<23・心だけは、折れないで。>
思った以上に、連中はしつこかったらしい。その後も大通りに出ようと思えば待ち伏せされ、そのたびに下級魔法を使ってどうにか逃げ出すということを繰り返していた。気付けば誘導されるように、表通りから遠ざかってしまっている。結局学校近くの住宅街まで逆戻りしていたのは、もう笑うしかなかった。
認めよう。半グレというものを、どこかでナメていたことを。
まさかここまでの大人数を使って、たかが女子高校生二人を追い詰めてこようとは。依頼人の映見奈は捕まって酷い目に遭っているようだし、依頼はもはや依頼として成り立っていないはずである。それでも自分達をどうにかしたいのは、それほどまでに都が魅力的な素材として彼らの目に映ってしまったからなのだろうか。
――ああもう、あり得るのがほんと嫌になるわ。
自分はオマケ程度なのは間違いない。何度も言うように、お世辞にも女の子としてカワイイ容姿なんてしていないのだから、とあやめは自嘲する。だからこそ、何が何でも都を連れて逃げなければいけないわけだが。どれほどヘッポコでも、都を今守れるのは自分しかいないのだから。
「ううっ……ぐすっ……」
公園のジャングルジムの影に座り込み、都はついに嗚咽を漏らした。逃げ続けて体力が限界なのもあるし、何より恐怖と混乱でパニック寸前なのだろう。どうして自分がこんな目に遭わなければいけないのか、そう思うのも当然だ。映見奈に嫌われたのが発端であると明確にわかっているなら尚更に。
だが。
「ごめん……ごめんね、あやめ」
「……そこで謝るのは、流石に意味がわからないんだけど?」
「だって……!」
泣きながら都が口にしてきたのは、あやめへの謝罪で。
「だって、どう見ても……わ、私が、志木さんのグループを抜けて嫌われたせいで、こんなことになってるわけで。も、もっとうまくやってたら、あやめを巻き込んで、一緒に襲われることもなかったのに。ごめんなさい、本当に、ごめんなさい、私が、私が上手にやれないから、駄目な人間だから……っ」
圧倒的な暴力と脅迫は、都に“かつての都”を思い出させてしまうに充分だったということらしい。自分が不器用なせいで選択を間違える。空気を読めないせいで人に嫌われる。そして、誰かを傷つけて苦しめる。
行き過ぎたネガティブと背負い込みはいっそ傲慢だ。自分が好きなものを好きだと堂々と言える権利がある、嫌なことを嫌だと言って何が行けないのだ――それらを、都はあやめと一緒に学んできたはずだったというのに。
――あいつらのせいで!
これでまた、都が笑えなくなったらどうしてくれるのか。あやめは心底腹が立った。身勝手な理由で半グレどもに都を拉致するように依頼した映見奈にも、女を玩具としか思ってない品部アツトたちジュリアナにも、それから不甲斐ない自分自身にも。
己にもっと力があれば、こんなピンチ程度さっさと切り抜けられたはず。あるいは、自己責任だと開き直って、映見奈たちを挑発していなければ――。
「都」
だが。そんな後悔を今更したところでどうにもならない。まずはこの場を無事に切り抜ける、話はそれからなのだから。
「何回も同じこと言わせないで。あんたは悪くない。クソなのはあっちなの、それを間違えないで。正しいことをしていようと、クソどもには関係ないの。だからこそ踏み潰そうとしてくる馬鹿がこの世にはたくさんいるんだから」
都の両肩を掴み、目を見てはっきりと言うのだ。
「あんたのことは、私が絶対に守るから。だから、心だけは折れないで。ちょっと休んだらまた走るからね」
こうなったら逆に学校まで逃げ込んだ方が早いかもしれない。まだ先生たちや職員たちが残っているはずだ。なら、そこで匿ってもらって落ち着いたところで警察を呼ぶこともできるだろう。ひとまずそれで今日はなんとか乗り切れるはずだ。逃げ続けていた上、音が漏れるのが怖くてなかなか警察に連絡できずにいたけれど。
「……なんで」
都は目を潤ませながら、あやめに尋ねる。
「なんで、そこまでしてくれるの」
「なんでって、そりゃ」
「最初からだよ。どうして?どうして、ろくに話したこともない私に声をかけてくれたの?自分のグループ抜けてまで。私のことを評価してくれたって言われてそれで最初は納得してたけど、やっばり不思議で仕方ないよ。だって、私のことなんて、全然あやめだって知らなかったはずだし。それに、その、魔法みたいな力のことだって……」
混乱で、頭がぐちゃぐちゃで。疑問はたくさん湧いてくるのに、どんどん脈絡がなくなっていくのだろう。賢い都らしからぬ、たどたどしい物言いだった。それほどまでにパニックになっているということなのだろうが。
「あやめは、なんなの?私は……そんな、あやめに命を賭けて守ってもらうような人間じゃないのに……っ!あやめ一人で逃げればきっとなんとかなるのに……!!」
一瞬頭に血が上りかけて――ぎりぎりで、あやめは自分を抑え込んだ。都の立場を思うなら、そんな弱音を吐きたくなるのも仕方のないことだとわかっていたからだ。ジュリアナの連中は明らかに都の方をメインで狙っている。あやめのことも潰せと映見奈には言われただろうが、現在はその命令よりも単純に都の容姿に惹かれて追いかけ回している気持ちが強いはずだ。可愛くもなんともないあやめのことなど完全に二の次だろう。
だからきっと、都一人を捕まえられたら満足して撤収するはずだ。そもそもさっきから逃げるにあたり、完全にあやめの魔法を使ってどうにか追いつかれるたび逃げてを繰り返している状況である。どちらが足手纏いになっているかなど、言うまでもなく明白だろう。
自分一人を置いていってくれれば、きっとあやめは助かる。彼女がそう思ってしまっても、無理はないはずだ。尤も。
「そんな選択肢、あるわけないでしょ」
どうにか感情を抑え込んで、あやめは告げるのである。
「あんたは私に、友達を見捨てて逃げるクズになって欲しいの?」
「そ、そんなんじゃ」
「だったらいいじゃない。それで納得しなさいよ」
「…………っ」
まだ何かを言いたげな都。感情論や曖昧な答えなど求めてはいなかったのだろう。そもそも、今の言葉では“何で魔法みたいな力が使えるのか”の説明にはなっていない。
「……御伽噺と思ってくれていいわ。あるいは何かの夢とか、妄想とか」
だからあやめは。一生話すつもりもなかったことを、そっと呟くのだ。
「私には前世の記憶があるの。前世で、とっても意地悪なお嬢様をやってたわけ。悪役令嬢ってやつ?」
「悪役令嬢?」
「そ、まるでラノベみたいでしょ?で、主人公のカワイイメイドの女の子に嫉妬して虐めてた。で、女の子に呪いをかけようとして失敗して、逆に自分が伯爵家を追放されちゃうわけ。……そしたら、そのカワイイ女の子が、追い出された悪役令嬢を追いかけてきて引き止めるのよ。自分と友達になって最初からやり直そうって。馬鹿みたいでしょ?」
多少ぼかしたが、その内容が都の見た夢とそっくりであることは気づいただろう。
自分はあくまで御伽噺や妄想の話だと言った。だから、都もそう思ってくれていい。自分を落ち着けるために、自分が話した夢を元に創作してくれているだけなのだろうと。
それでもいい。それでもほんの少しだけ――多分、聞いてほしかったのだろう。
本当の後悔も、懺悔も、愛も、希望も。自分は誰にも、話すことができずにいたのだから。今の己が、ブリジットであってブリジットではないゆえに。
「……そこで気付いちゃうのよね、お嬢様は。自分は本当は、友達が欲しかったこと。ずっと孤独だったこと。それから……何度虐めても立ち上がってくる女の子を、どこかでライバルとして認めていたってこと」
あの時、聞こえたのは空襲警報だった。きっとブリジットとロミーは、あの後すぐに死んだのだろう。そう考えれば、ブリジットがアランに恨まれるのもわからない話ではない。お前を追いかけなければロミーは死なずに済んだのに、と。
「……お嬢様はその罰を償うために、ブサイクなモブ顔女子に転生したわけ。そしたらなんと、同じクラスに自分がライバルだと思ってたあの女の子とそっくりさんがいるわけじゃない?……なんか運命感じちゃうでしょ。ましてやその女のコが、前世と違ってめっちゃうじうじした暗い性格になってるなら尚更、なんとかしなきゃとか思っちゃうでしょ?」
「あやめ……」
「ま。そういうことにでもしておいて。私とあんたは、前世からのライバルで、今は友達なの。どう?ちょっとロマンチックで燃えてこない?そんな相手を見捨てるなんて、つまらないことできないじゃない」
きっと、都の話を真実と受け取ったわけではないのだろう。それでも、彼女の緊張を解すには充分だったようである。都は涙を拭って、そうだね、と頷いた。
「素敵なお話だね。……そのまま、演劇部の脚本に出来そう」
「秋大会用に書いてみる?あ、あんたの夢も参考にしてるんだから、あんたも責任持って手伝うのよ?いいわね?」
「そうだね」
あやめの手を借りて、都は立ち上がる。
「その演劇、見たいな。あやめと一緒に、凄い舞台を作る。そのために、演劇部に入ったんだもんね」
「そ。私は約束は守る女なの。あんたをヒロインにしてやるって言ったでしょ」
「それは、あやめだって……」
都の言葉は、不自然に途切れた。彼女の顔が凍りついている。まさか、と思ってあやめが振り返った、その刹那。
「見ぃつけたぁ」
公園の入り口。
にやりと笑って――ボーガンを構えた赤髪の男と、目があったのである。




