<21・誰かを貶めるより、己の幸せを。>
「家まで送るって……駅、違うよね?」
流石の都も、戸惑った様子を見せた。無理もあるまい
突然、あやめが都を家まで送ると言い出したのだから当然の反応だろう。これが、都と付き合っている彼氏の発言ならばまだわかるが、実際は都より小柄な女友達である。
「あやめが家に帰るの遅くなっちゃうし、私の住んでるあたりそんな治安悪くもないよ?暗い道もないし」
「それでも万が一ってことはあるんだから。都可愛いし」
「そんなおだてても何も出ないよー」
「……本気で言ってるんだけど」
こいつ、本当に自覚がないのか。部活後の帰り道。郵便局の角を曲がりながら、あやめは深々とため息をついた。思えば、サッカー部のマネージャーに誘われたという件もそう。本人は二年生の従兄弟にアドバイスしたのがきっかけでしかないと言っているし、それも間違いないのではないだろうが。個人的には、都が可愛かったから勧誘されたのもきっとあるのだと思うのだ。だってあやめが男だったら、これほどの美少女に(眼鏡かけていてもまったく隠せてない)マネージャーとして尽くして貰えたらモチベが上がるなんてものではないなと思うのだから。映見奈の言動や行動には全く賛同できないが、嫉妬する気持ちがわからないわけではないのである。
それなのに、相変わらず本人はまったく自覚がないと来ている。こういうところが標的にされるんだろうな、と少しだけ同情してしまった。本人の性格上、謙遜ではなく本気で言っているのが透けているから尚更に。
「今のご時世、気を付けた方がいいことなんかいくらでもあるんだから。明るい道でさえ変質者は出るのよ?」
もう、と頬を膨らませてあやめは言う。
「そもそも、人目があって明るいなら変態は出ないっていうなら、電車の中で痴漢があんなに出るなんてことないんじゃない?」
「あー、その理屈は確かにそうかも。ああいう奴らって、スカート履いてる女子高生ならもう誰でもいいかな感あるよね。私がもう少し強かったら踏み潰すのに」
「踏み潰す!?」
それも嫌じゃね!?と心の中で盛大でツッコミ入れてしまう都。大人しい性格のはずなのに、時々彼女から前世の物騒な気配を感じてしまうのは何故だろうか。
――杞憂なら、いい。
どうしても、部活中に見てしまった白昼夢が尾を引いている。昼間にあんなビジョンを見ることなんて、今まで一度もなかった。自分はかつて、ロミーに対してどんな罪を犯してしまったのか。どれほど恐ろしくとも知らなければならないと思っていたし、多分今日見た光景も真実ではあるのだろうが。だからって、何故夜でもなく、あんな起きてる時間にビジョンを見る結果になったのだろうか。
まるで、迫る危機を誰かが予言しているかのよう。
自分が一緒にいてどうにかできることではないかもしれないが、少しでも都の安全を確保したいと思ってしまうのは自然な流れだった。それこそ、毎日こうして一緒に帰ることなど難しいのだとしてもだ。
「……あ、あのさ、都」
気づけば、それを口にしていた。
「都、演劇部でさ。いつか私が書いた脚本を演じてみたいって言ってくれたでしょ?」
「え?うん、言ったよ」
「メイドの女の子が主人公の夢を見たって言ったじゃない?そういう物語が見たい、みたいなこと。……その、夢の続きって見たりしたの?それと……メイドの女の子がどうする物語が見たいのかなあ、とか。そのライバルっぽいお嬢様相手にどう思ってたのかなあ、とか……えっと、その。お嬢様をやっつける話が見たかったのかなあとか、なんとか……」
駄目だ、完全に脈絡なくなっている。これでは伝えるべき言葉の半分も伝わらないのではないか。駅へ続く坂道を下る道中、ああうう、と頭を抱えながら歩く怪しい人になってしまった。そんなあやめを見て、“あやめが言葉に詰まるなんて珍しいね”と都は眼を丸くしている。
「夢の続きは、見たよ」
言葉が出てこないあやめに、都は言った。
「でもって。ちょっとだけほっとしたの。夢の続きに」
「なんで?」
「メイドの女の子が、お嬢様を断罪して終わる話じゃなくて良かったって」
思わず、足を止めていた。
「なんで、そう思うの」
声が震えるのを、止められなかった。人の少なくない駅前通りだ。掠れた音は、誤魔化すことができただろうか。
「え、なんでって」
多分、都はそんな真剣な話だなんてわかってなどいない。それでも彼女は律儀にあやめに合わせて立ち止まってくれた。
「確かに、メイドの女の子の……ロミーになってた私は、お嬢様にいじめられて悔しかったけど。でも、お嬢様に鍛えて貰えたおかげで夢が一つ叶ったんだよ?魔法騎士として、採用試験に合格して、翌年には軍に入れるってところまで来てたんだから。お嬢様にその気はなかったかもしれないけど、感謝してもいいことだなって私は思ったし、それに」
「それに?」
「ざまぁ系って嫌いなんだよね。自分の幸せを追及することじゃなくて、誰かを貶めて満足感を得るみたいなの、何か違ってるんじゃないかっていつも思うの。復讐ともちょっと違うでしょ、それ。何もかも奪われたお姫様が、王子様を殺した仇を殺して自分の未来を掴む話と……自分を苦しめた相手を不幸にして悦に浸るっていうのは似て非なるものだと思ってるから。そもそも、正義なんて、本当はどこにもないものでしょ。誰だって自分が正しいと信じて行動してる。自分の正義を盲信して相手を悪と決めつけて裁くほど、怖いことなんかないじゃない」
だから安心したの、と都。
「ロミーは、お嬢様と友達になろうって言えた。私はそれが嬉しかった。お嬢様を踏み台にした幸せを良しとはしなかったの。……私もそう思う。誰かがいなくていい世界なんて要らない。本当は、みんなで幸せになれるのが一番いいはずだって」
もし。これを言ったのが都でなかったなら。そんなのは綺麗事にすぎないと、自分は彼女を鼻で笑っただろうか。あるいは、馬鹿にしているのかと怒っただろうか。
そう思えなかったのは、何よりも都が本気で言っていると感じたから。都はそういう人間だと思ったから。
――ねえ、ブリジット。
あやめは唇を噛み締める。
――あんたは、ひょっとしたら……ううん、きっと。後悔したんじゃないの。あの時、ロミーの手を握ることができなかったこと。
『やり直す勇気を。私は……私はお嬢様とも、ちゃんと友達になりたいのです』
――だって本当は、寂しかったんでしょう。怖かったんでしょう。……友達がずっと、欲しかったんでしょう?
やり直せるかもしれない、僅かでもそう思ったはずだ。自分は罪を罪だと認めることができるだろうか、そうしたらこの少女と本当の友達になれるだろうか、と。
だが、恐らくそれは叶わなかったのだ。
あの夢の続きをまだ自分は見ていないが。それでもなんとなく想像はつくのである。あの大きな爆発音とサイレン。エメラルロード王国の情勢と照らし合わせてみれば想像がつく。恐らく、あのタイミングで戦争が始まったのだ。隣国との関係は悪化の一途を辿り、いつ宣戦布告を受けてもおかしくない状況だった。もっと言えば、隣国テスタ王国は好戦的で、マナーの良くない国でも知られていたはず。いろいろと言い訳を作って、宣戦布告前の奇襲攻撃に及ぶ可能性は充分に考えられたはずだ。
もしあの時突然空爆が始まったというのなら、自分達もきっと――。
「……そうね」
あやめは、どうにか絞り出すように告げた。
「もし、今の私が脚本を書くなら。……メイドが、お嬢様にいじめられたりしない話がいい。……身分の垣根を越えて、友達になって……試練を共に乗り越えていく話が、いいわ」
あの頃は考えようともしなかった未来。
架空の世界だけでも、叶えることは可能だろうか。
「そう、ね。うまく言えないけど。……正ヒロインも、悪役令嬢もいない世界がきっといい」
本当は、とっくに分かっていたのかもしれない。
真に平和な世界には、きっと勇者も魔王もいらない。正義の味方も悪魔も必要ない世界がいいのだと。
「楽しみにしてる!」
都は向日葵のような笑みで、あやめの手を握った。
「行こう、あやめ。電車もうすぐ来るし……」
「待って」
が。すぐに歩き出そうとした都を、あやめは制した。駅の方向から、ややガラの悪い連中がこちらに向かって歩いてくるのが見えたからである。
「……道、変えましょう」
元暴走族で、現半グレ集団の“ジュリアナ”。メンバー顔と名前は、既に探索中の力も借りて一致させている。歩いてくる四人組は、みんなその記憶にある顔ばかりだった。特に、真ん中の赤いツンツン頭は幹部格ではなかったか。
――メインホームは、この駅の周辺じゃないはずなのに。まさか、本当に映見奈が……?
偶然かもしれない。それでも、避けておくに越したことはない。
あやめはやや強引に都の手を引っ張ると、もう一本脇の道へと入ったのだった。




