閑話19 決意
「あーぁ、間に合っちゃったねぇ。いっぱーい、人、死ぬよぉ?」
発動された戦略級大魔法を眺め、ケタケタ笑うアーシェ。
対照的に顔を青ざめて絶句するゴードン。
「なんてことを!! あの規模、貴様ら帝国兵も巻き込むぞ!!!」
「そうねぇ。確実にたーーーくさんの連合軍と帝国軍が、巻き込まれるわねぇ。」
残酷な笑み。
まるで味方の犠牲など毛の先ほども気にしていないという物言い。
頭に、血が上る。
ゴードンは全身を駆け巡る“剣聖覚醒”のオーラを膨らました。
「貴様は、殺す!!」
「わぁお、怖あぁい♪ でも確かに、このままじゃちょーっとヤバイね。」
アーシェは未だ血が流れる左腕を掲げ、告げる。
「『“因果率操作【事象拒絶】” “本体” “座標値、5分”』で、いいかな?」
その言葉と同時に、何事も無かったかのように、アーシェの左腕が元通りとなった。
それだけでは無い。
先程ゴードンが傷付けた身体中の切り傷も、鎧の傷も、全て“修復” されていたのであった。
「ば、ばかな!?」
異常な“魔法”
回復魔法の中には切断された四肢が残っていれば、切断面を繋ぎ合わせ元通り回復させる魔法もある。
だがそれは最高位の【加護】を持つ者の中でも、極めて限られた者しか出来ない芸当である。
それを、目の前の剣士の女は平然とやってのけた。
しかも、転がる左腕を切断面に着けずに、だ。
見間違えでなければ、転がる左腕が消えるのと同時に、腕が元通りに治った。
加えて何事もなかったように修復される全身の傷。
こんな回復魔法、見たことが無い!
謎の回復魔法を所有する、回復特化の魔法剣士か?
そして異常な戦闘力。
あり得ない!
どんな【加護】でも、さすがにそこまで万能というものはシエラの【天衣無縫】くらいだ。
それでも、限度がある!
「さぁ、たーくさんお仲間が先に死ぬか。それとも貴方が死ぬか、勝負ねー!」
凶悪な笑みを浮かべ、右手の人差し指でグルグルと回していた剣を『パシッ』と掴んだ。
それと同時に発せられる、殺気。
「アーシェちゃん、ちょっと本気出すね。」
金色の眼が、鋭くゴードンを睨む。
わずか一瞬。
アーシェが、消えた。
『ガアアン!!』
けたたましい金属音。
その音と共に、ゴードンは遥か後方へ吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。
「グアァ!」
「わぁお! 今のも防いじゃうんだー♪ さっすが【剣聖】様!」
ゴードンが立っていた場には、剣を振りぬいた体制のアーシェが居た。
全く、見えなかった。
咄嗟であった。
“剣聖覚醒”の最大出力を、全て防御と回避に費やした。
それを以て、辛うじてアーシェの剣戟を防ぐことができた。
それでも勢いを殺せず、簡単に吹き飛ばされてしまったのだ。
この速さ、力強さ、殺意。
自分ですら敵わないと思った、第1席マリィ・フォン・ソリドール。
目の前のアーシェの実力は、マリィすら遥かに凌駕する。
この実力で、十傑衆“4位”!?
あり得ない!!
目の前で対峙している者は、主席シエラと同等、“世界最強”レベルだぞ!?
全身を強く打ち、止まった呼吸を何とか整えてふら付きながら立ち上がるゴードン。
それを見て、再度、消えるアーシェ。
『ガキィン!!』
来ることは分かっていた。
全身全霊を込めて剣に力を籠め、剣戟を防いだ。
目の前には、意外そうな顔をするアーシェがいた。
「うそ!? もうこの攻撃も対応しちゃうの? 全く、これだから【剣聖】って奴は面倒くさいんだ。」
嫌々しく呟き、アーシェはその凶剣を振るう。
一合。
二合。
三合。
辛うじて伏せぐゴードン。
「お! いよいよ大魔法がドカーンてなるね!」
目を大要塞の方角へ向け、笑みを深めるアーシェ。
ゴードンもチラッと見た。
巨大な火の球が、大要塞の目前に迫っていた。
「あれが落ちれば、オレもお前も無事ではないぞ……!?」
ここは少し離れた小高い丘の上だが、あの巨大な戦略級大魔法が落ちれば、その爆発で周囲3kmは焼け野原になるだろう。
もちろん、今こうして対峙しているゴードンもアーシェも無事では済まない。
「あははははははははははは! この状況で私の事も心配してくれるの!? 優しぃー♪ 良い男だし、私が“まとも”な“ニンゲン”だったら惚れていたかもね!? でもゴメンね〜、私、そういうの全く興味が無いから!」
「貴様、ふざけ……」
「あはははははは! さぁ、爆発するよー! さようなら【剣聖】君!縁があればまた来世で会おうね!」
落ちる!!
だが、次の瞬間、予想にしなかった現象が起きた。
大要塞に落ち、大爆発を起こすであろう戦略級大魔法が、何もなかったように消失したのだ。
「ふぇ!?」
気の抜けた声をあげる、アーシェ。
ゴードンも驚愕したが、それは一瞬のこと。
アーシェに生じた最大級のこの隙を、逃すものか!!
『ズバッ!!』
驚愕するアーシェの胴を、袈裟切りにした。
噴き出る鮮血。
そのまま倒れる、アーシェ。
「はぁ、はぁ。勝った……のか?」
だが油断はできない。
何故なら、先ほど見せた異常な回復魔法がある。
改めて剣を構え、アーシェを睨む。
油断はしない。
再度“剣聖覚醒”の出力を上げて集中する。
このまま動かなければ、その首を跳ねる!
この女は、今この場で、確実に殺さなければならない!
戦略級大魔法の消失も、理由は想像つく。
最強の上司たる、シエラが間に合ったのだ。
彼女の能力なら、戦略級大魔法くらい消すのも造作でない。
バカバカしい話だが、彼女なら可能だ。
加えて戦略級大魔法が掻き消された影響か、帝国軍の動きもおかしい。
遠目に見ても分かるほど、撤退が徐々に進んでいる。
防ぎきった!!
これで向かっているだろう援軍と合流すれば、この戦線は保てるだろう。
問題は、今倒れた“この女”だ。
緊張感は切らさない。
いつ、立ち上がるか。
その前にその首を跳ね……
「……はぁ、やられた。」
やはり。
この程度では倒されないか。
アーシェは立ち上がり、ゴードンへ振り向く。
その顔は先ほどの狂った笑みではなく、能面のように表情を落としゴードンを睨むのであった。
氷河のような殺気。
全身に走る悪寒。
「こんな傷付けられたの、いつぶりだろうか。……あぁ、“魔女”って呼ばれて処刑された日か。」
肩から腹に掛けて斜めに走る深い斬り傷を見て、そう呟く。
傷からはドクドクと血が垂れ流れたままだ。
魔女…?処刑…?
何を言っているんだ、この女は?
「あー、痛い。うまくやっているつもりなのに、何でこうも傷を付けられるんだろうな、私は。甘いのかなぁ。」
アーシェは首をコキコキと鳴らし、胴の傷に触れる。
「ったく。“あの子”がやり過ぎず、もっと頭を使って地道に物事を進めれば、こんな痛い思いしなくても良かったのに。はぁ~。」
その呟きは、独り言。
目が離せない。
動けない。
動いたら、死ぬ。
殺される。
剣も構えず、隙だらけのように映る目の前の女からは、得体のしれない気配が漂う。
“逃げろ”
全身の細胞という細胞が、悲鳴をあげる。
底知れぬ恐怖に、身体が震える。
アーシェがその本性を現した時とは違う、別種の警告。
目の前の女は、人間とは思えない。
埒外の化け物。
もしその存在を比喩するなら、
“邪神” 、だ。
「『“因果率操作”』」
またあの言葉だ!
傷を治す気か!?
だが、動けない。
震えるゴードンを後目に、傷を癒すアーシェ。
だが、またしても予想だにしなかった事態が起きた。
「あれ?」
崩れるように、膝を付くアーシェ。
両腕がブランと垂れ下がり、握っていた剣を落とす。
勝機!!!!
目の前の化け物は、無防備だ。
殺気を放っていても、牙や爪が削がれ、瀕死の傷を負っている。
どんな化け物でも、その首を跳ねられれば生きられない!
ゴードンはその一瞬を逃さない。
全力で“剣聖覚醒”をこじ開け、最大出力で発動する。
地面が爆発する勢いで、その足を駆けだす。
狙うは、その首。
わずか、ゼロコンマ数秒で決着がつく。
はずだった。
「ごめんね。」
女の声。
胸に感じる違和感。
焼けるような、痛み。
剣を振り上げながら立ち止まるゴードン。
“剣聖覚醒”が消失し、全身に脱力感が襲う。
目線を下げると、銀色に鈍く光る刃が、胸を貫いていた。
その刃が、背中からゆっくりと引き抜かれる。
噴き出す、鮮血。
口から大量の血を吐き出し、ゴードンは倒れる。
地面に倒れ伏したゴードンが目線を上げると、そこには一人の少女が立っていた。
アーシェと同じ、金髪金眼の少女。
纏う青い服の襟が立ち上がり、口元を隠している。
スリットの入っているスカートから、幾何学模様が掛かれた白い足が見える。
異様なほど長い袖の中から、血がべっとりと着いた銀の刃が飛び出していた。
その少女は、倒れるゴードンを見向きもせず、アーシェに告げる。
「“因果律操作”を使い過ぎ。いくら“適合”しているとは言え、脆弱な“ニンゲンの身体”なんだから。」
「あはは。まさかこれだけでガタが来るなんて思わなかった。“前”のよりも脆いのかもねー?」
片膝を付きながら、苦笑いして答えるアーシェ。
少女はアーシェの手を取り、立たせた。
「あと遊び過ぎ。貴女がこのまま殺されたらどうしようかと思った。“今回は”またとないチャンスなんだから。油断せず慎重に進めて欲しいよ。」
口元は見えないが、ため息をついて告げる少女。
「あー、ごめんごめん。確かに油断大敵よね。傾向と対策を練りなおすわ。えっと…。」
「ああ、“今は“セーラって名前よ。貴女は?」
「“今は“アーシェよ。いずれにしても助かったわ。ありがとう、セーラ。」
「いいの。それよりも、貴女はこれからどうするの?」
セーラは銀の刃を振り抜き、ゴードンの血を吹き飛ばして刃を服の中に収納するように消した。
長い袖から両手は見えないが、何も持っていないように見える。
「この状況はまだ想定内。再度ソエリス帝国に戻って戦争の準備をするわ。もともと今回じゃ数が全然足りないもの。」
「了解。私は引き続き“イレギュラー”の排除と、“あの子”の捜索ね。」
「そう言えば”パッちん”は見つかった?」
身体中の傷を消し、纏う鎧や服までも修復したアーシェが尋ねる。
セーラは再度ため息をつく。
「”パッちん”て……。本当に貴女達って仲良しね。見つかったよ。ただ“今は”出来ても8つまで。……貴女の傍に居たほうが役に立つ?」
「うーんと、あ、そうか! 立つ立つ、役に立つ!」
「じゃあ、近い内に送るね。私も“色々使った”からしばらくお休みするよ。またね。」
「はーい。またねー。“お母様”によろしく伝えてね!」
殺し合いをしていた最中とは思えないほど、気軽な会話を交わすアーシェとセーラ。
別れの挨拶を行った後、スッと消えるセーラ。
「さてと。まだ、息はあるかな【剣聖】君?」
再度、笑みを浮かべて倒れ伏すゴードンを見下すアーシェ。
胸から大量の血が流れ、口からも血が込み上げる。
目の前は霞み、意識も朦朧となる。
あとわずかだった。
わずかの差で、倒せなかった。
悔しさと、怒り。
そして悲しみ。
走馬灯のように思い起こされるのは、先日結ばれたテレジのこと。
元気で、優しく、笑顔が素敵な愛すべき女。
結ばれたあの日。
共に過ごした日々。
何て幸せだったのだろうか。
弟ディールを追って遠くスタビア村からフォーミッド中心部まで、ボロボロな状態でやってきたナルを救い、そして、自分までも救ってくれた、愛すべき女性。
この戦争から戻ったら、伝えたかった。
“結婚しよう”
渡したかった、指輪。
元々、貧乏暮らしで妹アデルと弟ディールを育ててきたからか、金の使い方がシビアであった。
連合軍に入り、最低限の生活費以外は全て貯めていた。
十二将に選ばれ、毎月毎月、目玉が飛び出るかと思う程渡される、給金。
全部、貯めた。
いつか、妹と弟と、再び三人で楽しく暮らすために。
それを、初めて自分のために使った。
貴族相手の商人に無理を言って用意してもらった希少宝石。
それを、親友アゼイドに頼み込んで作ってもらった。
大と小。
二つの、マリッジリング。
彼女に永遠の愛を誓い、渡したかった。
こんなところで、死にたくない。
まだ、やりたい事がある。
テレジを、世界一幸せな女に、したい。
自分は、世界一幸せな男に、なりたい。
そして、未だ行方が分からない最愛の弟ディール。
テレジとの関係、そして帝国軍との戦争が終わったら、ナルと手分けして探そうとも思った。
だが、たぶん、予感がする。
あいつは元気にやっている。
【加護無し】などという逆境に負けず、きっと凄い力を得て旅をしているはずだ。
“ナルちゃんには言えないけど、兄のオレが言うのも可笑しいけど、あいつ良い男だからなぁ。きっと美人で巨乳の彼女なんか作っているんじゃないかな?”
変な妄想をこっそりテレジに告げて笑った。
“そんな事を口走ったら、ナルちゃんからビンタだよ!”
テレジも、盛大に笑った。
そんなナルにも良い人が出来そうだ。
ガルランド公爵令息のリュゲル。
ナルに一目惚れして毎日毎日、テレジの店に元気よく通う。
会議の後に、こっそり“ナルさんは何が好きですか!?” って聞かれ、苦笑いした日々。
お転婆でちょっとツンツンしているナルちゃんだ。
しばらくはディールの事で頭がいっぱいだろうけど……ディールの兄としては寂しい気もするけど。
行方不明のディールの影を追うより、太陽のように明るく元気なリュゲルに、その心を癒されて欲しいと願う。
最愛の弟、ディール。
上司に“生きているかも” と言われたその日から、何となく、心配するだけ無駄なような気さえしていた。
だが、大好きな村の人達から命を追われ、きっと心に大きな傷を負っているだろう。
“家族を守る”
これこそが、自分の使命だ。
連合軍や、十二将の使命。
四大公爵国に住まう民の、守護者。
それは理解しているし、そのために働いてきた。
だけど、上司みたいに自分の幸せを願うことは、悪いことなのか?
そもそも連合軍に入った条件が、妹や弟を守ることだ。
連合軍で四大公爵国を守ることが、妹や弟を守ることに繋がると信じていた。
それが砕かれた今、こうして十二将として剣を振るう必要があるのか?
決めた。
この戦いが終わったら。
テレジと結婚したら。
辞めよう。
“【剣聖】たる者が、何を”
後ろ指を刺されるだろう。
だが、それが何だ?
大好きな家族を守る事よりも、大事な事か?
辞めよう。
ついでに、上司と親友も焚き付けてやろう。
滑稽な、意趣返し。
ささやか? いや、大問題だ。
でもそれで良い。
連合軍への、四大公爵国への、仕返しだ。
剣聖と上司が辞めると告げたら、あのご令嬢達がどんな顔をするか、今から楽しみだ。
……会いたい。
元気な、ディールに会いたい。
そしてグレバディス教国で“四天王”まで成り上がった妹アデルと、3人で会いたい。
テレジを、“オレの奥さんだよ”と紹介したい。
こんなところで、死にたく、無い!!!
仰向けに転がり、血が噴き出る胸を押さえ、なけ無しの魔力で回復魔法を試みるゴードン。
「きゃははははは! 見苦しい! 見苦しいよ、【剣聖】君!!」
その様子を指さして大笑いする、アーシェ。
いや、こいつは、たぶん。
“アーシェ” じゃない。
自分を刺したあの金髪の女もそうだ。
辛うじて聞き取れた会話から、あいつとアーシェが、本当の仲間なのだろう。
この戦争は、仕組まれている。
セーラと名乗った金髪女と、この、アーシェと名乗る女に。
何が目的かは分からない。
ただ、嫌な予感がする。
この世界を丸ごとひっくり返してしまうような、恐ろしい予感。
血が、止まらない。
こんなことになるなら、真面目に回復魔法の習得に励めば良かった。
朝日が昇り、広がる青空。
このまま、天に迎えられるなんて、まっぴらごめんだ!
「無駄だってばぁ!」
『ザクッ』
残酷な笑顔を浮かべる女はその剣で、回復魔法を掛けるゴードンの手ごと、胸を突き刺した。
「ガハァッ!!」
血を再度吐き出し、ゴードンは悶える。
そのゴードンを見下し、ゲラゲラ笑うアーシェ。
死にたくない、死にたくない。
テレジに、アデルに、ディールに、会いたい!!
「しぶといなあ、まだ生きている!」
剣を引き抜き、高く掲げるアーシェ。
その笑みを、邪悪に、顔に刻む。
「これで最期よ。じゃあね【剣聖】君。」
その凶刃を、振り下げた。
瞬間。
『ガァキン!!!』
硬質音と共に弾かれる、アーシェ。
「な、何よ、あんたは……」
驚愕するアーシェ。
ゴードンも、目を見開き、驚く。
そこにいたのは“史上最強”
【戦場の死神】ディエザが、ゴードンを守るべくアーシェの前に立ち塞がった。




