表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
57/211

第46話 温泉郷ヒルーガ

サスマン市を出発し3日。

レリック侯爵家の専用馬車に揺られ、ディールとユウネは「水の神殿」のある、温泉郷ヒルーガに着いた。


「すっごい…」


ユウネが唖然とする理由。

あちらこちらから立ち上る硫黄臭のする湯気に、所狭しと並ぶ屋台、温泉宿の数々。

温泉街を歩きやすく改造された色とりどりの「浴衣」という服を身に纏う人々。


同じガルランド公爵国なのにも関わらず、異国のような情景に、目を輝かすディールとユウネであった。



「ディール様、ユウネ様。出立の際は前日までにお申し出ください。私たちは御者の宿にて、馬の世話をしながらお待ちしております。」


レリック侯爵家の妙齢の御者二人は笑顔で伝える。


「はい。ここまでありがとうございます。」


ディールは丁寧に返す。

「水の神殿」に着いたら、もしかするとしばらく滞在するかもしれないと伝えてあるからだ。

早速ディールとユウネは、ソマリから教えてもらった「オススメの素敵な宿があるです!」の宿へ足を運んだ。



――――



「すっごい…」


本日、二度目の“凄い”が出たユウネ。

ソマリが教えてくれた温泉宿は、ヒルーガ一等地に立つ貴族御用達の宿であった。

メイスやサスマンで宿泊した貴族専用宿では無いが、一目で高級宿だと伺える。


「…本当にこんなところに泊まるの!?」


焦るユウネ。

だが、金は潤沢にある上、まだ手持ちの換金素材は大量にある。

それに美味しい紅茶とケーキで笑顔を綻ばせたユウネの、あの幸せそうな笑顔をまた見たいと思うディールであった。


「ああ。また足りなくなれば換金すれば良い。それにオレ達はハンターだ。いざとなれば、依頼や狩猟をして金を稼ぐだけさ。」


そう言い宿の中に入るディール。

慌てて後を付けるユウネであった。


「いらっしゃいませハンターさん。」


艶やかな浴衣とエプロンを付けている受付嬢が、ディールとユウネを見ると一瞬怪訝そうな表情をしたが、すぐ笑顔で対応した。

だが「ハンターさん」と思わず口走った。


言外に「ハンター風情が泊まれるような宿じゃないぞ」と言っているのだ。


だが、意に介さないディール。


「こちらは二人だ。二部屋で、そうだな…最低4泊はしたいが。」

「あのぉ…当宿はハンターさんが使うような個別部屋の用意はしていないんですよ。お二人で一部屋なら大丈夫ですが。」


思わぬ宿のルール。

焦り、硬直するディール。


「あ、でも、男女の方々が同室でも大丈夫のように、仕切りのある部屋はご用意できますが~。どうします~?」


節々にハンターを馬鹿にしているような物言い。

少しカチンとくるディールとユウネであった。


「それで構わない。一部屋に2人。4泊で幾らだ?」

「一泊朝食と夕食が付いてお一人様金貨1枚です。お二人様で4泊なら、金貨で8枚ですねー。」


あまりの金額に息を飲むユウネ。

さすが、貴族御用達の高級宿だ。

“どう?ハンター風情が泊まれる宿じゃないでしょ?” と顔に描いてある受付嬢に、平然とディールは、


「じゃあ、これで十分だな。釣りはいらないから取っておいてくれ。」


ストレージバックから大金貨を1枚取り出した。


ギョッとする受付嬢。

まさか、ハンター風情が大金貨を、それもストレージバックから小銭を取り出すような感覚で出すなんて!

しかもお釣りはいらない!?


「言ってなかったが、こちらに訪れたのはレリック侯爵家のソマリ嬢からの紹介だからだ。見た目で判断するような低俗な宿なら、別の宿でも構わないし、ソマリ嬢にもありのまま伝えるだけだ。」


目の前の大金貨、以前宿泊された隣国の侯爵令嬢の名。

ディールの言葉に先ほどまでの態度とは打って変わって頭を盛大に下げる受付嬢。


「大っ変!失礼しました!少々お待ちくださいませ!!」


そして大慌てで奥へ行き、一人の妙齢の女性を連れてきた。


「この度はレリック家ソマリお嬢様のご紹介でご宿泊いただけるとのことで大変光栄でございます。そしてこの従業員が大変失礼な態度を取ってしまったこと、当宿の代表者として心よりお詫び申し上げます。」


どうやら、この宿の女将のようだ。

カウンターから出てきて、ディールとユウネに深々と頭を下げる。

その後ろで、先ほどの受付嬢も頭を下げる。


これは……バツが悪い。

妙齢、だが美しさと品のある年上女性にここまで深々と謝罪されることに慣れていないディールは盛大に焦るのであった。


さすが温泉郷の最大手宿。

接客にてクレームに発展しそうな案件は、即座にトップが対応する。

まだ年齢の若いディールもユウネも逆に恐縮するばかりであった。


「いや、いいんだ。ソマリお嬢様から非常に素晴らしいとご紹介くださったんだ。こちらこそよろしく頼む。」

「ご容赦いただき恐縮です。ゆるりとお寛ぎください。さぁ、案内して頂戴!」


女将は案内係に催促し、ディールとユウネを部屋に案内する。



――――



「すっごぃ…」


本日三回目のすっごい。

部屋に案内されたユウネは思わず声を漏らした。


宿の三階、つまり最上階の一番奥の部屋。

外に見えるのはもうもうと煙を上げる湯気に、赤や黄色に色づく木々に覆われた山。

山と温泉街の間に流れる、清流。


宿泊費は一般客と同じだが、レリック侯爵からの紹介とのことで、一番眺めの良い部屋が宛がわれた。

部屋も2部屋に別れていて、間に仕切りがあるので男女が別々に寝るには特段困らなさそうだ。

奥の部屋には、この階までくみ上げられた温泉がかけ流しで入れる、良い香りのする材木で作られた湯舟に、シャワールーム。

普段は共同であるはずのトイレも、部屋に備わっていた。


まさに貴族御用達!

一泊金貨1枚は伊達でなかった。


「今日はゆっくりと温泉で休んで、明日は早速 “水の神殿” へ行ってみよう。」

「賛成!」


出された紅茶を味わいながら、ディールの提案にユウネも同意する。


―ああああ~。いよいよ明日かぁ。嫌だなぁ……―


ヒルーガに到着してから、ずっとブツブツ呟いているホムラ。

だが、呟くだけで特段記憶が戻ることは無かった。


「いい加減諦めろよ。そもそもホムラの封印が解けるかもしれないから、ここに来たんだぞ。」


―分かっているわよぉ…。はぁ~~―


何が一体憂鬱なのか。

だが、それも明日判明するかもしれない。


むしろディールとユウネは楽しみであったりする。

何故なら、このガルランド公爵国の守り神である“水の龍神様”に会えるかもしれないから、だ。


その名は『任侠道』曰く、【碧海龍スイテン】


出会えるのか。

それとも出会えないのか。


いずれにせよ、ホムラは“水の龍神”に会う必要があると言う。

明日、水の神殿に入れば、分かることだろう。



「さて、温泉行ってみるか!」


紅茶と菓子を一通り味わい、ディールはユウネに伝えた。


「うん!でも…」


ユウネは頬を赤らめ俯く。

案内係、それに先ほど部屋に来て紅茶を淹れてくれた仲居が言っていた言葉。

『温泉に行くなら、浴衣をお召しになってください。』


今、ディールとユウネの前には、それぞれの浴衣が並ぶ。


男性用は、5種類。

女性用は、50種類。

この中から、気に入った色合いのものを選んだのだが…。


「どうやって着ればいいんだ…」


厚手にしてはヒラヒラとする布地。

浴衣という服自体には、ボタンも縛り紐も無い。

代わりに「帯」を巻くのが正しい着方のようだが。


「はだけるよなぁ…。」


ディールは上手く着られる自信が無い。

何より、この浴衣を纏ったユウネを想像すると…。


(ダメだ!考えるな!)


邪な想像がよぎる。


「お客様、失礼します。」


良いタイミングで、仲居がやってきた。


「浴衣のお召し方でお困りでは無いかと思いまして。如何ですか?」

「「お困りです!」」


声を揃えて仲居に伝える、ディールとユウネであった。



――――



「おおっ、これが浴衣か……」


着方をレクチャーしてもらい、浴衣を身に纏うディールは思わず感嘆した。

思ったほど着崩れがなく、むしろ安心して身に纏える。

何より、湯気の所為か全体的に蒸し暑い温泉郷ヒルーガで過ごすには丁度良い着心地だ。


「ど、どうかな、ディール」

「あ、あぁ……凄く似合っているよ。」


ユウネも浴衣に着替えた。


ディールは薄灰色の浴衣。

ユウネは黄色にピンクの花びら柄の浴衣だ。


先日、ソマリに着させてもらった貴族風ドレスを脱いだ後に「記念です」と言って渡された華型の銀の髪留めも付けている。

その可愛らしさに思わず唾を飲み込むディールであった。


―本当にいいなー!私も着たいー!―


騒ぐホムラ。

どうやらこの浴衣の形状が大層気にいった様子だ。


すると、突然。



【ホムラの封印30から封印31までを解除しました。残り、68。】



例の、女の声。


「おいおい…一体なんで今なんだ?」


呆れ声を挙げるディール。

その声に、ユウネも気付く。


「ホムラさんの封印?」

「ああ。今度は何がきっかけで封印解けたんだよ?」


―私が聞きたいわよ!!―


【碧海龍スイテン】の名を聞いてから、うんうん唸っていたが、一向に封印が解けなかったホムラ。

それが温泉郷にて、浴衣が羨ましい!と騒いだ途端、解ける封印。


「この封印を施した “龍神” 様って、適当なのかもしれないな。」


思わずそんな感想を述べてしまうディールであった。


―私もそんな気がしてきた。一体どんな恨みがあって可憐な私にこんな仕打ちを……―


またブツブツ言うホムラ。

あえてつっこまない、ディールとユウネであった。


「ところで、今度はどんな封印解除だ?」


本題。

ディールが尋ねる。


―そうそう!聞いてよ!何と『神殿』の深部への入り方を思い出したのよ!―


「神殿の、深部!?」

「それって……まさか、龍神様のいらっしゃる場所だとか!?」


ディールとユウネは驚愕する。


―そう!それも全部の神殿に共通するみたいなの。原理は聞かないでね!私にも分からないから!―


入る方法は分かったが、それがどうしてかは理解できていないようだ。


「で、どうやって入るんだ?」


―各神殿に、鍵穴があるみたいなの。そこに私を刺して…そうだな、“熱纏” でも“炎刃” でも、何でもいいから発動させればOKみたい!―


それで、深部に行けるようだ。

“炎刃” とは、先日解けた封印で使えるようになったホムラの新たな能力である。

タイミングが中々掴めず、ディールはまだ試していないが…どこかにで試したいと思っていた。


「どうしてそれで……って原理が分からないって言っていたな。」


―そう!とにかくそれで入れるみたいなの!で、深部には……奴がいるのよ。―


奴。【碧海龍スイテン】が居る。

益々、実在すると期待するディールとユウネであった。


「でも……」


ユウネが思案顔で呟く。


「ん?」

「もし、さっきその封印が解けなければ…龍神様に会えず神殿の中をウロウロすることになったのかなぁ」


その言葉に、ディールもホムラも絶句する。

まさに、その通りだからだ。


―そ、それは私がきっとスーパーパワーで封印を解除して、何とかなったのよ!―


「そ、それもそうですね!」


無理矢理納得するしかなかったのだ。



――――



「あ~~、気持ちいい…」


宿の温泉。

巨大な岩の隙間から湯が流れる中、大理石で出来た巨大な湯舟に浸かり思わず声を挙げるディール。

ユウネは隣の女湯に入っているため、ここにはディール一人だ。

ホムラは部屋に置いてきた。

一応会話は出来る範囲だが、ゆっくりしたいため黙っていてくれと頼んだ。


くり抜かれた壁の外には、先ほど部屋から見えた美しい山と清流が見える。

心地よい温度と、柔らかなお湯。


貯めた湯に浸かるという習慣が無いディールであったが、これはこれで有りだと思った。


ゆっくり目を閉じ、今までの事、これからの事を思い浮かべる。

そして、そこには必ずユウネが傍に居るのだ。


「……完全に」


惚れた。


だが、それを口にするのは恥ずかしい。

バシャッと湯に潜り、顔を出す。


ユウネの旅は、グレバディス教国までだ。

彼女は【神子】

グレバディス教国の教皇に祝福を受け、修行するのが習わし。


だが、ディールの旅はまだ続く。

ホムラの、記憶を取り戻す旅。


別に、最後まで付き合う必要はないのだが、謎の“意思のある魔剣”ホムラが、どうしてあの魔窟に封じられていたのか、100ある封印が全て解き放たれた時、彼女は何を語るのか。

その興味と好奇心が、勝る。


ホムラの旅は、グレバディス教国のさらに北、バルバトーズ公爵国の最北端にあるという未踏の地。

そこには、かつて【黒白の英雄セナ】が“光の龍神”と“闇の龍神”から魔剣授与をされたという伝説の神殿がある。


その名も、【黒白の神殿】


恐らくそこが最終地点なのだろう。

どうやって行けば良いか、まだ分からない。

どのくらい時間が掛かるかすら分からない。


ただ、【加護無し】というこの世界で落ちこぼれの烙印である自分の何度も助けになり、こうして戦う力とユウネを守る力を授けてくれているホムラに対し、その恩を返したいと強く願う。

それは、『任侠道』がバゼットに言った言葉。


『周りを見よ勇者よ。お主の足跡により救われる者がいるのだ。それはお主自身も含まれる。もしそれでも足らぬと言うなら、今一度その身に受けた恩に報いるよう、恥じぬよう、生きれば良いだけのことだ。』


ホムラに対して、受けた恩に報いるよう、恥じぬよう、生きたい。


全てはあの日、ホムラと出会ったあの日からだ。

そのおかげで生き抜き、ユウネに出会った。

そして今、この場に居る。


全て、ホムラのおかげだ。


ユウネをグレバディス教国まで連れて行けたら、恐らくそこでユウネと別れるだろう。


だが、ホムラの封印を全て解放できたら。

その時は、必ずユウネに会いに行こう。


その時は……。


温泉の所為なのか分からないが。

顔を赤くするディールは決意するのであった。



――――



「はぁ、気持ちいい。」


反対側の女湯。

香りの良い木で造り上げられた巨大な湯舟に浸かり、思わず呟く。


隣の男湯では、きっと同じようにディールも寛いでいるだろう。


ふと、ディールの裸体を思い浮かべ顔を真っ赤にするユウネ。

その邪念を振り払おうとするが、思い起こされるのはサスマン市の宿での一件。


あの時、ディールは何を思い、自分の頬に触れたのだろうか。

真っ直ぐ自分の目を見つめる、ディール。


温かで、大きな手のひら。

それが優しく自分の頬を包んだ。


その時の事を思い浮かべ、そっと左頬を触れるユウネ。


あの時、自分は思わず、目を閉じた。

そして、全てをディールに委ねようとした。

もしあの時、ホムラが止めなければ…。


ボンッ!という音がするくらい顔を真っ赤にさせたユウネはお湯を顔に掛ける。


「ホント、どうなっていたかな……」


思わず、呟くと。


「いいねぇ、恋しているって感じで。」


ユウネに声を掛ける、女性。


濃い緑色の長い髪を束ねた、大きい黒目の女性。

際立つのは、その大きな胸。

口元の黒子が、その色気をさらに強まらせる。


ユウネも成人したての女性にしては、平均よりも二回りは大きいサイズであるが、目の前の麗しい女性は遥かに大きい。

細い腕に、お湯に浸かりながらもはっきりと分かるくびれ。


完璧美人!!


そんな言葉が脳裏に過った。


「貴女、恋しているでしょ?」


にっこり笑ってその女性は言う。


「え、ええ、え、そうです、か!?」


ドギマギして答えるユウネ。

「そうよ~」と言いながら、ユウネの近くに来るその女性。


「人間の女はね、恋をして、人を愛すると綺麗になるって聞いたの。」


妖艶な笑みを浮かべて、んー、と両手で伸びをする女性。


「今の貴女、とっても綺麗よ。」

「あ、あ、ありがとうございます……」


綺麗な人に、綺麗と言われて盛大に照れるユウネ。

そんなユウネを見てフフフ、と笑う女性。

どこかの貴族だろうか。

仕草一つ一つが、美しく、品がある。


「私も恋ってしてみたいわ~」

「え、そんなにお綺麗な方なのに……。男性なら放っておかないのでは?」


思わず告げる、ユウネ。

また、フフ、と笑って女性は言う。


「それがね~、私の身の周りにはじじぃか、シスコンか、チャラチャラした奴か、根暗しかいないのよー。もっと良い出会いがあればいいんだけどね、中々外に出られないから。」


この貴族っぽい女性、それなりに苦労しているのだな、と思うユウネ。


「でもそれだけお綺麗なら……。羨ましいです。」


ふと、ディールの事を想う。

もしこの女性がディールに興味を持ったら?

あれだけ恰好の良いディールである。

この貴族の女性がもし興味を持ってしまったら!?


そしてディール。

ユウネよりずっと綺麗で、スタイルも良い大人の女性。

コロッと落ちてしまうのでは!?

私が男なら、絶対、惚れる!!


心が警鐘を鳴らす。

ディールに、会わせてはいけない!!


だが、そのユウネの気持ちをまるで見透かしたように女性は笑う。


「ふふふ、そんなに心配しなくても大丈夫よ。」

「え、あ、えっと……」

「貴女の想い人を奪う真似なんて、しないし、出来ないわよ。」


少し寂しそうに呟く、女性。


「最も、貴女のような可愛らしい女性の想い人を取ろうなんて人は現れないと思うわ。それだけ、貴女は同性から見ても魅力的だから。」

「そ、そんな……私なんて!」


焦るユウネに、ニコニコ笑う女性。


「貴女はもっと自分に自信を持ったほうが良いかもね。貴女の想い人に、もっと積極的になったらどうかしら?」

「積極的、に?」


思い出す、サスマン市の宿での一件。

思わず、キスを求めてしまった、あの日。


ボンッ!

と音がするくらい真っ赤になるユウネ。

そして目の前がグルグル回り、あたりが暗く……。


「ちょっと!?貴女、大丈夫!?ねぇ!?ちょっと、ちょっとぉ!!」


女性の叫びが遠くの方から、聞こえ……る。



――――



「おい、ユウネ!大丈夫か!?」


目を覚ますと、そこは宿の温泉に併設された、湯休み処。

浴衣を着せられ、柔らかなソファに横たわるユウネであった。


「……ディール!」


バッと起きるユウネ。

だが、まだ眩暈がする。


「大丈夫か? 落ち着け。冷たい水だ。」


そう言ってディールはユウネに水を差し出す。

ゴクゴク、と喉を鳴らしながら水を飲み干すユウネ。


「ありがとう……ディール。」

「いや、驚いたよ。ユウネが女湯に横たわっていたのをお客さんが発見してくれて。宿の人がここまで連れてきてくれたんだ。」


そのディールの説明に、ふと、あの麗しい女性を思い出す。


「そうだ!あの人!」


きっと、あの人が助けてくれたんだ!


「ねぇディール!すっごい美人の女の人居なかった!?私、たぶんその人に助けてもらったの!」

「すっごい美人……?」


「あらやだ!美人だなんて嬉しいわぁ。」


そこに居たのは、頭がもじゃもじゃで、全身が樽のような妙齢の女性……というか、おばさんだった。


「あ、この人がユウネを発見して、宿の人に教えてくださったんだ。」

「ユウネちゃんって言うのね~。おばちゃんビックリしちゃったわよ。あんなところに倒れているんですもん!」


おばさんはゲラゲラ笑って言う。


「あ、あの……ありがとうございました。」

「いいのよ~。この素敵なディール君と一緒に居られたし、役得役得♪」


ハハハ、と乾いた笑いを浮かべるディール。


「じゃあ、ユウネちゃん目が覚めたからおばちゃんは退散するわねぇ。お二人さん、末永くお幸せに!」


そう言っておばさんは行ってしまった。



取り残される二人。

ユウネはすっかり良くなった。


「末永く、お幸せにって……」


思わず顔を赤らめて呟くユウネ。

その隣で真っ赤になっているディール。


ふと、あの女性の言葉を思い出すユウネ。



『もっと積極的になったらどうかしら?』



そんなの、無理だよ……。

俯くユウネに「大丈夫か!?」と心配するディール。



原因は、貴方、です。


……何て言えないユウネであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ