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<18・自分が変われば、世界も変わるの。>

 たかが音楽の課題に、熱くなりすぎているのかもしれない。

 それでもいつの間にかあやめにとって、その課題はただの学校の授業、に収まるものではなくなっていた。純粋に、都と一緒に一つの歌を作り上げる作業が楽しくなっていたためだ。


「この歌って全体的に、AIの男の子視点っぽいんだけどー」


 それぞれが自分達のグループの歌を練習していて煩い音楽室。あやめはひょいっと通路に突き出された少女の足を飛び越えて、都のところへ行った。ちっ、と舌打ちする声。あやめを転ばそうとしたのは、予想通りというべきか志木映見奈のグループの少女だった。そんな小さくてバレバレな嫌がらせされましても、と呆れるしかない。堂々と突っかかってくる度胸もないくせに、映見奈への点数稼ぎにでも必死なのだろうか。お生憎様、こっちはそんな程度慣れっこなわけだが。


――そんなことしてる暇あったら、そんなグループで顔突き合わせて唸ってないで、さっさと自分達も課題練習しなさいよっての。


 こいつら当日の発表はボイコットする気かもな、とあやめは思った。まあ、それはそれで平和で何よりである。課題をサボったせいで奴らの内申点が下がろうが、自分には知ったことではないのだから。


「あ、歌詞カード見つかった?」


 あやめが足を引っかけられそうになったことにも気づかなかったらしい都が明るい声を上げる。わざわざ伝える必要もない。あやめは紙をひらひらさせて席に戻った。


「別のファイルに仕舞ってたの忘れてたわ。……で、話の続きなんだけど。AIの男の子……まあ、歌ってるレンがその役をやってるようなもんなんだけど。AIの少年が、スラム街にパソコンごと捨てられてたってところから話が始まるのよね?とするとAメロの“1と0の狭間から 感情が顔を出す”はまさに出逢った瞬間の驚きを示してるってことでいいのかしら?」


『1と0の狭間から 感情が顔を出す

 空っぽの記憶 それが僕

“これから創ればいい 二人なら出来るから”

 笑顔に動き出す “ナニカ”』


 これが一番最初の歌詞だ。このボカロPはあまり鏡音レンの調教が上手くないのか(というか、そもそも処女作だから手探りだったのだろうが)ややレンの歌声は棒読み気味で、そこを参考にするのは難しいだろう。

 ただ、歌詞と曲から読み取れることはある。

 そもそも物語を元に歌にしているのだから、どのように“歌って演じる”かは歌う人間次第だ。他の誰も“歌ってみた”動画をアップしていないので参考にはならないが、クオリティを比較される心配もないはずである。


「それであってると思う。……で、Aメロは二人で一緒に歌うってことでいいんだよね?Bメロはどうするの、あやめ」

「あんたがメインで歌って、私がハモりでいいんじゃない?ワンオク下げのハモりでも響くように、ボイトレ頑張らないといけないけど」

「あ、じゃあまず腹式呼吸だね。歌の練習の前に、いつも私がやってるトレーニング一緒にやってみる?お腹から声出す訓練するだけでだいぶ違うみたいだから」

「そうね。ただでさえ私の声って飛ばないし……」

「あんまディスらないでよ、私はあやめの声好きなんだから!」

「もう」


 この方がいい。みぞおちに手を当てて声を出す訓練をしながら、あやめはじっと都を見ていた。大きな口を開けて、一生懸命子声を出す都。人への好意を素直に口に出す都。そして、心から楽しそうに声を出して笑う都。

 最初に見た時の、無理をして作り笑顔をしている彼女より、今の彼女の方がずっと魅力的だと思う。そして、同じだけ胸にズキリとした痛みを感じるのも事実だった。本当は、ロミーだってこんな風に笑いたかったのではないか、それを自分が奪ってしまっていたのではないか――そんな前世の後悔が、頭の中を過るせいで。


――今の私は、ブリジットじゃない。でも……ブリジットとしての心も、記憶も、私の中にははっきり残ってる。別人だなんて言いきれない。だってどこかで、心のどこかでブリジットの悪行を“そうするしかなかった”って正当化したくなる自分もいるんだから。


 幼い頃異世界転生モノのライトノベルやアニメを見た時に、疑問に思っていたことがある。それは、前世の記憶が蘇ったら、元の人格はどうなってしまうのかということだ。大抵、多くのキャラクターたちは“現世のキャラを演じているけれど実際は前世の人格と記憶で動いている”ことが殆どである。要するに、前世の記憶を持った時点で、本来あるべきだった現世の登場人物の人格は上書きされる(悪い言い方をするのならば殺される)ことになるのだとばかり考えていた。本来普通に生きられるはずだった、現世の人格が少々可哀想すぎる、とも。

 けれど、実際自分が転生者だと自覚させられて、わかってしまったのだ。

 前世の記憶に、今のあやめが飲み込まれそうで怖くて。踏みとどまったら踏みとどまったで、今度は両方の人格の違いに苦悩することになるのだと。己はブリジット、完全な悪役令嬢だから、それらしく悪どく生きてしまえばいいと割り切れたならそれでも良かった。しかし実際は、ブリジットが犯した罪の数々はあやめを苛み、何故そんなに人の心を慮ることができなかったのかと苦しめられることばかりなのである。

 それでいて、ブリジットとして「あれは正しかった、自分は間違っていなかったはずだ」と叫ぶ心がどこかにあるのが嫌になる。

 本当に、これが何かの罰だとしたら、なんとも良くできていて悪趣味だとしか言いようがない。


「あ、あの……ちょっといい?」

「ん?」


 発声練習をしたところで、あやめ達は声をかけられた。別のグループの女子三人が、おずおずとこちらの手元を覗きこんでいる。


「その……清水さんと毒島さんは、もう曲決まってるんだよね?何にしたの?私達、まだ決まってなくて困ってて……」


 クラスでも比較的、大人しい面子と認識されている三人組だった。都も比較的話しやすいと判断したのだろう。少しおっかなびっくりになりつつも、自分達がボカロ曲を選んだことと、その理由を説明している。少女達は互いに顔を見合わせて、“ボカロでもいいんだ”と目を丸くしていた。まあ、まだ決まっていないグループもあるし、周囲のリサーチができていないなら驚くのも無理からぬことではあるだろう。


「私も最初は、目立つのが嫌で……大人しい曲にしようかと思ったんだけど。でも、あやめと話してたら、やっぱり自分がやりたいと思う曲でやるのがいいかなって」

「そっか、そうだよね」

「ありがとう、参考にするね、清水さん」

「どういたしまして」


 話はそこで終わりかな、と思ったところで。あの、と少女の一人が都に告げた。


「あの、ごめんね……清水さん。私……その、班分けの時、清水さんが一人になってるのに、何もできなくて。三人組ができてたのもそうだけど、志木さんたちがなんだか怖くて……ごめんなさい」


 どちらかというと、驚いたのはあやめの方である。二人組のグループならともかく、彼女達は三人組だ。都を入れるのが物理的に不可能で、どうしようもないと思うのはある意味仕方ないことではある。

 それに。あんな状況で、一人になってしまっている子を仲間に入れるのは相当勇気がいることだ(あやめのように、少々特殊な理由があるなら別として)。志木映見奈の悪評を耳にしているなら尚更に。自分達は悪くなかったんだから、といくらでも自己弁護できる材料は揃っている。

 というか。いじめを見て、見て見ぬフリをしている連中も同罪だというのはさすがに暴論だとあやめは思う。下手に手を出したら自分もいじめられるかもしれなくて、しかもそのいじめから誰も守ってくれないなら。一体どうして、そんな勇気が出せるものだろうか。あやめだって何も都を助けようとしてグループに引き入れたわけでないのだから。


――それを、自分から言いだせたのか、この子。


 するとその一人に感化されたのか、残り二人も顔を見合わせて、“ごめんなさい”と頭を下げた。


「わ、私も」

「あたしも。本当に、あの時はごめんね」

「い、いいよ三人とも!気にしないで!」


 都は慌てたように手を振っている。何かが少しずつ変わろうとしているのだろうか、とあやめは思った。あの暗かった少女が、他のクラスメートとも普通に話せるようになりつつある。そして、彼女が本来の明るさを取り戻しつつあるからこそ、他のクラスメート達も話しかけようと思えるようになったのかもしれない。

 悪いループがあるならば、良いループもきっとある。今きっと、彼女はそういう時期なのだ。そのために自分が一役買うことができたなら、それはとても喜ばしいことだとあやめは思う。元より、都は笑っていれば、眼鏡をかけていてもわかるほどとびきりの美人なのだから。


――だからこそ。……これから先、悪いことなんか起きなければいいんだけど。


 ちらり、と後ろを振り返れば、突き刺すような視線。映見奈とその友人達が、課題について話しあうこともなく、じっとこちらを射殺さんばかりに見つめている。人が幸せそうにしているだけで憎いと感じるのなら、それはもはや心の病気ではないか。誰かを蹴落とすことばかりに必死になっているくらいなら、自分が幸せになる道をちゃんと考えればいいものを。


――なんて。ブリジットだった私が言うのもなんだけど。


「……そうだ、私達が選んだ曲聴いてみる?アイポッドに入ってるから」

「聴く!いいの?」

「いいよー」


 イヤホンを少女達に渡す都。なんとも微笑ましい光景だ、とあやめは思う。だからこそ、こんな時間がいつまでも続いて欲しいのだけれど。


「もう、小さな音でスピーカーで流した方が早いんじゃないの都?」

「あ、それもそうかな。煩くないならそうしようかな」


 できれば、そのまま都には知らないでいて欲しい。救いようのない、人の暗い部分なんてものは。

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