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隻眼の騎士  作者: たき
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(1)

「一、二、三、一、二、三」

 教官の手拍子に合わせて、生徒たちがくるくると動き回る。三学科の一回生が勢ぞろいした大会堂は、緊張と興奮に満ち満ちていた。

「お前、ほんと不器用だな」

 シータと組んでいたエイドスが苦笑する。

「もう、話しかけないで! わからなくなるじゃないっ」

 必死の形相で足運びに集中するシータのそばで、別の女生徒と踊っていたラボルが笑った。

「これは補修行き確定だね、シータ」

「体を動かすことで、シータに苦手なものがあるとはな」と他の剣専攻生たちからもからかわれたが、言い返す余裕すらない。あまりにも真剣になりすぎて、シータはエイドスと絡めている指にぎゅっと力を込めた。

「いっ……おいこら、俺の手を握りつぶすつもりか」

 エイドスの悲鳴に、周囲にいた神法学科や教養学科の男子生徒がぎょっとした顔になる。それでなくともシータはタウたちの冒険集団に入ったことで注目されていたのに、学院初の武闘学科女性代表になって知名度がさらに上がったのだ。今回、一回生すべての学科が集まったとき、かなりの男子生徒から練習相手になってほしいと申し込まれたのだが、おそらく今ので一気に逃亡者が増えるだろう。

 やっと教官から休憩の合図があり、シータは大きく息をついた。決まった通りに動かなければならないダンスはどうも性にあわない。

 それでも交流戦後にスクルプトーリス学院との舞踏会がある以上、ダンスは必須だ。普段履くことのないかかとの高い靴とドレスでこれをやるのかと想像するだけで、シータは早くもぐったりした。

「シータもダンスは得意じゃないみたいだね」

 よろめきながら水筒のある場所に行き、茶を一気飲みしていると、ニトルが話しかけてきた。

「僕もこういうのはちょっと苦手」

 自分の水筒を取ったニトルとそのままたわいない話をする。最初に会ったときは緊張気味にしていたニトルだが、今はすっかり慣れたようだ。にこにこしながらしゃべるニトルに、シータもずっとこりかたまっていた体が少しほぐれた。そしてお互いの冒険集団で起きたおもしろい出来事に二人が笑いあったとき、あちこちから届く視線にシータは気づいた。

 そこらへんの女の子よりある意味かわいい顔をしているニトルと、先ほどがっしり体形の剣専攻生の手を握りつぶそうとした女性代表の組み合わせは、かなり異色に映るらしい。まもなくニトルと同じ風の法専攻生が数人遠慮がちにやってきたので、言葉をかわす。するとパンテールたちも輪に加わり、さらにパンテールたちのことが目当てらしい神法学科の女の子たちも来て、最後にはにぎやかになった。

 こういう機会がなければ、他の学科の生徒とはなかなか知り合えない。ダンスは好きになれないけれど、知り合いが増えるのは嬉しいし楽しいなとシータは思った。

 休憩時間が終わると、教官は一度全員を集めた。そこで舞踏会の流れについて説明する。まず最初のダンスでは、両学院の各学年の専攻生代表が踊ると聞いて、シータは蒼白した。さらに教官が一回生代表の名前を見て、「武闘学科生はちょうど男女だから、二人で組みなさい」と言うものだから、ますます目の前が真っ暗になる。

「足を引っ張るなよ」

 たまたま近くにいたピュールにじろりとにらまれたが、反論できない。どうしようと頭をかかえるシータに、「後で練習につきあうよ」とパンテールが苦笑しながらなぐさめた。



 その日の放課後、シータたちは町の闘技場に集まった。学院祭や交流戦の準備が本格的に始まったため、これから先はしばらく集まれない。次の冒険で何を探しにいくか、それぞれ意見を持ち寄るついでにお茶会をしようということになったのだが、部屋に着くなりシータは円卓に顔をうつぶせた。

「舞踏会で最初に踊るってわかってたら、代表なんか引き受けなかったのに」

 しかも相手はよりによってピュールだ。うまく踊れないと絶対にぐちぐち文句を言われるだろう。パンテールが昼休みに丁寧に教えてくれたが、やはりすぐにすぐは上達しそうにない。

「そんなに難しいか?」

 基本的な動きさえ覚えてしまえば大丈夫だろうとラムダが首をかしげる。

「決まった型があるっていうのが、どうにも苦手で……自由に動いていいならいくらでも踊れるのに」

 いちいち頭で確認していると途中で混乱してしまい、相手の足を踏みそうになるのだとぼやくシータに、「気にせず踏めばいいんじゃないの?」と何でもないことのようにイオタが言った。

「私だって、嫌な相手の足は遠慮なく踏んでるわよ」

 複数の相手から同時に申し込まれないかぎり、ダンスに誘われれば受けるのが礼儀だ。当然踊りたくない相手から声をかけられることもある。

「それでアレクトールが不思議がってたのか」

 タウと踊るときのイオタはとても優雅に舞っているのに、自分と踊るときは何度も足を踏まれると、アレクトールが少し悩んでいたぞとラムダが苦笑う。

 三回生はもうダンスの練習はほとんどないのだという。代わりに交流戦や学院祭に向けて会議の連続で、それはそれで疲れるらしい。そこへローとファイが入ってきた。

「あれ、シータどうしたの? 体調でも悪いの?」

 椅子に腰を下ろしたローに尋ねられる。

「慣れないダンスで疲労困憊だそうだ」

 ラムダの返事にローは納得顔になった。

「ああそうか。シータも学年代表になったから、最初のダンスに出ないといけないんだよね。ファイとは別の意味で大変そうだな」

「あ、私、ファイに返すものがあったの。これ、ありがとう」

 シータはぱっと上体を起こすと、丁寧にたたんだ服を袋から取り出してファイに渡した。とたん、室内に妙な空気が流れた。

 急に周りが静かになったことに、シータはいぶかしんだ。自分は何かおかしなことをしただろうか。心配になってファイを見たが、ファイはそしらぬ顔で服をしまっている。

「……えーっとだな、シータ。一応確認するが、それってファイの服だよな?」

 ラムダが非常に聞きにくそうな表情でシータを見た。

「うん、この前ファイの家で借りたの」

 私にはちょっと大きかったけど、とシータが照れ笑う。しかしみんな返事をしない。目を丸くしていたイオタがふるふると肩を震わせ、低い声で問い詰めた。

「ちょっと、あんたたち、いったいどういう流れでそうなったのよ?」

「どういうって、私がびしょ濡れだったから、ファイが服を貸してくれただけだよ?」

「そこのところ、二人とももうちょっと詳しく説明してくれないかな」

 ローも興味津々といったさまで距離を縮めてくる。タウですらどう反応してよいかわからないと言わんばかりの表情をしている。シータは首をかしげながら、あの日のことを話した。パンテールの見舞いに行ったが目を覚まさないこと、自分はどうすればいいのか迷って、ファイの家に行ったこと、ファイが着替えと温かい飲み物を出してくれ、自分の悩みを聞いてくれたこと……そこまで報告すると、ようやく周囲の雰囲気が少しやわらいだ。あくまでも、ほんの少しだったが。

 やがてイオタが眉間をもみほぐしながら、ため息をついた。

「事情は理解したけど、なんでファイの家に行ったの?」

 あんたが最初に相談したのはミューだったじゃないと指摘され、シータは目をしばたたいた。

「あー……うん。なんでかな……何となく……?」

 別にミューのことが嫌いだとか頼りたくないとかではないよと弁解する。あのときは正直、自分でもどこをどう歩いたのか記憶がなく、気がついたらファイの家の前に立っていたのだ。

「無意識って怖いわね」

 イオタがちらりとファイに視線を投げる。ファイは黙って果汁を飲んでいた。

「まあ、仲良くなってよかったじゃないか。最初はどうなることかと思ったからな」

 ラムダが苦笑する。

「そういえば、ファイも風の法専攻二回生の代表だったよな。今年もダンスはやっぱり嫌か?」

 去年は最初のダンスのとき、ファイが露骨にやる気のなさそうな顔で踊るものだから、相手の女生徒が涙目だったなと、ラムダが同情顔でファイを見やる。

「それが今年はそうでもないみたいだよ。今年も相手の女の子は同じだけど、ファイの態度が違うって喜んでるという話が、僕のところにも聞こえてきてる」

 どうやったらそんな情報まで入るのか謎だが、ローの話にシータの心がぴくりとはねた。

「単に人付き合いなんてしたくない様子だったのが、普通の無表情になっただけじゃない?」

 イオタの意見に、ローは「そうとも言うけど」と笑った。

「なんか最近雰囲気が変わったっていうか、前より近づきやすくなったっていうか、とにかく二回生のダンスの合同練習のときに、他の男子みたいに自分から積極的にはいかなくても誘われれば応じてるから、女の子たちの間で噂になってる。今日も練習のとき、オルニスやプレシオに引けをとらないくらい囲まれてたよね」

(……?)

 ちくりと痛んだ胸に、シータは首をかしげた。

「当日の舞踏会でファイと組む炎の法専攻の女の子がなかなか交替しないから、最後は女の子同士で言い合いになっちゃって。まあ、ファイ本人はさっさと抜け出して休憩してたけど」

 へえー、とみんなが目をみはる。

「炎の法専攻二回生代表って、たしかアヴェルラよね」

「そうそう、黄玉の投票で三位になった子だよ」

 イオタのつぶやきにローがうなずく。

 三位ということは、かなりの美人ではなかろうか。

「心境の変化でもあったか。いい兆候だな」とタウが微笑する。

「学年があがるたびに態度が軟化しているなら、三回生になったら笑顔を振りまくようになるかもしれんぞ」

 からかうラムダに、「さすがにそれはないんじゃない」とイオタがあきれる。

 みんなに愛想のいいファイというのは想像できない。先日初めて見たファイのかすかな微笑を思い出し、シータはもやもやした。

 何となくおもしろくない。でも、それがどうしてなのかはわからなかった。

 


 翌日もダンスの練習はあり、この日からシータは教官の指示で、ピュールと練習することになった。他の一回生代表もそれぞれ決まった相手と組んでいる。

 イオタは気にせず踏めばいいと言っていたけれど、やっぱり何度も踏むのは申し訳ない。しかもピュールは上背があり、自分は小柄なほうなので、ピュールと手を組むためにはかなり腕を上げないといけなくて、けっこう疲れるのだ。

「どうやったらそこまでへたに踊れるのか、逆に教えてもらいたいくらいだな」

 案の定、嫌味が飛んできた。足がもつれそうになるのを踏ん張りながら、シータはピュールをにらみ上げた。

「しょうがないでしょ。あんたがむだにでかいから、腕が疲れるのよ」

「確かに、身長差がありすぎるとちょっと踊りにくいよね。じゃあ、僕と踊る?」

 隣で大地の法専攻生と踊っていたニトルが、にこりと笑う。シータよりは背の高いその女生徒も、ニトルの提案にまんざらでもなさそうな顔をしている。

 ニトルなら踊りやすそうだ。シータも賛成しようとしたが、「よけいな口をはさむな」とピュールがばっさり切り捨てた。

「そもそも、お前は距離をあけすぎだ」

 だからよけいに負担がかかるんだとぐいっと抱き寄せられ、シータは驚いた。

「ちょっと、これじゃ足元が見えないじゃない」

「覚えれば足元なんか見なくても踊れるだろう」

「だからって、いくら何でも近すぎるでしょっ」

 本来は相手の目を見て踊るものなのに、それすらできない。しかし離れようとしても、ピュールの手はシータをがっちりつかまえている。

「覚えるまでは指示してやる」

 上から声が降ってくる。それからピュールは、右前、右横、左後ろ……回すぞ、と少し早めに次の動きを伝え、シータはそれにあわせて踊った。

 自分とは逆の動きなのに、よくすぐに判断できるなと感心する。おかげで迷わずに踊れるが、同じ代表なのに何でも器用にこなすピュールと自分を比べて、シータはちょっと落ち込んだ。今ならパンテールの気持ちもわかる。

 ファイも、どこかの時間にきれいな女の子と踊っているのだ。不意に浮かんできた勝手な映像に、シータは動揺した。

 ダンスの練習が始まってから、自分は何だか少しおかしい。でも、どうおかしいのか、うまく言い表せない。もどかしい思いをかかえて眉間にしわを寄せていたシータは、自分を見下ろすピュールの視線にも気づいていなかった。





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