1.少女
真っ白い布の上に赤い一点のしずくがぽとりと落ちる。さらに次から次へと赤いしずくは流れるように落ちてきて白かった布が見る見るうちに赤黒く染まっていく。恐怖を声にして叫びたいのにあまりの恐ろしさに声が出てこない。苦しい苦しい・・・息が出来ない・・・気絶するかと思った瞬間に吸い込まれるように落ちていくそして目が覚める。
「ああ、また」
紫音は目を開けたまま寝床の中でつぶやいた。いつも見る夢。あれは血のあとなのか?誰の血なのか?答えの出ないいつもの夢に苛立ち汗で体にまとわり付いた着物の袖を腕からはずした。薄衣一枚に少女のふくらみかけた胸がうっすらと透けて見える。紫音は銀色の長い髪をひとつに束ねるとそっと窓のところまで歩いて行きため息をついてからカーテンを開けた。小柄な体つきに似合わないほどスラリと伸びた手足は大人になる前の少女特有の不安定な印象を感じさせられる。目鼻立ちのはっきりとした容姿は十二歳と言う年齢よりも少しばかり少女を大人びて見せている。二重の大きな銀色がかった薄紫の瞳が明るい朝の光に反射して紫音は少し目をそばめた。
窓の外にはどこまでも続く青い空と緑の平原簡素な小屋と言っていい小さな家々がところどころに集落をなし家々の煙突からは朝食の準備の湯気がたちのぼっている。紫音の小屋は集落の様子が見て取れる少し高台にあった。しかしそんなのどかな絵葉書のような風景も彼女の美しい薄紫の大きな瞳にははっきりとは映らない。ほとんどものがシルエットのようにボンヤリとしか見て取れない先天性の欠陥のある瞳をもって生まれてきたのだった。
まぶしいほどの朝日が少女の白い頬を薄桃色に輝かせ始めていた。