99視点の違い
朝、心がおちつき、安心出来る何かを抱きしめていた。
ふと、それを離し、寝返りをうつと同時に、やわらかな日差しが頬に触れ、風と共に雀の声が聞こえた気がして――――涙が頬を伝い、わたしは目が覚めた。
そこは何時もの部屋。
わたしは夢を見ていた。なんだかとてもほっとした、幸せな時間が流れているような、そんな夢だった気がする。
何か、隣に意識を感じ、なんとなく首を横に振ると、そこにはわたしの寝顔が見えた。
そうだ、思い出した。
わたしの隣でおにいちゃんが寝ていた……。
今はおにいちゃんの意識があるその身体。
愛でるように手で髪に触れると、昨日あった出来事を思い出していた。
「ただいまー」
わたしは手に持った郵便物の宛名に目をむけながら、家の扉を開け、中に入る。玄関にはおにいちゃんの靴が視界に入り、わたしも靴を脱ぎ隣に置く。
もうそろそろ、夕飯の準備をしないといけない時間だ。
わたしが部活動等で遅くなる時以外は、基本的に料理はわたしが自ら進んで行っていた。
おにいちゃんもわたしが忙しそうにしている時は進んで調理を手伝う――そんな毎日だった。
今日は昨日の残りが有るから仕込みは要らないかなぁ? うん、先に着替えてこよう。
リビングを通り過ぎ、階段を上り始める。
明日は帰りにお買い物に行かないとなぁ……。
そんな事を考えつつ階段を上る――――。
後、二段で階段を上りきる所で、ガチャンと扉が開き、ノブが壁に当たる様な音が大きくし、凄い足音が聞こえる、わたしは顔を上げると同時。
体に衝撃を受け声も出せずにそのまま階段を、転げ落ちていった――――
あれ? 意識が…………訳がわからなかった。
頭がガンガンする。
体のあちこちが痛く、とても重い。
何か下半身は湿っぽく生暖かに濡れている様な感覚がする。
う、吐きげが一瞬わたしを襲う――――が、なんとかこらえる。
意識が朦朧としている最中、眩暈がして眼の焦点が定まらない。
ふらつく中、『これ一体、何、が起きた、のよー』と、心の中で叫び、思う……が、まだ考えが纏まらない。眼には白くもやがかかる感覚。
時が僅かに経ち、視界には、微かににわたしのバッグが見え、そして、目の前に制服を着ているわたしがいた。
「なん、で……?」
わたしは同時に叫んでいた。
「ぎゃーーーーーーーーーーーーーー」
わたしは混乱した。
こえが、太い? え? は? 喉に何か掛かってる? 体調が悪い。
なんでわたしが目の前にいるの? わたしは濡れている感覚に視界を落とし更に混乱する――どうして良いかわからず、虚ろに目の前のわたしを見る、え? え? これは、わたし、だよね? わからない、わからない。どういうことなの? 混乱が少し収まりつつある時、目の前のわたしは声をだした。
「あ、れ? なんかおかしいぞ? 手、小さ、ん? 声?」
「ん、どおいうこ、んぁ?」
「あれ? なんだこれ? 俺、だれ? 胸があ……ない」
「…………あなただれなの?」
わたしじゃない存在に対し勝手に声が出ていた。
「おまえこそだれだ」
目の前のわたしはそう言うと立ち上がり、ふらつきながら何処かえと向かう……トイレ? わたしも重い体をゆっくり起こし、目の前に居るわたしに付いて行く、目の前にいるわたしは鏡をみていた。
……かがみ。
その行為を習う様に鏡を覗き込む――――。
目の前にはおにいちゃんがいた。
鏡におにいちゃんが映っていた。
え? どういうことなの? わたしはおにいちゃん? んん? わたしはおにいちゃんで、目に見えるわたしは一体誰なの? 混乱が少し回復しだし、考える事が出来つつあった。
わたしは鏡に映るおにいちゃんの顔、頬を、手で恐る恐る触る。触る、頬っぺたを引っ張り、抓る。頭を軽く叩く。顎に手を充て考える様なポーズを取る。鏡に映る目を覗き込む。
「そのへんで止めておけ、ちょっとついて来い」
わたしは夢中で鏡を見つめ続ける。
どうやらわたしはおにいちゃんになってしまった様だ……。
後ろから話かけられる。
わたしは後ろにいるわたしの話した言葉に理解しつつ、まだ鏡を見ていた――――。
何故か感情が溢れだし、また混乱する。混乱しつつリビングに向かう。
あれ、涙が、ソファーに座ると目の前のわたしが話し出す。
「……確認をしよう。お前、穂美香か?」
その言葉によりわたしの中で確信に変わる。
あ、おにいちゃんだ、おにいちゃんだ。
ほっとしたのかわたしは涙をこらえきれずに泣き出してしまった。
「おにいちゃん、だよ、ね?」
「まずはやはり、現状把握にすり合わせか」
おにいちゃんはあの時、急いでトイレに向かう途中だった事を話してくれた。
わたしは記憶を辿り、部活動が無かった為、学校が終わると同時に、駅前で友達と寄り道をして、家に帰ってから着替える為に、二階に上がる途中だった事をおにいちゃんに話した。
「……穂美香。とりあえず、明日から数日間学校を休もう」
「うん。わかった……」
おにいちゃんとこれからの事を大まかに話した。
わたしはちょっとドキドキする。
そんなこと、上手く出来るのかな……。
細かい事柄は明日話そう、という事になり、おにいちゃんとご飯を食べる。
お腹はとても空いていたのだけど、今の現状と、これからの事を考えると、少し不安になったのか、思ったより箸が進まなく、気持ちで胸が一杯になった。
「大丈夫そうか? 穂美香」
「うん。なんとかなりそう」
わたしは心配してくれるおにいちゃんに、心配かけてはいけないと思い、気持ちを隠す様に強がる事にする。
「テレビでも点けるか……」
おにいちゃんは余りテレビを見ない。
昔は結構見ていた気はするのだが、インターネットに嵌りだした頃からか、余り、リビングには来なくなり、おにいちゃんとテレビを見る機会は少なくなった。
好きなサッカー番組がやっているときだけは、画面を食い入るように見ていたと思う。
気を使ってくれるおにいちゃんの存在は、今のわたしにとってとても頼りになる存在だった。
おにいちゃんにとって、今のわたしはどの様に映るのだろう…………怖い。
恐らくぶつかってしまって済まなかった。
と、わたしに気を使い、この先どうしようも無いときも必ず助けてくれるだろう。
今のわたしはおにいちゃんに、何をしてあげられるのだろう。
わたしはおにいちゃんの姿になった妹――。
今のわたしはこれからおにいちゃんの様に、振舞わなければいけない。
でも、心配は掛けたくない。
……二人っきりの時ぐらいは、今までの様に接しても、嫌がられないだろうか?
どうしよう…………。
おにいちゃんは昔、自分の容姿が好きではないと、言っていた気がする。
わたしは――――。
「おにいちゃん」
「なんだ、穂美香。あぁ、名前も逆にするか? それともあだ名かなんかつけて呼び合うか?」
「うん。そうだね……名前は、逆にしようかぁ……」
「おう、じゃあ、これから逆に、いや、明日からにするか、俺は朋くんって呼ぶことにするよ」
「わかった」
「それとね、おにいちゃん…………」
「ん、なんだ?」
「――――駆け落ちでもしようか?」
「……それも良いかもしれないな」
「ごめんなさい、今のなし。まだ混乱してるみたい」
このどうしようもない現実に挫けそうで、わたしの姿のおにいちゃんに、心にもない事を言ってしまった……。
今すぐに、救いが欲しかったのかもしれない。
「あぁ、分かってる。大丈夫だ穂美香。まだ時間はある、言っておくが一人で勝手に行動は起こすなよ、こうなったら、元に戻るまでは一蓮托生だ」
「……うん」
「俺がお前で、お前は俺だ。原因は俺かもしれないが、責任は取る。悪いがお前も、俺の体の責任は取って行動してくれ。絶対、大丈夫だ! 自分を強く持て穂美香」
「絶対……大丈夫。うん。頼りにしてる。おにいちゃん……」
強く……か。うん、うん。なんとなく解った気がするよ。
そうか、そうなんだ。
今のわたしにも頑張ることが出来るんだね。
強くなろう。少し、ほんの少しでも追いつける様に――――
そして、わたしも何時か……おにいちゃんを助けられる様に…………。
わたしの心は暖かい気持ちが大きくなるのを少しだけ感じた。
台所に向かうとわたしは朝食の準備を始める。
今日は時間まだ有るから、ご飯にしよう。
お米を手早く研ぎ、炊飯器にセットする。お味噌汁を作り出し、昨日の洗い物を済ませる。
オカズをすぐ作れるように準備してテレビを付け、ご飯が炊けるのを待つ。
「あ、おにいちゃん起きた?」
おにいちゃんが降りてくるのと同時に丁度ご飯が蒸らし終わる。
準備しておいたオカズを調理してテーブルに並べる。
「うん。お、出来た?」
「あと、お味噌汁よそって出来上がりだよー」
「何も問題ないか?」
「う、ん。一つ、あるかな……」
「なんだ?」
「……歯ブラシどうしようか?」
わたしは朝洗面所に向かい、思案した。この場合どっちを使えば良いのかなぁ?
後でおにいちゃんが降りてきたときに聞いてみよう。とこの問題は放置した。
「……………………」
おにいちゃんは考えているらしい。わたしはこの際どっちでも良いのだけどなぁ、と、考えていると、おにいちゃんはこう言った。
「……穂美香が決めて良いよ。何なら新しいの出しても良いし、つかい――――いや、……何でもない」
おにいちゃんはそう言った。
そっかぁ、新しいの出せば良いのか。
……その後のつかいま ふひって、何だろう?
「新しいの出そっか」
「ああ、じゃあ洗面所で顔洗って歯磨きしてから食べようか」
「そうだねー」
洗面所で二人並んで歯を磨いた。
なんだろう。こんな感じなんだ。
わたしとおにいちゃんって。
やっぱり大きいなぁ。
ふーん。今までも有った筈なのに視点が変わるだけで凄く真新しい。
新鮮。なるほどなるほど。




