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<5・黙らせなさい、実力で!>

 あやめは前世で、ガッチガチの貴族社会にいた。

 生まれ持った身分が、そのまま人の価値を決めてしまうような世界である。唯一軍に入って兵隊となり、出世すれば元庶民であっても貴族同然の暮らしができるようになるが(あとは修道士や修道女になればかなり良い生活ができるという噂もあった)、その道は女性であればかなり限られている。自分達の世界では、兵士というのはつまり魔法を使える魔法騎士のことに他ならないからだ。魔法も使えて武器も扱えて、さらに男顔負けの身体能力がなければ女性が活躍することは難しい。

 ゆえに。低い身分に生まれたから、そして女であるからというだけで評価されない人間が数多く存在し、それは努力だけで簡単に覆されるものではないということを嫌と言うほど見てきたのである。


「人は、平等なんかじゃないわ」


 あやめは都に、はっきりとそう言った。


「見た目だったり、階級だったり、環境だったり親だったり。そういう、本人の努力ではどうしようもないことがいつだって自分の道の邪魔をする。そういう区別が必要なケースもあるけど、私はそういうもののせいで人が正しい評価をされない、扱いを受けられないってのがすっごく嫌いなのよね」

「そうなんだ」

「ええ。……例えば、よく言われる話。大きな音楽のコンクールや、大きな映画の俳優が表彰される授賞式とかが色々あるでしょ。でも、昔よりマシになったとはいえ、明らかに受賞者の人種だとか国籍が偏ってると感じることはない?勿論、実力上位順に正しく評価していったら、たまたま国籍や人種が偏るなんてことも充分あることだと思ってる。だから絶対差別があるとは言わない。でも、差別がないとも言い切れない。そういうの、あんたもたくさん見たことがあるでしょ?」


 かつての世界。オペラなどの歌劇や演劇を、家族と一緒に見に行くことも少なくなかったあやめ=ブリジット。伯爵令嬢であったため、要するにそういう娯楽を楽しむことには事欠かなかったわけだが――次のプリマドンナの公開オーディションを見た後、結果を確認して首を傾げることが少なくなかったのだ。何故なら、実際に“この子が採用されるかな”と思った予想が当たった試しがなかったからである。

 スポットが当たるのはいつだって、“この国の戸籍を持っている”“上級貴族の娘”ばかりだったのだ。オーディションを受ける資格も、劇団に在籍する資格も、身分関係なく持ち合わせているはずだというのに。特に、劇場オーナーの娘や孫なんてものの採用率の異常な高さときたら。それを見て、何度失望させられたか知れない。どれほど実力があっても、才能があっても、結局身分とコネに勝つことはできないのかと。そんな劇団が作る舞台が、最高のものになるはずがないというのに。


「完全に、完璧に、客観的に人を審査できる人間なんていない。人間である以上それは仕方ないこと。例え差別意識やフィルター、圧力がなくても完全に平等な審査なんてできるはずがないの。……でもね、どんな差別も偏見も乗り越えて、正しい審査をさせる方法が一つだけある。それは、圧倒的な実力で観客と審査員を黙らせることよ。例え身分の低い娘であろうと、差別されることの多い人種であろうと……いじめられている女の子だろうと。圧倒的な実力を見せつけられたら、その子を認めるしかなくなる、選ぶしかなくなるの」


 ぴしっ、と都の額を指で弾いて、あやめは断言した。


「クズどもは圧倒的な実力で黙らせて、ねじふせてやればいいのよ。あんたにはそれだけの素質があるんだから」


 都が、今の自分に本当に甘んじているつもりなら、そしてこの状況のままでいいと本当に思っているのなら。あやめとて、こんな話はしていない。だって彼女はついさっき、はっきりと言ったではないか。




『その、こう言っちゃなんだけど、人の悪口がちょっと多くて。あと、どこどこの部活の誰がかっこいいとか、タレントの誰々のイベントがどこにあるとか、どこのコスメが可愛いみたいな話はちょっと興味がないから』





『うん。……そうじゃないと、ああいうグループ分け学習をするときとかに必ずあぶれて、惨めな思いすることになるから。それなら、多少話が合わなかったり空気が辛くても、無理にでもどこかのグループに入れて貰ってた方がマシかなって』




 彼女とて、志木映見奈たちの悪性はよくわかっているし、不満もある。

 あぶれて惨めな思いをするのが嫌だから、無理に彼女達と一緒にいるだけ。納得していないのは、明白なのだから。


「……私、そんな実力なんて……」


 目を泳がせるのは、今までの経験で散々自信を奪われてきたからだろう。コンタクトにしないで分厚い眼鏡をかけているのも、前髪をやたら長く伸ばしているのもそういう理由なのかもしれない。


「この間、音楽で“翼をください”をみんなで歌ったでしょ?」


 そんな都に、あやめは言う。


「確かに、あんたの歌が飛びぬけてうまいとは思わなかったけど。でも、声は誰より響いてるなって思ったわけ。いつもそうやって引っ込み思案で、ぼそぼそ喋るくせに、歌は随分ちゃんと歌うんだなーっていうの?真面目だからちゃんと授業では歌うしかないって思ったのもあるんだろうけど、私はそれだけじゃないって感じた。あんた、日ごろからボイストレーニングとかやってたりしない?」

「え」

「あんたが人前に出て目立つのが絶対に嫌、恥ずかしいってなら私だって無理強いしないんだけどさ。本当は、人前でスポットライトを浴びたい、自分を変えたいって心がどっかにあるんじゃないかなーって思ったんだけど、どう?」


 視線を泳がせる都。明らかに図星だなとわかった。

 いくら授業とはいえ、みんなで歌うのに躊躇する学生は少なくない。合唱コンクールに参加するともなれば多少本気にもなるだろうが、羞恥心が勝って大きな声で歌えない生徒は少なくないはずだ。特に中高生にその傾向が強いと聞いたことがある。

 そんな中、普段は大きな声で話すこともできない都がとてもいい声で歌っていた。歌唱力という意味ではまだまだだが、あやめとしては素質を感じるに充分だったわけである。


「新しい自分になりたいって思うのも、華やかな場所を目指してみたいっていうのも。……全然、恥ずかしいことじゃないのよ」


 少しだけ意識して優しい声を出せば、都はちょっとだけ頬を染めて呟いた。


「……わ、笑ったりしない?」

「しないってば」

「……そう、だよね。毒島さんなら、いいかな」


 彼女は少しだけ躊躇った後、机の中から大学ノートを取り出した。それはいつも彼女が休み時間に、何か落書きのようなものをしているノートだとすぐに気づく。いつも何を描いていたんだろう、と思って見れば。


「……お姫様?」


 なんとも可愛らしいものが出てきた。それは、ドレスのようなものを着た女の子が両手を広げて、スポットライトを浴びている絵だったのである。両脇には吹き出しがついていて、何かの台詞のようなものも喋っていた。全身にリボンっぽいものがついたドレスを着た少女は、少女マンガっぽい顔で眼をキラキラさせている。お世辞にも上手とは言えない絵だったが、それでも夢がいっぱい詰まっているのは見て取れた。


「想像の世界ではね。私は、地味で後ろ向きな女の子じゃなくて……舞台の上で、女優みたいに活躍できる女の子になってるの。絶対に叶わない、馬鹿げた夢だと自分でもわかってるんだけど」


 顔を真っ赤にしながら、都はぼそぼそと話す。


「実際の自分が、絶対持ってないもの、なれないものに憧れちゃうの……昔から。現実の自分が嫌いだから、想像の中だけでは理想の自分になりたくて。変わりたくて。こんな私でも、誰かを笑わせたり喜ばせたり、そういうことができたらいいなって。……こっそりボイストレーニングのオンライン講座やってみたりとかするだけで、自分でお芝居したり歌ったりするような動画を投稿する勇気もないんだけど……」


 どんどん小さくなっていく声。あやめはあっけに取られて、その大学ノートの絵と都の顔を交互に見た。


――この子は……。


 あまりにも性格が違う。だから、都はロミーとは別人なのかもしれないと思い始めていた矢先である。

 二人の共通点を、見つけてしまった。

 ロミーは最終的に、メイドで働きがてら魔法騎士を目指してこの国を守る道に行くのだが――そんな彼女には、もう一つ夢があったのである。それは、舞台でプリマドンナになること。歌も上手じゃないし、ただお芝居が好きなだけの労働者階級の娘にそんなことできるわけないんだけど――と。そう苦笑しながらも、彼女がいつか語ってきたのを思い出したのである。


『でも、夢を見るのは自由だから。……私はお嬢様より身分は低いですし、性格も悪いですけどね。でも、どんな不平等な環境であっても、人の心だけは自由で、絶対譲れないものだと信じてるんです。だから夢を諦めないし……お嬢様に絶対負けないんです。今までも、これからもずっと』


 彼女はもしかして。

 前世で叶わなかった夢を、この世界で叶えようとしているのだろうか。

 それともそう感じてしまうのも、自分のこじつけにすぎないのだろうか。


「……今回の歌の発表は、嫌でも全員人前に立たなきゃいけないもんだものだけど。あんたにとっては、案外丁度いい機会だったのかもね」


 いつだって、自分の望むものは自分の力で叶えてきた。あるいは、最大限叶える努力をしてきたはずだ。今の“あやめ”はともかく、ブリジットにはそれだけの力があったのだから。そんな自分を、思い出していた。それだけの自信に満ち溢れ、諦めることを知らなかった悪役令嬢を。


「じゃあ、みんなに見せつけてやりましょうか。あんたが“プリマドンナ”に相応しい存在だってこと。授業だけじゃなくて、それ以外の場所でも」

「え、え?」

「脇役なんて趣味じゃないけど、今回ばっかりは譲ってあげるわよ。ていうか、あんたが主役になってくれないと私がムカつくからなんだけど」


 都も自分も、まだ部活動を決めていない。仮入部期間はあと少し残っている。だから。


「仕方ないから付き合ってあげるわ」


 部活動案内のパンフレットを取り足て、あやめはにやりと笑って見せたのだった。

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