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<16・誰かさんが歌いたいなら。>

 都がこれはどう?と提案してきた曲は、いわゆるボカロ曲というものだった。鏡音レンの名前ならあやめでも知っている。問題はその曲が、少々どころではなくマイナーな方面だったということだ。そこそこボカロ曲は聴くし、好きなものも多いあやめだったが、その曲はまったく耳にしたことがないものだったのである。歌い手の声質で“これはレンだな”とすぐわかったというだけのことだ。


「なんて曲?」

「“君ヲ探シテタ~機械人形ノ見ル夢ハ~”」

「……あんたがそんな厨二っぽいタイトルの曲を持ってくるのは意外だったわ……あ、ごめんなさい」

「あーうん、そういう感想抱くのは仕方ないと思う」


 つい正直に感想を言い過ぎてしまった。まあ、よくよく考えてみればボカロ曲の場合殆どが厨二っぽいタイトル、であることも少なくない。奇抜なタイトルや曲風も少なくないので、それだけで毛嫌いしている人もきっといることだろう。一般の歌い手やプロ歌手では歌わせられない独特な曲や歌詞を採用できる、というのがボカロの魅力の一つでもあるのだけれど。


「知らないのも無理ないと思う。ものすごくマイナーだし……このボカロPさんも全然有名な人じゃないから。というか、この人の後続の曲の方がまだ人気があるくらい。実質、この人のボカロ処女曲らしいし」


 動画サイトでの再生回数も少ないしね、都。


「でも、私は結構好きだから、アイポッドに落としてよく聴いてるの。……それを二人で歌えたらどうかなって思う理由はいくつかあって。まずストーリーがある曲だから、心をこめて歌うだけでも結構印象が変わるんじゃないかなってことと……マイナー曲だから、他の人と比較されにくいんじゃないかなって。ほら、メジャーなボカロ曲だと、“歌ってみた”がすごいいっぱいアップされてるでしょ?上手い人はミリオンとか行くし、そういう人達の曲を聴いたことのあるクラスメートは多いと思うから……嫌でも、比較されちゃうんじゃないかなって」

「確かにそれはあるかも。それならいっそ、みんなが知らないマイナー曲で歌うっていうのは悪くない選択かもね」

「うん。その上で、わりとゆっくりな曲だしメロディーラインもシンプルだから歌いやすそうってのを探してみたの。このボカロPさんの他の曲は結構テンポ速いのも多いけど、これは結構ゆっくりめだしね」


 確かに、この曲は基準テンポよりもゆったり動く印象だ。四分の四拍子、テンポは――90とか、そのくらいだろうか。また、レン一人で歌っているものの、あちこちハモりのようなものも入っている。メインメロディーを都に歌わせてハモリをあやめが歌う、というやり方にすれば都の歌声を邪魔せずに二人の“合唱”を作ることもできそうだ。

 問題があるとすれば、ただ一つ。


「……方向性は、悪くないとは思うんだけど」


 あやめは渋い顔で、イヤホンを耳から外した。


「難しいと思うわ。……都なら歌えると思うけど、私にはちょっと。ハモりで参加するにしても、キーが高すぎる。サビどころか、AメロBメロの高さも出るかどうか……」

「うん。でも、こういう歌って同じキーでユニゾンしなくちゃいけないなんてことないよね?」

「それはそうだけど、そもそも全パート出ないと分担して歌うこともできないわけで……」


 そこまで言ったところで、都が言いたいことに気が付いた。眼を見開き、本気?と返す。


「1オク下げ……ってこと?」

「この歌、それが丁度できそうな高さだと思うの。私はこのままのキーで歌って、あやめは1オクターブ下で歌う。これなら、ハモりの譜面とか、アルトのパート譜がなくても全然できるんじゃないかなって」


 確かに、とあやめはもう一度イヤホンをつっこんで再生を始めた。小さな声で、レンの歌声から1オクターブ下げて歌ってみる。ちゃんと練習してみないことにはわからないが、これなら。


「できる、かも……」


 丁度、ボカロの歌声が“女性が裏声で歌いやすい”くらいの声域なのだ。だから、それから1オクターブ下げれば、あやめの地声でも充分歌えそうな範囲に収まるのである。元々、この曲の声域は比較的高い方でまとまっていて、広い範囲で上下するものではない。1オクターブズラす。ソプラノとアルトか、同高さのユニゾンとハモリで考えていたあやめからすれば完全に盲点だった。確かに、男女の合唱でもよくやるやり方である。


「でも、ユニゾンよりも声のズレが目立つのよね、1オクターブって。できる、かしら……私に」

「むしろ、あやめの低くてかっこいい声がすごく際立つんじゃないかなって思うの。パートによっては、私だけ歌うところや、あやめだけ歌うところを作ってみてもいいし」

「そう、ね……」


 少々歌詞は厨二かかっていて難解なところもあるが。曲調がゆっくりでかつシンプル、歌詞がおかしなところで途切れたり繰り越されているところもないようなので、難易度としてはさほど高くないのかもしれない。

 あやめに他の候補があったならともかく、タイムリミットが確実に迫っている中、相応しい曲を見つけられずにいたのは事実だ。これは、思った以上の当たりを見つけて来てくれた、というべきか。実際それとなく加奈経由でリサーチしたところ、他の生徒達もポップスやボカロで考えているっぽいのは確かであるらしい。なら、マイナー曲とはいえボカロ曲で悪目立ちするかもしれないという、当初の心配もしなくていいだろう。むしろ、他の生徒と被らなそうで良いかもしれない。


――転調前の『君を護りたい』から『最期までどうか傍にいて』のサビ部分は都一人に歌わせた方が際立つかも。あと、Bメロは私は一緒に歌うんじゃなくて、1オク下げのハモりを入れるってやり方にすれば変化が出るかも……うーんじゃあ、Aメロはどうすればいいかしら。


 頭の中でぐるぐると構成を考える。そんなあやめを見て、都は“PVの動画のURL、スマホに送っておくねー”と笑った。


「手書きPV動画があるの。それを見ながら曲を聴くと、いろいろイメージしやすいんじゃないかな。歌っているレンは、そのままパソコンに入っているAIって設定なんだよね。で、スラム街に住む女の子にパソコンごと拾われて友達になって、いつしか人間とAIなのに恋心が生まれて……っていうストーリーみたい」

「AIなのに、人間に恋をするの?」

「みたい。私は何も変なことじゃないと思うな。だって、機械に、モノに、心がないなんて誰が言ったの?本当は思うことがたくさんあるかもしれないのに、それを表現できないかもしれないだけ。あるいは、プロクラムでしかないって人間が勝手に思ってるかもしれないでしょ?AIだって心があって、種族の壁を乗り越えて人間と恋をすることがあってもいいんじゃないかな」

「……なかなかロマンチックなこと言うのね」

「乙女すぎるかなあ私。……でも、人が誰かを好きになるのが自由なら、人以外の心も自由であっていいと思うんだよね……」


 心の、自由。その言葉が、ずきりとあやめの心に突き刺さる。きっと都にそんなつもりは微塵もないのだろうけれど、それでもアランと、そしてアランが転生したという雪見流優という少年の言葉を思い出すのには充分な台詞であったのだから。

 愛を語るのは自由で、誰かに命じられたところでけして妨げられるべきではないものである。ましてやその人を本当に愛しているのなら、簡単に誰かに首をすげかえることなどできるはずもない。本当に、どうしてブリジットはそんな簡単なこともわからなかったのだろうか。


「……いいんじゃないかしら」


 そんな自分が、心の自由と愛の意味を訴える歌を歌う――それも、ロミーの転生であろう都と。何か因縁めいたものを感じずにはいられない。


「演劇部には、最終日に入部届けを出すとして。それまでの数日間は、歌を練習する日にしましょうか。音楽の授業中でも練習させてもらえるけど、あと何回もあるわけじゃないし」

「ほんと?やったあ!」

「そんなにこの曲が歌いたかったの?あんたも変わってるわね」


 やや呆れたようなことを言いつつも、あやめは少しだけ嬉しく思っていた。自分のやりたいことを自由に主張できない、する勇気も持てなかった都が変わろうとしているのがわかる。少なくとも、自分でやりたい歌を物怖じせず提案できるようになるくらいになった。それくらい自分は信じて貰えている、そう考えていいのだろうか。




『だから私……あやめと、友達になりたい。……そういう人を見つけられたら、私の目的は一つ達成されたようなものだから』





 友達になりたい。都はあやめにそう言った。

 でも本当は。本当はそう願っていたのは、あやめの方も同じで。烏滸がましいのはわかっていても、できることならそれは償いなんてそんな形ではなくて――。


――ねえ、ブリジット。……ううん、“私”。


 心の中で、もう一人の自分でもあるブリジットに声をかける。


――あんたは、ロミーに本当は何をしたの?何がしたかったの?……本当は気づいてたはずでしょう、力技で屈服させようとしたって、望んだ未来はけして得られないことくらいは。


 自分自身の心の筈なのに、思い出せないことが多すぎる。だから流優に、あんな風に憎まれる結果になったのだろうか。

 ああ、彼の連絡先だけでも訊いておけば良かった。都の記憶が戻らないようにする方法も、それから自分が過去に、ロミーをいじめる以外にどんな罪を犯したのかもちっとも覚えていないなんて、本当にどうかしている。

 もし都が、そんなロミーとしての記憶を思い出してしまったら。このささやかな関係も、あっけなく崩れてしまうことになるのだろうか。


「じゃあ、また後でね」

「うん」


 もうすぐホームルームが始まる。律儀にも三分前に、都は自分の席に戻っていった。どうにか暗い気持ちを吹っ切って笑顔で手を振ると、後ろからポンポンと肩を叩かれることになる。


「あやめ、ちょっといい?」


 加奈だった。彼女は初めて見るような険しい表情をあやめに向けて言う。


「……もう先生来ちゃうから。後で話があるの。昼休み、時間くれない?」

「?……いいけど」

「忙しいのにごめんね。よろしく」


 平穏無事に見える世界にも、闇は存在している。

 見えないところから静かに、あやめ達にも黒雲は迫っていたのだ。

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