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閑話8 その後の、スタビア村

「ナルはまだ目を覚まさないのか…。」


頭を抱え項垂れるスタビア村の村長。

その隣で痛々しい表情を浮かべるナルの父親にして、村長の息子であるナバール。


ディールが【加護無し】と判明した、あの日から3日が経過した。

「勇者を生み出す村」としても「スカイハート家の奇跡」としても有力・有名なスタビア村で起きた、ディール・スカイハートの一件により、村全体がまるで喪に伏すように静まり返っている。


【加護無し】は、女神の寵愛を外れし者。

それは邪神もしくは邪神の眷属である証。

それが生まれた地には、災いが訪れる。


世界に広く浸透するグレバディス教の教義。

【加護無し】がどうして生まれるのか?

その一つの説であったものだが、ここ最近、それが真実であると強く唱えられ始めた結果、信じる者・信じない者の二分することとなった。

ただ【加護無し】自身が滅多に誕生しないため、この教義の相違によってグレバディス教国を二分するような結果には発展していない。


スタビア村のような、小さな一村の中で、それが『神童』と呼ばれ持て囃されていた人物でなければの、話である。


成人したての『神童』ディールが荒れ流れる大河に飲まれ、その姿を消して3日。


『そもそも本当に【加護無し】だったのか?』

『司祭の儀式に問題は無かったのか?』

『【加護無し】が災いを齎すというのは、最近唱えられ始められた教義の一つにしか過ぎない』


ディールの命を狙った司祭の言い分を疑問視する層。



『【剣聖】【神子】を生み出したスカイハート家に、誰かが呪いをかけた』

『司祭の言うとおりにしなければ、今頃『災い』にスタビア村が飲み込まれていた』

『最近唱え始められたが、ここまで急激に支持されるのは、それが事実だから』


ディールの命を狙って当然とする層。



緩やかに、確実に、『村長派』と『司祭派』に、村が二分されつつある。

表面上はまだ明らかにはなっていないが…


「お前は…成人したてのディールの命を狙うなんて、碌でも無しだな!」

「なんだと!?あのまま生かしていたら今頃村に災いが訪れていたんだぞ!」

「あれだけ神童だと持て囃していたくせに、いざとなったら見殺しにするなんて!司祭もお前らも同罪だ!」

「ディールを生かして、村人全員が犠牲になったかもしれないんだぞ!未然に防げたことを“きっと起きなかった”だと宣うお前らこそ、罪深い!!」

「なんだと!?」

「おい、やめろ!!」


その争いは、日を追うごとに大きくなってきた。


その原因の一つがナルである。


村人の殆どが、ナルの気持ちに気付いていた。


【翼獅子の剣王】という高位加護を持ったにも関わらず、ディールの成人を待ったこと。

多くの村人に命を狙われたディールを、身を挺して守ったこと。


だが、結果的には彼女の目の前でディールはその身を大河へと飲まれてしまった。


彼女の姿勢。

ディールを失った時の慟哭。


それを目撃したディールの命を狙った者の何人かは、自らの行いを恥じ、悔いた。

逆に、村長の孫娘が【加護無し】を守ったという事実に、憤りを感じる村人も出た。


彼女はその直後気を失い、まだ目を覚まさない。

彼女が目を覚まし、何を語るか。

それにより、どちらの層に付くのか決めかねている村人もいる。



そのどれもが、愚かしい事だと気付かずに。



――――


「…あ、れ…。私の…部屋…」


意識を失って3日目の夜。

ナルは目を覚ました。


「ナル!!」


村長、ナバール。

それにナルの母親も村長の妻も駆け寄る。


意識を戻した、愛しの娘、孫娘。

やつれ、目に隈を刻み、意識もまだ朦朧としているナル。


「みんな…どうしたの?」

「良かった…もう3日も目を覚まさなかったんだ…」

「おい、ナルに温かな飲み物を!」

「はい!」


大人達がバタバタ騒ぐ中、ナルは一言、呟いた。


「ねぇ…ディールは?」


その一言は、慌ただしく動く大人を止めるには、十分すぎた。


「ナル…落ち着いて聞きなさい。」


ナバールはナルの肩をそっと掴み、静かに告げる。


「…父様。ディールは?私ね、変な夢を見ていたの。」


目の焦点が合わず、淡々とナルは呟く。


「ナル、いいか…」

「ディールがね、あんなに凄いあいつがね、【加護無し】になるって夢。変なの。あいつ、あんなに頑張って、いっぱい村に貢献していたのに。あり得ない夢だった。ねぇ、もう儀式は終わったのよね?きっとゴードンさんやアデルちゃんに負けない加護を女神様から授かったんでしょ?」

「ナル、いいか、聞きなさい。」

「フフフ、おかしいよね。それによりもディールは?私、あいつが加護を授かったら一緒にフォーミッドへ行くって約束していたのよ。まさか、置いていくなんて事ないよね?でもいいの、もし先に行っても、どうせディールだし、どこかで迷って困っているわ。」

「ナル!ナル!聞きなさい!」

「私が…私が…ディールを助けなくちゃ…。早く準備を…」


「ディールは、死んだんだ!!!」


ナバールの叫びに、目を丸くするナル。

もう一度、静かにナバールは告げる。


「それは夢じゃない。ディールは【加護無し】だった。そして、大河に流れ、死んだんだ。」

「嘘…嘘よ…。」

「嘘じゃない。…ナルも、ディールを守ったんだ。だが、あいつは…」


「嘘よ!!!!」


ナルは叫び、ナバールの腕を払ってベットから飛び出した。

しかし、3日間も眠っていた。

足元がおぼつかず、すぐに倒れる。


「ナル!?」

「触らないでっ!!」


ナルはゆっくり起き上がり、ふら付きながらも自分の部屋を出て、隣のディールの部屋へ足を運ぶ。


「ディール…?」


部屋を開けるが、そこは、誰もいない。

彼の私物は、遺品としてまとめられ、ベットの上の布団はすでに片付けられていた。

そして、部屋の中心にあるテーブルの上には、綺麗な布に丁寧に包まれた物が置かれていた。

ナルは震える手でそれを掴み、布を解いた。


「待て、ナル…」


ナバール達が部屋に来た時は、すでに遅かった。

その布に包まれていたのは、あの日、折られたディールの白銀の剣の、刃であった。


それに触れ、指先から血を流すナル。


「ナル!?」


大慌てで部屋に転がり込み、回復魔法を掛けるナルの母親。

傷口はみるみる塞がるが、ナルの顔を見て呆然とする母親だった。


大粒の涙が頬を伝い、顔を顰めるナル。


「嘘よ…。嘘よ…。ディール…」



座り込み、号泣するナル。

その痛々しい姿に、ナルの家族は、目を背けるのであった。



――――


「村を出ます。」


次の日。

虚ろな目でナルは、はっきりと宣言した。


場所は村長宅隣の大屋敷。

ナルが目を覚ましたこと、ディールの一件の騒動は本当に正しかったのか、このままでは村が二分されることを懸念した村長の呼びかけで、村の実力者達や司祭、高官、それに連合軍から派遣されている幹部兵が集められたのだ。


その中で、ナルの意見を求められた際に出た、ナルの一言。


「い、いやナルお嬢様。そうではなく、ディールの一件、あなたは彼に与したと聞いていますが、それは事実でしょうか?」


村の実力者の一人が尋ねてきた。

彼は『司祭派』である。

村長の孫娘が、邪神の眷属である【加護無し】に与したとすれば、村長一派の発言力を削いでしまおうという考えからだ。


しかし、出た言葉は全く違うもの。


「待て!与したという言い方は適切ではないだろ!そもそも【加護無し】かどうかさえ、今となっては司祭の言葉しか証言出来る者がいない!高位神官の派遣を依頼し、儀式が適切に行われたか検証するのが先だ!」

「なんだと!何百…何千人もの儀式を滞りなく行ってきた司祭様を疑うというのか、貴様は!」

「そう言っているのではない!そもそも【加護無し】が災いを齎すなど、眉唾ではないのか!?貴様等こそ司祭の言葉が全てだと扇動され、才能溢れる若者の命を奪っただろ!恥を知れ!」

「貴様ぁ…穏便に済ませようとしていたところに…」

「何が穏便にだ!ディールの命を奪っておいて…」

「違う!あいつは自ら大河に落ちたのだ!」

「違わない!そもそも…」


「うるさいっ!!!」


喧々囂々となる面々を黙らしたのは、ナルの叫び。

全員、ナルを見る。


「うるさい!うるさい!うるさい!誰が、何を、そんなの関係ない!皆、間違っている!!」


ナルの叫びを、全員固唾を飲んで見守る。

そして、驚愕の一言を叫んだ。


「何で、誰もディールが生きているって話をしないのよ!皆、間違っている!!」


ナルは、未だにディールの生存を信じているのだ。

その言葉に、村長派も司祭派も呆れ、驚く。


「ナル様…いくらディールが剣の天才と言えでも…あの濁流の中生きているとは…」

「生きています。」

「仮に生きているとしても…あの先は魔窟だ。魔窟のどこかに打ち上げられたとしても、あそこには屈強な進化種や“二つ名持ち”もゴロゴロいるんだ。」

「生きています。」

「それに食糧は?ストレージバックを背負っていたように見えたが、それでも数日分だろう…いくらなんでも…」


「生きて、います!!!」


ナルは目に涙を溜めて、叫ぶ。


「誰も、ディールが生きているって信じられないなら!私がディールを探します!」

「ナ、ナル…しかし…」


『ズウゥン』


ナバールが言葉を発すると同時に、ナルの隣に巨大な獅子が姿を現した。

ナルの【加護】が生み出した、幻獣『翼獅子』である。

獣の名を冠する【加護】を持つ者は、自らの魔力を糧にその獣を召還することが出来る。

ただし、限度は魔力が尽きるまで。

獣によっては日に呼び出せる回数も決まっているのだ。


「ナル…?」


『翼獅子』は牙を剥き出しにし、ナバールや村人達全員を睨む。

まるで、ナルの感情がそのまま具現化されたようだ。


「ディールは生きている。そして、必ずゴードンさんの居るフォーミッドへ向かうはず。だから、私もフォーミッドへ行く。そこで必ずディールに会えるから。」

「何と…バカな事を…」


呆れた声を挙げた村人に、『翼獅子』が飛びかかってきた。


「う、うわぁ!!!」

「ナ、ナル様!おやめください!!」

「ナル!いい加減にしなさい!!」


強靭な幻獣『翼獅子』に成すすべなく、倒れ込む大人達を見下してナルは呟くように吐き捨てた。


「いいよ、そんな連中。」


その言葉で『翼獅子』は矛を収め、ナルの隣に座った。

獅子の顔を一撫でして、ナルははっきりと伝える。


「滅べばいいのよ、こんな村。【加護無し】が何よ。災いが何よ。あれだけ天才だ神童だ持て囃して、結果が伴わなければ手のひらを返して。で、今、こうして大人が雁首揃えて正しいだ正しくないだ。くだらない。反吐が出る。ここに居る皆もそう、どっちが正しいとか言っている人もそう。どっち付かずもそう。皆、滅べばいいのよ。」


生まれ故郷でもある、スタビア村とそこに住む、愛すべき村人達。

そして家族。


もう、居ない。

そんなのは、もう居ない。


ここに居るのは、罪を擦り付け合い、どっちが正しいだのと騒ぐ矮小な者達だけだった。


愚かしい。


「ディールが生きているって信じている人が一人でも居れば良かった。」


誰も、ディールが生きているとは信じていないのだ。

天才だ、神童だ、騒いで持て囃しておきながら、だ。


「だが…もしあいつが生きていると…村に災いが…」


誰かが呟いた。

この場において、最も禁句である言葉を。


ナルは、冷たい殺気を放ちながら大人達に言い放つ。


「災いでも何でも起きればいいのよ。滅んでしまえばいいのよ、こんな村。」

「い、いくら村長の孫娘でも…その物言いは許されぬぞ!」


許されない…?


ナルは大人全員を睨んだ。


「許されないのは、誰かしら。私はフォーミッドへ向かう。そして、ゴードンさんに会い、次にはアデルちゃんに会うわ。もちろん、ディールへの仕打ちは全部伝える。もう一度言うわ。許されないのは、誰かしら。」


全員、ゾッとした。

そうだった。

【剣聖】と【神子】の、最愛の弟を、手にかけたのだ。


「滅べばいいのよ。災いでも、ディールの家族の手によってでも。」


それだけ言い、ナルは大屋敷から出た。

その後ろ姿を、誰も止められなかった。


「何で…どうしてこうなった…」


父ナバールだけ、頭を抱え伏せるのであった。



こうして、ナルは生まれ故郷スタビア村を旅立った。

スタビア村からフォーミッドまで、約一ヶ月間。


成人したての、若く美しい娘であったナル。

だが旅をするその姿は、まるで別物だった。


旅の途中、出てきた魔物や盗賊を容赦なく蹴散らすその姿。

目下には隈、ボサボサになった水色の長い髪。

生き急ぐようなその姿は、旅人や商人の間で、こう囁かれた。


ガルランドの幽鬼。


その幽鬼が信じるのはただ一つ。

愛しの幼馴染、ディールの生存であった。

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