3.翁
道場のような寺のような赤い朱塗りの門柱を潜り抜けるとすぐに板張りの広間になっている。黒鷹と白虎は靴を脱いで広間にあがった。広間の奥には一段高い二畳ほどの床の間がありその奥にはカンノンと呼ばれる像が一体置いてある。カンノン像の両端には白いはすの花が対をなして飾ってあった。「はげかかってはいるが昔は金色のピカピカの像だったのだろう」と黒鷹は想像した。カンノンと呼ばれるその像がどういう意味を持つのかなんの象徴であったのか今では翁でさえ知ることは無かった。
床の間に正座し二人が座っていると奥の部屋から翁が現れた。翁は村の長老であり政を決める最高賢者ではあるが同時に歴史をつかさどる学者でもあった。
「いやーすまんのー。待たせたか?」
自慢の白いあごひげは丁寧に整えられしわくちゃで面長な顔からは温和そうな人柄が溢れるように伝わってくる。
「いえ今来たところです。」
黒鷹が微笑みながら答える。博学な知識を持ちながら決してそれをひけらかさないむしろおどけた風袋を見せる翁の人格を黒鷹は尊敬していた。
「おおそうか。今朝は広場で皆が騒いでおったようじゃがまた兄弟で見世物ごっこをしておったのか?」
翁は中央に腰掛けると脇の火鉢の火を興しつつ見るとも無く黒鷹に向けて問いかけた。が答えたのは白虎の方だった。
「見世物ではありません。黒兄に稽古をつけてもらっていたのです。」
翁は炭火を見つめながら微笑むと二人の方へ向き直り続けた。
「ほんにお前たち二人はその上の兄青磁とも姉の赤羽ともかけ離れた性格をしておるわ。まあその話はよい。今日はどこから始めるのじゃったかな?」
黒鷹が頷いて翁を見つめると言った。
「“ことのはじまり”からでございます。」
「おおそうであったのう。」
翁はゆっくりと話し始めた。