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第50話 重ねる想い

高級宿の温泉から上がり、湯休み処で果実酒を飲みながら外の風景を眺める、ディール。

木や枝を編み込んで作られた椅子に座り、スラッとした浴衣を身に纏う。

その姿に、女湯から出てくる女性陣が色めき立つ。


「あ、あのぉ……。お一人ですか?」


貴族のような、二人の女性がディールに声を掛ける。


「いや。連れを待っている。」

「そ、そうですか。あの! その間、私たちとお話ししませんか!?」


尚も食い下がる二人の女性。

ディールはため息をついて、女性に、微笑んで伝える。


「大切な人を待っているんだ。すまないが、貴女達と共にするわけにはいかない。」


その笑顔に、顔を赤らめポーッとする二人の女性。


「す、すみません。貴方に素敵な一時と祝福が訪れることを祈っています。」


二人は、ディールと会話出来たことをキャイキャイ言いながら離れて行く。

改めて、一人となるディール。


風景を見て、口当たりの良い果実酒を味わう。


それでも。

それでも!


気持ちは落ち着かない。

さっきから心臓は高鳴り、喉はカラカラに乾く。

色とりどりの風景が、まったく頭に入ってこない。


脳裏に浮かぶのは、ユウネだ。


その笑顔。

その姿。

その表情。

その唇。

その胸元。


ダメだ!

ディールは、自身の奥底から湧き出る歪な、邪な、感情を抑えようと果実酒を煽る。

それよりも、さっき声を掛けてきた人たちにオレは何て言った!?


“大切な人”


顔を赤らめ、伏せるディール。


「お待たせ。……ディール。」


心臓が飛び跳ねた。

その声は、待ちわびた、人。


ディールが振り向くと、そこには鮮やかな桃色に薄い水色の模様が描かれた浴衣を纏うユウネがはにかみながら佇んでいた。

湯上りで、顔を火照らせるユウネ。

潤む瞳が、その可憐さを際立たせる。


潤したはずの喉が、乾く。

ゴクリと唾を飲み込む、ディール。


「い、いや。オレもさっき出たばかりだ。」

「そ、そう? なら良かった。」


二人は顔を赤らめて、目を伏せる。


「まだ外が明るいから、湯冷ましに少し、散歩でもするか?」

「う、うん。」



二人は高級宿の外に向けて歩き出した。


隣り合う二人。

会話はなくとも、音が響く。


自分の、高鳴る心臓の音が聞こえる。



温泉郷ヒルーガの夕暮れ。

オレンジに染まる空の下、立ち上る硫黄臭の湯気に、街並みを闊歩する浴衣の人々。

屋台は活気に溢れ、湯上り客を相手する。


ディールは、何も言わずユウネの手を握る。

一瞬、身体をピクンと震わせるユウネ。


「逸れると、いけないからな。」

「うん。……いつも、ありがとう。」


メイスの町のように。

初々しいしく二人は手を繋いで歩く。


石畳のような通路に、黄色と赤色に染まる山々と、清流の音。

活気あふれる人々の声との、アンバランスさ。


全てが新鮮に映る。

それでも、意識は、隣を歩く“大切な人”に向けられる。


当てもなく、ただ、歩く二人。

それでも良い。それが良い。

掛け替えのない、二人きりの時間なのだから。


「キャッ!」


慣れない浴衣に、草履のような履物。

石畳のわずかな隙間に足を取られ、思わず体制を崩すユウネ。


「大丈夫か?」


そんなユウネをしっかりと支えるディール。

ユウネは、ディールの腕にしがみついてしまった。


思わず見つめ合う二人。

頬は赤、オレンジの空の色と混ざり、黄昏の色が二人の顔を染める。


ディールの、太い腕。

ユウネの、柔らかな胸。


二人の心の鼓動は、破裂寸前だった。


「ご、ごめん……ありがとう、ディール。」

「この恰好、涼しげで良いが……流石に慣れないからな。お互い気を付けよう。」


常に自分を気遣ってくれるディール。

その想いが、心に染みる。


『もっと積極的に、ね!』


スイテンの言葉が、響く。

ユウネは、一度目をギュッと瞑り、そして目を開ける。


「ユ、ユウネ……大丈夫か?」


焦るディール。

ユウネは、ディールの腕にしがみついたままだ。


「えっと、その、何か…こうやって歩いている人もいたから、その、真似してみたけど、どうかな?」


我ながら苦しい言い訳だ。


『腕を組んで歩いてみたい。』


そんな事を言ったら彼は幻滅するかも。

だけど、さっきすれ違ったカップル。

腕を組み、楽しそうに、幸せそうに笑い合っていた。


あんな風に、なりたい。


偶然にも転びそうになり、思わずそのような体勢となった。

このまま、このまま居たい!


「ユウネが良ければ、オレは構わないよ。」


真っ直ぐ前を見て、呟くように言うディール。


胸の高鳴りが、止まない。

だけど、凄く温かな気持ちになる。

ドキドキする胸と、ふわふわとする胸と。

胸は高鳴るのに、何故か、落ち着く。


恥ずかしい。けど、嬉しい。

真っ赤になって、そのままディールの腕にしがみつくユウネ。


「もし、邪魔なら言ってね。すぐ離れる、から……。」


(ディール)と離れたくない。

ずっとこのままで居たい。



「邪魔なもんか。何か、これなら絶対に逸れる心配がないからな。」


彼女(ユウネ)と離れたくない。

ずっとこのままで居てほしい。



そのまま二人は歩みを進め、薄暗くなっていくヒルーガの町をしばらく堪能するのであった。



――――



「夜景も綺麗だね。」


高級宿に戻り、食事を終えて部屋で寛ぐディールとユウネ。

仲居に勧められた、紅茶にブランデーを少し混ぜ、それを味わいながらヒルーガの夜景を眺める二人であった。


「ああ。本当に贅沢な時間だ。」

「ディールのおかげだよ。本当にありがとうね。」


ここしばらく、贅沢と非日常的な暮らしをしてきた二人。

この部屋から見える夜景は、その集大成とも言えるべき美しさを醸し出している。


「明日は、どうしようか。」

「まずは御者の皆に明日と明後日を過ごしたら予定通り出発することを伝えよう。後は、自由だな。」


頷くユウネ。


「私、川のほとりの雑貨屋さんに行ってみたい。」


宿の従業員から教えてもらった、アクセサリーを専門に扱う雑貨屋。

可愛らしい小物も多く、女性に人気とのこと。


「ああ、行ってみようか。」

「ディールは、そういうお店って嫌じゃないの?」


可愛らしい小物の店だ。

男性たるディールは嫌なのでは。


「いや、平気だよ。姉さんも幼馴染も、そういった店が好きだったからな。」


ディールの姉は、グレバディス教国で修行している、ユウネと同じ【神子】だ。


そして幼馴染のナルという娘。

ディールと、一つ屋根の下で過ごした、兄妹のような関係の幼馴染。


ディールが【加護無し】と判明し、村人の殆どに命を狙われる中、身を挺して守ってくれた唯一の女性だったというのだ。



その事を思い出し、胸が痛くなるユウネ。

ディールが追われたことに対する悲しみ?



……違う。これは、嫉妬だ。



(ユウネ)の知らない、ディールの一面。


ディールの事が好きだと意識してから、特に強くなる、嫉妬心。



「……私が、ナルさんならよかった?」


思わず口が滑る。

我ながら、何が言いたいのやら。


「意味が分からないな。」


ディールは怪訝そうな顔でユウネを見つめる。

ユウネは顔を俯かせ、呟くように伝える。


「その、ディールは、ナルさんの事が好きじゃないの?」


たぶん、ナルという幼馴染は、ディールの事が好きなのだろう。

話を聞く限り、それは確信するには十分だった。


もしかすると。

ディールも、その幼馴染を想っているかもしれない。


それならばユウネは、二人を引き裂こうとする、ただのお邪魔虫だ。


『私の気持ちに気付いて欲しい』

『同じように好きになって欲しい』


そんな独り善がりな欲求で、二人を引き裂く女。


何て醜いのだろう。


何て嫌らしいんだろう。



ディールが、幼馴染ナルが好きならば、その気持ちを優先させてあげよう。


ディールユウネは、グレバディス教国までの関係でいよう。




ユウネのこの恋心は、ここでお終い。




涙が、出そう。



泣くな。

ここで泣いたら、優しいディールは手を差し伸べてしまう。


泣くな。

涙で、優しいディールの気を引いてはいけない!



唇を噛みしめるユウネに、ディールは呆れたような声で答える。


「それは、無いなぁ」


「え?」と思わず呟いてしまう、ユウネ。


「ナルとは、小さい頃からずっと一緒で本当の兄妹のように育ったんだ。だからかな?そういう気持ちでナルを見たことは無い。だけど……あの日、助けてくれたのは、嬉しかったな。」


チクリと、胸が痛む。


そうだ。

彼女は、命を賭してディールを守ったんだ。

そんな彼女の想いを、私が踏みにじるわけにはいかない!


「そうよね。命懸けでディールを守ってくれたんだ。凄く素敵な人だよね。」

「ユウネも、な。」


思わず顔を上げるユウネ。

真っ赤になって外を見るディール。


「スイテンのゴーレムにやられそうになったオレを、ユウネが守ってくれた。」


その言葉に、ユウネは目を見開く。


「不甲斐ないオレを守ってくれた。あんな凄い魔法で、敵を倒そうとしてくれた。」

「そ、そんな事!」

「ユウネも、命懸けでオレを守ってくれたんだよ。」


微笑みながら答えてくれるディール。


「あ、あの時は必死で! まさか、スイテンさんが言うような危険な魔法だって思わなかった!」

「それでもオレを守ろうとしてくれたんだ。本当に嬉しかったよ。」



ああ、ダメだ。


もう、ダメだ。


この笑顔、目が離せない。



さっきまでの決意は、なんだったのか。

心が、身体が、全てがディールを愛しく思う。


離れたくない。

奪われたくない。


この気持ちを、失いたくない。



今、ユウネはどんな顔をしてるのだろうか?

たぶん、凄く、情けない顔をしているんじゃないかな……。



頬を赤く染め、目を潤ませディールを見つめるユウネ。

高鳴る心臓は、破裂寸前だ。


静かな空気。

うっすらと灯り輝く、夜の町。

風になびく木々の音。

更々と流れる、清流。


ディールとユウネは、見つめ合う。


「ディール……」


“好きです。”

そう言ってしまいたい。


口が、勝手に、言ってしまいそうだ。


だけど言えない。

この関係が、崩れるのが、怖い。

関係が崩れ、一緒に居られなくなるのが、怖い。


どうしようもなく、怖い。


初めて人を好きになり、初めてこの人を失うことが、怖いと感じる。



どうしようもなく、愛しくて、怖い。




「ユウネ……」


“好きだ。”

そう言ってしまいたい。


だけど、いつか別れがくる。

仮に今結ばれても、この旅の終わりには、別れが待っている。


一時の感情に流され、離れがたくなった先に、何が残るのだろうか。

その別れを、果たして耐えられるのだろうか。


どうしようもなく、怖い。


初めて人を好きになり、初めて結ばれることが、怖いと感じる。



どうしようもなく、愛しくて、怖い。




「ユウネ……」

「ディール……」


お互いの名を紡ぐ。

静かな夜。


目を潤ませるユウネ。

真剣な眼差しのディール。



言ってしまいたい。


「好き」だと。

「愛しい」と。



“愛している”、と。



二人しかいない。

二人だけの時間。



ディールは、あの日のように、右手をユウネの左頬へ近づけた。


ユウネは、動かない。


そっとユウネの頬に触れられる、ディールの大きな手。

そこに、重ねるようにユウネは自分の左手を添える。


見つめ合う二人。


ディールの手のひらは、そのまま、ユウネのうなじへと回る。

ユウネの手のひらは、そのまま、ディールの肩に触れる。


ユウネは、目を細め、そして、瞑る。

唇も閉じ、首をゆっくりと上げる。


ディールは一つ息を飲み込み、目を瞑るユウネを見つめる。

同じように目を瞑り、唇をユウネに近づける。



静かな夜。

二人だけの夜。

聞こえるのは、鼓動の音だけ。




二人は、唇と唇を重ね合わせた。




重なった唇を、少しだけ離す。


聞こえる息遣い。

熱い吐息。


「……お願い。もっと、して。」


目から涙を零すユウネの、静かな呟き。

その呟きに合わせるように、再び唇を重ねあう二人。


舌で、唇に触れる。

同じように、舌が、唇を触れる。


そっと離れる、互いの唇。

熱い息遣いの後、もう一度、口づけをする。


誰かに聞いたわけでもない。

教えられたわけでもない。


お互いを求めるように、舌が、自然に絡む。

唇が、お互いを、貪る。

吐息が、漏れる。



離れては、また重なる。

何度も、何度も。


不器用な二人は、不器用に、ただ唇を重ね合わせる。

二人だけの時間が、ゆっくりと過ぎていく。




「ユウネ。」

「なぁに、ディール。」



「好きだ。」

「……私も貴方が、好きです。」



「寝ようか。」

「うん。」



どれほど唇を重ね合わせたのだろうか。

まだ、まだ、足りない。


二人は抱き合い、何度も唇を重ね合わせながら眠りにつくのであった。

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