしい。いくら剣専攻一回生で一番の実力をもつシータでも、槍専攻三回生代表であるアレクトールにはかなわない。だが挑発的な笑みを投げられ、シータの中にむらむらと闘争心がわいた。たとえ勝てないにしても、無様な負け方はしたくない。

「おいおい、アレクトール、せめて順番は守れよ」

「演習前に言ったはずだぞ。俺はこいつの力をはからせてもらうとな」

 嘘つけ、とラムダがぼやいた。そんななまやさしい言いかたじゃなかったぞ、と。

「どうする? やるのか、やらないのか」

 アレクトールがシータを見下ろす。シータは一度唇をかむと、はっきりと答えた。

「やります」

「ふん、意気込みだけは立派だな」

 アレクトールが鼻を鳴らす。大丈夫かと尋ねてくるラムダにうなずき、シータはアレクトールについていった。

 アレクトールはわざわざ闘技場の真ん中に場所をとった。周りの人間がみんな譲ったというのもあるが、おかげでシータはみんなから注目されるはめになった。「アレクトールの奴、性根が悪いな」というささやきも聞こえ、槍専攻生でさえ同情しているのがシータにもわかった。

 適当な距離をとって向き合い、シータは一度深呼吸をした。アレクトールはにやにやしている。少なくとも打ち合うときはピュールはいつもまじめな態度を見せていたので、よけいにシータはむかついた。

 他の生徒たちは自分の練習をそっちのけで、二人を見守っている。緊張に背筋がぞくりとしたのは一瞬で、シータはすぐ周囲の様子を意識から追い出した。よそ見をしていて勝てる相手ではない。シータが武器を構えると、ようやくアレクトールも幾分真顔になったので、シータは一気に踏み込んだ。

 一振り目は槍ではね返された。すかさず突いてきた槍をかわしながら反撃する。攻めに攻めるシータにアレクトールの防戦が続く。同期生や槍専攻生からも「いけっ」「やれっ」と応援の声があがった。

 さすがに槍専攻三回生代表だけあり、アレクトールは簡単にふところへ入ることを許さなかった。シータの剣を受け流す動きにはまだ余裕がある。そしてついにアレクトールが攻めに転じた。

 形勢の逆転に生徒たちの声が大きくなったが、シータ自身は動じていなかった。もともと最初から攻めきれるとは思っていない。攻撃のやり口はピュールと似ているところもあったが、ピュールより多彩で柔軟な技で急所を狙ってくる。かわすのが精一杯だったが、それでもシータはねばり強く機会をうかがった。やがてアレクトールの振りが一段と速くなった。やっと本気になったらしい。遊び心を捨てたアレクトールの突きは鋭く重い。何度もよろめきそうになりながら、シータは必死に防いだが、結局すきを見出せず、シータの剣は競り合いの中ではじき飛ばされた。

 のど元に槍先を突きつけられる。片膝をついた状態で、シータはアレクトールをにらみあげた。アレクトールの呼吸は乱れている。もう少し耐えればまた反撃できたかもしれないと思うと悔しかったが、技量の差は埋められなかった。

 やはり強い――しかし笑って馬鹿にしてくると思ったのに、アレクトールは槍を引くと黙って身をひるがえした。そのまま一人で休憩に入るアレクトールにぽかんとしていたシータに、ラムダやウィルガ、パンテールたち同期生が集まってきた。

「すごいな、シータ」

「よくやったぞ」

 ラムダに背中をバンバンたたかれ、シータは眉間にしわを寄せた。

「でもやっぱり負けた」

「あそこまで張り合えれば上出来だ。お前は一回生なんだぞ」

「アレクトールの奴も、途中で本気になったしな」

 ウィルガも微笑む。見回すと、始める前は哀れみのまなざしを向けていた他の三回生たちの目つきも変わっていた。厳しい表情の者、笑顔の者、いろいろだったが、剣専攻一回生をどことなくなめていた雰囲気がひきしまったように感じた。

「少し休んだら俺の相手を頼むぞ」と言うラムダにうなずき、シータは窓辺に寄った。シータとアレクトールの一戦を見学していた生徒たちはおのおの練習に散っていったが、剣専攻一回生はたっぷりとしごかれ、パンテールやエイドスたちでさえ途中で動けなくなるほどだった。

 アレクトールはその後誰とも打ち合わず、フォルリー教官やウォルナット教官と話をしていた。間で観察するかのようにシータの動きを目で追うことがあったが、シータは気にせずラムダやウィルガに対し、思う存分剣を振るった。

 最後にシータの号令で剣専攻一回生は槍専攻三回生に礼を言い、二人の教官にも頭を下げて演習を終えた。

「次回の合同演習は二回生だな。プレシオやオルニスは手ごわいぞ。頑張れよ」

 ラムダの忠告にシータも首肯した。バトスの冒険集団に所属している人間が強くないわけがない。今から対戦が楽しみでわくわくしているシータにラムダは苦笑して、闘技場を出て行った。

 それから槍専攻生の更衣室に入ったラムダは、アレクトールがすでに着替えを終えているのを目にした。隣に並んで上着を脱ぎながら、ラムダはアレクトールに声をかけた。

「一撃で倒すんじゃなかったのか?」

 演習の前に宣言していたことをつつかれ、着替えを袋に詰め込んだアレクトールは横目でラムダをにらんだ。

「ふん。まあ、ピュールの相手としては悪くないな」

 鼻を鳴らしてアレクトールは更衣室を去り、そばにいたウィルガと目があったラムダは、肩をすくめて笑いあった。



 翌日は、剣専攻一回生と槍専攻二回生の合同演習がおこなわれた。シータはプレシオとオルニスに相手をしてもらったが、ラムダの言うとおり二人ともかなりの腕前だった。本気になったアレクトールにはまだ劣るが、最初から容赦なくしかけてきたのでシータも思うように攻撃できなかった。どちらかといえばオルニスのほうが押しが強く、プレシオは強引さはないもののうまくすきをついてくる手法だった。ひととおり二人と打ち合ったシータは一緒に休憩をとり、昨日の三回生との演習について話をした。

「そいつはいい。アレクトールは俺たち二回生と演習するときも、めったに本気にならないからな。必死になった顔を見てみたかったな」

 オルニスが手をたたいて笑う隣で同じように失笑していたプレシオが、ところでと急に笑みを消した。

「タウは最近具合でも悪いのかい?」

「特に何も聞いてないけど」

 このところは槍専攻との合同演習が続いているため、剣専攻二、三回生とは演習時間がとれていないのだ。シータの返事に、プレシオは「そうか」とつぶやき、オルニスもあぐらを組みなおして顔を寄せた。

「この前、剣専攻三回生と合同演習があって、俺たちはタウに相手してもらったんだが、どうも迫力がないというか、ほとんど防御に徹していたんだ」

 バトスより強いから合同演習を楽しみにしていたんだがとぼやくオルニスに、プレシオも続けた。

「その防御の仕方もどこか不自然なんだ。注意力が欠けているような、視界がせまくなっているような、とにかくタウらしくなかった」

 バトスもおかしいことには気づいているみたいだが、聞いてもタウはいつもはぐらかしているのだという。学院祭の代表戦ではタウが剣専攻三回生代表として出場するし、バトスは心配しているらしい。

 タウに会ったら尋ねてみると答えたものの、シータも思い当たることはまったくなかった。一時期イオタと険悪だったときは剣筋が乱れたという話をバトスから聞いたが、今は少なくとも仲間内では何も問題は起きていない。タウの剣が鈍るなど想像もつかなかった。

 それから話題は代表戦へとうつった。三回生代表はタウとアレクトールで、二回生代表はプレシオとアルス、一回生はシータとピュールが戦うことになっていた。ピュールには弱点らしい弱点はないが、いくつかある癖をオルニスに教えてもらったシータは、確認のためにもう一度オルニスと武器を重ね、しっかり頭にたたき込んだ。



 放課後、タウはウォルナット教官の教官室を訪ねた。三回生は進路について相談する時期に入っており、学籍番号順に担当教官と面談している。進路希望用紙は先に提出しているので、あとはウォルナットからどういう返事をもらうかだ。先日スクルプトーリス学院で会った武闘館剣専攻担当教官セルモス・クルードに言われたことがずっと心に引っかかっていたタウは、部屋の前で一度唇をかんでから姿勢を正し、扉をたたいた。

 応答があったので入室する。扉を閉めたタウは、接客用の長机をはさんでウォルナットの正面に着席した。

「お前については言うことはないな。成績も素行も文句なしだ。希望どおり武闘館へは楽に進学できるだろう」

 タウの進路希望用紙とこれまでの成績表等を束ねた紙を机にばさりと置き、ウォルナットは笑って椅子の背もたれに寄りかかった。

「ただ特待生入りについては……正直、厳しいかもしれん」

 真顔で答えるウォルナットに、タウは膝上で組んだ指に力を入れた。

「先日、クルード先生にお会いしたときに少しお話をうかがいました。虹の捜索隊に所属していないことはかなり不利になると言われました」

「そのとおりだ。残念なことだがな」

 ウォルナットは灰赤色の髪をかきむしった。

「お前以外に特待生入りを希望している生徒の半分が虹の捜索隊に入っている。成績の面から見れば、お前は十分に特待生になれるところだが、今の試験は虹の捜索隊であるか否かの比率が高すぎるんだ」

 俺には納得できんがな、とウォルナットがこぼす。

「それでも、特待生試験を受けるだけ受けさせてください」

「後で嫌な思いをすることになるかもしれんぞ」

「受けなくても後悔すると思います」

 だったら、不合格覚悟で受験したほうがいい。

 ウォルナットは褐色の瞳でしばらくタウを見つめてから、卓上の用紙をタウに手渡した。特待生試験の申し込み用紙だった。

 学院長にかけあって虹の捜索隊試験を受けなおしてはどうかというクルード教官の言葉が、ふと脳裏をよぎった。タウは相談してみようかと口を開きかけたが、やめた。『冒険者の集い』で宝探しに失敗した集団は他にもたくさんある。自分たちだけ特例を認めてもらうのはやはり卑怯だ。

「ところで、タウ」

 礼を言って下がろうとしたタウは、ウォルナットに呼びとめられた。

「最近悩みごとでもあるのか? その……特待生以外のことで」

「いいえ」

 否定するタウに、ウォルナットは「そうか」とつぶやいた。

「それならいい。代表戦までに心身は整えておけよ」

 タウは視線をそらした。ずいぶんと遠回しな質問だが、ウォルナットは気づいている――だがタウは事情を説明することはしなかった。一礼して退室し、タウは大きくため息をついた。

 手持ちの書類は左半分がぼやけて見える。だが特待生入りの可能性を少しでも高くするには、ここで退くわけにはいかなかった。後に続くファイやシータのためにも、道をつくってやりたい。赤く色づきはじめた空を窓からあおいで唇をかたく結ぶと、タウは歩きだした。



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