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<13・視ないで、愚かな幻なんて。>

 積極的に、部員が自分で書く脚本を取り入れてくれるというのは有りがたいことである。ならば、舞台の上で映える自信がない自分にも、脚本や演出面で活躍することはできるだろうか――都と共に駅へ歩いていく道すがら、あやめはそう口にした。


「小説書くよりは、個人的に楽かなと思ってるわけよ」

「え、なんで?脚本って結構大変だと思うんだけど……」

「いや、その……物語を考えるのは好きなんだけど、いつもト書き部分が難しいって感じるのよね」


 目をまんまるにする都に、あやめは語る。幼い頃から、小説を書くのは好きではあるのだ。ただし、自分に国語的な技量があるとはまったく思っていなかった。というのも、気を抜くとすぐ全体的に台詞だらけになってしまうのである。

 描きたい物語はある。

 それに配置したいキャラクターもいる。

 しかしほっとくと、そのキャラ達が舞台そっちのけでずーっとエンドレスで喋り続けてしまうのである。で、作者としてはその会話ばっかりを書いてしまって、彼等に関する説明を上手に挟む隙がないのだ。さらに、このタイミングで状況説明を入れようと思ったところで、その状況説明を描くのも得意ではない。ついつい、“●●はこう言った”とか、“●●は歩き始めた”みたいな行動の簡易解説ばかり挟んでしまうのである。で、それでは味気ないと感じてまた台詞が増えるというえんえんループ状態だ。


「キャラの台詞ならどんどん浮かんでくるのに、説明の方が浮かばないのよねー……。多分、本よりも漫画を読んでるからってのもあるんだと思うんだけど、ト書きに何を書けばいいかわからないというか。どうしたら、もっと上手にキャラクター説明できるか混乱するというか。その点、台詞だけで展開する脚本の方が簡単かなあって」


 都とは途中の乗換駅までは一緒に帰ることができる。まあ、そうでなくても音藻高校の最寄駅は一つだけだから、電車通学の生徒はみんな一緒になるのだが。ちなみに、沙乃子は電車なものの、加奈は自転車だ。よって四人全員で一緒に帰る、なんてことは不可能だったりする。


「そっか、そういう考え方もあるのかー」


 ふむ、と都はちょっとカッコつけるように顎に手を当てて見せた。


「じゃあ、私とは違うね。私は脚本なんて書ける自信ないもの。本読むのは好きだけど、台詞だけで全部説明させる自信ないし、というかその台詞もすごく説明くさくなって不自然になりそうで」

「まあ、そのへんは脚本の難しいところではあるわよね」

「そうそう。ラジオドラマとかなら本当に音声と台詞だけだから、それでほぼすべて説明しないといけないんだけど……舞台は視覚からも情報が入るでしょ?これは、アニメーションとか、ドラマでも言えることなんだけど、口で全部状況説明させちゃうのってマイナスポイントなんだよね。語らなくても伝わる演技ってのを女優さんはしないといけない。極端なことを言えば“愛する人が死んでしまって悲しい”ってシーンで、無言で泣き崩れるならいいけど、口で“私は悲しいです”なんて言ったら変でしょ?」

「そりゃそうだ」


 舞台女優に憧れているというだけあって、ある程度研究はしてきているらしい。なるほど、そう考えると脚本というものは、小説とはまた別方向の難しさがありそうだ。


「それと、舞台の動きをちゃんと視野に入れてお話を作らないといけない。特に高校演劇って、派手な舞台装置使って場面転換とかできないから、大道具とかを暗転中に動かすみたいなことなんかまずできないんだよね。同じものを置いたままで場面転換を演出しないといけないし、というかあんまり繰り返し暗転させるのもまずい。意外と制約が多くて、それがプロの演劇とは違う醍醐味でもあると私は思ってるんだけど」

「さすが都、よく研究してるじゃない」

「本当は、高校入る前は演劇部すごく考えてたんだよね。だから、中学の頃から高校演劇の中央大会のやつとかも結構見に行ってたから知ってるというか。実際高校入ったら、部活動やりたいなんて言える空気じゃなくなっちゃってだいぶヘコんでたんだけど」


 まあ、それはいいとして!と彼女は切り替えるようにパン!と手を叩いた。


「それはそれとして、あやめがどんな脚本を書いてくれるか楽しみではあるかな!……うん、私、やっぱり演劇部に入ることにする!他の部活動も面白そうだけど、私いつかあやめが書いた脚本を演じてみたい!」


 この数日の間に、随分都は自分の主張を言えるようになったなと感じる。それとも、あやめの前なら遠慮しなくてもいい、と思ってくれるようになったのだろうか。それならそれで嬉しいことである。ゆえに。


「じゃあ、都はどんな脚本を私に書いて欲しいの?ていうか、やってみたい役とかある?」


 あやめがその質問をした事に、大きな意味などなかった。

 駅前交差点。信号機が点滅しているので足を止める。長い横断歩道だ、無理につっこんでいっても赤になる前に渡りきれないと知っているからこそだった。そもそも今の自分達は急いでいない。慌てたように走って行く人を横目で見つつ、あやめが信号機の横に一歩避けた時。




「ファンタジーとかいいかな!魔法騎士を目指す、メイドの女の子のお話とか!」

「え」




 一瞬。

 全ての音が消えたような、そんな錯覚を受けた。


「実は、最近ちょっと面白い夢を見るの」


 凍り付いたあやめの様子に気づいた気配もなく、都は楽しそうに“夢”の内容を語る。


「私は孤児院から、ある貴族のところに引き取られるメイドの女の子になってて。で、その貴族様のところのお嬢様とあんまり仲良くなくてね。それでいじめられちゃうんだけど……夢の中の私は、現実の私よりずっと気が強いから、お嬢様に全然負けてないの。訓練って名目で魔法の特訓に無理やり付き合わされても、こんちくしょーって思いながらその訓練を生かしてどんどん魔法を上達させて行ってね。成長するにつれ、自分の夢を持つようになるわけ。それが華やかな舞台のプリマドンナで……でも、メイドの自分にはそんな夢は叶わないだろうなって諦めてて……」

「そ、そうなの」

「国の状況がどんどん悪くなってね。徴兵制度が始まるの。“私”は夢よりも、この国の魔法騎士になって恩人の貴族様の家を守ろうって方向に考えるようになってて。その頃には、自分をいじめたお嬢様との関係もちょっと変化しつつあって。別の貴族の男の人と、ちょっといい関係になったりもしてて……」

「み、都!」


 思わず、途中で遮るように声を上げてしまった。


「す、素敵な夢ね。ちなみに、その主人公の女の子……あなたが成り代わってたっていう、メイドの女の子はなんて名前なのかしら?」


 動揺を、悟られてはいけない。都は気づいていないはずだ、なんせ、あやめとブリジットの容姿は似ても似つかないもの。というか、仮にそっくりだったところで、自分が現実で関わる人物がたまたまファンタジーな夢の中に登場したとしか思わなかっただろうけれど。


「え?えっとね……」


 何かを思い出すように、明後日の方を見て。


「あ、そうだそうだ。思い出した。名前は」


 信号が、青に変わる。


「ロミー。ロミー・ガースンって名前だった気がするよ!」


 止まっていた時間が、動き出した。




 ***




 自分は上手に笑えていただろうか、とあやめは思う。途中の乗換駅で都が電車を降りていったところで、座席に座ってあやめは深く深く息を吐いていた。


『最近幻想系の小説読んだからかなー。妙に壮大な夢だよね!結構面白かったし、今日寝たら続き見られないかなあ』


 都は完全に、その夢をただの夢だと思っているようだが、間違いない。

 何もかもが一致する。ブリジットと、ロミーの過去に。前世の物語に。お嬢様、の名前は訊かなかったが、そもそもロミーの名前が一致した時点で偶然と片づけるのは無理があるだろう。


――やっぱり、都がロミーなの?ロミーが、何かの意味があって私のすぐ傍に転生してきたってこと?……やっぱり私に、ちゃんとロミーに償えって、神様がそう言ってるってことなの?


 まさかあやめがそんな事を考えているとはいざ知らず、都は嬉しそうに物語を語った。ひょっとしたら、彼女はあやめが忘れてしまった記憶の続きも夢に見るかもしれない。そうなったら知ることができるはずだ――あの世界で、ブリジットとロミーが最後にどうなったのかを。それから、ロミーが本当はブリジットのことをどう思っていたのかも。

 動揺してつい話を聞き流してしまったが、明日以降はもう少し苦らしく語ってもらうべきだろうか。勿論、現状ではまだ“都がなんらかの事情で、ロミーの記憶だけを覗き見している別人”である可能性もゼロではないけれど。


『あ、それと、これ言おうと思って忘れてた!』


 都は別れ際に、ちょっとだけ渋い顔になって言ったのだった。


『あやめ、自分の見た目を卑下しすぎ!小柄な役者さんなんて今時いくらでもいるんだよ?あやめだって、全然舞台役者目指せると思う。声が低いのとかもコンプレックスみたいだけど、それだって他の役者にはない、あやめだけの個性なんだから。あやめにしかできない役がきっとあるって思う。あやめがそうしたいなら、一緒に舞台に上がってみたいし、あやめにスポットライトを当てる仕事だって私はやってみたいけどな!』


 ようやく、気づいた。

 いつの間にか、都を“助けてやる”つもりで、あやめの方こそ都に救われつつあるということに。

 前世と比較して、ブサイクに生まれてしまった、こんな自分は楽しい人生なんて送れないに決まっていると諦めていた。でも都と一緒なら、そんな薄暗い未来もまったく別の物に変えていけるのではないか、なんてことを考えるようになったわけだ。

 だからこそ。


――もし、都が、ロミーだったら。ロミーの記憶を、自分の前世として思い出したら。私がブリジットだったと知ってしまったら……どうなるの?


 怖い。都とロミーは別人だと割り切るようになったところで、何故今になってその可能性が浮上するのだろう。

 これもまた、与えられた罰だとでも言うのだろうか。


――それに……。


 ちらり、とあやめは電車内を見回す。人が多くて、全体を確認することができない。つり革に掴まってスマホを見ているサラリーマン、窓の外をぼーっと眺めている女子高校生たち、あくびをしているOL風の女性たち。見える範囲に、“彼”はいない。でも。


――見られてる。……さっきから、ずっと。


 あやめはずっと感じていたのだった。

 例の“誰かさん”が、自分を監視しているような視線を。


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