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第7話 覚醒の儀

アデルが旅立って3年が経った。

ディール・スカイハート。15歳。

いよいよ、覚醒の儀の時である。


「ゴードンさん、来られないって?」


朝。

覚醒の儀の準備をするディールに声を掛けるのはナル。


先日、誕生日が早かったナルは一足先に覚醒の儀を受けた。


授かった加護は『翼獅子の剣王』。


これは【幻獣系】と呼ばれる強力な加護である。

翼獅子という幻獣の力を宿し、加えて【剣王】という剣を扱う者にとって剣聖の次に憧れる強靭な加護を得たのだった。


ナルだけでない。

ここ数年、非常に強力な加護を持つ者がここスタビア村から輩出されたのだ。


まさに「勇者を生み出す村」。

強力な加護を持った者たちの多くが、ゴードンに憧れ連合軍へ赴いたり、魔力に優れる者はアデルに憧れ遠くグレバディス教国へ赴いたりするのであった。


「あぁ。去年もそうだったけど、戦争が激しくなってきたから無理そうなんだ。」


そう答えるディール。

この3年の間に、四大公爵国と隣接する「ソエリス帝国」との武力衝突が激しくなり、いよいよ戦争へと突入したのだった。


昨年、軍団長に昇進したゴードンはこの事態においそれと帰郷できる状況ではなくなってしまい、もっぱら手紙でのやり取りとなっている。


グレバディス教国へ赴いたアデルも同様。

彼女はグレバディス教国へ行って以来、一度も里帰りをしていない、手紙の内容から元気やっていることは伺えるが。


「そっか…。ま、でも、あんたの覚醒の儀が終わるまで私も教会に残るから…あ、ありがたく思いなさいね!」


と、少し赤くなりながらナルが言う。

15歳になり、かなり大人びたナル。

短かった水色の髪は少しウェーブがかり、背中まで伸びた。

茶色の大きな瞳を少し潤ませ、ディールをチラリと見る。


「ああ。オレにとってナルは家族だからな。また司祭様が倒れても困るから、頼むな。」


靴ひもを結びながら平然と答えるディール。

ナルは少しムッとした。


そう、割と感情のベクトルをディールに向けるのだが、彼はあまり気にしていない、というかむしろ、気付いていないのであった。

その事実にホッとしつつも、多少、頭にくるナルであった。


「オーウェンさんも来てくれたら良かったのにね。」


ちょっとムカついている事を気付かれまいと、ナルは言う。


そう、オーウェンもすでにこの村に居ない。


戦争が激化し、オーウェンのような優秀な人材を片田舎に遊ばせておく余裕が連合軍にはなく、程なくして帰還命令が出された。

一応、公爵令嬢たちとの約束があったため、代わりの人材が寄越されたが…オーウェンと比べるとどうしても見劣りしてしまう。


「先生も忙しいだろ。今、連合軍は戦争真っ只中だからな。」


靴ひもを結び、兄から譲り受けた白銀の剣を左腰の剣帯へ差し込み立ち上がるディール。

ディールの背中を見つめ、ナルは恐る恐る尋ねる。


「…ねえディール。あんたは加護を授かったら…ゴードンさんのところに行くの?」


それは、この村を去るのか?という質問であった。

ディールは静かに頷き、答えた。


「あぁ。オレは今日にでもフォーミッドへ向かう。」


あぁ、やっぱりね…とナルは思った。そして意を決し宣言した。


「そう言うと思った。私も一緒に行くから、よろしくね。」


そんなナルの宣言に驚き、振り向いてナルを見るディール。


「一緒に行くって…ナルもフォーミッドまで付いてくる気か!?」

「もちろん。私には【翼獅子の剣王】なんて片田舎の村娘に持たせるには余りにも勿体ない加護だし。この加護なら、連合軍でも幹部入り目指せそうだし。私も一緒に行くわ。」


驚くディールの顔前にずいっと顔を近づけて宣言するナル。


「…確かにナルの加護は凄い…けど、危険だぞ!戦争に行くって言っているんだぞ、オレは!」

「…わかってるよ。ていうか…私のこと、心配してくれるの?」


目線を反らし、顔を赤らめるナル。


「心配なんかするわけないだろ、ナルみたいなゴリラ女のこと。どちらかと言うとナルを失うこの村の戦力ダウンが心配だ。」


しかし、無慈悲に言い放つディール。ここ3年、ずっとこの調子だ。


「誰がゴリラじゃーーーー!!」


ナルは顔を真っ赤にして叫ぶ。

そんな二人のやり取りに水を差したのは村長であった。


「何を騒いでいるんじゃ。ディール、そろそろ準備は良いか?教会へ行くぞ。」


呆れ顔で村長は言う。


「あぁ、村長。今行く。」


ディールは村長の方へ向かう。


「ちょっとディール…!!もうーーー!!」


まだ顔を真っ赤にしているが、ナルもブツブツ言いながら付いていく。



教会。

アデルの時よりも人だかりが多い。

そう、このスタビア村が「勇者を生み出す村」として名を馳せてから移住者が増えたのだ。

成人後の若い夫婦達が多く訪れ、子供の数もぐんと増えた。当然、村の産業も好循環となり、このあたり一帯の領の中では、最も好景気であった。


さらに、今日は誰もが待ちに待った【剣聖】【神子】といった『スカイハート家の軌跡』の最後の一人、ディール・スカイハートの覚醒の儀ともなれば、村人たちの期待は最高潮といったところだった。


「では、準備はよろしいかな?ディール・スカイハートよ。」


司祭は厳かに尋ねる。


「あぁ、いつでもいいぜ、司祭様。」


元気よく答えるディール。


「キャーーー!ディール様、頑張ってー!」

「お兄様とお姉様を超える、素晴らしい加護を授かることをお祈りしております!」

「素敵な加護を授かった暁には…私とあなたの子を授かる儀式を「バコーン!!」


相変わらず村娘たちにモテるディール。

少々苦笑いしながらそれに応えるディール。

黄色い歓声はさらに上がる。


「じゃあ、村長、ナル、みんな。行ってきます!」


そう言い、ディールは司祭に付いて、覚醒の魔法陣の部屋へ向かう。



二つほど部屋を抜けた先、薄暗く重厚感溢れる石の祠にたどり着いた。

祠の真ん中には、直径2メートルほどの幾何学模様が描かれた、白い魔法陣がある。


「これが覚醒の魔法陣だ。」


司祭は説明する。


「この魔法陣の真ん中に立ち、私が呪文を唱えれば覚醒の儀は完了する。」


意外と簡単なんだな、とディールは思った。


「その前に、渡す物がある。」


そう言い、司祭は一枚のカードをディールに手渡した。そう、ステータスプレートである。


「これがステータスプレート、か。」


薄い灰色で、名刺サイズの一枚のカード。

その右上には、小さな突起物が付いていた。


「まず、このプレートの突起に、己の血液を一滴たらすのだ。」


そう言い、司祭はディールに針を渡した。

言われるがまま、ディールは針で指を軽く刺し、自らの血液を突起にたらす。

すると、仄かに光を放つ、ステータスプレート。


「これでこのカードはお前さん専用となった。『ステータスオープン』と念ずれば、お前さん自身の力や技能が脳裏に宿る。」


さらに、と続ける。


「これは他人にも開示できる。開示は三段階。名前だけ、名前と加護、名前と加護とステータス。とくに三番目のステータス開示は重要な情報となるからな。誰に開示するか、良く考えるように。あとこれは身分証明書にもなるから無くさぬよう気をつけよ。」


その言葉を聞き、ディールは心の中で「ステータスオープン」と唱えた――だが。


「…何も表示されない??」


そう、司祭が言うような反応が、ない。

ククク、と笑う司祭。


「安心しろ、みな、そうする。覚醒の儀が済んだあと…そう、加護を得た後でなければステータスを見ることが出来ないのだ。」


なんだよ…、とあからさまにがっかりするディール。


「まぁ、すぐ見られるようになるから安心しろ。さて、ここから肝心な話をする。」


司祭は改めてディールの目を見据えた。


「この魔法陣の生い立ちと、何故、我ら人の子らに加護が授かるか、伝えよう。」


ある程度はディールも聞いていたが、本格的な話は初めてである。


「お主も知っておるとおり、この魔法陣はそもそも神が人間に授けたものではない。かつて”邪神ルシア”が自らの眷属を生み出すため、世界中に置いたのが始まりと言われる。」

「それは聞いたことがある。」

「うむ。だが、女神…場所によっては天使とも呼ばれるが…”女神ロゼッタ”がこの魔法陣を浄化し、人の子らが邪神に与せぬよう浄化し、さらに邪神に対抗する力を授ける媒体としたのが、この覚醒の魔法陣じゃ。」


そう言い、司祭は白く、淡く光る魔法陣に目をやった。


「だが、浄化しただけでは人の子らに力…加護は授けられない。そこで”女神ロゼッタ”と共に地に降りた”女神パルシス”が、自らの力を分け、魔法陣を介して人の子らにその力を授けた。それこそが、加護である。そして、加護を得た人の子らに、戦う力として”女神セルティ”が自ら生み出した武具や魔法といった秘伝を与えたおかげで人の子らが邪神と戦う術を得て、邪神やその眷属を滅した。これがグレバディス教に伝わる伝承である。」


へえ、とディールは答える。

特に関心は無い。

座学で聞いていたら確実に睡眠案件の話が続く。


「邪神亡き後、これらを伝承し、各地に散らばる魔法陣を保護し、そしてグレバディス教で民を導いたのが、預言者とも指導者とも呼ばれる、この世に顕現された女神であり全ての祖である”アシュリ様”である。そのアシュリ様のお導きにより、女神たちの生みの親であり、この世の成り立ち全てを司る唯一神こそグレバディス教が崇める【神ルーナ】であると人の子は知ったのじゃった。」


唯一神ルーナ。

その名はさすがに聞いたことがある。


この世界で唯一の宗教で、いくつか教義の差異で派閥はあるにせよ、崇め称えるのは唯一神ルーナである。

また、四柱の女神の名も、たまにではあるが耳にしたことはある。


魔法陣を浄化した、女神「慈愛のロゼッタ」

人々に加護を授ける、女神「祝福のパルシス」

加護を授けた人々に戦う武具と魔法といった秘伝を授けた、女神「奇跡のセルティ」

その女神たちの逸話を後世に伝え、グレバディス教を興し崩御後に女神と崇められた「指導者アシュリ」


この世界で「女神」と言えば、この四柱である。

他にも、教義の中にあと二柱の女神が存在するが一般的でないのでこの場の説法では省くが、と司祭は注釈をした。


「さてもう一つ。『加護無し』の教義を行うのだが…必要はなかろう。」


そう言い、司祭はディールと向き合って。いよいよ、この時間が来た。


「女神様たちの奇跡とその恩恵を努々忘れることなく、加護を得た後も己を鍛え、磨き、この世に尽くすのだ、ディール。さぁ、魔法陣の中心へその身を預けよ。」


ディールは司祭に言われるまま、白く仄かに輝く魔法陣の中心に歩み寄った。


「では、これより…ディール・スカイハートの覚醒の儀を始める。」


そう言うと司祭は、両手を組み、祈りを捧げた。


「我ら母なる慈愛の女神ロゼッタよ、人の子らに祝福を与える女神パルシスよ、我らに未来を切り進む力を授けん女神セルティよ。そして、神の真名を我らに伝えし女神アシュリよ…。今ここに、我らの人の子に、新たな加護を…」


その言葉に呼応するように、魔法陣の光が強くなる。


いよいよだ…。ディールの胸の鼓動が強くなる。


7年前に村を去った兄、ゴードン。

そして3年前に村を去った姉、アデル。

自分がどのような加護を得ても、まずは二人に会いに行こう。そう誓うのだった。


魔法陣の光が弾けるように輝く。

そして―――



「終わったぞ、ディール。」


司祭の声が響く。

祠は、最初に来たときのように、うっすらと白く仄かに光る魔法陣。

何事もなかったかのような静寂。


「さぁ、ステータスで己の加護を見るがよい。私がも『鑑定眼』で見ることが出来るが、まずは主が自分自身で確認したほうがよかろう。」


声を弾ませ、司祭は言う。

その声には、兄ゴードンや姉アデルと同じか、それ以上か、いずれにせよ『スカイハート家の奇跡』が、三度訪れる期待が溢れていた。


それはディールも同じ。

震える手に持つ、ステータスプレート。そして、心に唱える。



『ステータスオープン!!』

連投します。

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