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第69話 銀翔龍フウガ

連合軍本部フォーミッド中心部。

そのさらに中心。


連合軍最高指導者“総統” の執務専用館、総統官邸。


その入り口に、馬車で乗り込むディールと、ユウネ。

そして同伴者、【水の神子】アデル。


「い、い、いよ、いよいよ、総統閣下との面談なのですね……。」


震えるユウネ。

ディールも震えながら「あ、あぁ」と呟く。


連合軍 “総統”

代々ソリドール公爵国の国王が担う、【聖王】の座。


四大公爵国全てに跨り、守護神として座する連合軍。

四大公爵国に生まれた者なら、夢見る “連合軍入り”


10ある軍団の幹部にもなれば、出身地の村や町は『ここから勇者が誕生した!』と大騒ぎになる。

その幹部を率いる“軍団長” は、もはや雲の上の存在。


さらにそれを率いる12人の将軍、“十二将”

名を連ねるのは、英雄ばかり。

一人一人が屈強な【加護】を持ち、生ける伝説のような存在。


それらを全て率いる、最高指導者。

それが “総統” である。


王の中の、王。

そんな絶対的指導者に、これから会うのだ。



「お待たせしました、アデル様。」


総統官邸の貴賓待合室。

震える二人と、平然とした顔のアデルの前に、一人の美しい女性が尋ねてきた。


美しく、サラサラと輝く朱色のロングヘア。

豪勢ながらも品のある銀の髪留め。

深い闇を想起させながらも、上品な黒いドレスに、白のスカーフ。

両眼を閉じながら、笑顔の美しい女性。


バルバトーズ公爵国の次期国王。

公爵令嬢であり、連合軍十二将“末席” エリス・フォン・バルバトーズが迎えにきた。


その美しさに見惚れる、ユウネ。

そして思わず口に出してしまう、ディール。


「て、天使さん……?」


ギョッとするアデルとユウネ。

うふふ、と笑うエリス。


「こんな素敵な恋人がいらっしゃるのに、嬉しいですわ。それにしても、ずいぶん素敵になりましたね、ディールさん。」


“知り合いなの!?” と盛大に顔に書かれるユウネがディールの顔を見る。


「あ、ああ。7年……いや、もう8年前になるか。兄さんを迎えにきた、公爵令嬢閣下だ。」

「バルバトーズ公爵の嫡子にして長女であります、エリス・フォン・バルバトーズでございます。以後お見知りおきを。」


上品にカーテシーをして挨拶をするエリス。

はわわわわわわわ!! と焦るユウネ。

何故なら、目の前の美しい女性はバルバトーズ公爵令嬢、つまり、【聖王】ラグレスに次ぐ有名な大英雄【黒白の剣聖セナ・バルバトーズ】の正真正銘の末裔なのだから!


「た、大変失礼しました! ユウネ・アースライトと申します!! 申し訳ありません、エリス様!」

「いいのですよ。貴女様はアデル様の大切な弟君の、素敵な方と伺っています。さぁ、総統閣下がお待ちです。こちらへどうぞ。」


エリスの案内に、後ろから付いていくディール達。


(天使さんって……まぁ、気持ちはわかる。私も言いそうになった。)

(ごめん、姉さん……。)


まだ幼かった頃の二人。

エリスに会った日の後、二人で“天使さん”とあだ名を付けたのであった。


思わず口に出してしまい、穴があったら入りたくなるディールであった。



――――


「こちらが総統の執務室です。」


一つの大きな観音扉の前。

荘厳な彫刻が掘られた扉を前にして、固唾を飲むディールとユウネ。


いよいよこの中に居るのだ。

連合軍総統、マリィ・フォン・ソリドールが。


そして、ディールと同じ“深淵”

【銀翔龍フウガ】を持つ者。


『コンコン』


ノックをするエリス。



だが、返事が無い。



『ドンドンドン』


今度は強めに扉をノックするエリス。

だが、返事は無い。



『ガチャッ』と扉を開け、中を見るエリス。

その額には、青筋。


「ふふふふふ……。アデル様がいらっしゃるというのに、あの阿呆は。」


プルプル震えるエリス。

そして、アデルとディール、ユウネに振り向き、伝える。


「すぐに連れて参りますわ。皆さんは、執務室でお待ちください。」


そう言い、3人を執務室へ入れる。

傍に居た侍女に「お茶をお出しになって!」と指示をして、エリスは足早にどこかへ行ってしまった。




「ど、どこ行っちゃったんだろ、総統閣下。」


せっかくなので出された紅茶を飲みながらユウネが呟く。


「うーん。たぶん鍛錬場ね。噂には聞いていたけど、“鍛錬馬鹿” っていうのは本当なのかもしれないわね。」

「た、鍛錬馬鹿!?」


同じように紅茶を飲むアデルに、驚くユウネ。


「兄さんも言っていたけど、ソリドール公爵令嬢のマリィ様は、とんでもなくストイックな鍛錬者で、食事も忘れるくらい鍛錬をする人らしいよ。そのおかげかどうか【剣聖】である兄さんが手も足も出ないほど強いって絶賛していたよ。」


苦笑いで答えるディール。

そんなディールの脳裏に、不意に言葉が過る。


―大正解~~。マリィちゃんは鍛錬場。本当にごめんね? ちょっと待っていてねー。―


若い男の声。

立ち上がり、あたりを見回すディール。


「どうしたの、ディール?」

「ユウネ、それに姉さん。聞こえないか?」


怪訝そうなユウネとアデル。

それに答える、男の声。


―ああ~。この状態だと“資格者” か、同じ“龍神” にしか聞こえないからねぇ。―

―その声……。フウガね!!―

―ひっさしぶりー! 元気そうだね、ホムラ―


魔剣状態のホムラが、叫ぶ。

どうやら、この声の主は【銀翔龍フウガ】であるようだ。


―姿を見せなさい!―

―いや、すぐ近くにいるんだけど……さすがにエリスちゃんの前では正体は隠しているからねぇ。“宿主” が心を閉ざさないと【神子】レベルにはオレッチの声が聞こえちゃうから。ユフィナちゃんやエリスちゃんに隠すために、意外と必死なんだよ? マリィちゃんは。―


ホムラの声は聞こえるユウネとアデル。


「どうやら、この部屋にいらっしゃるみたいね、フウガ様。」

「“アレ”よ。」


アデルが指さす方。

総統の机の後ろの壁に、立てかけられる銀色の魔剣。


「姉さんは、すでに会ったんだよね?」

「そうよ。本当にあの日は……心臓が止まるかと思ったわ。」


―あっはっは~。マリィちゃんはいつも突拍子が無いからね。ごめん! って言っておいて、ディールちゃん。―


「姉さん、“ごめん” だって。」

「滅相もございません。フウガ様……。」


その時、執務室の扉がバンッ! と勢いよく開かれた。


「大っっ変! お待たせしました!」


笑顔だが、汗だくで額に青筋を何本も走らせたエリスであった。

そのエリスに引きずられるようにやってきた緑色の髪の可愛らしい女性。


「……お待たせしました。皆さん。」


タオルで汗を拭きながら、光沢の無いジト目のままボソボソと詫びる。


「いえ、先ほど伺ったところです……総統閣下。」


アデルの言葉に驚愕するディールとユウネ。

この人が、総統?

“これ” が??


「本当にお待たせしましたアデル様、皆さま。はい、自己紹介して!!」

「……殿方がいるのに、このまま? シャワーくらい浴びてきちゃ……ダメ?」

「ダメに決まっているでしょうがああああぁぁぁぁ!!!!」


怒声を上げるエリス。

だが、平然とディール、ユウネ、そしてアデルを見る、総統マリィ。


「……うるさい。耳元で叫ばないで、エリス。」

「誰の所為ですか、誰の!!」

「……分かった。悪かった。後は任せて、エリス。席を外してちょうだい。」


その言葉に明らかに顔を顰めるエリス、だが。


「かしこまり、ました。総統閣下……!」


怒りに震えながら、総統執務室を出た。



「……改めて。大変お待たせしましたアデル様。そして“資格者”ディール殿と、【星の神子】ユウネ殿。私がこの連合軍を束ねる総統にして現ソリドール公爵国の国王であるマリィ・フォン・ソリドールです。……以後よろしく。」


相変わらず光沢の無いジト目で、ボソボソと呟くように伝えるマリィ。


「ア、アデルの弟で“資格者” ディール・スカイハートです。よろしくお願いします。」

「【星の神子】の、ユ、ユウネ・アースライトです。よろしくお願いします……。」


唖然としながらも、何とか自己紹介を済ませる二人。

“総統” というからどんな人物かと思いきや、背の低い、感情の起伏が全く感じられない奇妙な女性であった。


「総統閣下。お忙しいところお時間を頂戴し大変恐縮です。先日お話しいただきました、弟ディールをお連れしました。後、【星の神子】を……って、御存知だったのですか?」

「……うん。ごめん。言い忘れていました。」


がっくりと頭を垂れるアデル。


「……まぁでも、言ったとおり、弟さんに無事会えて良かった。こちらも覚悟して伝えた甲斐があったというもの。」

「確かに。貴女のおかげでディールに会えました。“その事” については感謝します。」


『ピリッ』と、何やら不穏な空気。

戸惑うディールとユウネ。


「……ところでアデル様。“例” の件、了承されましたか?」

「はい。義姉のテレジ・スカイハートより兄ゴードンの治療の件について、ご了承いただきました。お約束のとおり、兄をグレバディス教国への送致を御許可くださいませ。」


少し睨みながらマリィに伝えるアデル。

“やはりこの二人、何かあった” と感じるディールとユウネであった。


「……畏まりました。御出立は?」

「明日にでも。」

「……承知しました。」


マリィは机の中から、筒を出した。


「……これを、ゴードンが収容される病院へご提出ください。貴女方が訪れたら即座にゴードンを送致できるよう、準備は整っています。これは私の書状。」

「まさか、また “めんどい” から全部お任せとか書いていませんよね?」


ニヤニヤしながら言うアデルを、ジッと睨むマリィ。


「……貴女もしつこいですね。きちんと、書きしたためましたよ?」

「それは失礼しました、総統閣下。」


焦るディールとユウネ。

連合軍の頂点、総統閣下になんて言い草!


「ちょっと姉さん。いくら“四天王” だからって、言い過ぎじゃないか?」

「あら、いいのよこのくらい。だって、兄さんがあんな大怪我をした元凶ですもの。」


あまりのアデルの物言いにギョッとする2人。


「……その件は、すでに “ゴードンをグレバディス教国へ送致する” ということで済んだはずですが?」

「あら? そう思っていらっしゃるのは総統閣下だけではありませんか? 私は、弟に事実をお話ししているだけですわよ、元凶たる貴女の前で。」


少し目を細めるマリィ。


「はっきり申し上げます。弟と再会できたのも、兄をグレバディス教国へ送ることも、“兄が瀕死の重傷を負った” こととは別です。そもそも、貴女方 “連合軍” が、あの程度の条件で【剣聖】たる兄を連れ立ち、私たち家族を引き裂いたのが全ての始まりです。」


何も言わないマリィ。

アデルは続ける。


「私は、あの日のことを一生忘れません。」

「……言いたいことは、それだけ?」


殺気。

それも、轟音を放つ大瀑布のような、殺気。


汗だくになるアデル。

次の言葉を発した瞬間、その首を、跳ねるかのような殺気の洪水に指一本動かせない。


「おい。どういうつもりだよ?」


そのアデルの前に立つ、ディールとユウネ。


「いくら総統閣下でも、これは無いと思います。」


ユウネもマリィを睨み言う。

殺気と殺気の応酬。


ビリッ、ビリッ、と窓、机、壁、床が悲鳴をあげる。


「……冗談が過ぎたわ。ごめんなさい。」


フッと殺意が無くなるマリィ。

それを受けて気配を落ち着かせるディールとユウネ。


「……アデル様。貴女の心に大きな傷を負わせることとなり、貴女たち家族を引き裂いたのは、私たちです。そしてゴードンを戦地へ向かわせ、結果的に敵の凶刃により重傷を負わせてしまったこと。その責は総統である私にあります。」


マリィは立ち上がる。

そして、頭を下げて伝える。


「本当に、申し訳ありませんでした。」


アデルの目から、涙。


そう、先日もそうだ。

その言葉が、聞きたかっただけなのかもしれない。


到底許せることではない。

だが、全ての頂点たる“総統”が、非を全面的に認め、陳謝する姿。


この姿、この言葉が、聞きたかったのだ。


「……恐らく、貴女一人に謝罪しても、到底受け入れられるとは思いませんでした。謝るなら、ゴードンの家族である弟のディール殿も一緒に。そう思っておりました。」


顔を上げるマリィ。

さらに涙が溢れるアデル。


「だ、だから……?」

「……そうです。だから、色んなリスク承知の上、貴女にお伝えしたのです。それがこうして実を結びホッとしたところです。」


呟くように言い、マリィは席に座る。

泣き出すアデルを抱きしめ、涙を溜めるユウネ。


「ありがとう……ありがとうございます、総統閣下。」

「……こちらの謝罪は受け入れていただけても、貴女方から謝辞を述べられる立場で無いわ。事実、ゴードンは傷を負い、まだ目を覚まさない。私からもお願いします。アデル様、ゴードンを頼みます。」


再度頭を下げる、マリィ。

頷くアデル。


「畏まりました、総統閣下。兄を必ず救います。」


頷くマリィ。

そして、ディールとユウネを見る。


「……さて、もう一つの用件。ディール殿とユウネ殿は、私、というよりも、フウガに会いにきたのよね。“火の龍神” と共に。隠す必要は無いわ。」


その言葉を受け、ディールは呟く。


「いいぞホムラ。出てきても。」


ディールの呟きと同時に、ホムラが半透明の全身を現す。

両手を腰に当てて、踏ん反り返るポーズだ。


『待ちくたびれたわよ! あんたもさっさと出てきなさい、フウガ!!』


怒鳴るホムラ。

そのホムラを見て、少し目を見開くマリィ。


「……いいわよ、出てきてフウガ。」


マリィの声と共に、壁に掛けられていた銀色の魔剣が鈍く光り、姿を現す。


サラサラの銀髪ロングヘア。

黒いスーツを纏うが、その胸元が豪快に開かれている。


背の高い優男が姿を現した。


「はいはいー。初めまして、ディールちゃんに麗しいユウネちゃん、あとこないだぶりのアデルちゃん! それと……久しぶりだね、可愛いホムラ。」


流し目で言うフウガ。

その言葉に頬を赤らめるユウネと、ジト目のアデル。

ムッとするディールに、頬を膨らませるホムラ。


『あー、思い出した! こいつ、めっちゃチャラチャラしているんだった! あー、やだやだ。私やスイテン、それにシロナにめっちゃ色目使ってくる、ウザイ奴だった!』


そのホムラの物言いに、ガクッと頭を下げるフウガ。


「まだ “解除キー” を渡していないのに、そんなどうでもいい事思い出すなんて……。“資格者” の影響かな。相変わらず理不尽だね、ホムラは。」

『はぁ!? 誰が理不尽よ、誰が!!』


憤慨するホムラに、まぁまぁ、となだめるフウガ。


「もちろん、せっかく会えたんだ。ちゃんと封印の解除を行うつもりだよ。だけど、ちょっと確認させて?」


サラサラの髪を掻き分けて言うフウガ。

さっきのトキメキは何処へやら、ちょっと引くユウネであった。


『何よ確認って。さっさと解除してもらいたいんですけど-?』

「君の名は、【紅灼龍ホムラ】で間違いないよね?」


フウガの質問。


『はぁ? 何言っているのよ。そうよ。』

「じゃあ、“その前” は?」


フウガの質問に、盛大に「はぁっ??」と言うホムラ。


「よし。まず一つは大丈夫だな。」

『何、勝手に納得しているのよ?』

「次の質問。君の “持ち主” は誰だい?」


呆れるホムラ。


『あんた……バカじゃないの? ここにいる素敵なディールよ?』


“素敵なディール” で、少しムッとするユウネ。

頷くフウガ。

続いて、恐る恐るホムラに尋ねるフウガ。



「じゃあ……。“その前” の持ち主は?」



驚愕するディールとユウネ。

それは、ホウラに “前の持ち主” が居た、という事に他ならないからだ。


だが、ホムラは憮然顔。


『何よそれ? そんなの居たの?』

「うん、よしよし。これも問題ない。“シロナの封印” はきちんと機能しているな。」


イライラするホムラ。


『あのさ、一体なんだって言うの!?』

「最後の質問。“【赤き悪魔】って何だ?”」


さらに驚愕するディールとユウネ。

そして目を丸めるアデル。


何故なら、グレバディス教の最高位神官であるアデルすら、その存在が “何なのか” 知らないのだ。

伝承にも伝わらない、500年前の化け物。

世界を混沌とさせ、崩壊させようとした存在。


“邪神”

そうとも考えられるが……。


教皇やアデル、他の “四天王” の推測では、邪神は【依代】を遣ってこの世に顕現し、まるで水面下の如く虎視眈々と何かを企てるような存在に見える。


ところが【赤き悪魔】はありとあらゆる生物の “敵” と認知され、“血空” の伝承や “火の雨”の伝承など、世界を破壊と混乱の渦に巻き込んだ。

最終的には【聖王】ラグレス率いる “5大英雄” によって倒されたと、何かと派手な伝承、そして英雄譚ばかりだ。


“邪神と【赤き悪魔】は、何かが違う”

それが教皇や “四天王”、それにディールやユウネの考えだ。



『知る訳ないじゃない! 何か、皆知りたがっているんだけど、アンタ知っているなら教えなさいよ!』


叫ぶホムラ。

笑顔で頷くフウガ。


「うん、知っているよ。知っているけど、オレッチの口からは絶対言えない。むしろ “あんな目に遭った” 君自身が良く知っているはずなんだけどね。」


驚愕するホムラ。

私が、知っている!?

あんな目に、遭った!?


「それは、封印を解いて行けば分かるってことか?」


思わず口を挟むディール。

頷くフウガ。


「そうだよー。まぁ、一応確認したわけだけど、オレッチの解除キーではそこまでの記憶は戻らないから、今後だねー。」

『教えてくれればいいじゃない、このナルシスト!』


その言葉にガクッと項垂れ、四つん這いになるフウガ。


「……それ、禁句。」


ボソッとマリィが伝える。


「ナ、ナ、ナルシスト……。」


涙を流すフウガ。

イライラするホムラ。


『あー、思い出した。そう言えばあんた、そういうヤツだったね。恰好つけのナルシストだけど、小心者。何度も何度もスイテンを誘っているけど、睨まれたらすぐ引っ込む意気地なしだったね。』


腕組をするホムラのあんまりの物言いに、シクシク泣くフウガ。


「……その辺にしておいてあげて。これでも【聖王】ラグレスが手にした本物の “深淵” にして我が国の国宝。そして偉大なる “風の龍神様” だから。」

「そうだなホムラ。話しが進まない。」


マリィとディールの言葉にチッと舌打ちをするホムラ。


『わかったわよ。あー、ゴメンゴメン。で、他に確認は、あるの?』

「ううん、もう無い。だから解除キーを渡すよ。渡すけど……。」


フウガが立ち上がり、ホムラを見る。


「がんばれよ?」

『はぁ?』


憂いた顔になるフウガ。

そしてフウガは、ディールのもとに近づく。


「ホムラ、抜いて。」

「あ、あぁ。」


ディールは言われるがまま、ホムラを抜く。

怪訝そうな顔の半透明のホムラ。


「んじゃ、解除キーを渡すねー。」


そう言い、ホムラの剣刃に触れるフウガ。

その瞬間、半透明のホムラが消えた。


ホムラが鈍く、紅く光る。


同時に聞こえる、絶叫。



『イヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!』



本来、半透明でも実体を見せていなければ聞こえないはずのホムラの声。

それが、絶叫となり聞こえるのであった!


「な、何をした!?」


尋常じゃない叫び声を受けてディールがフウガに問う。

フウガはニヤニヤと笑うだけ。


「何って、これが解除キーさ。【銀翔龍フウガ】が施した、60番代の封印。」

「今まで、これほど苦しむ事はなかったぞ!」


叫ぶディールは、フウガの胸元を掴む。

やれやれ、と首を振るフウガ。


「優しいね、ディールちゃんは。封印にとって、何が一番苦痛で、重いと思う?」

「……まさか。」

「そうさ。“記憶” の封印。一度に解けると、自我を崩壊させる危険性もあるのさ。」


自我の崩壊。

その言葉に愕然となる、ディールとユウネ。

そしてアデル。


「じゃ、じゃあホムラは……。」

「うん、最悪は “壊れる” かもね? 」


思わず、フウガを殴りつけそうになったディール。

だが、これはホムラが望んだ結果だ。

項垂れるように、その手を離す。


襟元を正し、フウガはディールを見つめて伝える。


「そうさ。これはホムラが願った結果さ。一応、一番ヤバイ記憶の片鱗があるかどうかの確認はしたから、たぶん大丈夫だろうけど、こればっかりはねぇ。」

「そん……な……。」


愕然とする、ディール。

涙を流す、ユウネ。


「ただ……。ホムラの場合『壊れた方が幸せ』かもね。」


フウガの呟き。


「な、なんだって?」

「言葉通りさ。世の中、“知らない方が幸せ” な事だって、あるじゃないか。」


その言葉で伏せアデル。

まさに自分がそうだ。

グレバディス教国最高位神官 “四天王” となり、一般的な伝承の上、非公開の伝承、危険な伝承を伝授された。

恐怖に震え、眠れない夜もあった。


“知らない方が、どれだけ幸せか”


そう、自分の運命さえも呪ったのだ。



しばらく続くホムラの絶叫。


どれだけ続いたのだろうか。

ほんの1~2分だったかもしれないし、1時間だったかもしれない。


永遠に続くとさえ錯覚した絶叫が、止まった。


「ホムラ!!」


ディールは抜き身のホムラに叫ぶ。

だが、答えない。

まるで、魂が無いようだ。


「ホムラ!!」

「ホムラさん!!」


ディールとユウネが叫ぶ。




―うるさいわねぇ……聞こえて、いるよ。―




たどたどしく、弱々しく。

応えるホムラ。


「ホムラッ!! 良かった……。」

「ホムラさん!!」


涙が溢れるディールと、泣きじゃくるユウネ。

そんな二人の前に、ホムラが実体化で姿を現した。


二人に抱き着く、ホムラ。


「心配かけてごめんね。私は、大丈夫だから。」


同じように涙ぐむアデル。

少し、微笑むマリィ。


そして腕を組み、うんうん、と頷くフウガ。


ホムラは二人から離れ、フウガを見る。

笑顔のホムラ。


「無事でよかったよ、ホムラ。そして相変わらず可憐だね。」


「ありがとう、フウガ。」



『バキッ!!』



ホムラは右手を拳にして、フウガの頬を全力で殴る。

吹き飛ばされるフウガ。

盛大に転び、くの字に曲がって床に倒れる。


「とりあえず一発殴っていい? ナルシスト野郎。」

「……な、な、殴る前に、聞いて……欲しかったなぁ……。」



ガクッとうつ伏せに倒れるフウガ。

フンッと鼻息を荒げるホムラ。


「まぁ、自業自得だよな。」

「そうね。始めから言っておけばいいのに。」



情けない優男に、同情の欠片すらないディールとユウネであった。

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