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76そのラインを自ら越える二人

暗闇のもやから生まれる様に出てきたのは私ぐらいの大きさの男の子だった。



此処からではそこまで見えない筈なんだけど、最近少し目が良くなったのか遠くまで見える私。


男の子? は目つきが結構鋭く見える。

恐らく私と身長は余り変わらない位に見えるのに手足が細長くも見える。


スラッとしている様な、いや、少し痩せすぎているぐらいなのかも知れない。



顔は整っているが私の見た感じだと少し怖い表情をしている。


『フン…………此処は、アリア……いや、ジュリアかジュリエッタか…………およそ三割といった所か』


そんなに大きい声で話していない気がするのに中心にいる男の子の声が耳元近くで聞こえた。


『オイ、そこの人間……今なら逃げるのを特別に許してやるが…………どうする?』


「…………お前は何者だ?」


近くに居るフランシスカさんはそう返す。

……人間といっている位だから、恐らく人型のモンスターだよね。


そして、知能が高そうだ。


でも、そんなモンスターって限られてくるんじゃ無いかしら…………あ、もしかして。


「……ヴァンパイアか?」


バスタルフさんがそう話した。

この中って結構特別な作りなのかな? 中に居る人達の会話が問題なく聞こえるんだけど?


『あははは。……正解☆ 後で何か褒美をやろうか? 人間』


ヴァンパイアって結構強かった気がするけど…………。


「エレ先輩……ヴァンパイアって…………強いよね?」


「…………うん。強い…………ボスだね。災害ランクは最低でもB以上」



「…………褒美はお前を倒して、ギルドから貰う!」


「……よせ、バスタルフ」


フランシスカさんの言葉も聞かずにかバスタルフさんはヴァンパイアを名乗った少年に斬りかかる。


距離は少し離れていたので、走り込みながら声を上げ大きく剣を横から薙いだ。


『遅い…………』



バスタルフさんの一撃をヴァンパイアの少年は難なく躱す。


……動きが早い、んー。予測して動いたという位に早かった気もするね。


確かにバスタルフさんの位置からは少し距離があり、剣も大振りだったのかも知れないけど先程ガーゴ君を一撃で屠っている程の腕の持ち主。


そんな一撃を躱されたバスタルフさんは直ぐに体勢を整え距離を取る。


フランシスカさんはバスタルフさんの近くに向かい隣に付き剣を構えた。


「……これは、厳しい戦いになるぞ? バスタルフ」

「…………そうだな、しかしヴァンパイアと知っては見逃せぬ。俺にとって宿敵だ」


『…………面倒だな、大体二十分程でガーゴイルを倒した位の実力は持っているのか、こいつらは……』


何か……なんとなくだけど、ヴァンパイアくんは私たちと余り戦いたくない様な……そんな感じを私は受けた。


ジリジリとCランク者のバスタルフさんとフランシスカさんはヴァンパイアくんへの間合いを詰めている。


『仕方ない……』


空間に見えない霧のような靄が掛かり大量の蝙蝠がバスタルフさんとフランシスカさんの両名を襲った。


咄嗟の事にもギリギリで対応しているCランク者の両名に見えた。


「…………ぐっ」


バスタルフさんが左後ろ付近の脇を押さえているのか手で触っているのか……よく見るとそこには黒い剣のような物が刺さっていた。


フランシスカさんはバスタルフさんを庇う動きをしているが周囲には大量の蝙蝠しか見えない。


バスタルフさんは脇腹に刺さった何かを引っこ抜くと黒い剣のような物は蝙蝠に変化し手から逃げて飛ぶ。


五十匹以上はいるであろう蝙蝠の動きは勿論バラバラな動きをしていて空中を黒一色に染め上げている。


よく見るとフランシスカさんも結構、細かい切り傷のようなダメージを負っている様な動きの鈍さが少し見える。


私はその戦いを夢中で見ていたら、ふと近くにあった意識が私を離れる感覚がした。


「っ…………エレ先輩」


私の隣にいたエレ先輩は赤扉のラインを越えて中へと入ってしまった。


そのまま二人の下へと急いで走るエレ先輩。


多分は必然だった。

考えていた風になってしまった事に対し私は少しだけ悩んだ。


「…………生命の源より溢れしマナよ、万物と共にその対象を癒やしたまえ」


呪文詠唱……走りながら回復魔法を唱えている。


しかもあれって……。


「エリアヒール」


エレ先輩の呪文と共にその対象者であるフランシスカさんとバスタルフさんは蝙蝠の攻撃を受けながらも身に受けた傷が癒やされていく。


「くっ……何故来た…………とは言わん。助かったぞ、エレ」

「入ってしまったか……済まない」


『ふん……押しつぶしてくれようぞ!』


回復魔法によりこれから体勢を整えようとした瞬間だった。

ヴァンパイアはそう言うと蝙蝠が空中に増えた。


しかも動きが更に激しくなり三人を押しつぶそうとしている。


剣を振るって飛ぶ蝙蝠を叩き落とす二人の剣士。


エレ先輩は二人に守られながらしゃがんでしまっている。

…………そうだね、うん。私も行こう。私も赤い扉のラインを越えた。




うん。此処は――――――――とても広い。




ひとつ息を吸った。


「……根源より生まれた唯一の始まりセフィロトから重ね合う創造四原種の理よ、今此処に姿を形成し表現せよ。ファイアボール」


上級四種の中の魔法ファイアボール。


それは私が得意な魔法だ。

文言により私の手の中で練られていく炎の塊。


姉さんやラオーアくん師匠と闘技場で戦いつつ訓練された私のファイアボールは中々大きくしっかりと制御出来る様になってきた。


あの時のファイアボールにはまだまだ及ばないけど……。



狙いを蝙蝠が覆っている少し上、対角線上にヴァンパイアくんが見える。

そこへと狙いを定めた。


「いっけええええええええ」


今までのダンジョンの中とは違い大きな空間である此処ならファイアボールでも大丈夫。

そんな戦いのセンスが私に閃く。


ゴオオと音を立てるように進むファイアボール。

ヴァンパイアくんは気が付いたみたいだけど動こうとせず何かを叫んでいる。


その言葉に反応する様に大量の蝙蝠達がヴァンパイアくんがいる所へと戻っていくかに見えた。

ファイアボールは私の仲間三人の上を通過し、追尾するように大量の蝙蝠目掛けて進んだ。



『くそ! 間に合わない!』


ヴァンパイアくんからそんな叫びが聞こえた時ファイアボールはヴァンパイアくんと大量の蝙蝠へと衝突し空中で激しく燃えさかった。


『ぐああああああああ』


メラメラと燃える敵ヴァンパイアくんと蝙蝠たち、特に蝙蝠たちは翼にダメージを負ったのが致命傷らしく一匹、一匹と地面へと落ちていく。


中には片翼で飛ぼうと必死に翼を羽ばたかせる蝙蝠もいたがバランスが取れず地面に落ちる。


私の放ったファイアボールにより大量にいた黒い塊をかたどっていた蝙蝠は見る影も無くなっていく。


しかし、始めに空中に飛んでいた数と今飛んでいる数、地面に落ちた数……あれ?

なんとなく数が合わない事に気がついた私。よく見るとヴァンパイアくんの元へと蝙蝠は帰って行っている。

それは吸収する様に……同じ物質が重なり増える様な…………。

時間にすると数十秒、やっとその場所から移動しだしたヴァンパイアくん。バスタルフさんの剣を回避した時の様な早さは無く空中でよろめいてそのまま地面へと降り立つ。



『一体何なんだ! ふ……ふざけるな! 二割を失ったぞ…………おまえか!』


ヴァンパイアくんは敵を見つけたとばかりに私の方を見た。



その眼力に負けそうになる私。いけない、目を反らしては駄目。


『許さんぞ…………食らえ! ブラッドセンチュリー』


ヴァンパイアくんから私への距離は結構、離れている。


およそ二十メートル位か。


技を放つヴァンパイアくん。掌から現れたのは何だろう? 良く見えないけど恐らく私へと進んできている「何か」スピード感も何も無いが気がついた時にはもう遅かった。


手の届く所に敵の放った技が私を目掛けて飛んできていた。


……あ、これ避けられるかしら? 無理かも……って思った瞬間に「何か」は軌道を反らし私の頬をかすめた。


そして先端から消え去ってゆく。

理由が解らなく飛んできた方向を見るとCランク者の両名が敵の技を剣で斬っていた。


正確には斬ることは出来なかった様でその軌道を反らすに留まった様だ。


危ない危ない。お顔に穴が開いていたかも。


…………ありがとうフランシスカさんとバスタルフさん。私ドーナツにはなりたくないよ。

何ソレきっとおいしそう。


『グッ。もう保たないか…………チッ』


私の頬まで直線的に飛んできた黒い「何か」はヴァンパイアくんの所まで消え去り、そのままヴァンパイアくんも消えていった。


周囲を見回すと一匹だけ蝙蝠が天井の方へと飛んでいる。


弱っているのか飛び方も少しおかしい。


「ひぃちゃん、よろしく!」


私の背中辺りから飛び出した鴉のひぃちゃんはパタパタと蝙蝠を追いかけて真っ黒な鋭い嘴で蝙蝠のお腹付近をつついた。致命傷だろう。


『…………』


蝙蝠は地面に落ちる前、塵になり消えた。



『…………ナンバー三十九。攻略に成功しました。おめでとう御座います』


何処からとも無く無機質な声が聞こえた。


「ナンバー三十九…………そんな数字だったんだ」


確か一から十までみたいな感じで聞いていたからその三十九という数字に、ん? ってなった。


エリアの中心近く、地面に数字が記入されている所で合流した私たち。


「エレ、そして朋。助かったぞ。今回のは思ったより大物だった」

「…………そうだな。お前達二人の活躍が無ければ恐らくヴァンパイアを倒せなかっただろう。しかも二人とも見事なスキルだった」


偶々ですよー。

的な感じで照れ隠ししている私とエレ先輩。

確かにエレ先輩の使ったエリアヒール。夕顔ちゃんでもまだ上手く使えなかった筈。


それをあんな形で使って戦線を一瞬だけど整えた。

でも敵もさることながら……って感じだったよね。多分ヴァンパイアくんが強かったんだろうね。


「朋…………殆ど見えなかったけどあれはファイアボールだろ? 凄いな。お前ぐらいの年齢でアレを使えるなんて……」


「そうだな……蝙蝠達が離れていくから何事かとあの時思ったぞ」


「えっ…………ファイアボールって……凄っ」

「ファイアボールは今、私の一番得意な魔法だったのでこの広い空間ならと思い使いました」


「その見識は正しいぞ、朋」


やっぱり私のカンみたいな物は正しいようで、狭い空間でファイアボールを使うと跳ねっ返りもあるので基本使わない事が多いみたい。


フランシスカさんは私に教えてくれた。


「…………そういえば三十九番って何だったのでしょう?」

「あぁ…………それはだな、簡単に言ってしまうとイベントだな」

「そうだな、コラボイベントなんだろうな」

「え……何ソレ?」

話を聞いたところ、イベントの前段階のテスト的な事がたまに起こるらしい。


何ソレ? 今回のはガーゴイルくんが三番でヴァンパイアくんが九番で三十九って感じだったのでは? との事。しかもテスト状態だからか強さも緩和されていて恐らく敵ヴァンパイアは始めに話していた三割。


それ位の力しか持っていなかったのかも知れないなと、バスタルフさんに教えて貰った。

殆どが推測だけどなって話していたけどね。


イベントに関してはダンジョンは誰かの意志により定期的に変な事が起こるらしい。


コラボって……一体何のテストなの? キャンペーンか何か? 人を呼びたいの?


私には色々な疑問が残ったがそれ以上は誰も知らないのか話さなかったけどバスタルフさんは最後にこんな事を話していた……。


「此処でこれだから、本番はジュリアなのかもな」


その時の私は何の事か解らなかった。


知っていたら……解っていたら、何かが変わったかも知れなかったのに。

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