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<24・約束したの、確かに。>

「何、何が起きたの!?」


 ブリジットは周囲を見回した。夜遅い時間でも、起きていた人間は少なくなかったのだろう。否、これだけ派手にサイレンが鳴り響いていれば嫌でも眼がさめるに違いない。近くの宿舎からわらわらと労働者達が出てきて、何事かと空を見上げていた。


「空襲警報……で、でも宣戦布告なんて……」


 絶望的な面持ちで空を見上げるロミー。ブリジットの脳裏に、バトル・オブ・エメラルロードという文字が流れて消えて言った。有事の際は一丸となって敵対勢力を迎え撃て、と繰り返し国の大総統が国民たちに説いていた演説を思い出す。

 隣国との関係が悪化していることも、いつ戦争になってもおかしくないことも、その隣国のマナーが極端に悪いことも知ってはいた。だからといって、まさかこんなにも早く事が大きく動くとはどうして想像できただろうか。


「あれは何だ?」


 道に飛び出してきていた男の一人が叫んだ。暗い空を明るく照らす、火の玉のようなものが飛んでいる。それがこちらに向かって落ちてきていると気づいたのは、逃げようもないほど光が眼前に迫ってからのことだった。


「に」


 逃げなきゃ、と思った瞬間。ブリジットは誰かに強く突き飛ばされて道を転がっていた。

 そして、世界は真っ白に染まり、暫く追放された元伯爵令嬢は意識を失うことになったのだった。




 ***




――思い出した。


 あやめの体は、反射的に動いていた。


――あの時、空襲で。よりにもよって爆弾が、すぐ近くの建物に落ちてきて、爆発したんだ。


 突き飛ばされた都が尻もちをついてひっくり返る。彼女が転がる様、そして驚愕に目を見開く様がスローモーションのように見えた。


――場所が悪かったのよ。労働者どもが暮らす、耐震構造もへったくれもないボロいアパートの近くだったんだもの。屋根から爆弾をぶっさされて、爆発して。……崩れない筈がなかったんだわ。そんなこと、その時の“わたくし”は考えることもできなかったけど。


 何が起きたのか。

 脆い建物と塀がもろに崩れて、自分達の上に巨大な瓦礫となって降ってきたのである。だが、ブリジットは助かった。助かってしまった。ギリギリのところでロミーが自分を庇ったせいで。

 数秒か、数分か。意識を飛ばしたブリジットが気づいた時にはもう、ロミーは下半身を瓦礫に押し潰されていて助かりようもない状態だった。しかも、少しずつ瓦礫の隙間が崩れてきて、さらに押し潰されていくような状態である。まさに、地獄の苦しみであったはずだ。


『なんでわたくしなんか庇ったのよ!』


 泣きながら糾弾したブリジット。己が、ロミーのために泣けたことに驚いていた。

 きっと本当は、とっくに真実など見えていたのだろうちうことも。


『さっき、答えなら、言ったと思うんですけどね』


 ロミーは苦しげに顔を歪めながら、それでも最期に微笑ってみせたのだ。




『生まれ変わったら、今度は……ちゃんとした友達として、喧嘩、できたらいいですね』




 それが、最後の言葉だった。

 それ以降のことはもうよく覚えていない。国全体が滅茶苦茶になっていたので、恐らく空襲か何かで死んだのだろうが。ひょっとしたら、追いついてきたアランに殺されたのかもしれなかった。

 それも無理からぬことだろう。恨まれて当然だ。自分を追いかけてこなければ、間違いなくロミーは死なずに済んだのだから。


――だから。わたくしは……私は誓ったのよ。神様に。


 償わせて欲しいと。

 自分が犯した罪を、次の世界のロミーを幸せにすることで贖いとさせてほしいと。

 そうだ、記憶からは消えていたけれど。もう一度彼女に出逢うことを望んだのは、そして一緒にこの世界に来ることを選んだのは自分だ。ブリジット自身が選んだのではないか、毒島あやめとして清水都と出逢うことを。


「あやめっ!」


 都の絶叫が聞こえた、その瞬間。


――絶対に、あんたと友達になるって……守るって、そう約束したのよ。


 あやめの体に、衝撃が走ったのだった。




 ***




 何でこんなことになってしまうんだろう。倒れたあやめを見て、都はただただ茫然とするしかなかった。あやめの右肩に、ボーガンの矢が深々と突き刺さっている。倒れたあやめは相当痛むのか、歯を食いしばって呻き声を上げていた。じわじわと彼女の制服が赤く染まり、腕を伝って地面に血が滴っていく。


「や、やだ!やだよ、あやめ!あやめ!」


 撃たれたのは右肩だ、恐らく致命傷ではないはず。でも、矢はかなり深く刺さっているように見えるし、かなり血も出ている。どうしようどうしよう、と都は半ばパニックになっていた。すぐにでも手当をしてやりたいが、確かボーガンの矢のようなものはすぐに矢を抜くと大出血を起こす危険性があるのでまずいのではなかったか。そもそも、手当をするような時間を相手がくれるとは到底思えなかった。

 ああ、そもそも狂っている。こんな凶器を、容易く人に向けるだなんて!


「あー、ラッキーってかんじ?」


 赤髪の男(確か、品部アツトって名前の幹部だとあやめが言っていた)が、武器を振りながらゆっくりとこちらに近づいて来た。


「どっちに当たってもいいとは思ってたけどさ。都チャンの顔に傷がついて使い物にならなくなったら困るなあとは思ってたからよ。当たったのがそっちの女で良かったわ」

「……っ!」

「おいおい睨むなよ、俺らの狙いわかりきってんだろ?俺らのメインターゲットは都チャンだっての。そっちのあやめちゃん?はおまけっつーか。まあ、イロモノ好きならそういう子も需要あるかなーってくらい?まあ美人じゃなくても女として使い物になればそれでいいやって奴もいるしな。リョナ趣味の奴なら特に、ブス専やデブ専もいるし?」


 ナチュラルにあやめのことをディスられて、都は悔しくてたまらなかった。何でそんな心無いことが平気で言えるのか。あやめがどんな魅力的な人間か、どれだけ心の優しい人間か何も知らないくせに。まあ、心が濁った連中なんかに、あやめの本当に可愛さなんてわかってほしくもないけれど。


「み、やこ。逃げて」


 痛みに歯を食いしばりながらも、どうにかそれだけ言葉を漏らすあやめ。


「時間稼ぎくらい、まだできるから。だから」

「何でそんなこと言うの、殴るよ!」


 同じことを自分が言ったらキレそうになったのに、何を馬鹿げたことを。都は悲しくてならなかった。実際、自分が足手まといになっているのは事実。都一人ならきっと逃げることだって出来たはずなのに、自分がいたせいでこうして追い詰められている。

 そもそも、自分が志木映見奈と揉めなければこんなことにならなかった。あやめが、自分を助けてくれたせいで巻き込まれたも同然だ。いつもそう。少しでも、都を助けてくれようとした人は不幸になる、迷惑を被る。自分が駄目人間なせいで、出来損ないなせいで。ポジティブに失敗を直していこうとも思えず、それでいて苦手な誰かの言葉や行動に我慢して耐え忍ぶ勇気もないせいで。


――あやめは、知らないよね。


 涙がぽろり、と一粒零れ落ちる。


――あの日。音楽室で独りぼっちになったあの日。あやめが思っていた以上に私、あやめに救われてるんだよ。本当の友達が生まれて初めて出来るかもしれないって……それだけでどれだけ世界が明るくなったか。きっと、あやめは知らないんだと思う。


 自分はいつだって、あやめに救われていた。まだ出逢ってから一カ月余りという短い期間しか一緒にいないけれど、それでも充分すぎるほどのものを自分は彼女から貰っていたのだ。

 何か、恩返しが出来ればいいと思っていた。

 彼女が望むように、自分の夢を叶えること。精一杯笑って生きることがそうだと思ってきた。でも。


――やっぱり、それだけじゃ足らないよ。せめて……せめてこんな時に、あやめを助けられるような力があれば。そうすれば、少しは恩返しにもなるのに……!


「散々手間かけさせてくれたよな。まあ、頑張った方だけど」

「や、やめて!」


 アツトがボーガンを再びあやめに向ける。引き金に指をかけて、残酷な男は笑った。


「良くわからない手品で散々俺らをコケにしてくれた礼はたっぷりしないとな。そっちの女はハリネズミみたいに刺しまくったあとで、映見奈みたいに薬漬けにして放置かね。まあ、映見奈よりは救いがあるだろうさ。ボーガンの矢まみれにされたら、流石に長くは生きられないだろうし?長く苦しむってこともねえよ、多分」


 げらげらと男は嗤う、嗤う。何を言っているのかさっぱりわからなかった。人を拷問して、苦しめて殺すのがそんなに楽しいのか。それを何故笑いながら平然と話すことができるのか。


――人間じゃない。


 他の半グレ達もわらわらと集まってくるのが見える。あやめの体を抱き寄せて、都は唇を噛み締めた。


――こんな奴ら、人間なんかじゃない。……負けたくない。こんなクズどもに、屈したくなんかない……!


 誰か、お願い。

 わたしに、ちからを。




『できますよ、貴女になら』




――え?


 その刹那。頭の中で、誰かの声がした。バチバチと光が明滅する。誰かが、自分に向けて手を差し出しているのが見える。


――だ、だれ?貴女、は。


 それは。

 夢の中で見た、ロミーというメイドの少女。

 彼女は都に手を差し出し、そして告げたのだ。




『できるはず。貴女は、私なのですから。……貴女に、その先を背負う覚悟があるのなら』




 都が、その手を取った瞬間。

 真っ暗な世界が弾けて、圧倒的な色の洪水が頭に流れこんできたのだった。

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