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<8・誰かさんと歌うのならば。>

 予想通りと言うべきか、都は最初カラオケにあやめと二人で行くことに抵抗があったらしい。それは勿論、といってはなんだがあやめのことが嫌いだからという理由ではない。

 一つは、音楽の授業で歌う歌を決めるのにカラオケでいいのか?という疑問があったからだろう。これは、実際カラオケルームに入って曲検索をかけてみればすぐに解決した。思った通り、彼女はカラオケに入っている曲というのは、今時流行りのポップスや年輩者の好きな演歌や歌謡曲のようなものばかりだと思っていたらしい。合唱で歌うような曲はそうそうないと勘違いしていたようだ。まあ、これはカラオケにあまり行かない人間ならば珍しくもないことだろう。


「……びっくりした。音楽の教科書に載ってるような曲もいっぱいあるんだね。“翼をください”もあるし、“きみとぼくのラララ”とか懐かしいなあ。あ、“あしあと”だ」


 都は眼をまんまるにしてタブレットを操作している。かたっぱしから、思いついた曲を検索しているようだ。小学校中学校でやったような合唱曲が結構登録されていることにやっと気づいたのだろう。


「そもそも、音楽の授業だからって合唱曲に走らなきゃいけないわけじゃないんだからね?」


 あやめはやや呆れながらも、もう一つのタブレットをいじる。


「合唱コンクールとか、有名な歌手やバンドに作曲依頼するのも珍しくないでしょ。そのテのやつは普通にJポップ認識されてるじゃない」

「あ、よく考えればそっか」

「先生がわざわざ私達に自由に曲を選べって言ってきたのは、それこそどんな曲を選んでもいいってことだと解釈してるけど。本当にお堅い合唱曲しか認めないつもりなら、音楽の教科書や参考書から選ばせればいいだけなんだから」

「う、うーん……」


 それでも都は、まだ迷っているらしい。指を液晶画面で滑らせながらも呻いている。


「でも、他のみんながどんな曲を選んでくるかわからないし。先生もその……派手な曲や軽い曲は選んでくるなよ、って本当は言いたいかもだし。暗黙の了解っていうのを読み解けないと、私達だけ浮いちゃうってことにならないかな……」


 予想できたとはいえ、あやめは少々都が気の毒になってしまった。最初に見た時はそんな彼女に呆れてもいたのだけれど、今はそれよりも“不憫だ”と思う気持ちの方が強い。みんなに合わせて、みんなから浮かないように、みんなの中で普通でいられるように多数派に混じれるように――いつもいつも、そんなことばかり気にして他人の眼を伺ってきたのだろう。それはきっと、多くの友人達がさほど強い悪意もなく言った“空気を読め”“察しろ”という言葉の数々が原因なのではなかろうか。

 確かに、空気読みのスキルが要求される場面は多い。前世でもそれでなかなか苦労させられたあやめ=ブリジットだったが、この辛さで言えば現代日本の方が酷いかもしれないと思えるほどである。なんせ、就職の際一番要求されるものが、どんな学歴よりも“会社の中で円滑に仕事をこなせるコミュニケーション能力”だというのだから。

 現代日本で、コミュ障ほど生きづらい人種はない。仲間の様子を伺い、言葉にしなくても相手の言いたいことを先回りして人の嫌な仕事を率先してやる――求められるのはそんなタイプの人間ばかり。勿論リーダー系も必要だが、実際社会が求めているのは一割のリーダーと、九割の“黙ってリーダーに従える人材”だろうということはなんとなくまだ女子高校生のあやめにも想像がついていることである。

 それは、学校社会においても同じこと。

 あの志木映見奈はまさにそのリーダータイプで、本当に有能かはともかくある程度のカリスマ性を備えているのは事実に違いない。その彼女に、黙ってハイハイ言いながら従えるのが彼女の取り巻き達で、従属者タイプの人間というわけだ。都はその従属者になりきれなかったからこそハブられたのだろう。――間違ったリーダーにこき使われるよりも、その方がマシだとあやめ自信は思うけれども。

 世の中には読まなければいけない空気が多いということは、否定しない。

 けれど、本当のところ、十人が十人空気だけ読んでいたら世界は何も進展していかないのもまた一つの真実であるはずなのだ。地球は太陽の周りを回っている、という世間一般とはかけ離れた地動説を唱えた誰かさんが、最初は異端者だとハブられたように。そしてその革新的な説が後に唯一正しかったと証明されたように。


「……みんなから浮いたら、確かに恥ずかしいわよね」


 ゆえに、あやめは言う。


「でも、それって個人的には今更だと思うんだけど」

「え」

「だって、あんたがハブられてんのみんな見てるし?私があんたを強引に仲間にしたのもみんな見てるわけ。とっくに目立ってんのよ?これ以上何かしたところでもう大して変わらないと思うんだけど」

「そ、それはそうかもしれないけど」


 困惑したようにあやめを見る都。そう、今更空気を読んで迎合しなきゃと思ったところで、既に悪目立ちしているのは事実なのだ。大人しくて地味な曲を選んだって、印象が変わるわけではないのである。


「だったらブチ壊すくらいの勢いでいいんじゃない?」


 全部納得しろなんて無茶は言わない、都の性格ならそれも当然だ。

 わかっていてもあやめが言うのは単純明快、それがあやめの為で、多分都の為にもなると知っているからこそ。


「大体、あんた最終的には舞台女優になりたいんでしょ。そういう夢があるんでしょ。スポットライト当たって目立つ仕事をしようって人間が、目立つことから逃げてどうすんのよ」

「そ、それは……で、でも」

「どうせ目立つなら、良い方向で目立つってのを考えてみなさいよ。あんたも私も歌がすごく上手いわけじゃないけど、自分の声にあった歌を選んで少しでも上手く聞こえるように努力することはできるんだから」


 彼女は気づいていないかもしれないが、自分と都の声の組み合わせはけして悪いものではないと思うのである。都がやや高めで可愛らしい声であるのに対して、あやめはいわゆる“女性声優が演じる少年声”に近い声質だという自負があった。要するに、少女としては声がかなり低い方なのである。まったく違うからこそ、パート分けもしやすい。そもそも、こう言ってはなんだがあやめはけして歌が得意な方ではないのだ。ソプラノを都に任せて、自分は目立たないようにアルトで歌うのがベターな選択だと思っていた。

 この世界で、かつて悪役令嬢をやっていた時のように自分が目立とうなんて思ってはいけない。むしろ、思うべき見た目でもなけれればスペックではないことは誰よりあやめ自身がわかっていることである。自分は脇役に徹するべきだ――ヒロインの。癪なことだが、このネガティブ少女をロミーくらいの気の強い女に育てるには、それくらいしか方法はないのだから。

 そもそもどんな物語でも同じなのである。名脇役がいてこそ、主人公が輝けるものなのである。


「……そっか。うん、そうかも、だよね」


 都もどうにか飲み込んだようで、自信なさげながらも頷いて見せた。


「だとすると、逆に人と被らない方がいいのかな。それこそ同じ曲を選んだ人がいたら、出来を比べられちゃうし」

「もう、またそういうー」

「あ、そうじゃなくて。私達の方が仮に上手くても、相手が嫌な気持ちになっちゃうと思うんだ。……私はやっぱり、ナンバーワンよりオンリーワンの方がステキだと思うけど。同じ曲を選んじゃうと、なかなかそういうわけにもいかないだろうから」

「…………」


 自分達が下手だったら悪目立ちしちゃう、だけではなく。本気で相手のことも想像してそう言っているなら、それはそれで凄いなとは思う。根本的には、自分が弱いからこそ誰かの弱さが理解できる少女なのだろう。やっぱり度が過ぎたお人よしだわ、とあやめはため息をついた。それが、彼女のいいところでもあるのだろうけど。


「でも、本当に良かったの?」


 そして、躊躇いながらも都はこんなことまで言うのである。


「その、私と二人だけでカラオケなんて。あとの……ほら、いつも一緒にいる、宮島(みやじま)さんと武藤(むとう)さんだって来たかったんじゃないのかなって。というか、私を優先するみたいな形になっちゃってて、本当にいいのかなっていうか」


 そう、彼女が迷っていたもう一つの理由がこれだろう。宮島というのは沙乃子の苗字、武藤というのは加奈の苗字である。そもそもというべきかやっぱりと言うべきか、都は自分のせいで沙乃子と加奈のグループからあやめを引き離してしまったことに負い目があるらしい。


「気にしなくていいのよ」


 あやめはあっさりと告げた。


「本当の友達なら、いつも一緒にいなければいけないなんてこともないし、他の友達を優先したらもう仲間じゃなくなるなんてこともないんだから。それくらいでピーピー喚くような奴なら、本当の友達なんかじゃないって私は思う。過剰な空気読みスキルを要求したり、お荷物になったり。一番大事な友達って、きっとそういうもんじゃないわ」

「……強いんだね、あやめは」

「自分の中の優先順位と取捨選択がはっきりしてるだけよ。……それに、加奈はもう陸上部入ってるから、土曜日は忙しいでしょうしね。沙乃子はそもそもカラオケ好きじゃないし。というか、前に来たら凄いジャイアンリサイタルを披露してくれたんだから」

「え、見えない!」

「でしょ?それなのにかすれ気味の声質の問題なのか全然マイクに拾われなかったみたいで、採点機能で殆ど歌ってないことになってたんだから凄い話よね。……まあ、そういう奴もいるから、あんま歌唱力とか気にしなくていいんじゃないの。大事なのは、どれくらい想いがこもってるかどうかなんだし」


 いくつか気になった曲をメモしながら言うあやめ。なるべく、都が感情移入しやすい曲がよさそうだ。有名なドラマやアニメの主題歌、あるいは曲そのものがストーリーを想起させるものなんてどうだろうか。ミュージカル系も面白いが、いきなり初心者がやるにはハードルが高すぎるかもしれない。要求される歌唱力が高すぎるものはさすがに厳しい。

 それと、もう一つ問題が。


「……しかし、困ったわ」


 メモを取りながらあやめは呟く。


「私、高い声出ないのよね。……男性ボーカルの曲じゃないときっついんだけど、なんとかなるかしら」

「あら」


 このあと。二人で一緒に色々と歌ってみて、あまりの声域の違いに困惑を通り越して笑ってしまうことになるのである。

 まあ、それもそれで一興なのだろう。

 彼女と友人にならなければ、悩めなかったことでもあると思うのならば。


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