109雨降る前
わたしはおにいちゃんと分かれてから、クラスへと向かった。
二年生の教室があるのは二階。
ちょうど学年別で分かれていて、一階から一年生、二階が二年生。
そして三階が三年生、という形を形成している。
一年生のわたしが二年生の教室がある二階に上がること自体そうそうなく、おにいちゃんのいる教室にも行った事がない。
勿論わたしよりも年が上の人達しかいない空間。
そんな感覚にドキドキしつつ、おにいちゃんの教室を探す。
おにいちゃんはC組。
二年生はF組まで有るらしく、廊下から順番に探す様にクラスの名前が書いたプレートをドキドキしながら見ていく。
……ここかな? うん。大丈夫みたい。
わたしは教室に辿り着きおにいちゃんの席を探し座る。
机の中を少し漁らして貰い、予め聞いていた内容の物が入っていることを確認し席が合っている事にほっとする。
教室にはまだわたしを含めて三人しかクラスメートはいない様だ。
まだ時間が有る事を確認し、おにいちゃんとの打ち合わせ内容を思い出していた。
時間があっという間に経過し、クラスの人達もどんどん増えていく。
わたしは深呼吸を大きく一回して備えていた。
わたしは少しだけ心に余裕が出来たのかニヤニヤしながら今朝の事を思い出していた……。
おにいちゃんとわたしのお弁当箱をワザと間違えて入れた事。
時間と共に少しづつ大胆になっていく様な感覚がわたしを包む。
うーん。
これが慣れなのかなぁ……と考えつつ、おにいちゃんがお弁当箱を見たときにどう感じるのかを考えただけで、わたしの心はわくわくし顔のニヤニヤは止まらなかった。
早くお昼にならないかな~。
まだ授業さえ始まっていない教室の中で、近い未来の事を思い、少しだけ気持ちが逸った。するとそこで声を掛けられた。
「よっす朋。久々だなー」
その人物はわたしの前の席に座り、机の脇にカバンを軽く掛けながら挨拶してきた。
わたしは更に落ち着く為に一呼吸入れてから、気合いを入れつつ自然を心がける様に思い切って声を掛けた。
「おぅ、郷愁。久しぶり」
「珍しいな、二日間も休むなんて、風邪でも引いたか?」
目の前にいるおにいちゃんの友達はわたしの顔の様子を見ながら話してきた。
「あ、あぁ、そうなんだよ、郷愁。妹の穂美香も一緒に引いててさ、二人とも少し寝込んでたんだ」
「なるほどねー。そっか、二人ともじゃ大変だったろ、確か今、両親海外って言ってたもんな」
「そうなんだよ、まぁ、隣のあおちゃんに世話になったけどな」
「隣ってと、あお……柚葉か、それもそれで大変そうだな……」
この人もあおちゃんの事は知っているらしい。
その辺りもおにいちゃんからは聞いていた。
けど、やっぱあおちゃんはあおちゃんだよねー。
うーん。慣れないし、あおちゃんで良いよね。
「休んでいる間に何か、変わったこと無かったか?」
「変わったことねぇー。……お前がいない間、お昼時間にお前の机が右向いたり左向いたりしてたぐらいじゃねえかな?」
机が……あ、誰かがお昼に机を借りたのね。
「そうか、キョロキョロしてたか、きっと寂しかったんだろうな」
「まぁ、そんなもんだ、対した事は起きていないよ」
「しっかし、朋も風邪引くんだな、穂美香ちゃんに看病されるなら、俺も毎日でも引いてみたいが、柚葉じゃなぁ……生きた心地がしないだろうな、とどめ的な意味でな」
この人もあおちゃんが怖いのかなぁ? わたしも最近怖くなり始めたけど……。
「そういうなよ、面倒見も良いし、結構可愛いんだぜ? 知らないのか?」
「まぁ、顔もスタイルも申し分ないが、ありゃー無理だ、性格というか、気が強いというか、男勝りっていうのか……あの威圧感。強キャラのオーラ見えるよな」
目の前のノスタルジアさんはキョロキョロと周囲を見回していた。
「…………誰もいないよ。寂しいのか? 郷愁」
「だよな! あいつは怖いからなぁー。何度かお前が腹を殴られてるの見たときはどん引きしたもんな」
なぐ……おにいちゃんは結構殴られているらしい。
わたしはあおちゃんが誰かを殴っているの見たことないし、ちょっと信じられない気もするど…………。もしかするとおにいちゃんが一番の被害者なのかもしれない。
「幼馴染だしな、愛だよ、きっと。俺はその愛を受け入れたんだ。あの時だけは……もう充分だけどな」
「ほー、言うねぇー。俺も穂美香ちゃんの愛を受け入れる準備は何時でも出来ているんだがなぁ、御兄さん」
「……お前に御兄さん呼ばわりされる謂われはない。諦めろノスタルジア」
――――っと、こんな感じかな? 昨日のおにいちゃんとした対策が生かせている気がする。
「だーかーらー。その名前は頼むよ。な」
「国に帰れー穂美香は渡さん」
「ここが俺の生まれた国だ。残念ながらな。っと、そろそろ授業だ。用意せねば……」
「おっと、そうだな」
ふわー。
結構上手く会話出来たと思う。
合わせられたのは明美のお陰かもしれないなぁ……。
『キーンコーンカーンコーン………………コーン』
授業が終わると直ぐに人が少なそうな保健室近くの男性トイレに逃げ込んだ。
少しでも、時間を稼ごう。
これがどれ位続くのか解らないけれども…………。
「朋、腹でも壊しているのか? 休みになるたびトイレ行くって言ってるけど……」
「あぁ、少し、な……」
「そうか、それじゃ仕方ないな。……そういえば昨日、近くでルカニーのコンサートライブやってたみたいだよ」
「そうなんだ。郷愁は行かなかったのか?」
「俺も行きたいけど、お一人様だとなー。今度行こうぜー朋」
「まぁ、機会が有ったらな。考えておくよ」
「お、少しは前向きになったなー」
何時もは断ってたのかな? おにいちゃん、ルカニー可愛いよルカニーって言ってた様な気がするけど……。
「……そうでもないよ、気まぐれだよ」
「そうかー。じゃあこんどまた喫茶店行くか」
「ん? 喫茶店?」
「あれだよ、ツンデレ妹系の、お前が好きなお店『ハニーシスターアップルはにーにゃ』だよ」
「はわ! ……そうだな、それは是非行くか。あぁ、今度、近いうちに、必ずな!」
はっ……はぁにーしすたあー?
そ、それは聞いてないよおにいちゃん。
ツンデレでハチミツで林檎な妹なの?
猫もかなぁ……?
んん~。
やっぱりおにいちゃんはツンデレが好きなんだろうなぁ…………。
「……おっけぃーっと、また授業だ」
「うん。そうだね」
蜂蜜と林檎にはさまれた妹で猫なのかな……そしてツンデレ。
わたしは授業中そのお店の事をずっと想像していたらもうご飯の時間。
「さてとー飯だめしーって、朋もどっか行くのか? 珍しいな……」
「あぁ、ちょっと今日はお弁当を妹が入れ間違えてな、交換してくる、ついでにそっちで食べてくるよ」
「お約束ならではのドジっ子属性まで……穂美香ちゃんマジ天使。俺も行こうかなー」
「また今度なノスタルジア」
「だーかーらーさぁー」
「また後で~」
わたしはおにいちゃんがいるはずの、見慣れた教室へと足早に向かった。
◇◇◇◇
食事が終わり、あおちゃんに引きずられる様に腕を捕られ、わたしは教室に戻ってきた。
そのまま席まで連行されると、前の席のノスタルジアさんは顔を引きつらせてこちらを見ていた。
周りを見ると、クラス全体がざわついている。
ここでもそうなのかぁ。
わたしが思っている以上にあおちゃんの存在って何かが凄いのかもしれない。
「じゃあ朋、頑張ってね。私は…………応援しているわ」
「うん。ありがとうあおちゃん」
「ふふ。じゃあまたねー」
あおちゃん大まおーまおーは去っていった。
気が付いたら腕が痺れていて少し痛かった。
「朋。大変そうだな……」
「……そう……だな」
「何が有ったのか知らないけど行かなくて良かったわ……運が悪けりゃ巻き込まれ事故だ」
「はは、まぁ、来なくて正解だよ」
「そかぁー。今日も平穏は何とか守られた」
「そろそろ授業だな、これで今日も終わりかー。うーん」
わたしは軽く伸びをして次の授業に備えるべく気持ちも切り替えた。
本日最後の授業が終わり、今日を乗り切る事が出来た様だ。
これは慣れるまで当分は気を使うなぁ。
一日がこんなに長く感じるなんて。
とりあえず、おにいちゃんが来る筈だから、それまで時間を潰していよう。
『魔法騎士皇女レイの悲劇』を持ってきていたのでカバンから取り出し読み出す。
外は雨雲が増え、もう何時振り出してもおかしくない様な雲行きだった。
今日は念の為に折りたたみを持ってきているから大丈夫だけど、出来れば降らないで欲しいなぁ。
「お、朋。帰らないのか?」
「あぁ、今日は穂美香と一緒に帰る予定でな」
「そうか、じゃあ俺は用事が有るから先に帰るよ」
「何処か行くのか? 郷愁」
「うん。少し野暮用でな」
「まぁ、また明日。郷愁」
「あいよ。また明日だな~」
その後わたしは本を熟読していた。
この前買った本、魔法騎士皇女レイの悲劇はちょっと変わったお話で、子供の頃突然に多方面で才覚を表した皇女が色々な政策で国を豊かにしていく。
後に陰謀に巻き込まれて国の重鎮との間に子供を授かる事になり現国王は頭を痛めていた。
そこへ隣の小国が何故か攻めてきて国を奪われる。
現国王はギリギリの所で皇女に重鎮が手を引いた事を話し、言い伝えの秘宝と勇者の話をしてから逃がす事に成功する。
身重の中で初めは仕方なく探しだしたレイだったのだが、その秘法の力を必要とする理由がレイにも出来てしまう。
自ら大陸のあらゆる場所を隈なく探す事になるレイ。
だが、お約束さながらピンチになって捕まって~と、大体そんな感じの異世界もののお話だった。
うーん、そんなに悲劇っぽく無い気もするかなぁ、でもこんな凜々しく立ち回れるのは凄いなぁ。
思いと気持ちは大事だね。
三十分程経過し、本も大分読み進む中おにいちゃんはきた。
わたしは本をカバンに入れ、机の中を確認し席を立つ。
「おまたせー朋くん」
「あぁ、穂美香。帰るか」
わたしたち二人は雲行きの悪い中、少し急いで学校を後にした。




