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<14・過去からの追撃が来る。>

 あやめの家は、音藻高校からさほど離れてはいない。乗り換えを含んでも電車で五駅。都と離れて一人で帰る部分だけを含めると三駅のみである。

 視線は彼女と一緒にいる時から感じていたが、強く意識が向けられるようになったのは都と別れてからのことだ。どうやら、ジュリアナの手先ではないのは本当らしい。もしそうなら、彼らの一番の狙いはどちらかというと都になりそうなものである。あやめだけ狙って動く理由がない。


「……誰?」


 改札を出たところで、あやめは相手に声をかけた。


「ついてきてるのは分かってんのよ。……もしかしてストーカー?私ってそんなに魅力的かしら」


 部活動見学をしていたとはいえ、現在時刻は六時。まだ小学生が出歩いていてもおかしな時間ではない。塾に行っている生徒も多いから尚更だ。が、それでも見知らぬ女子高校生を尾行してくるというのは異常だろう。そう、あの後さらに調べたが、やはり相手の少年に見覚えはなかったのだ。

 黒髪に蒼眼、なんて。明らかにハーフですと言わんばかりの目立つ容姿の子供。さすがに一度でも見たことがあれば、忘れることもないだろうに。


「話をしてくれる気があるのは助かるな」


 やがて、後ろからまだ声変わりも済ませていない少年の声がした。あやめが振り向けば、立っていたのは例の三年生くらいの男の子である。水色のランドセルを背負い、少し襟足の長い黒髪を靡かせている。肌の色もやや白いし、何より海を思わすような深い蒼眼だ。なんとなく、どこかで見たことのある色である気がするが思い出せない――こんな綺麗な顔の子供に覚えがないのは事実だというのに。


「あんたと話がしたかったから、機会を伺っていた。ややこしいことになるから、友達と一緒のタイミングは避けていたんだ」

「私一人と話がしたいって?こっちは心当たりなんかないんだけど」

「だろうな。……立ち話もなんだから、ベンチにでも座らないか」

「…………」


 今すぐあやめを攻撃しようとか、拉致しようなんて思っているわけでないことはわかった。あまり楽しい話ではなさそうだが、どうにも胸騒ぎがする。ここで逃げてはいけない、という妙な勘。渋々あやめは駅前広場のベンチに腰掛けたのだった。

 音藻公園駅の前には、大きな桜の木がある。銀色のベンチはその木を囲むようにくるりと円形に設置されているのだった。今日は昨日よりも少し肌寒い。座ったお尻がひんやりと冷たかった。


「ハーフなの?」


 なんとなく尋ねてみれば、そんなところだ、という返事が返ってくる。


雪見流優ゆきみるう。母親は日本人で、父親がアメリカ人だ。一応英語も話せるが、日本語のほうが得意だから気にしなくていい」

「ふーん」

「あんたは毒島あやめ。一緒にいたのは同じく音藻高校の一年生で、同じクラスの清水都。間違いないな?」

「……そうだけど、それが何?」


 違和感が凄い。なんせ、子供らしい高い声で、まるで大人のような喋り方をするものだから。なんだか、ガワと中の人の年齢がマッチしてないような妙な感覚である。

 その理由は、すぐに露呈することになるが。


「回りくどいのは苦手だからはっきりと言う。お前、魔法を使ったな?俺に」

「!」

「探索竜の魔法だ。生憎俺は魔術師ではないから魔法を打ち破ったり逆探知することはできないが、それでも魔法剣士の家系であるから魔力の気配は感じ取れる。魔法の知識もある。自分を標的にした探索竜を撒くくらいのことはできるさ」

「あ、あんた……っ!」


 キーワードがぼろぼろ出てくる。前世の話を、あやめは他の誰にしたことなどなかった。それこそ幼い頃に、不思議な夢を見たと両親に語ったことさえあったかどうか。なんせ小学生の時にはもうそれが自分の前世で、誰かに話したら正気を疑われる内容だと理解していたからである。

 さっきの、都との会話だって。魔法の詳細など話していない。ましてや、探索竜の使い方なんてものはけして。


「あんた、私と同じ……世界の住人だったってこと!?」


 カマをかけられているのかもしれないとは思ったが、ここまで来たらもう誘いに乗るしかなかった。あやめとして、そこまで知っている以上この少年の存在を無視はできないのだから。


「これはけして珍しい話でもないのだそうだ」


 流優、と名乗った少年は静かに告げた。


「次元の狭間に、世界は数多く浮かび、漂っている。この現代日本によく似た世界もあれば、真っ暗な闇だけの世界、全てが水に満たされた世界、全身が触手だらけの怪物の世界や微生物しか存在しない世界もある。俺達がいた、エメラルラロード王国があったような……近代のヨーロッパにも似た魔法の世界もある。世界同士は本来繋がりはないし、特別な資格を持つもの以外は世界と世界を渡り歩くことなどできないようになっている。それほどまでに世界の壁は分厚く、乗り越えることはタブーとされているからだ。例外は、一つだけ」

「死んで、転生すること?」

「正解だ。その世界の人間が死ぬと、魂は世界の枠組みから解き放たれることになる。多くの場合はその記憶を消された状態で、ランダムでどこかの世界に流れ着くことになる。異世界転生とは本来そういう仕組みだ。元いた世界と同じところに行く場合もあるし、そうでない場合もある。天国や地獄のような死後の世界が併設されていて、それを統べる神のようなものがいれば……その裁量で、死後に転生する世界が決まることもある」

「罪が重い人間ならば、地獄のような世界に生まれ変わることもあるってこと?」

「平たく言えばそういうことだな。その人間の罪にふさわしいと思えば、例外的に転生前の記憶を残すこともあるだろう。ただし、異世界に転生させる場合は、よその世界に准じたルールを守らせなければいけない。魔法が存在しない世界で魔法を派手に使って、世界の理を滅茶苦茶にされてはたまらないからな。お前も自分の魔法が制限されていることに気づいただろうが、ようはそういう理屈だ」

「…………」

「さて、ここからが本題」


 少年はぴしり、と指を一本立てて見せる。


「お察しの通り、俺もエメラルラロード王国の出身だ。そしてこの現代の地球には、エメラルラロード王国があった世界の元住人が少なくない。あの世界にも天国や地獄はあったが、神は極端な罪人や善人を除けば魂をランダムに世界の外に放出していた。この現代の地球は、エメラルラロード王国からほど近い次元にある。そのランダム放出された魂が、この世界に流れ着いて転生することそのものは珍しくもなんともないことだ。恐らくこの世界には、元の世界の記憶を忘れて流れ着いた、前世でお前と同じ世界を生きていた人間は大量に存在するだろう」 


 なんとも突拍子もない話である。段々とあやめは頭痛を覚えてきて、無意識にこめかみを抑えていた。まあ、実際自分に異世界の記憶がある時点で、既に眉唾なことは起きてしまっているわけで。今更異世界転生の複雑な仕組みやらなんやらを完全否定するほど、頭が硬いつもりもないのだけれど。


「わ、わかったわ。続けて……」


 強いて言うならば、ラノベ的な“チート異世界転生”は現実にはまず有り得ないらしいのが、なんとも残念だということくらいか。言われてみればそのとおりで、魔法のない世界に魔法を持ち込んで世界のルールを壊すほど無双されたりしては、世界としてたまったものではないというのも至極真っ当な理屈ではあるのだが。


「俺も何もかも知ってるわけじゃない。ただ、俺がたまたま前世の……エメラルラロード王国の記憶を多少引き継いでいる人間だったこと。それから、同じように記憶を引き継いだ奴に遭遇して、しかもそいつが“神様の使者”として使われてる奴だったから、多少この世界のルールについて知ってたっていうだけだ」

「神様の使者?」

「と、言う名の罪人だろうな。前世の記憶を残したまま、神様の言う通りのミッションをこなす、いわば懲役刑を課せられているようなものだ。神様の言いなりになるのが相当不満って感じだったな。……とまあ、ヤツのことはいい。大事なことはここからだ」


 ちょこん、とベンチに座り直すと、流優はランドセルから水筒を取り出した。たくさん話して喉が乾いたのだろう。麦茶らしきものをこくこくと飲んでいる様はなんだか可愛らしささえある。話している内容は、別人が取り憑いたとしか思えないような突拍子もない物語だというのに。


「ここまで話せばもうわかるだろう。お前が前世の記憶を持たされているのはその神様の意志であるということ。清水都に出会ったのは偶然ではないこと。そして、その清水都もまた、エメラルラロード王国から転生してきた人間に間違いないということが」

「……やっぱり、そうなるのね」


 夢の話を都から切り出された時点で、どう都合よく考えても無関係と考えるのは無理があることくらいわかっていた。たまたま彼女にロミーの記憶が流れ込んだ、なんて可能性、あまりにも低すぎるということも。


「あの子が、ロミー・ガースンで、間違いないのね……」


 そう、やはり間違ってはいなかったのだ。

 自分が苛め抜いて、呪い殺そうとした元ライバル。かつて悪役令嬢だったであろう己に対して、まさに正ヒロインと言うに相応しい存在だった少女なのだと。


「そうだ」


 僅かな希望を打ち砕くように、少年ははっきりと頷いた。


「記憶が戻るかはわからない。少なくとも現時点でロミーが前世について何も覚えてないなら、本来の他の転生者と同じように、記憶は封印されている可能性のほうが高いだろうな」

「そう、よね」

「お前の方がその記憶を覚えているのは、神がそう定めたからなのだろう。お前の容姿が前世とは全く異なることも、清水都がロミーそのままであることも。神がお前にどのような罰を与えようとしているのか、どんな贖いを求めているのかはわからない。それは俺の管轄にはない話だからな。ただ、一つだけどうしてもお前に伝えたいことがあって、今回お前に接触するに至った。その一つを伝えるために、この長ったらしい話をお前にしたんだ」

「?」


 水筒の蓋を閉めて、再びランドセルに投げ込むと。少年はぐい、と顔を近づけてきて、真下から睨むようにあやめを見つめた。


「警告だ。……ロミーのみならず、清水都まで不幸にしてみろ。俺は絶対に、お前を許さない」


 どうして、と少年の眼を見つめ返してはっとした。何故気づかなかったのだろう。深い深い海の色、湖の色。顔立ちも外見年齢も異なるが、その瞳の色には確かに覚えがあったというのに。

 そう、同じ色だ、彼と。


「ま、さか……あんた、アラン、なの……?」


 かつて、あやめ――ブリジットが結婚を目論んだ男性、アラン・クローシュ。クローシュ伯爵家の、美貌の次男。そして、ロミーと両片思いであった、彼。


「ロミーはお前を恨んでいなかったかもしれない。でも“私”はそうじゃなかった。お前さえいなければ、あの子はあんな最期を迎えずに済んだんだ……!」


 幼い少年は確かに、前世の憎悪をたぎらせてあやめを見ていた。あやめの姿の向こうに、メイドの少女を虐めていた悪役令嬢の姿を。


「もしもお前に少しでも罪の意識があるならば、精々全力で都を守ってみせろ。だが、けして魔法のリミッターは外すな、都にも外させるな。世界の理を壊すほどの力を使った者は放逐される……魂ごと消されて二度と生まれ変わることもできなくなるかもしれない。お前がそうなるのは自業自得だが、都を巻き込むことは許さない!」

「あ、アラン……」

「前世の記憶を取り戻さなければ、あいつが魔法を使えるようになることもない。……図々しくもあいつを友だと言うのなら絶対に約束は守れ。わかったな」


 有無を言わさぬ口調に、あやめは凍りつくしかなかった。そして、最後の疑問を口に出すことが出来なかったのである。


――あんな最期って、なに?……前世でロミーに……何があったっていうの?私、あの子に何をしたの……!?



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