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<6・喧嘩なら言い値で買ってあげるわよ?>

 発表する歌は、どこかの演劇か歌劇から引っ張ってくるということでどうか。演技をするつもりで歌えば、いつも以上にモチベーションも上がるし都のやりたいことにも繋がるのではないか。なんせ、今回発表する曲は自由に選んでいいということになっているのだ。それこそポップスでもいいし、オペラだろうがミュージカルだろうかなんだって構わないはずである――あまりに長い曲や短すぎる曲は却下されるかもしれないけれど。

 あやめがそう提案すると、都も嬉しそうに賛成してきた。もう一つ、一緒に部活動見学に行こうという話にも。残る仮入部期間で、最低でも演劇部のことはしっかりチェックして自分に合うかどうか確認しに行かなければならない。もし水が合わないようなら、別の部活動を検討しなければいけないから尚更に。


『本当にありがとう、あやめ。その……何で私に、そんなに親切にしてくれるのかな』


 少し不思議そうに尋ねてこられて、あやめは再度“能力と実績が見合わない奴がムカつくからよ”と誤魔化した。まあ、前世の記憶があって、お前が前世のライバルに似てるからよ、なんて言えるはずもない。というか、自分が逆の立場だったら間違いなく頭がイカレたと思うだろう。


――っていうか、何であの子が苛められっ子に収まってるのか。なんか見えちゃった気がするわ。


 半日じっくり話しただけで、なんとなくわかった。音楽の時間に、あぶれていた都とペアを組んでやっただけ。そして一緒に音楽の課題をこなすための提案をして、一緒に部活動見学をする約束をしただけ。それなのに、都はどうにもすっかりあやめに気を許しているようだった。散々酷い目に遭ったはずなのに、お人よしが過ぎる。というか、警戒心がなさすぎる。自分がまた騙されて、友達に捨てられるかもしれないという不信感がないのがおかしい。

 根本的に人が良いのだろう。

 同時に、とにかく疑わないように、と自分に言い聞かせているのかもしれない。彼女にとっては疑うことよりも、それを考えて暗い未来を想像することの方が恐怖なのかもしれなかった。なんとも憐れな話である。あれだけ綺麗な顔と誠実な性格を持ち合わせているというのに、どれほど日々ちみちみと搾取され続けてきたのやら。


――ま、乗りかかった船だし。ていうか、私があいつを強引に自分の船に乗せちゃったようなもんだし。こうなったらやれるだけやってやろうじゃないの。


 問題は、と。

 学校の廊下を歩いていたあやめはぴたりと足を止める。休み時間に、わざわざ人気の少ない西棟の四階へ足を運んでいたのには理由があった。向こうが、話しかけやすくするためだ。つまり、自分のうしろから律儀に尾行(堂々としすぎているが)してきている連中と話をするために。


「私って人気者?」


 振り返りつつ、あやめは言った。


「みんな揃って、私のファンクラブにでも入ってくれるつもりなのかしら。会員なんか募集したつもりないんだけどね」

「あらあらあらー」


 あやめの言葉に、後ろからついてきていた四人組――そのリーダー格であろう少女・志木映見奈がわざとらしく笑い声を上げた。

 派手な金髪に染めた頭に、校則違反の化粧を堂々と施した顔。クラスではそれとなく明るく元気なキャラを装っているし、美人には違いないのでその外面に騙されている人間もいるが。実際は、不良生徒以外の何者でもないことをあやめは知っている。なんせ、この数日でこっそり情報収集していたからだ。クラスの毒になりそうな奴、敵になりかねない奴のことを知っておくのは自分としては常識である。社交界ほどでなくても、いつ寝首をかかれるかわからないのは何処に行っても同じなのだから。


「自分が誰かの人気者になれるくらい素敵な見た目だと思ってるの?お気の毒う~」


 映見奈の言葉に、くすくすと悪意のある笑い声が上がる。今更そんな言葉で傷つくあやめではない。むしろ、罵声を浴びせられるくらい承知の上で人気のない場所に誘導したのだから。


「それがあんたの本性ってわけ?志木映見奈」


 ふん、とあやめは鼻を鳴らした。


「ノジマ製薬のお嬢様、成績優秀なクラスの人気者、男子の人気ナンバーワン。……そんな子の本性が、人の見た眼をあげつらって嗤うような人間だった知ったら、みんなさぞかしがっかりするでしょうね。まあ、あんたの本性に気づいてる奴は既にあんたのこと避けまくってんでしょうけど」

「……へえ」


 映見奈の眼が、少し面白そうに細められる。


「チビデブのくせに、随分威勢がいいのね。清水さんとは大違い。まあ、人眼を気にしてヘイコラするようなつまんないキャラなら、あたし達に嫌われたぼっち女に構うことなんかしなかったでしょうけど」

「随分な言い方するじゃない。清水都は、あんた達の友達だったんでしょ。いつも一緒のグループにいるなーって印象だったのに、なんで急に追い出すの。あの子が何かしたわけ?」

「むしろ肝心な時に何もしないから問題なんじゃない、ねえ?」


 彼女は傍の友人達に、同意を求めるように語りかける。


「せっかくあたし達のグループに入れてあげたんだから、あたし達が望むことを察知して先回りするくらいしてくれないと。いっつもびくびくびくびく、嫌われないように嫌われないようにってしてるくせにさー、あたし達の意見にはっきり賛成してくるでもないし?でもって、あんな地味子には似合わないところに行こうとしてるってのに、自分も一緒に行っていい?みたいに混ざって来るのもムカつくし?……みんなへの貢献度が低いんだから、せめて日頃から高いパフェ奢るくらいの甲斐性見せればいいものをそれさえしないしね。そのくせ、ちょっとはっきり言ってやれば、自分が被害者だと言わんばかりに落ちこむわけ。そりゃこっちも“マジでうぜぇ”になるでしょ?」


 なんとも自己中心的過ぎる言い分だ。ここまでくるといっそ清々しいほどである。同時に、あの掲示板の書き込みがこの女主導で行われたものだと確信する。ほぼ掲示板での発言と、この女の証言が一致しているからだ。


「可哀想ね、アンタ」


 きっと都なら、こんなことを言われたら涙目で黙り込んでしまうことだろう。

 しかし残念ながら、ここにいるのはあやめである。お生憎様、この程度のイヤミでメンタルが削れるほどヤワな性格していないのだ。


「友達のこと、貢献度とかお金とか?そういうもんでしか評価できないんだ。あるいは、相手に貢げば貢ぐほど愛して貰えると思ってるタイプ。なるほどなるほど、そんな重たい女じゃ彼氏がとろくに長続きしないってのも頷ける話よねー」

「なっ」


 まさかこの方向で来るとは思ってもみなかったのだろう。一気に映見奈の顔が紅潮する。


「いやいや、いいのよいいの。友達とか恋人とか、そういう考えって人それぞれだもんね。でも小学校の頃から男と付き合っても最大で三か月しか持たないし、最速数時間でフラれるようなのはちょっと御気の毒だなあって思うだけ。そりゃあんたは私より綺麗だとは思うけど、性格がそこまで三回転半捻りして複雑骨折してたら無理よねー。あーこの間振られた彼氏には、深夜にまで電話かけまくってきて重たすぎるって言われたんだっけー?そりゃあっちにも思われるわよね、“マジでうぜぇ”って」

「な、なっなっ……」


 さっき彼女が都に対して言った言葉を、そのまんまブーメランにして返してやる。すると、映見奈の顔が赤から、血の気が引いて青く変わっていくのがなんとも面白い。まるで信号機ね、とあやめは内心で嘲った。

 このへんの情報収集は全て、魔法を使って行ったものである。下級召喚獣の中には、情報収集・偵察専用のものがあったのだ。小さな羽虫のようなものだが、特定のキーワードを指示して離すと、それに関して詳しく知っている人のところに飛んでいき、いろんな証言を持ち帰ってくれるのである。

 魔力を感知できる魔術師ならば、すぐにバレるよな極めて初歩の魔法の一つだ。隠蔽工作もせずに飛ばしたらすぐに捕まって逆探知され、術者が誰なのかもこっちの場所もわかってしまう諸刃の剣。実際、前世と違って一部の魔法しか使えない今のあやめには、複雑な隠蔽魔法などかけられないから尚更に。

 が、幸いにしてこの世界に魔法はない。恐らく魔力を感知できるような人間、なんてのもいたところで稀だろう。おかげで情報を調べるのは極めて簡単だったのだ。なんせ、前世ではこれがインターネットに替わる探索手段の一つであったのだから(前世の世界は魔法文明が発展している代わりに、科学技術は十九世紀レベルであったためである)。


「あら、仲間にも知られたくない話だった?ごめんあそばせー」


 おーほっほっほ、とあやめは高笑いしてみせる。こちとら本家本元の悪役令嬢なのだ、たかが現世の不良少女程度に格で負けるつもりもないのである。


「悪いけど、これくらいの調査ができるツテなんかいくらでもあるのよねー。……あることないこと吹聴されたくなかったら、余計な真似なんかしない方が身のためよ?私はね、清水さんほど甘くもないし弱くもないの。敵と判断した奴を排除するために手段なんか選ばないわよ。……今はこれくらいで勘弁してあげるけど、もし私達にこれ以上余計な真似してくるようなら……わかってるわよね?」


 凍り付いている映見奈と、ややおろおろしている取り巻き三人の前にずんずんと迫って行き。あやめは凄絶に微笑んでみせた。


「喧嘩売るなら、相手は選んだ方がいいってこと。……潰されたくなければね」


 それは、あやめの本気の警告にして、唯一の善意だった。自分も丸くなったものだ。ここで引くなら見逃してやる、なんて。前世の己ではけしてかけなかった慈悲である。


「……い、いい気になってんじゃないわよ」


 映見奈は冷や汗をかきながらも、告げた。


「喧嘩を売るなら、相手は選んだ方がいいって?その言葉、そっくりそのまま返すわ。あたしにはたくさん味方がいるんだから」

「あらそう?それもそれで面白そうね。ただしこちとら、売られた喧嘩は高額買取返品不可だからそのつもりでね」

「じょ、上等だわ……!」


 たくさん味方がいる。つまり、自分で真正面から、あやめに喧嘩を売る度胸もないということだ。なんという小物の常套文句なのだろうか。

 こんな奴らに、都がびくびくさせられていたと思うと情けなくて仕方ない。


――まったく、後できっちり教えてあげなきゃね。


 こんな連中に構っている暇などないのだ。

 喜ばしいことに、これからの学生生活――自分にはたくさん、やるべきことが出来たのだから。

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