第5話 ”3年前”【神子】前夜
「いよいよ明日、アデルの覚醒の儀か。早いものだ…。」
冷えたエールを飲みながら、村長はしみじみ言う。
「これも、村長や奥様。おじ様におば様。ナルちゃんやオーウェン先生、それに村のみんなのおかげです。」
村長の妻が淹れた食後のハーブティーを一口飲み、アデルが答える。
「明日には休暇を取った兄も来てくれるそうです。兄には至らないと思いますが…どんな加護がついても私は精一杯、受けた御恩をお返ししようと思います。」
そんなアデルの宣言に夕食に呼ばれた”先生”が愉快に笑う。
「はっはっはっ!さすがに聡明なアデルちゃんも緊張しているねー!」
夕食のご招待でお土産に持ってきた樽からエールを注ぎ、グビグビと飲みながらオーウェンは言う。
「先生、飲みすぎです。」
そんなオーウェンを窘めるナル。
「まぁまぁいいじゃないか、ナル。先生がお越しになって4年。一番の教え子のアデルがいよいよ儀式を受けるんだ。先生だって緊張しているはずだよ。」
そう言って、同じように樽からエールを頂戴するナルの父、次期村長のナバールである。
「先生が、緊張ぉ?」
ナルだけでなく、アデルも怪訝そうな顔でエールを煽るオーウェンを見る。
緊張の「き」の字も感じられない。
「あははは、ボクなんかよりもナルちゃんの方が緊張しているみたいだねー。」
そう言って茶化すオーウェン。
実際、ナルは緊張している。
「そうよー。ナルもディール君もあと3年後には儀式なんだから。それまでしっかり学ばないとアデルちゃんみたいに立派になれないからねー。」
と、おっとりと返すのが、ナルの母。
「もう!母様まで!」
「ふふふ、ありがとうナルちゃん。私は大丈夫だから安心して。」
ハーブティーを飲み干し、微笑んで伝えるアデル。
「あれ、そう言えば…ディール君はどこかしら?素振り?」
ナルの母がふと言う。
「さっき素振りしてくると言って外に出て行ったぞ。」
答える村長。
ディールの素振りの日課は夕食後も行っている。
いつものことであるが…
「…ちょっと、私見てくるね。」
そう言って、ナルは席を立ちあがった。
「……」
それを見送る、大人5人とアデル。
「…青春だねぇ。」
ボソッとオーウェンは呟いた。
外。
すでに暗闇が覆っているが、今日は満月。
月明りで辺りが見渡せる。
「…ディール?」
いつもディールが素振りをしている村長宅の裏手側に来たが、素振りをするディールの姿はない。
「…ナル?」
声がしたのは、そこから数メートル先の、河原のほとり。
そこでディールは木刀を置き、石に腰を掛けていた。
「そんなところに居たの。日課の素振りは終わったの?」
「あぁ…」
ディールの隣に、ナルが座る。
静寂。
川の流れる音。
羽虫の鳴き声。
最初に口を開いたのは、ディールだった。
「いよいよ明日なんだ…って思ってね。」
「アデルちゃん、ね。きっと凄い加護を授かるわよ。」
それに答えるナル。
珍しく、ディールがこんなに塞ぐなんて…
アデルも天才だった。
オーウェンが教える魔法講義を誰よりも理解し、加護を授かる前だというのにいくつかの魔法を扱えるようになっていた。
この世界では、身体に宿る魔力を媒体に、自然エネルギー【魔素】と共鳴することで発現できる奇跡【魔法】が存在する。
魔法は、敵を穿ち、味方を守り、癒し、さらには魔法を圧縮して武具に宿す「付与魔法」などあり、または火をくべ、水を生み、風を呼ぶなど利用することで生活を豊かにするなど、多種多様に存在する。
魔法は、剣術や体術と同じく、誰でも訓練と知識を経ることで扱うことが出来る。
そして魔法は7つの属性に分けられる。
「火」「水」「風」「雷」「土」
これらを『五体系』と言い、
「光」「闇」
これを『二体系』と言って区別する。
この7つの体系こそが魔法の『7属性』である。
誰しもこの七つの属性を扱うことができる可能性あるが、当然ながら生まれ持った才能や生活などにより向き不向きがあり、習得に差が生まれる。
その上、加護は基本的にこれら7属性がベースとなることが多い。
基本的に、魔法は加護を授かり自らの「ステータス」を表示できるようになったところで、向き不向き含め、魔法を発現できるようになる。
だが時折、加護を授かる前にも魔法を発現できる者が稀に存在する。
そういった者が加護を授かったとき、より強力な魔力・魔法に目覚めるケースが多い。
しかし、これには一つ欠点がある。
加護を授かる前に習得・発現できた魔法の属性が得られた加護とは相性の悪い属性であった場合、加護前と加護後のそれぞれの属性魔法が反発しあい、結果、本来の力の半分も出せない状況に陥る可能性すらある。
ちなみに、アデルはオーウェンの影響もあるのか『水』の属性が非常に得意であった。
通常の加護で『水』を授かった大人よりもその扱いが長けているほど、一辺倒である。
「うん、アデルちゃんは大丈夫。授かる加護もきっと『水属性』じゃないかな?加護前なのにあれだけ水の魔法をバンバン打てる人が、水以外あり得ないっていうか…」
たぶん、ディールはそのことを心配しているのでは、とナルは思った。
しかし、ディールが塞ぎこんでいるのは、別の理由だった…。
「…姉さんは加護を授かった後も、この村に残るだろうか。」
その言葉で、ハッとした。
そう、兄ゴードンのように、村を去ってしまうのではないか、と。
「それは…。」
ナルは言葉が出ない。
優秀な加護であればあるほど、こんな田舎ではなく、それこそ連合軍に入り四大公爵国の国防に従事することだって不思議ではない。
むしろ、アデルのような優秀な人材なら尚更だ。
ナルは何も言えない、何もできない自分が不甲斐なく思った。こういう時、何て声を掛ければ良いのか…。
その時。
「それはアデルが決めることだ。もしアデルがこの村を出ることになっても、ディールは大丈夫だよ。」
ディールとナルは驚き、声のした方へ向いた。
そこには、1年ぶりに戻ってきた、ディールやアデルの兄、ゴードンの姿。
「兄さん!!!」
「ゴードンさん!」
二人は立ち上がり、ゴードンのもとへ駆け寄った。
「ただいま、ディール、ナルちゃん。」
屈託のない笑顔で応えるゴードン。
「明日帰ってくるとばかり思っていた…」
「いや、早く可愛い弟や妹に会いたくてね。途中から走ってきた。」
そう答えるゴードンに、ナルは呆れる。
「走ってきたって…確かに夜は馬車は運行していませんけど…」
あはは、と笑うゴードン。
そして、大きな右手でディールの頭を優しく撫でる。
「ディール。お前は大丈夫だ。もしアデルがオレみたいに村を出ることになっても、お前はやっていける。」
「…」
「オーウェンが褒めていたぜ?オレなんかよりもディールはずっと才能もあるし、努力しているってね。」
その言葉で、ディールは顔を上げる。
「例えどんな困難があっても、前を向いて、諦めない奴がこの世で一番強い。ディールは、そういう奴だ。」
ディールはグッと右手の拳に力を込めた。
「それに、どうあろうと決めるのはアデルだ。だから、その決定を尊重しよう。オレ達は家族なんだから。」
その言葉で、ナルは思った。
ゴードンは、アデルの覚醒の儀が心配で来たのは確かだろう。それ以上に、心配だったのはディールだったのだと。
『家族なんだから』
その言葉に、幼いころからずっと一緒で、4年前から一つ屋根の下で暮らすようになったディールに、思いやりのある言葉を投げかけられなかった自分の未熟さと思いの弱さに、少し後ろめたい気持ちもある。
しかし、これだけは譲れない。
自分も、ディールの家族なんだから!
「ディール。もしも、アデルちゃんが村を出ることになったら…一緒に笑顔で送ろ?今の私やあんたのような暗い顔していたら…きっとアデルちゃん、心配するし後悔すると思うから。」
ナルも微笑んでディールに言う。
月明りに照らされるナルの顔を見て、ディールも微笑む。
「そうだよ…そうだよな!ありがとう、兄さん、ナル!オレがくよくよしたって仕方がない!」
ディールの微笑みと元気な声に、ナルは頬を赤らめた。
「よし…!オレ、みんなに兄さんが帰ってきたこと、言ってくる!」
そう言って、ディールは村長宅へ駆けていった。
「さぁゴードンさん。私たちも行きましょう。長旅でお疲れでしょうし、ゆっくりしていってください。」
ナルがゴードンにそう促す。
ゴードンはナルをジッと見ながら呟くように言った。
「なぁ、ナルちゃん…。オレさぁ、常々、ディールを任せられるのはナルちゃんしか居ないって思っているんだよね。ナルちゃんが良ければディールと…」
「なーーーにを言ってるんですか、ゴードンさん!!!!」
ナルは顔を真っ赤にして叫ぶ。
しかし、ゴードンはすまし顔で答える。
「そこは…お義兄さんじゃないのか?」
さらに顔を真っ赤にさせて、言葉にならない言葉を大声で叫ぶ、ナルであった。
全く…この兄妹は!!
その夜、アデルの覚醒の儀前夜祭から、戻ってきたゴードンを労う会へと移行した村長宅。
樽のエールを飲み干し、村長の息子ナバールの秘蔵の酒に手を付けたオーウェン。
調子に乗って一緒に飲む村長。
オレの酒がー!と叫びながらも一緒に飲むナバール。
ちまちまと飲みながら酒酔い3人を諫めるゴードン。
ディールがオーウェンから一本取ったことを、ナルから伝えられるゴードン。
全員驚き、そして思いきり褒めるゴードン。
そして「上層部に知られたら降格だ」と言われ悶えるオーウェン。
それを見て爆笑する、アデルとナル。
夜は更けていく。
翌日。
いよいよ、アデルの覚醒の儀である。
覚醒の儀を行う教会には、多くの村人が詰め寄った。
その先頭、村長一家とディール達である。
「では、準備はよろしいかな?アデル・スカイハートよ」
村の司祭が厳かに伝える。頷くアデル。
「よろしい。では、付いてまいれ。」
司祭は、教会の奥へ進む。この先に、覚醒の魔法陣があるのだ。アデルはディール達の方を向き、
「じゃあ、行ってくるね!」
と満面の笑みで答えた。
「あぁ、行ってこい。」
ゴードンも、微笑みながら見送る。
「アデルちゃん…大丈夫かな。」
ふと、ナルが呟く。
「こればかりは『神のみぞ知る』だからね。アデルは、確かもう水属性の魔法がバンバン打てるんだよな?」
その呟きに、ゴードンが答える。
そしてゴードンの問いに、オーウェンが答える。
「ま、本当に『神のみぞ知る』からねー。ただ、ガルランド公爵国は『水の龍神様』を祭っている国。水属性の加護持ちが多く誕生する地でもあるから、大丈夫な可能性の方が高いよね。」
「そうだな…。」
ゴードンは肯定する。
オーウェンとゴードンは3つ歳が離れているが、親友同士なので敬語は排している。
「え、水の龍神様…?」
「あー、ナルちゃんはまだオーウェンからその話を聞いてないか。五体系や二体系に関する話でもあるし、今度聞いておくといいよ。ディールもな。」
そういうと、ゴードンはディールの頭に手を乗せた。
「ディールは魔法講義が苦手だから理解できるか心配だなー。」
と、ナルは茶化す。
「なんだと、ナル!」
「ほらほら、静かに。待つのも覚醒の儀の大事な流れじゃ。アデルに素敵な加護が授かることを祈ろう。」
そう言って諫める村長。
しばしの時間。
教会には、村長一家とディール達。
さっきまで一緒だった村人たちは一旦帰った。
覚醒の儀で待つのは主に家族や近しい者などで、他の者はせいぜい見送りであった。
しかし、何の加護を授かったかは、すぐに村人たちにも伝えられる。
そして、ついにこの時間がきた。
『ガチャリ…』と、覚醒の魔法陣がある奥の部屋へ続くドアが開いた。
通常、司祭と儀を受ける者が一緒に出てくるが…。
出てきたのは、アデル一人だけであった。
あと1話アップします。