<4・怯えてちゃ未来は変わらない。>
今回の課題は、約一カ月。その間に二人で歌う曲を決めて練習し、最終的に皆で発表しなければいけない。当然、今どんな歌を歌うのかなんてその場数分の話し合いで決められるわけでもなし、お互いに授業外でも連絡を取り合うなり、次の授業の時にさらに話し合うなりと持越しになったわけだが。
そういう密度の濃い授業ならば当然、相手の連絡先を知っていた方が無難ということになる。その日の放課後の教室にて、あやめは都と連絡先を交換することになったのだった。そして、都からそれとなく“例の四人組”の話を聞いて渋面を作ることになるのである。
「LANEグループ作ったよーって連絡が来て入ったら、他の四人がみんな揃って抜けたってソレ……典型的すぎるでしょ」
どうやら。あんな感じで、都だけハブを食らうのは、珍しいことでもなんでもなかったらしい。授業中にあそこまで露骨なのはさすがにそうそうないが、小さなことで仲間外れにされるのはちょいちょいとあったようだ。しかも、まだ高校生活が始まって一カ月も過ぎていないにも関わらず。
「あんた、イジメられてんのよ。そいつら揃いも揃って性格悪すぎでしょ、何でそんなグループに無理やりいようとすんの」
元悪役令嬢で、前世ではもっとやばいこともロミーにしていた自分が言うのもあれだけど、とは心の中だけで。というか何度も言うように、ロミーだったならそんな連中にやられっぱなしで済ます筈がなかっただろうが。
「……理由は、なんとなくわかってるんじゃない?あやめなら」
そのロミーとそっくりの顔で、自信なさげに笑う都。
「小学校、中学校、高校。みんなどこでも同じなんだよね……班分けだのグループわけだのペア決めだのっていうことから逃げられない。どこに行っても、何をしても、そういうものを決めなくちゃいけない機会が多すぎるの。私は本当は、一人二人仲の良いお友達がいればそれで充分だけど、このクラス活発な人が多くて……初動で、そういう人を見つけて友達になれないと、いっつも失敗しちゃって」
「まあ……こう言っちゃなんだけど友達出来るかどうかって最初の一カ月くらいで決まりがちになるところあるけどさ。すごくフレンドリーでコミュ力爆発してる人なら、いくらでも後から声かけしたりできるんだろうけど」
「うん、でも私はそういうタイプじゃないから。……たまたま名前の順で最初に座った時、席が近かった人のグループに入れてもらったの。志木さんは友達も多いし、一緒にいると私も明るいキャラになれるような気がしたから……」
まあ、わからない話でもない。クラスが始まった一番最初は、名前の順の席からスタートすることがテンプレだ。だからはじめは、名前の順で近い人と話して、友達になろうと努力をするものである。たまたまそれが、“清水都”の前に座っていた“志木映見奈”だったということだろう。あの四人組の、リーダー格である派手系女子だ。
「あんまり趣味が合わないな、とは正直思ってたの」
ちらり、と教室の様子を伺いながら言う都。こんな話ができるのも、件の映見奈たちのグループがさっさと帰ってしまったからだった。彼女達はどうやら部活動見学をするつもりもなく、帰宅部で通すつもりでいるらしい。毎日みんなでどこかに遊びに行っているのだと言っていた。
「その、こう言っちゃなんだけど、人の悪口がちょっと多くて。あと、どこどこの部活の誰がかっこいいとか、タレントの誰々のイベントがどこにあるとか、どこのコスメが可愛いみたいな話はちょっと興味がないから」
「それでも、一度グループに入ったらもうそこしか居場所はないって思ったわけだ?」
「うん。……そうじゃないと、ああいうグループ分け学習をするときとかに必ずあぶれて、惨めな思いすることになるから。それなら、多少話が合わなかったり空気が辛くても、無理にでもどこかのグループに入れて貰ってた方がマシかなって」
言いたいことは理解できる。クラスで、“いつも一緒にいる友達”がいない生徒は、辛い想いをする機会が多いのも事実だ。それこそ席替え一つとってもそう。何かにつけて、“仲の良い人同士で”組ませたがる先生は多い。クラス全体で仲良しであってほしい願望もあるのだろうし、友達がいない生徒にはそれをきっかけに誰かと仲良くなって穏便に済ませたい気持ちもきっとあるのだろう。残念ながら、友達がいないなら作ってね、なんていうほど物事は簡単ではないわけだが。
想像はつくというものだ。というか、あやめが比較的仲良しだと自負している二人のうち、沙乃子がまさにそのパターンだと感じるからである。いつも行動が、ワンテンポ遅れている彼女。前にあった別のディベートの授業の時にあやめが声をかけていなければ、彼女もまた都同様にクラスでぽつーんとしてしまっていたかもしれない。
世の中には、一人でいても平気な人間と、本当は一人でいたくないけど友達を作るのが苦手で一人になりがちな人間、あるいは凄く仲の良くて気兼ねしない少ない友達は欲しいけど一人でいた方が本当は気楽な人間――などがいる。あやめはぶっちゃけ、一人でも割と平気な人間だった。それこそクラスで仲良しができなかったら、今回の場合どっかのグループにずんずん近づいていって入れてくんない?と頼むくらいのことはできていただろう。
でもきっと都は違う。自分なんかが入ってくれと言ったら相手に迷惑になるし、とかなんとかかんとか思ってしまって、自分から一切動けなくなっていたのだろう。本当は、あんないたたまれない状況など一秒も早く脱出したい、友達を普通に作りたいはずだったというのに。
「あんたみたいな考え方の人間は、珍しくないと思うけどね。ろくでもない連中に無理やり迎合して自分を押し殺した挙句、それで結局仲間外れにもされてたんじゃ意味ないと思わない?」
しかも奴らときたら、あんな風に音楽の授業で都を堂々とハブっておきながら、謝罪一つせずとっとと家に帰りやがったのである。罪悪感どころか、“自分達が受けた不快感の正当防衛をしたまで”くらいには思っていそうだ。
いや、ひょっとしたら後でメールやLANEで“ゴメンネー(笑)”くらいの謝罪は送ってくるかもしれないが。そんな言葉で、許していいようなことではないはずである。
「どうせ、相手に嫌われるかもしれないと思ったら、嫌なことも嫌とは言えなくてハイハイ従ってたんじゃないの?一緒に遊びに行った先で片づけ押しつけられるとか、ノリと勢いでやりたくもない一発芸をいきなりやらされるとか、他のメンバーよりちょっと多くカラオケ代払わされるみたいなことさ」
「……それは……確かにそういうこともあったけど、仕方ないよ。私、みんなと違って華やかじゃないし、話にもついていけないし、空気も読めないし……迷惑かけてるんだから、それくらいは全然」
「仕方なくねーよこの馬鹿!」
「!」
びくり、と都の肩が跳ねる。思わず強い言葉が出てしまい、少しだけあやめも後悔した。だが、自分が間違ったことを言っているとは思っていない。この僅か一カ月足らずで、どうやらあの連中はこの少女から自信を奪うに充分なことをしてくれちゃっていたらしい。
というか、この様子だと、小学校中学校でも似たような経験を繰り返していそうである。自分は空気が読めない、可愛くない、みんなに話が合わせられない、なんて駄目な人間なんだ――彼女がそう思いたくなるような経験や言動をしこたま浴びせられてきたのではなかろうか。
――ありえない!マジありえない!
あやめは腹が立って仕方なかった。ロミーと同じ顔だの転生者だのというのは一端置いておくとして。この少女が、ちょっとみないくらいの美少女であるのは言うまでもなく明らかなのである。成績は――現在まだ中間試験も何もないので想像がつかないが。それでも授業態度は真面目だし、清掃活動など一つ見ても勤勉な性格が見て取れるというものだ。黒板に書いた文字も綺麗だった。ムカつくが、非常にムカつくがけして長所がない人間ではないと思うのである。ただ少しネガティブで、ものをはきはき喋るのが得意ではないというだけではないか。
それなのに、何でこんなザマになっているのか。
悔しくてたまらない。あやめにとって――ブリジットであった頃の自分にとっても。一番腹立たしいことの一つが、“正統に下されるべき評価が下されない”ことであったのだ。元々ロミーにムカついていたのは、両親が身分の低い娘を相応に扱わなかったということもある。確かにロミーは他のメイド達の誰よりも美しかったが、だからといって可哀相な孤児だからという理由だけで、彼女にだけ綺麗なドレスを与えたりご馳走をあげたりなんていうのはどう見てもやりすぎなのだ。他のメイドたちがあまりにも気の毒というものではないか。
自分に対してもそう。同じことがロミーにできたら評価するのに、ブリジットにできたら“そんなことできて当たり前”みたいにスルーされることが続けば、そりゃ反発も生むというものである。似たような経験はロミー相手以外でもあったし、もっと言えばブリジットの評価以外でもまま見かけたことだった。
頑張っている人間が、それに相応しい評価を受けられず、無能な愚者が堂々とのさばっている。
あやめにとってこれ以上なくありえない状況が、今まさに此処にあるのだった。
「……あんたね」
少し息を強く吸って、吐いて。あやめは気持ちを落ち着けて、口を開いた。
「私が見たところ。このクラスで一番可愛い女子はアンタだから。すっごくムカつくけど」
「え、え?」
「あと、掃除を誰より真面目にやってるのもアンタだし、人が嫌がる仕事を積極的にやろうとするのもアンタ。……自分も女子なのに、背が高いからってだけで力仕事こなそうとするでしょ。人の荷物持ってあげたりするとかさ。そういうお人よしだからつけこまれるんだろうけど……それは、本来長所だから。あんたには、ちゃんといいところがたくさんあって、それを見てる人間は私以外にもいると思うのよ」
彼女を教室で見つけてから、ずっと気になって目で追いかけていたから知っている。
この少女はもっと、他人に評価されるべき存在だと。
「あいつらは、あんたが空気読めないからあんたに冷たく当たるんじゃない。ただあんたが美人で、あんたがそういう評価を受けたらムカつくからあんたから自信を奪おうとしてるだけ。そういう小物な連中なのよ。あんたが奴らに合わせてレベル下げてやる必要ないし、そんなことしたらもっと思い上がらせるだけよ」
自分は、ヒロインになんかなれない。
ちょっと前世の記憶があるだけの、恐ろしく気が強い、モブ顔女子の脇役にしかすぎない。そんなこと、もうとっくの昔に諦めている。
でも、目の前のこの少女は、違う。
「見返してやりましょう」
ロミーと同じ顔の少女が。
自分がライバルと認めた少女が。
こんなところで潰れていくなんて、我慢がならない。
「私があんたを、ヒロインにしてあげるわ」
馬鹿を相手にするなればこそ。正々堂々、正面突破でブチ破ってやるべし。