第70話 ホムラの記憶
フウガに施された60番台の封印が解除されたホムラ。
その封印は、“記憶の一部”
それが解かれるのは、気が狂うかと思う程の、激痛であった。
壊れる。
“私” が、居なくなる。
全てを、失う。
“このまま、死ぬの?”
だが、耐えた。
耐えられたのだ。
何故なら、自分を抜き、ここまで共にした最愛の “宿主”
ディールの存在。
そして、ずっと共にしてきた同行者。
すでに心は “親友” だと言っても過言はないだろう。
ユウネの存在。
2人の “友”
最愛の2人の、顔。
そして声。
壊れない。
“私”は、居なくならない。
何も、失わない。
“生きるんだ!”
ホムラは、失った記憶を受け入れその場に立った。
そして目に映る。
涙を流す、“友” の2人。
嬉しかった。
何よりも、嬉しかった。
“大好き” な2人。
“心配かけてゴメンね。”
“私は、大丈夫だから。”
抱きしめる2人の体温。
そして心。
私はこの2人が大好きだ。
守りたいんだ。
ずっと一緒にいたいんだ。
この2人と、共に歩みたい。
ずっと、ずっと一緒に、いたい。
【紅灼龍ホムラ】の決意。
記憶を取り戻したホムラ。
その彼女が最初に行ったのは、“こんな最悪な封印を施したくそ野郎” こと【銀翔龍フウガ】への鉄拳制裁。
今、目の前でうつ伏せに倒れるナルシスト野郎だ。
「はぁ~、ちょっとスッキリしたわ。」
拳を握りしめたまま、ため息をつくホムラ。
そのホムラを見て、頷くディールとユウネ。
正直言って、2人もフウガという優男の性格の悪さにうんざりしていた。
あんなにホムラが苦しむとは思わなかった。
目覚めたホムラが有無謂わさず鉄拳制裁をしたことで、溜飲の下がるディールとユウネであった。
「……一応、我が国の“国宝” で守護神なんだけど、まぁ、フウガが悪いし、良いか。」
「よ、よくないよ、マリィ……ちゃん。」
宿主である連合軍“総統”マリィの辛辣な物言いに、うつ伏せに倒れながら呟く、フウガ。
「まだ息があったか。」
「ホムラさん、もう一度殴りませんか? 今なら許せる気がします。」
「そうね。もう一発。」
ディールとユウネ、そして実体化しているホムラのやり取りを後ろで見て震えながら青ざめるアデル。
「ね、ねぇ! さすがにやめましょうよ! “風の龍神様” よ!?」
「……そうね。さすがにこれ以上は話しが進まないし、個人的にも止めて欲しいわ。」
震えるアデルと、感情の乏しいマリィによって拳を下げるホムラ。
「た、助かったよ。ありがとう、マリィちゃん。そして麗しい、アデルちゃん♪」
「やっぱりもう一回殴ろうか、フウガ。」
「ひいぃぃぃ!!!」
再度、拳を見せるホムラに頭を抱えて怯えるフウガ。
龍神の威厳とは、いったい。
――――
『本当に最悪だわ。』
改めて総統執務室。
椅子に座るディールとユウネ、そしてアデルの前に、いつも通りの半透明で姿を現すホムラ。
執務椅子に座るマリィと、その隣、執務机に腰を掛けるフウガがホムラの言葉を聞く。
「今回は、何を思い出したんだ?」
『思い出したっていうレベルじゃないわ。何で、今までこの “記憶” が無かったのか、不思議でしょうがないって気持ちよ。』
ディールの質問に、肩を竦めて答えるホムラ。
「それが “封印” ってもんだからねー。」
ホムラに殴られた頬を押さえながらフウガが呟く。
『だいたい、アンタもスイテンも性格が悪すぎなのよ! アンタが、記憶で、スイテンが、私の魔力!? 2人で全部私のモノを奪っていたなんて、本当に最悪よっ!!』
「いやいや! それを言うならライデンもだって! あんなに『紅』にベタ惚れだったのに、『紅』の容姿である “人化” を封じたんだぞ? オレ達も辛かったけど、あいつが一番きつかったんじゃ?」
そのフウガの言葉に、顔を真っ赤にさせるホムラ。
『え……。だ、誰が、誰に、ベタ、惚れ??』
「あ! しまった!! 今の、無し!! 忘れてホムラ!!」
慌てて手をバタバタさせるフウガ。
どうやら大変な失言をしてしまった様子だ。
『フウガ……後でもう一回殴る。』
「いや、え、何でっ! オレッチ悪くないのに!」
「「「いや、全部悪い(です)だろ。」」」
ディールとユウネ、アデルの声が重なる。
正面でマリィが頭を抱える。
「……それで、ホムラさんは何を取り戻したのかしら。」
『あ、えっと。うーん。改めて言われると、何から話せばいいのやら。』
顎に手をやり、悩むホムラ。
「そうだな。まずはホムラの事を教えてくれ。」
ディールが微笑みかけてホムラに尋ねる。
出会ってから10カ月程。
必死の状態で、出会ったホムラ。
それから何度、命を救ってもらえたのか。
そして最愛の恋人ユウネと出会った。
大恩ある【紅灼龍ホムラ】
例えどんな記憶が戻ろうと、その恩と関係は、崩れない。
『うん。私のことね。私は【紅灼龍ホムラ】、龍神の1柱。7つの龍神のうち、火を司る者。500年前、龍神達と一緒に、【赤き悪魔】を葬り去るため、人間の “英雄” たちに、手を貸した。』
驚愕の事実。
目を見開く、ディールとユウネ。
そしてグレバディス教国の最高位神官“四天王” のアデル。
グレバディス教国ですら伝わっていない【赤き悪魔】と対峙したというのだ。
だが。
『でも何でだろう?【赤き悪魔】のこととか、手を貸した英雄のこととか、全然思い出せない。』
頭を抱えるホムラ。
ため息をつく、フウガ。
「そりゃそうだ。そこから“先” は【白陽龍シロナ】の領域だ。オレッチが封印したのは、その“後” の記憶だからな。」
「なんでわざわざ、記憶の封印を2度にも分けたんだ?」
ディールがフウガに尋ねる。
フウガは、口に手を当てて呟くように伝える。
「……そこを突っ込むなんて、聡い子だ。今言えることは“必要だったから”、だけだね。オレッチが語って良い事じゃない。」
普段なら、もっと食い下がっただろう。
だが、先ほど耳に響いた、ホムラの絶叫。
“記憶の封印が解かれる苦痛”
先程、良くて“壊れる”、最悪“死” すら想起させたホムラの苦しみ。
それに繋がることは、聞けなかった。
「わかった。それはいずれ、だな。」
ディールの言葉に、フウガは頷く。
「うん。素晴らしい。さすが“資格者” だ。オレッチも君の事を認めるよ。ディールちゃん。」
ディールもフウガも、ホムラを見る。
頷くホムラ。
『“どうして?” が抜けているけど、【赤き悪魔】を“封じた” 後、私は龍神達に、封印を施され、あの暗い洞窟の奥底に置かれたのよ。』
俯く、ホムラ。
驚くディールとユウネ。
「あんなところに……500年も居たのか、ホムラは。」
「酷い……。」
ずっと、一人ぼっちで。
暗い、部屋で、ただ一人。
だが、先ほどのホムラの言葉で“別” の感想を持つ、ディールの姉。
驚愕で震える、アデルであった。
「あ、あ、【赤き悪魔】を、“封じた” !? 倒した、祓ったではなく、“封じた” !?」
グレバディス教、いや、世界ではこう伝わる。
『【聖】の加護を得た5大英雄の手によって、【赤き悪魔】は倒された』
すでに、亡き者として伝わっているのだ。
俯くフウガ。
そしてマリィ。
「……アデル様。今更ですが、ここで見聞きしたことは、絶対にご内密で。」
「そんなの、無理です……。さすがに【神子】で、“四天王” たる私が、その事を知った以上、教皇猊下にお伝えしなければ」
そこまで言ったところで、アデルの首元に右手を突き出すマリィ。
一瞬の出来事。
先程まで、執務机の椅子にゆったりと座っていたはずの連合軍“総統” マリィ。
ディールにも、ユウネにも、その動きが見えなかった。
凶悪な殺気を放ち、マリィはアデルに言う。
それも、感情が欠落したような表情で、ボソボソと呟くように言葉を発するマリィとは思えないほど、叫ぶような怒声で。
「黙れ! それは流石に看過できないぞ【神子】よ! 貴様はこの世界を崩す気か!? “それ” を知って何が出来る? “奴” は、“史上最強” ですら手も足も出ない正真正銘の悪魔だぞ!」
あまりの怒声。
あまりの殺気。
目から涙を流し、震え、凍り付くアデル。
「さっきも言ったが、あんた、やり過ぎだぞ。」
「それ以上は許しません。」
そのマリィの首元にホムラを突きつける、ディール。
そして凶悪な魔力を迸らせるユウネ。
手を降ろし、またいつもの感情が欠落した表情となるマリィ。
「……お前達もそう。今、この“姉” が口にしたことは、世界崩壊の鍵となる。せいぜい、その口を黙らせることね。」
そう言い、スタスタと執務椅子に座るマリィ。
やれやれ、と首を振るフウガ。
「この場では “まだ” 傍観者であるけど、今のは、アデルちゃんが悪いね。わかるよ、わかる。その立場はわかる。だけど、オレッチ達“龍神” の使命も覚悟も、そして決意も何も知らない“他人” が、口を出す案件じゃないね。」
辛辣な、フウガの言葉。
涙を流し、膝から崩れるアデル。
「な、なんで、ですか? それは、世界が知るべき事実ではないのですか? 隠すことで、一体何になるの、ですか……?」
そのアデルの頭を撫でるフウガ。
そして、さらに驚愕する言葉を発する。
「仕方ないな。……君の大切な弟と、可愛いその恋人。そしてここに居る連合軍“総統” と【神子】、さらには龍神2柱が全員、“殺される” 事になっても良いというなら、その好奇心に免じて、今、この場で、全てを語ろう。」
全員、目を見開く。
「待ちなさい、フウガ!」
さすがのマリィも顔を歪めてフウガを諫める。
「賭けるのはこの場にいる全員の命だ。さぁどうする【神子】よ? 君にその覚悟があるかい? もちろん、さっき聞いた話、そしてこれから話すであろう内容を誰かに漏らして、“真実” に辿り着いたら、同じ事になる。さぁどうする? 君にその覚悟は、あるのかい?」
フウガの気迫。
殺気とは別種の、圧。
ふるふる、と首を横に振るアデル。
「いい子だ。……一つ教えておこう。“絶望” することはない。どんな状況だろうと、“希望” は必ずある。」
目を見開く、アデル。
それはまさに、自分自身に訪れたことだ。
兄ゴードンの瀕死。
弟ディールの行方不明。
“絶望” から、“希望” への転換。
改めて頷く、アデル。
そのアデルを再度撫でて、フウガは半透明のホムラを向く。
「さぁホムラ、続きをどうぞ。」
『この空気でしゃべるんかい、私は。……まぁいいや。私は“龍神”。この力、“魔剣”のまま封じられて色んな力をフウガ達に封じられたけど、紫電龍ライデンには、“人化” を、そして黒冥龍アグロには、“龍化” を封じられたのね。』
「りゅ、龍化!?」
ディールが思わず叫ぶ。
確かに疑問だった。
出会う“龍神” は、全員“人” の姿をしていたのだから。
そして、ホムラ、目の前のフウガから“深淵” と呼ばれる“魔剣” になることも理解した。
“龍化”
つまり、その身体を “龍” に出来るということだ。
「補足すると、“龍化” というのは正しくない。そもそも“龍” の姿が、本来のオレッチ達だからな。」
フウガの言葉。
“龍神” の本性は、“龍”
ふう、とため息をつくフウガ。
「ただ、“龍” が強いっていう訳でもない。もちろん“人化” もね。それぞれ利点もあるし、やれる事・やれない事がある。オレッチ達が最もその力を揮えるのは、“魔剣化” なのだからね。」
頷くホムラ。
それは新たな事実。
「色々と疑問もあるだろうけど、今はそういうモノだと理解してくれ。突き詰めれば、どうして世界に【加護】があるのか、どうして【魔剣】などを揮う必要があるのか、そういう “原点” に辿りついちゃうからね。」
その言葉に、震える身体を落ち着かせたアデルが声をあげる。
「それは、グレバディス教国の教えの中にあることですが……。」
「ブッブー。残念。アデルちゃん、それは “そう考えた方が都合良い” からだよ。これ以上は言えないけど、そういう事だ。」
【加護】は、女神が人間に賜りし祝福。
【魔剣】は、その力を十全に使うための媒体。
世界の常識。
世界の “理”
それを目の前の “龍神” は、それを否定する。
頭を抱える、アデル。
先程の話。
そして今聞いた、話。
信じていた、グレバディス教の教えの、否定。
「……アデル様。耐えられないのなら、この場から外すことをお勧めします。」
ため息と共に呟く、マリィ。
ふるふる、と頭を振る、アデル。
「いえ…。もう、フウガ様も、ホムラ様も、私、邪魔しません。誰にも、ここで見聞きしたことを、話しません。ここに、いさせてください。」
不安になるディールとユウネ。
すでに様子がおかしい。
このまま、姉アデルが壊れてしまうかもしれない。
「……素晴らしい覚悟です。」
頷く、マリィ。
ディールとユウネの心配をよそに、立ち上がるアデル。
「さぁ、続きをどうぞ。可愛いホムラ。」
『アデル、本当に大丈夫?』
ホムラにも心配されるアデル。
頷くアデル。
「大丈夫です。続けてください、ホムラ様。」
『わかった。で、私の最後の記憶と、あと “何か” をシロナが封じたのね。あの女が記憶を封じる前のことだからそれが何かは分からないけど、ようやく見えてきたわ。』
ホムラの、封印解除の旅路。
残すところ、あとわずか。
『あとは、“教皇” ね。教皇というより【聖者】の【加護】を持つ奴が、私が目指す “黒白の神殿” への入口の鍵を持っているのね。』
その言葉で、アデルは目を見開く。
「こ、“黒白の神殿” ですって!? かつて、【剣聖】セナ様が、白と黒の二振りの魔剣を授与された、神殿。場所はバルバトーズ公爵国の最北端。確かに、立ち寄るためには教皇猊下の許可が必要ですが……。」
何かを躊躇する、アデル。
「姉さん、他には何が必要なんだ?」
「……必要なのは、教皇猊下の許可のみ。だけど、その“黒白の神殿” は、伝説の未踏地。吹雪吹き荒ぶ極寒の大地に、凍てつく大河。生命という生命を寄せ付けさせない、この世の、地獄。」
絶句するディールと、ユウネ。
“そんな場所、どうやって行くのだ?”
二人は目を見合わせる。
『私の力なら、大丈夫よ。』
胸を張って伝える、ホムラ。
『私は “火の龍神” よ。氷の大地が何? 吹雪が何? そんなの、全部、私が守ってあげるわ、ディール、ユウネ!』
そんなホムラを見て、笑顔で頷くディールとユウネ。
「そうだな。頼むぜホムラ。」
「うふふ、それって、私も連れて行ってくださるってことですよね、ホムラさん♪」
真っ赤になるホムラ。
思わず、言ってしまった。
ユウネもその道中に、一緒にいることが “当たり前” という事を。
『こ、光栄に思いなさい、この乳「ホムラさん?」ごめんなさいっ!!』
謝るホムラ。
そして慌てるように告げる。
『き、記憶が戻ったことで、“人化” しても “龍化” しても、“魔剣” のような力を私自身が揮えるコツが分かったわ! だから、“黒白の神殿” への道中も絶対大丈夫!』
だが、ディールはある事実に気が付く。
「……そのためには、まず “人化” の封印、その【紫電龍ライデン】に会うか、自力で解くしかないんだよな?」
「それに、“龍化” の封印って、目指す “黒白の神殿” の【黒冥龍アグロ】様にお会いしなければ……?」
固まるホムラ。
せっかくの、意気込みが台無しである!
『そ、それはこの私のスーパーパワーで何とかするわよ! 安心しなさい、二人とも!』
何も安心が出来ない。
だが、記憶が戻ってもホムラはホムラだと、そこだけは安心するディールとユウネであった。




