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白い月の影  作者: ふじしろ
30/30

30.自責

 砂漠の襲撃でヤマトの半数が無くなってから残る半数の解散を決めた後、翁と黒鷹、紫音、白虎の四名は連れ立って北アメリカの地で生活を営んでいた。アメリカも自由人の痛手は大きかったと見え黒鷹たちが移動し生活を落ち着けるまでの十分な時間を稼ぐことは可能だった。田舎の何も無いこの村では時間が止まっているかのような生活を人々は送っていた。電気すら通っているのが不思議なようなこの取り残された村では四名の新参者は最初の頃こそ珍しがられたが有り余る土地とゆったりと流れる時間の中、時が流れるにつれさほど珍しいものではなくなっていった。何より翁という高齢者が孫ほどの年齢の三人の孤児を育てて落ち着ける場所を探しているというスチュエーションは村の人間の同情を買うには十分だった様だ。はずれの土地を借り、自給自足を基本に時には白虎と黒鷹が運送業などの仕事を手伝っては日々の糧を得て生活を送っていた。紫音は家事のほとんどをこなしていた。翁は畑を耕し農作物を育て、翁曰く「食うには困らぬ」生活を送っていた。隣家といっても田畑を三つ四つ挟んだ距離にあり顔は知っているが直接毎日の生活を知るという関係ではなく町のハロウインやクリスマスといった行事の時だけ顔を合わせ話す、付かず離れずのほどよい距離を保つことができる関係は四人にとってはありがたいものだった。四人の生活は旗から見ると中むつまじく暮らすけなげな一家に見えたことだろう。


ピーーヒョロヒョロという鳥の鳴き声が四月の澄み切った空に響き黒鷹が薪を割る手を止めて額の汗を拭いながらそれを見上げた。雲一つ無い高い空には黒く点のように見える鳥がゆっくりと移動していた。

(どこまで行くのだろう・・・)

鳥を目で追いながらボンヤリと黒鷹は思っていた。アメリカから逃げていると言う実感が薄れつつあると。本当に紫音は追われているのだろうかと疑問に思うことさえあるくらいの平穏な日々。その平穏さが逆に黒鷹には焦りにつながることさえあった。

(逃げること意外に方法は無いのだろうか?)

考えてみても答えが出るはずの無いそれぐらい巨大な敵に対し今は息を潜めてじっと草むらに隠れているようなそんなもどかしさに、時折黒鷹は苦しめられていた。昔読んだドンキホーテという騎士が見えない敵にむかって馬上から攻撃をしているそんな場面が脳裏を掠めては消えた。ふっとため息をついたとき家の中から紫音がひょっこりと出てきた。微笑みながら黒鷹のほうへ近づくと後ろ手に隠していたクッキーを黒鷹の前に差し出しにっこりと微笑んだ。その紫音の笑顔を見るたびに黒鷹は今まで抱えていた焦燥感を葬り去ることが出来るのだった。黒鷹も紫音に微笑み返すと紫音がクッキーを黒鷹の口元に持っていった。黒鷹がそれをパクっと咥えると紫音も次のクッキーをつまみほおばっている。

「ちょっと休憩しよう。」

黒鷹が腰のタオルで手と額の汗を拭いながら芝生の上に腰を下ろした。紫音も横にちょこんと座った。

「翁と白虎は足りないものを買いに町へ出かけたわ。」

そう言う紫音の落ち着いた表情を見て取り黒鷹は聞きあぐねていたことを切り出してみた。

「シオあのヤマトの半数が亡くなった時のことだけど・・・」

一瞬びくっと紫音の体が硬直したのを黒鷹は見逃さなかったがあえて話を続けた。

「あの時・・・つまり緑尽様がお亡くなりになった時シオの手をとった白虎も同じ光景を見ていた。覚えているか?それは、つまりシオの能力だけによるものなのか?それとも白虎にもあの能力が潜在しているということなのか。シオはどう思っている?」

紫音は黒鷹の方を見ることなく思いをめぐらせているようだった。黒鷹は紫音の右手をやさしく取り自分の両手でやさしく包んで言った。

「シオこっちを見て。あの予知が緑尽様だと早くに解っていればと自分を責めているのか?だったら答えはNOだ。シオにはどうにも出来なかった。シオは悪くなんか無い。解っているだろう。能力で全てが解決するわけじゃない。万能でないことは承知の上で我々も日々努力と備えをしてきてるじゃないか。緑尽様も青兄も赤姉もその他のヤマトの民もみんな俺らと同じように備えていた。でも、それでもかなわないことはある。緑尽様はシオに逃げるよう危険を知らせるためにあれを見せてくれたんだと俺は思っている。」

紫音の目から今までこらえていた涙が堰を切ったように溢れ出していた。

「ああクロ、頭ではそう思っていたの・・でもでもあの夢は小さな頃から私は見ていて、ずっと誰なんだろうって思っていたの。いつも解らないからきっと自分はああして死んでいくのだと何時の頃からか思うようになっていて、そこで夢を進めて見ることをあきらめてしまっていたのかもしれない。あきらめなければお兄様だと解ってもっと早く知らせることが出来たのかも。そう思うと辛くて・・」

黒鷹は紫音の両腕を掴んで自分の方へ向かせて言った。

「シオ。正直緑尽様よりシオの方がミコの能力は高いと知っているよな。年齢ではなく能力でシオが第一継承者になっていればあの襲撃あの場面はそっくり俺らになっていたんだ。解るか?先のことは決められていない。俺たちが今起こしているこの行動で次の事象、全ては変わってくる。だからシオが夢見をしようとしてもそれは見切れないことだったんだ。」

紫音は濡れた瞳で黒鷹の漆黒の瞳を見つめた。紫音の不自由な視力ではぼんやりとしか写らなかったがそこには偽りの無い澄んだ信条のようなものが見て取れるような気がした。紫音は自分の気持ちが救われるのを感じていた。ふるえる指先で黒鷹の頬をさわると紫音には黒鷹の真剣な気持ちがその指先から伝わってきた。

「クロ・・・ありがとう・・・」

紫音の落ち着き始めた様子を見て取ると黒鷹は安心したように紫音からそっと手を離した。紫音は頬の涙を拭いながら白虎の話を切り出した。

「白虎は・・・白虎と私の母上は双子だったでしょ。私と白虎が同じような能力を持っていたとしても何の不思議も無いと思うわ。あの時白虎にも同じ光景を見ることが出来たのは彼にも同じような能力があるってことだと私は思っているの。」

黒鷹は紫音の話を聞きながらいつか翁から聞いた紫音と白虎は兄妹かもしれないという話を思い出していた。ふと目の前の紫音の顔が白虎と重なるような気がした。

(そういえば面影がある・・・)

その黒鷹の様子に紫音が不思議そうにつぶやいた。

「クロ・・・どうしたの?」

黒鷹はあわてて紫音に微笑んでなんでもないとかぶりをふり、口を開いた。

「そうか。白虎にも見えたのは自身の能力によるのか。あいつは紫音が見せてくれたとばっかり思ってるけどな。」

紫音は、くすっと笑うと続けた。

「その方がいいかも。ミコの能力は白虎には荷が重過ぎるわ。」

そう言うと紫音は両手を後ろについて空を見上げた。

「天は高いの?今すごく青い?」

紫音の言葉に紫音があまり見えないことを黒鷹は時折忘れかけている自分に気が付いた。

(日常生活に支障が無い分つい忘れがちなんだ。特にこの平穏な毎日では)

黒鷹はそう思いながら紫音に空の色を説明した。黒鷹の説明を聞きながら紫音の遠くを見つめている眼差しを黒鷹は横から見つめていた。紫音の薄紫の瞳は午後の日差しの中キラキラと輝きほんのりと上気した頬にはすでに涙の後は無く少女というよりすでに女性らしい艶やかしさをたたえていた。黒鷹はその紫音の頬にやさしく口付けをした。紫音はちょっと驚いた表情で黒鷹の方を振り返り見つめたがその瞳はすぐにいたずらっぽく微笑むと後ろで体をささえていた両手を黒鷹の首に回して柔らかく黒鷹に抱きついた。

「ずっとこのままの生活がつづくといいわ・・・」

紫音はそうつぶやくと体を離して黒鷹の漆黒の瞳をみつめた。紫音も同じ思いをしていることを黒鷹は痛感した。どんなに平穏ないや平穏そうな生活を送っていても心の底ではいつか訪れる危険を忘れることはない。平和であればあるほどその危機がいつ襲ってくるのかという危惧は大きくなるのだ。紫音の見た実兄緑尽の最後の場面それはすなわち自分自身の運命と重なってしまうことだろう。そんな未来を紫音にはいや紫音だけには見て欲しくなかった。

いつしか黒鷹も紫音を抱きしめていた。黒鷹は紫音のその唇に口付けをした。しっかりと抱き合う二人はまだ十五の少女と十七歳の少年に過ぎなかった。がその胸に去来するものは計り知れない不安と亡くなった親兄弟への思慕、そして持たねば生きていかれない未来への一縷の希望だった。それらを確かめ合うよう慰めあうように紫音と黒鷹はしっかりと抱き合っていた。平和な田園が続くこの風景とあまりにもかけ離れた刹那な二人の心が今は寂しく感じる紫音だった。

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