<22・クズどもに渡せるモノなんか何もないのよ!>
失敗したかもしれない、とあやめは己の不覚を呪った。確かに、明らかにヤバいとわかっている人間の姿が見えたら、多少露骨でも通る道を変えるという選択はありのはずだった。突然大声で怒鳴り出す乗客がいたら、こっそり隣の車両に逃げてしまうのと同じ理屈である。向こうに気づかれて多少イラっとされたところで、距離が離れていればできることなど限られているのだから。
しかし、一本隣の道を通るということはつまり、表通りよりやや人気が少ない道を進むということ。
そして、若干とはいえ駅へ行くのに遠回りになるということ。
相手が個人ではなく複数で、しかも先回りされている可能性があるのなら。多少嫌でも、表の人通りの多い道を突っ切った方がマシであったかもしれない。万が一絡まれたところで、人目がある場所なら相手も手を出しづらいはずなのだから。――勿論、向こうがある程度の常識を持ち合わせているならば、という前提がつくけれど。
「おい、何で逃げんのよ、お二人さん」
「……っ」
訳が分かっていない様子の都を引っ張って、隣の道に逃げ込んだ数分後。あやめは路地裏で都と共に、男達に囲まれてしまっていた。
「え、え?これ、なに……?」
派手な髪やら、鼻ピアスやら、刺青じみたものやら。一見してカタギではなさそうな若者たちに取り囲まれ、都が戸惑った声を出す。
メンバーには全員、見覚えがあった。半グレ組織“ジュリアナ”のメンバーたちだ。幹部と呼ばれるのは、赤髪の男一人であるようだが。
「……私達、ただの女子高校生なんだけど」
それとなく都を後ろで庇いながら、あやめは言う。
「ガラ悪そうで絡まれたくなさそうな奴らが前から来たら、道変えるくらいするんじゃない?私達帰るところなの。邪魔しないでくれないかしら」
「おう、それは失礼した。なんならお二人さん、俺達の車で家までエスコートしてやろうか?俺達こう見えて紳士だからさぁ」
「冗談。車に乗せられたら最後、廃屋か山奥にでも連れてかれるんでしょ。“普通”の女子高校生が、半グレ組織見て警戒しないとでも思ってるの?」
「俺らがそうだって知ってる時点で、お前も普通の女子高校生じゃないと思うんだけどなぁ?」
ああいえばこう言う。ちっ、とあやめは舌打ちをした。赤髪の幹部――品部アツト。もっとさくっと乱暴な手段に出てくるかと思いきや、存外口が回るらしい。少し話しただけだが、怒りに任せてすぐ突っ込んで来ないなら少々厄介なタイプかもしれなかった。なんせ、こっちは特別な武力も何もない、普通の女子高校生二人なのだ。――あやめが、多少魔法を使えるスキルがあること以外は。
「……半グレ組織、ジュリアナ」
あやめは呻く。
「やっぱり、志木映見奈の依頼で私達を誘拐でもしに来たの?そういや、あいつしれっと今日学校休んでたけど」
「まあ、そういうことになるかな?」
「元々は、伝統ある暴走族だったんでしょ。随分落ちぶれたもんね、あんな尻軽女の依頼で、気に食わないクラスメート二人拉致るだなんて。あいつ、男をとっかえひっかえしてるんでしょ。あんたとだって、もう関係は切れてたと思うんだけど」
「ほう、そこまで知ってるのか。映見奈が喋ったか?あいつ口が軽いからなあ」
周囲の男たちは多少イラついたようだが、アツトはニヤニヤ笑いを崩さない。そんな程度の挑発には乗らないと言わんばかりだ。
驚いた様子なのは都である。嘘、と言わんばかりに口元を抑えている。
「し、志木さんが、私達を?なんで……」
普通の少女らしい都の様子が新鮮だったのか、いじらしいとでも思ったのか。アツトは高々と笑い声を上げた。
「女ってマジで怖ぇよなあ。生理的に無理、目障り、自分を見下してるように見える、自分の気になってる男に色目を使った……云々かんぬん。それだけで、俺らをクラスメートにけしかけて酷い目見させてやろうなんてマジで考えるんだからよ。……まあ、俺らも俺らのやり方ってものがあるし?金になるならそういう仕事を請け負ってやらねーこともないっつーか?……それに映見奈に見せられた……都チャン?あんたが思った以上に可愛かったからさ。これは依頼があろうがなかろうが味見してもいいかなって思っちゃったわけ」
「そんな……っ」
「ただまあ、その映見奈がなぁ。俺らのことを適当に使いっぱしりに使える組織っつーか、自分の命令なら何でも聴くみたいに思い込んでナメた態度だったのはちょっとムカついたんだよな。しかも、報酬要求したら“可愛い元カノの頼みなのにお金取るなんてサイテー”と来たもんだ。……だからちょっと、お灸を据えてやってる最中なんだけどよ」
アツトはポケットからスマホを取り出すと、何やらアプリを操作し始めた。そして音量を上げて画面をこちらに向けてきた。
「ひっ」
小さく悲鳴を上げる都。あやめも、流石に絶句させられていた。
それは、打ちっぱなしのコンクリートに四方を囲まれた灰色の部屋だった。その中で、両手足を鎖で繋がれた女が暴れているのである。言うまでもなく、それは映見奈その人だ。
彼女はボンテージのような服を着せられていた。上半身も下半身も内側が棘だらけであるらしく、少女が暴れるたびに下腹部を中心に棘が食い込むのか、足を鮮血が伝っているようだった。まるで“貞操帯”と呼ばれるものをさらに劣悪にした拷問具であるかのよう。相当痛いはずなのに、それでも彼女は鎖で繋がれた両手足を壁に、床にと打ちつけ、金切声を上げながら泣き叫んでいるのである。
長い髪を振り乱し、顔を涙と鼻水でぐちゃぐちゃにして叫んでいる言葉は。
『あああああああああああああううううううううううううううううううううううううううううう!お願い、お願いお願いお願い、もうむり、といれ、トイレに行かせて、お腹痛いの、痛い痛い痛い痛い痛い痛い、いいいいいいいいあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぐうううううううううううううううううううううううううっ!!』
口から泡を噴き、目を血走らせて叫ぶその姿に元の美貌の面影はない。あまりにも凄まじい光景に、思わずアツトを見れば――男はけらけらと笑って“傑作だろ”と言ったのだった。
「なぁに、金が払えねえなら体で払えってことだよな。うちには普通のプレイじゃ満足できない奴が多くてさあ。ひとしきり遊んで貰ったあとで、今はいろんなお薬を打って放置プレイ中ってわけだ。感覚が過敏になって痛みを感じやすくお薬とか?強力な下剤と利尿剤とか?あとはそういうもん全部ブチ込んだところで、特注服を着せて鎖に繋いでやったっつーか。悲鳴が煩くて聞こえづらいけど、さっきからこの女すっげー腹がごろごろ鳴ってて面白いんだぜ。排泄管理って一番プレイとして原始的だし、キくよなあ」
「……本当にクソ変態ね、あんたたち」
「そう言ってくれるなよ。……気が強いのはいいけどさ。もう少し俺らの機嫌を伺った方がいいぜ、毒島あやめちゃん。俺らのメインの狙いはそっちの都ちゃんだけど、あやめちゃんとだって遊びたいって気持ちはあるんだぜ?いい子にしてたら“普通の遊び”くらいで返してやるって。言っただろ、俺ら紳士だって」
それとも何か?とアツトは唇の端を吊り上げる。
「あやめちゃんたちも……裸で、拷問とかリンチとかされて苦しむ方が好みな、ドMさんだったりするか?」
選択の余地など、無いに等しかった。やめは拳を握りしめる。勿論その選択というのは、この男達に素直についていって性玩具になるというものではない。
使うかどうか、だ。
自分に唯一ある、切り札を。
「……天命の魔術師よ、怒りの聲捧げ彼方から降れ。雷鳴降下」
「なに?なんか言っ……」
あやめが呪文を唱えた瞬間、大きな落雷の音が響き渡った。アツトが、男達が驚いたように黙り込む。それもそうだろう。掌程度のサイズとはいえ、あやめの目の前に確かに――閃光と共に、金色のドラゴンが召喚されたのだから。
――リミッターを外さない、小さな魔法だけで切り抜ける!とにかく、こいつらを撒いて交番にでも駅にでも逃げ込む……!
「あ、あやめちゃんこれ、何」
「説明は後!」
幸い、初級の魔法ならば杖を持っていなくても発動はできる。あやめは魔力を集中させて叫んだ。
「遠雷竜・壱!」
バリバリバリ、と雷の音が鳴り響いた。あやめが手を振り下ろすと同時に、進行方向にいた一人の男の頭上にドラゴンが飛び乗る。そして、閃光。対した電圧ではないとはいえ、頭からゼロ距離で電撃を浴びせられた男は悲鳴を上げ、膝から崩れ落ちた。今の隙だ。そいつを突き飛ばし、都の手を引いてあやめは走り出していた。
「てめぇ、何しやがった!?」
突然の超展開に、すぐ頭が追い付く人間はそうそういない。アツトが一瞬遅れて叫ぶのが聞こえたが、当然立ち止まってやる理由などなかった。とにかく、一刻も早く都を安全なところへ連れていかなければ。他にも待ち伏せされているかもしれないが、幸いここは学校の最寄駅周辺である。まったく知らない場所ではない。
――多分、次はこう簡単には逃げられない。もう一度囲まれる前に、逃げ切らないと……!
その時、あやめの心を占めていたことは一つだけだった。
とにかく、都だけは守らなくては。例え、自分が犠牲になったとしても。




