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<10・静かに暗雲は迫る。>

「ご苦労様」


 あやめの家は一軒家である。両親とあやめの核家族だ。一時期は祖母も一緒に暮らしていたのたが、既に亡くなっているので現在は三人だけで暮らしている状態だ。多分、一般家庭よりやや裕福な部類には入るのだろう。少し駅から歩くとはいえ、そこそこの規模の家であるし、二階の部屋をあやめは一人で贅沢に使わせて貰っているのだから。

 窓の向こうに向けてあやめが差し出した人差し指に、小さな茶色のドラゴンが止まり、光となって消えた。偵察役に使っている小ドラゴンの魔法である。都と駅で別れたあと、ひっそりと飛ばしたのだ。やはり自分たちの後ろをつけていた人物が気になったがために。


「……どういうこと?」


 ドラゴンを飛ばして調査を行い、帰ってきたドラゴンから情報を受け取ることで相手のことを知る魔法なのだが。先日、志木映見奈と半グレ組織“ジュリアナ”について調べた時とは打って変わって、今回は殆どまともな調査になっていなかった。ドラゴンの目を通して相手の容姿は知ることが出来たし、見たところジュリアナとは無関係らしいということもわかる。しかし、途中で探索竜を撒かれてしまい、詳細を知る前に調査が打ち切られてしまったのだ。

 これは、前世の魔法世界なら当たり前のように有り得た話である。魔法に秀でた者や知識がある者ならば、探索竜に気づくことも、捕まえて逆探知をかけることも可能であったのだから。しかし、現代日本では話が違う。魔法のない世界である以上、探索竜の魔法の気配に気づける人間は殆どいないはずだ。まあ、探索竜の姿も完全に消えるわけではないので、普通の人間が気配に気付いて探索竜を撒くことも不可能というわけではないのだが――。


――それに、探索竜に本当に気付いて撒いたってなら、捕獲して逆探知かけてこないのも妙よね……。


 相手が自分と同じように魔法が使える人間ならば、怪しい探索竜を放置なんてするはずがない。相手の対応は何もかも中途半端としか言いようがなかった。明らかに、自分たちを監視している様子だったにも関わらず。


――どっちが狙いだったのかしら。都?それとも私?あるいは両方?


 それによって話も対応も変わってくる。相手の正体が全く分からない、想像がつかないというのが実に不気味だった。そもそも、ジュリアナとは無関係だろうと判断したのも見た目からそう認識できたというだけである。

 自分達を尾行してきていた相手は、小学生くらいの男の子だったのだ。

 だからこそ不気味でもある。明らかに、半グレ組織に所属しているとは思えないような幼さ。にも関わらず、探索竜の気配に気付いて撒いて見せた。自分は少年の名前さえ調べ上げることが出来なかったのである。


――半グレ組織“ジュリアナ”以外にも怪しいものがないか、洗ってみる必要があるかしら。少なくとも映見奈本人はだいぶ隙だらけっぽいし……もう一度調査をやり直すのも難しいことではなさそうよね。


 少し迷って、あやめは窓を閉めると、一度一階まで降りた。母は風呂に入っているのか、リビングには父が一人である。最近帰るのが早くなったらしい彼は、土曜九時からのドラマにすっかりご執心らしかった。ぴしっと黒いスーツを着込んだ刑事風の女性が、もう逃げられないわよ!と犯人を追い詰めているシーンである。

 ああいう芝居が都はやりたいのだろうか。そんなことを考えつつ、あやめはキッチンへ向かった。コップに適当に水道水を入れて、そのまま二階の自室へ戻っていく。家の水は綺麗なので飲めなくはないが、飲むために持ってきたわけではなかった。ちょっとした実験を行うためである。


――大人しくて人前で喋るのが不得意っぽい都が、実は女優の夢があるってのはなかなか面白い話よね。……まあ、自分が地味女子で変わりたいって思ってるからなんでしょうけど。




『想像の世界ではね。私は、地味で後ろ向きな女の子じゃなくて……舞台の上で、女優みたいに活躍できる女の子になってるの。絶対に叶わない、馬鹿げた夢だと自分でもわかってるんだけど』




 自分が持っていないものを持っている人を見かけた時、人が感じることは主に三種類のどれかだろう。

 興味がなくて無関心になるか、妬ましく思うか、憧れるか。都はその三つ目というわけだ。




『実際の自分が、絶対持ってないもの、なれないものに憧れちゃうの……昔から。現実の自分が嫌いだから、想像の中だけでは理想の自分になりたくて。変わりたくて。こんな私でも、誰かを笑わせたり喜ばせたり、そういうことができたらいいなって。……こっそりボイストレーニングのオンライン講座やってみたりとかするだけで、自分でお芝居したり歌ったりするような動画を投稿する勇気もないんだけど……』




――純粋なのよね。……私とは、全然違う。


 思い出すと自己嫌悪で気持ちが沈む。今の己も、前世のブリジットも、ほぼ確実に二番目――妬むタイプだとわかっているからだ。きっとあの志木映見奈も同じだろう。持たざる者が持っている者に嫉妬して、時に奪ってやろうと考えたり邪魔したくなるのはごくごく有り触れた感情なのだから。

 本当はわかっている。前世で自分がロミーを虐めていたのが、本当は嫉妬だったということは。他のメイド達とは違う特別扱いに苛立ったのは事実だし、やっぱり召使い同士で差をつけた両親の贔屓ぶりは間違っていたとは思うが。それ以上にブリジットが腹立たしかったのは、彼女の人徳である。

 不平等な扱いを受けていたはずなのに。他のメイドや執事たちから嫌われていてもおかしくないはずなのに。彼女は、他の召使いたちにむしろ愛されていた。認められていた。彼らが嫌う仕事を積極的にこなし、どんな相手にも誠実に対応し、間違っていることは主人相手だろうと物怖じすることなく発言したがゆえに。


――魔法では私が勝っていた。体力だって、剣術だって、馬術だって勉強だって美貌だって。……それなのに、私は確かにロミーに嫉妬してたんだわ。アランに愛されてたからってだけじゃない……私と違って、彼女には友達がたくさんいたから。


 相手の隙を虎視眈々と窺い、スキあらばその地位を奪い取り、家や個人との良縁を結ぼうと目をギラつかせる者達ばかりだった貴族社会。きっと、あの頃のブリジットも他の貴族たちと同じ目をしていたことだろう。アランのことは好きだったが、今から思うとその“好き”の半分は、彼の家が伯爵家の中でもかなり古参の名家であったから、事業が成功していたからというのがあったことは否定できないのである。

 もし彼がイケメンではなくて、家も没落気味だったら。

 いくら紳士的な人格者であっても、自分は彼の心を射止めようと躍起になったかどうか怪しい。きっと、アランには己のそんなところも見抜かれていたのだろう。だから、身分も飛び越え、打算も何も無く笑顔を向けてくるロミーの方に惹かれたのではなかろうか。今ならそれがわかる。あの時は腐っても認めることのできなかった事実ではあるけれど。


――現代日本にも、闇はある。それでもあの時のような階級や戦争、家柄に……目を血走らせて囚われる必要はない。……ないのにね。


 都と接していると、自分の醜さが浮き彫りになるようで時々とても辛くなるのだ。

 何故、あの頃のように縛るものから開放されたはずなのに、自分の性格や心はあの悪役令嬢から抜け出すことができないのか。どうせ転生して体がリセットされて別人になったというのなら、性格だってもうちょっと素直なものに変えてくれてもいいはずなのに。


――なんて。結局、自業自得か。


 学習机の上にタオルを敷いて、水が半分だけ入ったコップを置く。まだ、必要になるかはわからない。それでもいい加減確かめておく必要があると思ったのだ――今の己が魔法で、どれだけのことができるかどうかを。


「……天命の魔術師よ、怒りの聲捧げ彼方から降れ。雷鳴降下!」


 小さく呪文を唱えて、コップを目かけて降らせてみた。刹那、水面が大きく揺らぎ、小さな落雷の音とともに金色の龍が現れる――ただし、掌サイズの。


「……デスヨネー」


 はぁぁ、とあやめは溜息をついた。自分達の世界の魔法とは、守護神であるドラゴンに訴えかけ、その眷属を一時的に使役させて貰うというものである。先程の探索竜もその一種というわけだ。今は水の入ったコップを標的としてドラゴンを召喚し、雷を落とすということを試してみたわけなのだが。

 本来ならばこの部屋にみっちり詰まるくらいの大きさのドラゴンが召喚されるはずの魔法で、この有様。掌にちょこーん、と乗る程度のベビードラゴン召喚が関の山ということらしい。これでは攻撃魔法を命じたところで、スタンガン程度の威力にしかならないことだろう。


――武器にはなるけど、完全に自分達の身を護るには心許ないわね。……多分、ドラゴンが存在する世界から私の肉体と魂が離れてしまったからってことなんでしょうけど……どーしたもんかしら。


 遠方からドラゴンを使役するせいで、大きく力が制限されてしまっているのだろう。もう少し魔力を注いで爆発させれば規模を大きくできるかもしれないが、事故が起きる可能性を考えるなら家で試すのは恐ろしい。なんとか誰にも迷惑のかからない空き地かどこかで訓練をすることは出来ないだろうか。

 夜の学校に侵入して校庭でやる、くらいしか現在思いつけずにいる。見つかったら確実に不審者扱い間違いなしだが。


――まあ、やらないわけにはいかないわよね。……今の私じゃ、格闘技や剣術の記憶があっても……肉体の身体能力が追いついてない。万が一の時に素手で、半グレどもに対抗できる自信がないわ。


 場合によっては、都のことも自分が守ってやらねばならないのだ。まったく、手間のかかる正ヒロイン様である。


――まったく、しょーがないわね。


 とりあえず今は、他の魔法がどれくらい使えるか、部屋で出来る範囲で試してみるしかない。雷龍を消して、あやめは再びコップに意識を集中させてのだった。


――次は、凍らせられるかどうか、ね。


 とりあえず、やれるだけのことはやってみるしかない。


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