第8話 落ちこぼれの烙印
「どうした、ディール?早くステータスを開いて見せよ。」
司祭は急かす。
しかし、ディールは怪訝そうな顔をしていた。
おかしい。
ディールはもう一度、今度は声を出す。
「ステータスオープン!!」
…
しかし、結果は変わらない。
加護を授かる前と同じだった。
ステータスが、表示されない。
ステータスのことは兄や姉、ナルから聞いていたので知っている。
先日、ナルが【翼獅子の剣王】を授かった際、見せてもらったのでどういうものか理解している。
―――
『じゃあ、私のステータスを見てみて。ステータスオープン!』
ナルの右手に握られたステータスプレートが淡く光り、ナルのステータスが空中に浮かびあがる。
[名前] ナル・ハンバー
[年齢] 15歳0か月
[加護] 翼獅子の剣王
[戦闘力] 435
[魔法力] 237
[固有技能] 翼獅子使役 剣の王 探知(低) 鑑定眼(低) 風強化(中)
[所持魔法] 風魔法(風弾、風切、風防壁、[未習得6])、土魔法(土弾、[未習得9])
[属性値] 火8 風123 雷12 土44 水47 光5 闇4
[DEAR] 4578
『おおお、これがステータスかー。』
まじまじと見るディール。
『ちょっと、そんなに近づかないでよ!』
顔を赤らめて大声をあげるナル。
『それにしても、固有技能が5つもある!凄いなナル!』
『そ、そうかな…』
さらに顔を赤く染め、謙遜するナル。
ディールの言う通り固有技能こそ、各自の才能の表れである。
一般的には3~4個。5~7個あれば天才。それ以上は英雄レベルである。
『あと、数値も高いな。ナルは風属性なんだなー』
『うん。アデルちゃんほどじゃないけど、風なら魔法が使えたし、加護も何となく風属性と相性が良いみたいだからよかったと思う。』
ステータスの数値は、一般的に100が平均値である。
当然、鍛錬や魔物を倒すことによって数値が上昇することがある。
そういう意味で、ナルはすでに回りの大人を超えるレベルの技量を持つこととなったのだ。
『ところで最後のこの…何て読むんだ?なんか、記号みたいな。』
ディールは、空中に浮かぶステータスの『DEAR』という記号を指さした。
そこだけ、数値が跳ね上がっている。
『あー、これね。私も司祭様に聞いてみたんだけど、なんか、魂の強さ?潜在能力?とか、司祭様もよく分からないみたいなの。この数値が高くても能力的に低い人もいるし、逆に低くても強力な加護を持っている人もいたりして、分けわかんないみたい。何でも数百年間ずっと研究されたり議論されたりしているけど、正体がさっぱりわからないみたいなの。教会の派閥内部でも、意見が全然合わなく、ある意味タブー視されているとか。』
なんでそんな意味不明なものがステータスに現れるんだ?とディールは怪訝そうな顔をした。
『これも神様の思し召し!みたいよ。まぁ、重要なのはそれ以外の数値とか!ディールも加護を授かったら、まずは私に見せるのよ!』
『あぁ、もちろんだ!』
頬を赤らめるナル。小声で、約束だよ、と呟くが、ディールには聞こえない。
―――
そう、ステータスがどういうものかは知っている。
加護を授かった直後、ステータスオープンと唱えると、脳裏に加護の名や、それまで見えなかった自分の力が数値化されて浮かぶことを。
それを楽しみに、この7年間、修行に明け暮れていたのに!!
「ど、ど、どうしたディール…?ステータスは、加護は…なんて…」
司祭は冷や汗を流しながら、もう一度訪ねる。
しかし、次の瞬間、司祭の表情は凍り付いた。
「が、が、が。あ、あ、あ…」
そして、震え出した。
「何故だ…魔法陣は、光った。加護は授かったはず…。それが見えないのは、まさか…」
グレバディス教司祭や一部の人間が持つ「鑑定眼」でディールのステータスを見た、司祭が青ざめて呟く。
「何も、何も…何も見えない…」
「司祭様、これは一体…!?」
居てもたってもいられず、ディールは司祭に問い詰める。
司祭はガタガタ震え、顔を真っ青にして、絞り出すように答えた。
「加護…無し…」
それは、この世界にとって「落ちこぼれ」の烙印であった。
「オレが…加護無し…」
ディールはまるで白昼夢を見ているかのような錯覚を覚えた。
兄ゴードンが授かった【剣聖】と姉アデルが授かった【神子】
どちらも伝承でしか聞かない最高位の加護であった。
当然、自分もそれに近しい加護を授かるものとばかり思っていた。
もちろん、それに胡坐をかいていたわけではない。
兄が旅立ったあの日から7年。
オーウェンの剣術指導に一日たりとも欠かしたことのない剣の素振り。
苦手ではあったが魔法講義といった座学も真面目に受けた。
それも、自らに授けられた加護に加え、7年間の努力が実を結ぶことが、ステータスで示されると思っていたのだ。
それが、まさかの加護無し。
落ちこぼれの烙印。
今までの努力や、夢や、希望は一体何だったのか。
ディールの目の前は、涙で滲み、真っ暗になった。
しかし、それだけではない。
この世界で【加護無し】になるということは、もう一つ、耐え難い現実に直面することとなるのだ。
「『悪しき者を撃ち抜け…!!!』」
司祭の声。
その瞬間、司祭が握っていた杖の先端が淡く光ったと同時に、空中にパラパラと砂や塵が集まり、拳大の石礫をいくつか形作った。
背筋に走る悪寒。ディールはほとんど反射的にその身をよじり、転がりこもうとした、その瞬間!
「『石弾!!!!』」
司祭の叫び声と同時に、無数の石礫がディールを襲った。正確には、ディールの居た場所に石礫が撃ち抜かれた。間一髪、ディールは躱したのだった。
「し、司祭様!一体何をするんだ!!!」
突然の司祭の暴走。
ディールはますます混乱した。
しかし、当の司祭はいたって落ち着いて…それこそ、冷静に、冷酷に告げるのだった。
「…ディール、こうなっては申し訳ないが…。スタビア村のため、お前には死んでもらう。」
あの優しく、村のみんなから慕われる司祭の、思いもよらない宣告。
「な、なんだって…」
「…これは、成人を迎えてから徐々に知ることになるのだが…お前には気の毒だが、知る必要のないことになった。『石弾』!!!」
あまりの無慈悲な司祭の宣告。そして再びディールを襲う石礫の弾丸。
ディールは兄から譲り受けた愛剣、白銀の剣を抜き、石礫の弾丸を切り裂いていく。
「ぬう!さすがは神童と呼ばれるディール…魔法を剣で切り裂くなど、非常識にもほどがある。いや、神童というよりは、邪神の眷属…もしくは邪神そのものか。」
石礫を飛ばしながら司祭が顔に怒りを浮かべながら呟く。
「邪神の眷属!?邪神そのもの!?何を言っているんだ!!」
石礫を切り裂き、避け、何とか体制を整えるディールは叫ぶ。その言葉に司祭は吐き捨てるように答えた。
「一つだけ教えてやろう!女神が加護を授けられるのは、人間に限った話だ!その加護を授けられないのは、かつて女神と争い、人間を誑かし、眷属にしようと企てた邪神の一派か邪神の生まれ変わりだからだ!!」
愕然とするディール。自分が、邪神の眷属か、邪神の生まれ変わり!?
「そ、そんなことがあるはずが…」
「現にお前は加護を授からなかった。それが何よりの証拠!!いずれにせよ加護無しを生かしておくとこの村に災いが降りかかる!お前は、今、この場で、死ぬのだ!!!」
司祭はさらに魔力を籠める。
「『悪しき者を封じ、その身体を閉じ込めよ…岩壁牢!!』」
ディールの周囲に、岩の壁がせり出す。このままでは、まずい!!
ディールは殆ど反射の反応で、魔法陣の祠の入り口側の岩壁…まだせり出し途中であったその壁を、白銀の剣で切り裂き、転がるように入り口のドアをこじ開けて逃げていった。
「ぐぅ!一歩遅かったか!」
せり上がる岩の牢獄を恨めしそうに睨み、司祭は叫んだ。
「逃げても無駄だ!お前が加護無しであることは、すぐに伝わる!!!」
「どうしたの、ディール!!」
教会内。ディールと司祭の帰りを待っていたのは、村長一家。
あと、スカイハート家の奇跡を真っ先に知ろうとする、村人や村娘が数人残っていた。
「はぁっ、はぁっ」
ディールは肩で息をしつつ、剣を鞘に納めた。
「おい、ディール…司祭様は?まさかまた気を失われているのでは…」
期待に満ち溢れた目をし、村長の息子ナバールが尋ねる。
村長一家も、残った村人たちも「何の加護を…!?」と尋ねてくる。
ふいに、『逃げても無駄だ!』という司祭の叫びを思い出す。何も答えず、ディールは全力で教会から走り出した。
「お、おい!ディール!!お前、加護は何を授かったんだ!?」
その声空しく、ディールは教会の外へと飛び出していった。
「ま、待ってディール!!!」
何か、無性に何か胸騒ぎを起こしたナルも、走るディールを追った。
「おい、ナル!!」
その時、覚醒の魔法陣の祠へ繋がる、教会奥のドアが開いた。
そこには、肩で息をする司祭。
「司祭様、ディールは一体どんな加護を…」
一呼吸おいて、司祭は告げた。
「全員、良く聞け!大変なことになった!!!」
「ディール!!」
村長宅の裏の川辺近くでディールに追いついたナル。
「どうしたのよ、急に…。何があったの?」
ナルの問いに、額の汗を拭いながらディールは絞り出すように答えた。
「…ナル、オレはこの村には居られなくなった。すぐに出て行かなければ…」
「え、ちょっと、なんで!?」
それは当然の反応であった。
覚醒の儀を終えたであろうディールが、何故か、急に村を出るなんて…。
それも何か恐れているような、怯えているような、今までのディールにはない様子であったからだ。
「とにかく、一旦家に入ろう。話、聞くからさ。」
ナルはディールを引きずるように、村長宅へ連れ込んだ。
「加護無し!?」
村長宅のナルの部屋。ディールから伝えられたのは、覚醒の儀で起きたこと全てであった。
加護が発現しなかったこと、司祭の急変。魔法が使えないディールに対して、無数の魔法を浴びせかけてきた司祭から、命辛々逃げてきたのであった。
「ナルも、オレを襲うのか?」
落ち着きを取り戻したディールはナルに尋ねる。
「お、襲うって!何言って…ま、まだ明るいし、まだそんな関係じゃ…って違う!何でもない!私はディールを襲わない!」
何か別の勘違いが入ったが、顔を真っ赤にしながら答えるナル。怪訝そうな顔をするディールだが、少し安堵の表情を浮かべた。
「あぁ。ナルは絶対オレの味方になってくれるって思っていた。だから全部話した。」
「うん…私はディールの味方だよ。何があっても、味方だから…。でも、これからどうするの?」
ディールは窓の外をチラッとみる。
まだ、司祭や司祭の話を聞いた村人が襲ってくるような気配はない。
もしかして…。兄や姉の奇跡もあり、居候とはいえ村長の家族同然に過ごしてきた自分。
天才と持て囃され、兄や姉同様に村に貢献もしてきた。剣術は覚醒後の大人含め、村一番でもある。
そんな自分が例え加護無しであったとしても、伝承では村に災いをもたらすと言われる存在だったとしても、ナルのように、村人は自分の味方になってくれるのでは…。
そんな淡い期待が立ち込めてきた。
しかし。それでも、司祭に扇動され、村人が血眼になって自分を探しているかもしれない、という疑心も同時にある。
何より、大切な村に災いをもたらすかもしれない…。
何かはわからないが、そう言われているとなれば…。答えは、一つだった。
「村を、今すぐ出るよ。」
それを聞いた、ナルは、ハーッと一つため息をして、
「分かった。すぐに準備しよう。」
と言った。
ナルは自分の机から剣と、食料や薬などが入ったストレージバックを引っ張りだした。
「ちょ、ちょっと待った。なんでナルも一緒に行く話になっているんだ!?」
ストレージバックの中身を確認しつつ、ナルは答える。
「さっきも言ったけど、ディールは凄い加護を授かって村を出ると思ったから、そのタイミングに合わせて一緒に村を出ようと思っていたの。」
今、私の顔はディールに見せられない…。
そう思いながらナルは続ける。
「私だって、翼獅子の剣王なんて強力な加護を授かったんだよ?村を出て、連合軍や公爵家の近衛兵とか、きっと良い就職先があると思うの。でも、どうせなら兄弟みたいにずっと一緒に育ったディールと、一緒に働ければ、ってね。」
それに、と続ける。
「ディール一人だと、心配だもん!毎日毎日剣の素振りしかしていなくて、色々と常識足りないところもあるから、旅すると絶対困ると思うし!!」
「失礼だな!兄さんや姉さんのところに行く予定だ。一人だって大丈夫だ!」
ナルの物言いに、思わず叫ぶディール。
「そもそも、オレは村に追われるかもしれない。そんなオレに付いていったなんて知られたら…お前だけじゃなく、村長たちだってどんな目に遭うことか!」
そう、今だってディールを匿っているのだ。
もし村が『ディールを排除する』方向になったら…確かに、ナル自身だけじゃなく、家族にも危険が伴うかもしれない。それでも…
「それでも、一緒に行く!」
もし、そうなったとしたら、一生ディールに会えなくなるかもしれない。
そんなのは嫌だ!!
「なんで!?それがどういうことか分かっているのか、ナル!」
ナルは決心した。自分の気持ちを、今ここで伝える。
それでダメなら、いや、ダメだとしても、付いていく!
「分かっている。でも、それでも、私はディールのこと…!」
『バァン!!!!』
ナルの部屋のドアが勢いよく開いた。そこには、村長が一人、立っていた。