第57話 変わり果てた二人
「世話になったな、師匠。」
「長い間お世話になりました、お師匠様!」
“土の神殿” 深部、【金剛龍ガンテツ】の住処でディールとユウネは並んで頭を下げる。
満足そうに頷く、笑顔のガンテツ。
「うむ。二人がここに来た時が懐かしく思うわ。あの時は二人共ひよっこもひよっこじゃったが、今は、まあ、毛の生えたひよっこくらいにはなったかの?」
「それって、あまり変わっていないのでは……」
不安になるディール。
自分はユウネと違いステータスを確認できないのだ。
本当に強くなったのか?と不安がよぎる。
豪快に笑うガンテツが手を振って言う。
「冗談じゃよ、冗談。すでに二人とも見違えるように強くなった。特にディール殿。」
「……オレ?」
「【紅灼龍ホムラ】を、人間で言うところの“深淵”を振るう者として、十全な力量と強い心を得た。お主はまるでかつての【剣聖】セナ殿を見るようじゃ。自信を持て。【星の神子】の守護者としても、その伴侶としても、恥ずかしくないぞ?」
その言葉に顔を赤くするディールとユウネ。
“伴侶”
いつかそうなったらいいな、くらい思っていた。
だが目の前の龍神は、さも当然のように言うのだ。
「そしてユウネ殿。」
「は、はい!!」
背筋を伸ばすユウネ。
「お主も十分に強くなった。【神子】の名に恥じぬ、力量と膨大な魔力を律する技術を身に纏い、そして強い心を得た。伴侶たる守護者、ディール殿と並ぶに相応しい奥方だ。二人ならどんな困難にも立ち向かえるであろう。」
ボンッ! と頭から湯気を噴き出して真っ赤に染まるユウネ。
「ま、ま、まだっ……私とディールは! その、おおおお奥方なんて!」
目を回しながら慌てふためくユウネ。
すると、ディールの腰のホムラがギラリと光り、半透明のホムラ(全身)が姿を現し仁王立ちした。
『そうよ! まだ私は認めた訳じゃないからね!! 私の目の黒いうちは、ディールと結ばれるなんて思わないこと!』
その言葉にユウネも反論する。
「何を言うんですかっ! 私とディールは、その、恋人同士でっ! すでに結ばれた関係です! ホムラさんに色々と言われる筋合いは、ありませんっ!」
ギャイギャイ言い合う二人の女性に挟まれ、頭を抱えるディール。
その姿に満足そうな笑顔を見せるガンテツ。
「まぁまぁ、『紅』よ。この前も言うたが、我ら龍神は人々を祝福し、庇護を与える側の存在だ。すでに心ではこの二人を認めているのだろ? 素直にならんといかんぞ、お主もスイテンも。」
その言葉に真っ赤になるホムラ。
『思い出した! ちょっとガンテツ、誰がスイテンと仲良くて、姦しいのよ!? あんな性悪乳女と一括りにされるなんて屈辱でしかないんだけどっ!?』
「ガッハッハッ! 世の中には同族嫌悪という言葉があってなぁ。全く同じことを、スイテンも言っておったぞ? 全く、本当に仲睦まじいな『紅』と『碧』は!」
額に青筋を立てて、ポカポカとガンテツを殴る(半透明なので実際は殴れていない)ホムラであった。
「さて、そろそろ外のグリフォン殿がやってくる時間じゃ。これは儂から、二人への餞別じゃ。」
そう言い、ガンテツが指をパチンと鳴らすと、ディールとユウネの身体が淡く光り出した。
「え……?」
「これは!!」
ディールとユウネの身体に、光沢ある黒色、金色で縁取りされたプレートアーマーが装着された。
白と薄い金色の布のような素材で出来た、服と外套。
これにディールの腕には同じ黒と金縁のガンドレット、脚にはレッグガード。
ユウネは白と薄い金色の布を幾重にも重ね、ボヘミアンのように袖が広がる。
その腕には、同じ黒と金縁、宝石が埋め込まれた腕輪が装着されていた。
「かつて“神匠” とも呼ばれたこの【金剛龍ガンテツ】が造り上げた鎧じゃ。黒の金属は、金剛天鋼を上回る軽さと強度さを兼ね備えた、そうだな、名付けるなら“黒天神鋼”で出来ておる。その白い布は、布に見えても特殊な金属を細く編み込んだ物だ。これも、そうだなぁ……“白天神鋼”とでも呼んでおこうか。【金剛龍ガンテツ】に認められ、その愛を祝福されたお主ら夫婦に贈る、世界に二つとない逸品じゃ。」
“黒天神鋼” と “白天神鋼”
聞いたことが無いどころか、たった今、名付けたという【金剛龍ガンテツ】のオリジナル金属。
ディールとユウネの身体にピッタリなサイズで、重さを感じず、暑さも寒さも感じない。
不思議な着心地だが、包まれている、守られているという安心感がある。
「あと、ユウネ殿には特別な魔剣をプレゼントじゃ。お主の【星の神子】に耐えうるにはロッドでは心もとない。“黒天神鋼” と、かつて儂の友であった古の龍神の魔石で造りあげた物だ。大切に使って欲しい。」
驚愕するディールとユウネ。
聞くだけで、恐ろしい程の価値と希少な装備だと分かる。
何より、ユウネが貰った腕輪状の魔剣。
ガンテツの、かつての友。
古の龍神。
「そ、そ、そんな大切な物! 受け取れません!!」
青ざめて叫ぶユウネ。
だが、ガンテツはニコニコと笑う。
「良いのじゃ。儂がただ持って哀愁にくれるなど、その魔石の友に顔向けが出来ぬ。それよりも、お主らの力になることを、望んでおる。気にせず、使って欲しい。」
ユウネの目に涙が。
腕にはまる腕輪から感じる、その力強さ。
歓喜と悲しみに満ちたオーラを感じる。
きっと、ガンテツにとって特別な“友”であったのだろう。
「ありがとう、ございます……。お師匠様。」
「良い良い。さあ、時間ぞ二人とも。そしてホムラよ。」
ガンテツは半透明のホムラに声を掛ける。
『何よ!』
まだムスッとしているホムラ。
ガンテツは笑顔を深めて声を掛ける。
「お主の封印が全て解けた時、また会いまみえることとなる。その時は、お主がどう思い、何を感じるかは儂には見当つかぬが……」
『?』
怪訝そうなホムラ。
ガンテツの目には、涙。
「許して欲しいとも、分かって欲しいとも言わぬ。ただ、一つ。お主は、“愛されている” ぞ?」
その言葉と同時に、涙が溢れるホムラ。
『え、え、何よこれ!? ガ、ガンテツ、あんた、何を言う、の……よ。』
そして半透明に映るホムラは地面に座り、号泣する。
『うわあああああ! 何よ! 何で、何で、涙が止まらないのよぉ! 何よ、これぇえええ……』
そのホムラを見ながら、涙を浮かべるガンテツは笑顔で頷く。
「いずれ分かる。分かる時が来る。さぁ、行きなさい勇者達よ。」
そう言い、ガンテツは手を上げた。
ディールとユウネが光に包まれる。
「師匠! 本当にありがとうございました!」
「お師匠様! この御恩は、一生忘れません!!」
「またな、可愛い息子と、娘達よ。」
ガンテツの笑顔とその言葉に、光に包まれるディールとユウネは涙を流す。
厳しい半年間だった。
だが、厳しくも優しく、常に大らかな“土の龍神”【金剛龍ガンテツ】
その愛溢れる日々に、感謝しても感謝し尽くせないディールとユウネであった。
――――
「行ったか。」
ガンテツは一人、呟く。
「……可愛い息子と娘達を守ってくれ。シュナ。」
その名は、かつて2,000年前。
“ある争い”によって失った【金剛龍ガンテツ】の友にして、最愛の龍神。
ユウネに渡した腕輪状の魔剣に付けられた、魔石の主。
先代“火の龍神”
【紅灼龍シュナ】の名であった。
「さて。シロナに報告せんと、また文句を言われるのぉ。」
頭を掻きむしりながら、ガンテツは自分の部屋へと戻るのであった。
――――
『うええええええええええええんっ!!』
薄暗い、“土の神殿” の水晶の間。
半年ぶりに戻ってきたのだ。
ガンテツ曰く、龍神の住処と外に流れる時間は同じとのこと。
ただ、【碧海龍スイテン】のみ、自身の美貌を維持するためか、外と中との時間の流れが違うとのこと。
その影響で、生身の人間がその場に留まると身を崩してしまうという話であった。
つまり、今立つこの場は、ガンテツの住処に飛び立ってから半年ぶりとなるのであった。
「ホムラ、そろそろ行きたいがいいか?」
泣きじゃくるホムラ(半透明)に申し訳なさそうに声を掛けるディール。
溢れる涙を何度も拭いながら、ホムラは痞えながら言う。
『行けば、いいじゃない。どう、せ……私は、ディールの腰に、いるんだから。』
そうだった!
この場で座り込んで泣きじゃくるホムラは、あくまでも“イメージ” でしかないのだから。
同じく涙を流すユウネの肩をポンと叩き、ディールは促す。
「さぁ、『金眼鷲』も待っているだろう。行こう。」
「そう、だった……。」
感動の涙から、恐怖の涙に切り替わるユウネ。
空のトラウマが蘇る!!
--――
『来たか。久々だが…見違えたぞ二人とも。』
“土の神殿” の外。
周囲は明け方で、徐々に明るくなってきた。
空は快晴。
飛ぶには最高のコンディションだ。
「久しぶりだな、『金眼鷲』。また世話になるがよろしく頼む。」
『うむ。娘も……その、大丈夫か?』
焦る『金眼鷲』
どんよりと肩を落とし、トボトボ歩くユウネであった。
せっかく美しい装備を身に纏っているが、台無しである。
「はい……鷲さん。大丈夫ですお世話になりますゆっくり飛んでください。」
『大丈夫でない事は理解した。善処する。』
こうして二人は(ユウネはぶるぶる震えながら)『金眼鷲』の背に跨り、再び大空へと飛び立った。
――――
「『金眼鷲』! 近くて手頃な町を探す。そこまで乗せてもらっても構わないか!?」
『承知した……が、我は目立つ。どこか森の近場などが良いが、あるか?』
「探してみる!」
神殿森林の上空。
優雅に飛ぶ『金眼鷲』に伝えるディール。
連合軍フォーミッドの内部まで案内してもらおうと思ったが、『金眼鷲』は魔物グリフォンである。
それも“二つ名持ち”
いくら敵意が無いとは言え、その姿を見たら、兵やハンターがパニックになって襲い掛かってくるだろう。
その背に乗るディールとユウネも同様。
“魔物の眷属か!?” と襲われる可能性も、ゼロではない。
そこで、行けるところまで乗せて行ってもらい、あとは馬車を乗り継いでフォーミッド中心部まで向かうこととしたのだ。
何より、空の長旅はユウネが耐えられない。
「ここからだと、北の“カボス町”が条件に合うな。近くに大きな森がある。『金眼鷲』が身を隠すには持ってこいだし、森から大体半日ってところだからな。」
『ふむ。その町の名はガンテツ様から聞いたことがあるな。特段危険な魔物も居なかったと思う。我のような上位者が降り立ったとしても問題なかろう。』
地図を広げて見るディールの言葉に『金眼鷲』も同意する。
神殿森林を抜けた先、ラーグ公爵国内のほぼ北端にあるカボス町の近くの森までを、『金眼鷲』に乗せて行ってもらう事とした。
指で距離を測るディール。
「ユウネ! この速度ならあと1つ刻くらいで着く。それまで我慢してくれ!」
「ふぁ、ふぁい……」
ディールの腰にしがみついてガタガタ震えるユウネに伝えるディール。
太い右腕で、ユウネの身体を抱き寄せる。
「大丈夫。オレが付いている。」
「……うん。」
真っ赤になるユウネ。
心が落ち着き、震えも少しだけ収まる。
『イチャラブしているところ悪いんだけど、お待ちかねの敵さんやってきたよー、二人とも!』
『金眼鷲』の首に跨るホムラ(半透明)が叫ぶ。
せっかくの空の旅、ホムラも自分の目線で景色を見たいと思い姿を現した。
『金眼鷲』の首に跨り「危ないですよっ!?」とユウネに言われたが…実体でないことを、時々忘れてしまうディールとユウネであった。
「ヒィィ!!」
悲鳴をあげるユウネ。
蘇るトラウマ。
空中旋回という名の、生き地獄。
「あれか!」
『また奴等だ!』
ディールと『金眼鷲』が同時に叫ぶ。
未だ眼前に広がる神殿森林の遠くの空から、黒い点がポツポツと浮かぶ。
『ワイバーン共め……』
またしても、ワイバーンの襲撃。
それも、前回と数が違う。
「おいおい、マジかよ……あんなに居るのかワイバーンて。」
『どうやら、我や背にのるお主らを“脅威” と認識し、あちらこちらの同胞をかき集めたのだろう。』
苦々しく言う『金眼鷲』
前回は凡そ50体もの襲撃であった。
だが今回。
「だいたいの数が分かるか、ホムラ?」
『だいたいどころか、完璧に分かるわよ。全部で、432匹ね。うち、5匹が群れのリーダーってところで、1匹が全く別種。他のワイバーンとは段違いって奴が混ざっているわね。』
8倍以上の数。
黒い点が、無数に、空に浮かびこちらへどんどん近づいてくる!
「『金眼鷲』、このまま真っ直ぐ飛んでくれ。体勢維持で。」
『しょ、正気か!?』
平然と言うディールに大声で非難する『金眼鷲』
『ホムラ様の言葉を聞く限り、あの中にかの『毒羽』が混ざっているぞ!?』
「ああー、居るな。一匹、すげぇデカイのが。」
距離は凡そ500m。
すでに肉眼でもその飛翔が分かる距離である。
円錐状に包囲する、大量のワイバーンの群れ。
その中心に、深緑で斑模様の、ワイバーンの3倍はあろうかの巨体が飛翔していた。
「さぁて、どうするかな。」
ニヤリと笑うディール。
かつて味わった状況とは違う。
明らかに、不利。
だが、尊敬する師匠こと【金剛龍ガンテツ】に言われた屈辱の一言。
『カラス共に対して、雑な戦い方をしたな。』
半年前とは違う。
それを証明するには、手頃な相手だ。
「さて、ユウネ。さすがにしがみ付かれたままだと少しヤバイ。ちょっと我慢してくれるか?」
「ふ、ふ……」
顔を下げ、プルプル震えるユウネから何か言葉が漏れる。
「……ユウネ、さん?」
「ふふふふふふふふふふふ……」
あ、キレた。
ディールは自分の仕事がほぼ無くなったと理解した。
「あー、もう!! 鷲さん! 絶対に絶対に絶対に! このまま水平飛行お願いします! ディール、私の身体、押さえていて! 絶対、絶対、離さないでね!!」
涙目で叫ぶユウネ。
ディールは大人しく、ユウネの腰に手を回して、ずっしりと座り込む。
「絶対離さないでね!」
「分かった。分かったから落ち着いてくれ。」
ワイバーンの群れは、その距離にして200m。
そろそろ、ブレスが届いてしまう範囲に入る。
『何をする気だ!? 防壁は良いのか!?』
「まぁ、ユウネに任せていろ。」
ユウネは右腕の、ガンテツから貰った【魔剣シュナ】に魔力を通す。
そして、詠唱を口にする。
「『天よりその矢を降らす星々に告げる。我は星と命運を共にする神子なり。数多光と闇を包み数多火を飲み数多水を溶かし数多土を砕き数多雷を割き数多風を止め数多の命と息吹を無塵に掃う“死”を照らせ。屠れ屠れ屠れ、その数多礫を、今、ここに。』」
凶悪な詠唱と、凶悪な魔力。
『な、な、なんだ…この圧は…』
愕然とする『金眼鷲』
そして、その理不尽の矢が、眼前の敵共に降り注ぐ。
「『彗星』」
ユウネの言葉に合わせ、遥か天空に巨大な魔法陣が姿を現した。
その魔法陣から、巨大な光る岩……“彗星”が姿を見せ、光と共に砕けた。
光を放つ無数の礫が、追尾するかのようにワイバーンの群れを穿つ。
『ギャアアアアアアア!!』
『グギャアアアアアア!!!』
『ナ、何事カアアアアア!!!』
無数に居たワイバーンが、降り注ぐ“彗星”の雨あられに巻き込まれ、その身体を粉々に砕きながら森へ堕ちていく。
理不尽な嵐。
理不尽な、岩礫。
“彗星” の、矢。
一瞬にして、大半のワイバーンがその命を散らしたのであった。
「あー! 怖い怖い怖い! もう無理ぃー!」
そう言ってしゃがみこみ、ディール身体に抱き着く。
「容赦無ぇなぁ。」
「だって、だって……!」
呆れるディールはユウネの頭を優しく撫でる。
まだ震えがあるが、多少は落ち着いたユウネであった。
目の前の光景に、巨大な嘴をこれでもか! というくらいアングリ開けて驚愕する『金眼鷲』
『な、な、なんだ、この魔法は……。』
「ああ、そうだな。中の中ってあたりの威力だったかな?」
「これでも……下に森があるから抑えたんだよ?」
平然と答えるディールと、空を飛ぶ恐怖の中でも眼前に広がる神殿森林に被害が及ばぬよう、相当威力を調整したユウネであった。
真っ白になってその顔を固める『金眼鷲』であった。
残りのワイバーンも同様。
この地域付近に生息する、同胞達。
同胞を数多く屠った怨敵『金眼鷲』と背に乗るニンゲンを確実に殺すため、400を超える仲間を募った。
そして、その大将としてわざわざ来てもらったのが“二つ名持ち” 飛翔竜種最強の進化種バハムートの『毒羽』であった。
だが、その同胞の殆どが、空に浮かんだ魔法陣から放たれた光礫によって、理不尽に命を散らした。
残りはわずか、後方に居た100匹程のみとなった。
『グ、ハァ……。よくもぉ、こんな小癪な真似をぉ……』
全身に血を噴き出しながら苦々しく言い、飛翔する『毒羽』
ユウネの“彗星” を喰らいながらも、満身創痍ながら飛び立ち『金眼鷲』に対峙する。
王者としての風格と、プライド。
数多くの魔物とニンゲンを滅ぼしてきた、最強たる“王”
それが、自分だ。
「あれで生きているとは、凄いな。」
感心するように、ディールは立ち上がり『毒羽』を睨む。
鞘から、ホムラを抜く。
『グハ、ハハハ……。儂を誰だと心得る? 誇り高き飛竜の王ぞ!? すでにその怪しげな娘は魔力枯渇で動けぬ! 儂の毒のブレスを喰らい、死ねぇ!』
その口を大きく開き、毒と炎のブレスを吐こうとする『毒羽』
巻き込まれれば最後。
炎で焼かれるか、猛毒に包まれ息絶えるか。
放てば最後。『毒羽』はそう確信していた。
しかし。
「誰が魔力枯渇しているって? この程度で“オレの女”が倒れるかよ。」
ディールは目の前の、まだ遠くにいる『毒羽』に目がけ、ホムラを横薙ぎに一閃。
赤く光る、その剣閃。
『ハギャッ!?』
『毒羽』は、その口から、真横に真っ直ぐ、真っ二つに切り裂かれ神殿森林に堕ちた。
ホムラから迸る炎を斬撃で飛ばす“炎斬”
一瞬で発動させ、『毒羽』をあっさりと切り伏せたのだ。
「終わったぞ、ユウネ。」
ホムラを鞘に納めて蹲るユウネに伝える、ディール。
まだ遠くにワイバーンが100匹ほどいるが。
『逃、逃ゲロ!!』
『王ガ、ヤラレタ!!』
人語を解すリーダー格の二匹が大慌てで叫び、残ったワイバーンの群れを引き連れ撤退していく。
元々、この場を縄張りにしていなかった群れだ。
神殿森林を縄張りにしていた同胞には申し訳ないが、弔い合戦する気は起きない。
あれだけ数多く居た同胞が理不尽極まりない光礫で殆どやられ、切り札であった“王” すらあっさり切り伏せられた。
目の前にいる『金眼鷲』ではない。
背に乗る、二人のニンゲン。
“アレは、相手にしてはいけない”
小さき脆弱なニンゲンに見える!?
バカを言うな! アレは、正真正銘の、化け物だ!!
半ばパニック状態で逃げるワイバーンを眺め、ディールは欠伸をする。
「さて、もう襲ってこないだろうな。引き続き頼むぜ。『金眼鷲』」
『お主ら、一体。ガンテツ様の元で何をしてきたのだ……?色々と可笑しいぞ?』
「ひたすら地獄のような修行をしてきただけだ。」
『は、はぁ……。』
呆れる『金眼鷲』
“ここまで変わり果てるものか?”
もはや、背に乗る二人のニンゲンは、ニンゲンでは無いな、と思うのであった。
「ユウネ、大丈夫か?」
ディールの腰にしがみ付いて、相変わらず俯くユウネ。
まだ身体が小刻みに震えている。
「き、気持ち悪いのか!?」
「ディ、ディ、ディール……」
見ると、顔が茹蛸のように真っ赤だ。
ユウネは絞り出すように言う。
「“オレの女”って、その、凄く、嬉しぃ……」
ボンッ! と真っ赤に染まるディール。
咄嗟に口にした言葉であったが……。
やっちまった!!
焦るディールと、俯いて目を潤めるユウネ。
『……何も変わってなかったか。』
背中に乗る二人のやり取りを見て安心する『金眼鷲』であった。




