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<11・裏切り者には粛清を!>

 穏やかな湖面に映るのは、丸い月。それから、長い黒髪を靡かせた美しい人。

 アラン・クローシュ。

 クローシュ伯爵家の次男にして、ブリジットの想い人。多くの貴族たちと毎日顔を合わせるブリジットだが、アランはその中でも際立って美しい青年だった。加えて、クローシュ家の貿易事業は大成功しており、伯爵という地位には収まらない巨万の富を築いていると知っている。加えて、クローシュ家は魔法剣士の一族としても有名だった。魔術師家系として有名なオーモンド家、その中でも特に歴代屈指の魔女の才能を持つブリジット・オーモンドの夫として、これほど相応しい相手もいないに違いない。

 ましてや、向こうは次男だ。こちらが婿入りを要請する条件は十分整っているだろう。あとは、両家と本人たちの同意さえあれば、いくらでも婚約関係は成立するはずだ。自分達の国では男女ともに二十歳になるまでは正式に結婚できないものの、婚約を約束するだけならばそれこそ子供でも問題ないとはずなのだから。

 そう、それなのに。


「どういうつもりなの」


 ブリジットは、オーモンド家の裏手の湖のほとりにて。満月の夜、想い人であるはずのアランと対峙しているのだ。あまりにも、許せないことが多すぎるがゆえに。


「わたくしと結婚したくない、他に想い人がいるなんて……そうはっきりと、両家の提案を突っぱねたそうね。このわたくしの、一体何が不満だというの?それとも、他に好きな人でもいるなんて言うんじゃないでしょうね」


 知りたくもない真実が、目の前にあるのかもしれない。それでもブリジットの天よりも高いプライドが、それを認める勇気を拒んでいた。

 自分が社交界でも、どんな貴族たちと比較しても、それこそ王族と比較してさえ一番美しい女であるという自負があった。能力的に見てもそうだ。スキあらばライバルを蹴落とそうとする連中を出し抜き、先手を打っていつも優位に立ち、絶対の自信と力を持ってして屈服させてきた。時にブリジットの悪評を流してアランを奪い取ろうとする別の伯爵令嬢の裏も掻いたし、魔術師試験でブリジットの不正を捏造しようとした候爵令嬢と出し抜いて逆に不正の証拠を掴んでやった。

 相手が自分たちより身分が上の貴族であろうと関係ない。パーティで掴んだ証拠の映像を魔法でこのぶち撒けてやることもできたし、それこそより身分の高い公爵や王族のたちにうまく取り入って有利な裁定をさせることだって出来た。

 簡単なこと、自分こそ最も優秀で、役に立てる人材だと証明すればいい。

 よその国との戦争が真実味を帯びてきた時代。だからこそ、強い魔法の力と権力を持つ者は重宝され、特にブリジットのように複数の言語を巧みに操る人材は軍部も喉が出るほど欲しかったのである。軍が政府内で強い権力を握っていたこそと知っていればこそ、ブリジットの機嫌を損ねたくない者は多かった。将来、女ながらにして高い地位に着き、政府で権力を握るであろう娘であることは容易く想像がついたからだろう。

 自分は自他共認める才色兼備で無敵のお嬢様。誰もが自分に当然のように跪き、憧憬の眼差しで見上げるのが当たり前のことであるはず。

 そう、同じ学校に通い、社交界で顔を合わせることも多かったアランは誰よりよく知っているはず。だからこそ、向こうも次男を、経済力だけならばクローシュ家に劣るオーモンド家に婿入りさせることを良しとしていたはずだ。何故、よりにもよって当の本人がそれを断るのだろう。


「家のためを思うなら、君と結婚することが安泰なんだろう。オーモンド家の存続のためにも、未来のためにも」


 アランは海のように深い青い目で、じっとブリジットを見つめる。


「しかしそこに、私の心はない。私にとって最も許せないことが、人の心の自由を奪い、否定することだ。君は当然のように、好きな人がいなければ自分と結婚することが当然の義務だと言う。それは、私が最も嫌う“心の否定”に他ならない」

「否定なんかしてないわ。ただ疑問なだけよ。私と一生を添い遂げる以上の幸せが貴方にあるとは思えないもの!」

「君が欲しいのは私か?いいや違う。オーモンド家の莫大な財力と、私という名のお飾りの伴侶だろう。共に連れ添って恥ずかしくない婚約者が欲しいだけだ。私の本当の心など見てはいない。そして私も、そのような女性に明け渡すような心など持ち合わせていない」


 訳がわからなかった。アランは一体何を言っているのだろう。お飾りの伴侶?お飾りも何も、向こうがこちらに婿入りする身なのだから、すべての主権がこちらにあるのは当然のことではないか。彼は良き夫として妻を支え、妻の代わりに家のことをこなし、その出世の邪魔をしない献身的な旦那であればそれでいい。自分はいずれ、軍に入って出世する。自分の優秀な頭脳と魔法の才能は、必ずやこの国をより良いものとするだろう。

 そう、国王だってこの美貌と才覚で魅了して、好きなように操ることができるのがこのブリジット・オーモンドだ。その夫となり、未来永劫の繁栄を約束され、優秀な子供を作るための礎となる。これ以上の幸福な人生が、一体どこにあるというのか。


「……やっぱり、そうなのね」


 ギリ、と拳を握りしめる。


「あいつが……ロミーがいるせいなのね。わたくしなんかより、あんなメイドを貴方は選ぶというのね……!?」


 学校で、町で、屋敷で。彼とロミーが仲睦まじく話している場面は何度も目にしている。彼にとって、ロミーは既にただの召使いなどではないのだろう。なんせあんな風に屈託なく笑うアランの姿など、自分の目の前では一度たりともお目にかかったことはないのだから。


「彼女は関係ない」


 アランはきっぱりと首を横に振った。


「確かに彼女と一緒にいると、言い尽くせぬほどの安らぎを感じる。人を蹴落とすことばかり考えている学友たちのこと、歪みだらけの貴族社会のこと、戦争になるかもしれない厳しい世の中のこともすべて……すべて、彼女と一緒にいる時だけは忘れることが出来るんだ。ずっと一緒に生きていけたらどれだけいいかと思う。……しかしそれは、私が一方的に彼女に想いを寄せているだけに過ぎない。勝手に私がこの恋を捨てられず、彼女一人に操を立てると心に誓ってしまっただけのこと。彼女が私に、何かをしたなどありえない」


 知っている。アランは、よりにもよってオーモンド家のメイドであるロミーに恋をしてしまったことに苦悩しているということは。両家の親たちは、アランとブリジットで婚約を進めたがっている。それなのに本当はオーモンド家のメイドと結ばれたいなんて通用するはずがない。身分が違うことのみならず、それはブリジットの顔をぐしゃくしゃに踏みつけて潰すも同然の行為であるからだ。それこそ、親たちに激怒されて離縁されてもおかしくないような行為だろう。

 だから、アランはロミーに想いを告げることなく、ただ婚約だけを突っぱねようとしているのだ。己の片思いだと思いこんでいるからというのもあるだろう。だが。

 二人のことを側で見てきたブリジットはわかってしまっているのだ。本当は、ロミーの方もアランに想いを寄せていて、しかし身分の違いがあるからと気持ちを封じ込めているということは。


――冗談じゃない。


 怒りと同じくらい、悲しくて堪らなかった。確かにロミーは自分の次くらいに美しい顔をしているけれど、だから何だと言うのか。顔が綺麗なだけのたかが労働階級のメイドなんかに、何故このブリジット・オーモンドが出し抜かれなければならないのか。自分の方が魔法の才能も、学力も、身体能力も、容姿も、何もかもが勝っているはずだというのに!


「あいつが、伝説の聖女サマだから?まさか、貴方までそんな噂を信じてるの?」


 イライラと足を踏み鳴らせば、濡れた草がざくざくと嫌な音を立てた。


「あれは教会が勘違いしてるだけ。お父様とお母様がそれを本気にしてしまっただけよ。有り得ない。そもそも本当に聖女サマなら、何故選ばれし存在……貴族ではなく、低い身分の女に生まれなくてはいけないのよ。矛盾してるでしょ?」


 メイドたちの中で、不自然なほど特別扱いをされているロミー。他のメイドたちと違って高いお小遣いを給料以外にも与えられ、高級なドレスや杖を渡され、さらには時に家族と同じ食事までもを許されている。部屋も部屋で、メイドたちの合同宿舎ではなく、屋敷の客人と同じ寝室を与えられている状況ときた。

 奇っ怪なほどの贔屓の理由は、彼女が神父に“伝説の聖女の生まれ変わりである”などとお告げを受けてしまったため。そして、その聖女に相応しい美貌の持ち主であったため。両親はそれを本気にして、長年努めてくれているメイドたちを蔑ろにするかのような特別扱いを彼女に続けているのである。

 承服できるはずがなかった。労働者とはいえ、メイド達に世話になってきているし、恩を感じてもいるブリジットだから尚更に。まあ、元より両親ほど信仰心が強くないのは否定しないが。


「聖女じゃないと本人が言っている。だから私もそれを信じるし、そんなことは関係ない」


 アランはやや呆れたように、ブリジットに言った。


「彼女の本当の価値はそんなところにないんだよ。……ブリジット、君は人を見た目や称号でしか判断できないのだね。その中身……心の清らかさで人を見ることが出来ないし、信じることが出来ない。可哀想に、今まで人生で一度たりとも本当の友を持ったことなどないのだろう?」

「なっ」

「人と人との関係は、お金や利益だけで図れるモノじゃない。人の本当の意味は、価値は、そのようなもので売り買いできるものではない。足し算や引き算だって出来ない。愛とは、そういうものではないんだよ。……それがわからない限り、私が君を選ぶことはない。君を愛することなど、出来ない」


 ふざけるな、とブリジットは本気で思った。人の中身?心の清らかさ?愛?それで腹がふくれることなどない。そんな曖昧なものを信じたらすぐつけこまれて裏切られるだけだ、お前も貴族ならそういう世界をたくさん見てきたはずだろう、と。

 人は結局、相手をその肉の檻でしか見ることはできないのだ。

 綺麗事を言っているが、彼だってどうせその聖女サマという信託を本気にしているだけ。そんな価値ある存在に夢を見ていたいだけ。あのロミーのお綺麗な顔に惚れ込んでいるだけなのだ。


――いいわ。そんなに言うなら、その愛とやらが本当かどうか証明して貰おうじゃない。


 その夜。ブリジットは一人誓ったのである。

 アラン自ら、ロミーを捨てるように仕向けてやる、と。自分の魔法ならそれが簡単に出来るのだから、と。




 ***




「――っ!!」


 はっとして、あやめは布団から飛び起きた。全身に冷たい汗をかいている。ふと時計を見れば、夜中の三時。酷い夢を見てしまった――おかげで、こんな中途半端な時間に目を覚ましてしまったではないか。


「サイ、アク……っ!」


 くしゃり、と前髪を掴んで毒づく。今見た夢は明らかに、自分の前世のそれだった。ブリジットが、アランを呼び出して問い詰めようとした場面。アランが己との婚約を断ろうとしていると知り、理由が本気で分からずに詰め寄ったのである。

 それまで、ブリジットは己がまさに国で一番優れた人間だと本気で信じていた。あらゆる美貌に、才能に秀でた貴族の令嬢。それこそ将来は軍を使って、この国を裏から動かす権力者になれると本気で信じていた頃である。魔法の力も、政治や国内外の言語の知識も、そしてコネさえも自分はない寝備えていたのだから尚更だ。

 そんな己との結婚を断るなんて、馬鹿だとしか思えなかった。しかも、自分よりも圧倒的に劣る労働者階級のメイドの娘に恋をしているだなんて。


――絶対に許せなかった。認められなかった。……本物の愛なんか、権力や美貌の前にはあっさり霞んで消えるもの。本気でそう思ってたから、私は。


 この湖での逢瀬のあと。

 禁断の魔法を用いて、ロミーに呪いをかけようとするのである。顔に大火傷をして、その容姿を損ねてやろうとしたのだ。今思えば、もはや嫌がらせの域では済まない話だっただろう。ああ本当に、なんであんなことをしようだなんて思えたのか。自分がされて嫌なことはしてはいけない、なんて。そんな当たり前なことさえ考えることもできずに。


――だから、私は罰を受けた。魔法が跳ね返って、それで……。


 ちらりと窓の向こうを見る。窓ガラスには、相変わらず太っていて可愛らしさの欠片もない、ドチビな少女の顔が映り込んでいた。それが今のお前だと思い知らせるように。


「やっぱり……これは、罰なのかしらね」


 そして、ひょっとしたらその罰を本気で望んでいたのは、神様ではなくロミーだったのかもしれない。今更ながら、そんなことにも思い至るのだ。


「……ほんと、馬鹿」


 わかっている。本当の自分がけして、強くなんかないことは。

 なんせあやめは今、どこかで恐れて、願っているからだ。あの清水都がロミーの転生者などではことを。あるいは前世の記憶を、どうか思い出さずにいてくれることを。

 それは大切な一人の友達かもしれない存在を、失うことに直結するのだから。罪があるのは、あくまでこちらの方だとはわかっているけれど。

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