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駅のベンチどころかコンクリートの小汚い階段の隅に、俺と女子高生は並んで座って人の流れの邪魔になっていた。
俺は自分が肩からぶら下げている鞄の中から取り出していた生徒手帳をぼんやりと見つめ、自分が芦田達樹という高校三年生であったらしいと女子高生に納得させられていた。
少女、今村なつきが俺に見せつけた達樹君の画像と、今撮られたばかりの俺の正面顔は同一人物であると認めるしかないのである。
達樹君はそれなりに整っている顔立ちの男の子で、なつきが言うには生徒会役員だったりで人気のある真面目な先輩らしい。
確実に俺のキャラじゃねぇ。
「あれ?俺はどうした?」
「あなたの名前が加賀美尚って、本当ですか?」
「混乱している人に追い打ちをかける様な聞き方は止めて。俺が自分を加賀美さんじゃない、違うって思っちゃいそうじゃない。」
「いや、思ってくださいよ。それで、芦田先輩を返してください。この悪霊!」
「どうして俺が死んだ設定なんだよ!」
「生きている芦田先輩の人格を奪っているなら、あなたこそ死霊と見ていいのでは無いですか?」
「俺が実は凄いスパイで、悪の手先に整形されて第二の人生を送っている最中で、消されていた記憶が突然戻った、という設定はどうだ?」
「そのすごいスパイの記憶が、同僚と飲みに行く途中しかないって、格好悪くないですか?で、その目的のお店は六年前に潰れているじゃないですか!あなたは死霊です!死霊!今すぐに退散してください。」
俺は憎たらしい女子高生を睨みつけ、自分は大人だと自分に言い聞かせた。
俺は享年も思い出せないが、キスぐらいならした事もある、大人だ。
「きゃあ!何をするんです!」
「君の大好きな達樹君とキスできるチャンスだろうが!嫌がるな!」
「さいてい!おやじ悪霊だ!さいてい!」