第4話 ”3年前”【神子】神童の成長
ゴードンの旅立ちから早4年が経った。
ディール・スカイハート。12歳の時である。
「たああぁぁぁぁぁぁ!!!」
稽古用の木刀を右手に掴み、真っすぐと、目の前に同じく木刀を構えるオーウェンに切りかかるディール。
「甘いっ!」
ディールの剣筋を読み、その剣を横払いで弾こうとするオーウェン。
しかし、
「甘いのは先生の、ほう、だ!」
一歩、駆け付けようとした右足をグッと踏み込み、即座に左足を滑らせて時計回りに半身を反らす。
オーウェンの横なぎが頭先を掠り、ディールの髪の毛の先がピッと切れるが、目的であった木刀をはじき返すことが失敗に終わったと察したオーウェンは目を見開いた。
しかし、次の瞬間、反れる身体目がけて上段から切り付ける!
『ガチンッ』
それも読んでいたのか、ディールは下段横からの薙ぎ払いで上段からの剣檄を柄の部分で受け止め、
「はあぁっ!!」
「なにっ!?」
そのまま腕と剣を滑らせ、オーウェンの木刀を弾き往なすと同時に、木刀の切っ先をオーウェンの首筋に突き立てた。
しばしの静寂と静止。
そして。
「いやー、参った。」
オーウェンは両手を挙げて降参した。
「いやっっったぁぁぁぁああ!!初めて先生から一本取ったぞー!!」
木刀を握りしめたまま高くジャンプするディール。
「マジかー、凹むわーー。魔剣や魔法なし、単純な剣術の打ち合いとは言え、12歳の小僧に負けたなんて知られた日にゃ…絶対あいつらに笑われる…。」
ディールやアデル達、スタビア村の子供達の教師として、またスタビア村の常駐農家兼護衛として就いて4年。
それでも肩書は『連合軍第2軍団副団長』に昇格したオーウェンである。
まさか、そんな屈強な兵たる自分が、わずか12歳の少年に剣で後れを取るなんて…。
確かに、ディールは剣の筋はとっても良い。
あの日、兄ゴードンが連合軍へ向かった翌日から、兄同様の剣の使い手になる!と意気込み、毎日毎日、オーウェンと剣の修行を続けた。
例え農業疲れだろうと、村人たちに沢山飲まされた二日酔いの日だろうと、決して負けることはなかったのだが…。
「あら、ディールがあんなにはしゃいで、先生が項垂れているってことは…」
「うっそ、ディール、もう勝っちゃったの!?」
そこに、二人の少女がやってきた。
一人は、間もなく成人を迎える姉のアデル。
もう一人は、村長の孫娘でディールと同い年の幼馴染、ナル・ハンバーである。
「姉さん、ナル!オレ、ついに先生から一本取ったよー!」
「ちょ、待て。ディール。あまり大声で言うな…」
二人に気付いたディールは、大喜びで報告する。
そして、項垂れながら制するオーウェン。
「凄いじゃないディール!兄さんだって『剣の腕前は剣聖と互角だぞ」って言ってたオーウェン先生だよ!?手を抜いてもらったんじゃない?」
「そうだよ!調子に乗るな、ディール!」
嬉しそうに言うアデルに、窘めるナル。
「え、先生、手を抜いていたのか!?」
そう言うディール。なぜか目がキラキラとしている…
「あ、あ、ああそうさ!よくぞオレを倒した!だが、そのオレはオレの中で最弱…。オレの面汚しめ、だ。本気になったオレを…倒してみるがいい!」
震えながら立ち上がる、みんなの先生。
そんな先生の性格をよーーく知っている、ジト目になるアデルとナル。
「よぉし、じゃあもう一本だ先生!本気を出した先生を倒してみるぞ!!」
意気込むディール!
「あ、いや、ディール君。ボクァ、これから牛さんのお世話にいかなきゃならないんだ。なので、剣の稽古はまた明日ってことで…」
「えーーー!!でも牛の世話なら仕方ないか…」
がっくりするディール。しかし次は「よし、じゃあ素振りだ!」と即立ち直り、素振りを始める。
「あからさまにほっとしないでください先生。次は私たちの魔法の講義でしょうが。」
まだジト目で呟く、アデル。
「グッ!?そ、そうだったっけ、アデル…ちゃん…」
「そうですよ。ていうか、ディールばっかり毎日剣の稽古をつけてもらってずるいです。私にも剣の稽古付けてくださいよ!」
そう言って膨れるナル。
「も、も、もちろんナルちゃんもちゃーんと剣のお稽古付けるよ!と、とりあえず牛さんにお水あげてきたら、午後から稽古しようね!あ、アデルちゃんも魔法講義もちゃんとするからね!」
と言うだけ言って、ぴゅーーーっと牛舎の方へ向かった。
半分捨て台詞であるが、きちんと牛の世話をするあたり、抜け目がない。
「ちょっと先生!私、明日が覚醒の儀なんだから…今日はきちんと魔法講義するって話で…ってもう行っちゃった…」
逃げ足、もとい牛舎に足早に向かったオーウェンをがっくりと項垂れて見るアデル。
「アデルちゃん、午後には、って言ってたんだから大丈夫よ…。結構、いや、相当ふざけている先生だけど、言った事はきちんとやる人だからね…」
と、ナルも呆れながら呟いた。そしてディールの方へ向いて大声を張り上げた。
「そ、それにしても、先生に勝つなんてやるじゃない、ディール!」
そんなナルの声が届いたのかどうか、ディールは一心不乱に素振りを繰り返している。
オーウェンに『素振りや剣の型を日課にするように。お前さんのお兄さんなんかよりもずっとずっと強い化物みたいな剣の使い手の姉さんは、一日の殆どを素振りに費やしている』と教えられた日から、一日たりとも…むしろ、暇を見つけては素振りを繰り返すようになった。
剣を握り、剣を振りぬく方を見定め、集中し、剣を振りぬく。
単純な動作だが、一つひとつを丁寧にこなすことで”型”となるこの動作を丸4年。
この歳月が、ディールに神がかり的な剣技をもたらすのであった。
「いや、先生はまだまだ全力を出していない。それに、もし先生が魔法で身体強化をしたり、魔剣で打ち合うことになればオレなんて瞬殺さ。まだまだオレなんてあの人の足元にも及ばないよ。」
”型”を乱さず、素振りをしながら答えるディール。
「…それって完全に実戦じゃん。稽古用の木刀での模擬戦で一本取ったんだから誇っていいのに。私なんて、まだ剣すら打ち合えていないっていうのに…」
と、ナルは少し頬を赤らめて呟いた。
そう、オーウェンの剣の技術は決して劣っていない。
むしろ連合軍内で見ても上位者に入る。
彼の場合『水の覇者』という最上位クラスの加護を保有しているため、自分自身の魔法を剣に付与して戦う戦法『魔剣』と合わせ、純粋に魔法を放ちながら敵に肉薄するといった戦法を得意とする。
それでも彼はスタビア村を代わりに守護することとなり時折しか会えないが、馬が合い友人となった【剣聖】ゴードンや、彼の剣の師匠(と一方的に思っている)ソリドール公爵令嬢の存在もあって、剣の腕前はとても12歳の少年に後れを取るものでは、決してない。
オーウェンが、ディールやアデルの先生となった4年前から、それなら我が子も一緒に、と村中から子供の稽古を懇願されるようになった。
元々子供が嫌いでなかったオーウェンは「しょうがないっすねー」と渋々言いながらも受け入れ、魔法や剣技、または座学といった教室を請け負った。
そして剣技では、彼と剣を打ち合うレベルに達することが一つの指標となっているが、打ち合うどころかガチンコの模擬戦までたどり着いたのは、わずか12歳のディールだけであった。
剣聖の弟も、まさに天才。
そして剣聖すら凌ぐ才能を持った神童。
それがディールであった。
「ディールくーん!何かオーウェン先生が凹みながら牛の世話していたんだけど、何かあったのー?」
と、ディールやナルと同世代の村娘が3人、とことことやってきた。
それを見て、ムッとするナル。
「いや、何も…「あぁ!聞いてくれ!オレついに先生に一本取ったんだよ!」
ナルが適当に答えようとしたところ、満面の笑みでディールが答える。よほど嬉しかったのだろう…
それを聞いて村娘たちは「キャー!」と顔を赤らめて、黄色い声を上げる。
「さっすがディール君!」
「ゴードン様の弟だけど、絶対、ゴードン様以上の方よねー」
「あぁ…私を妻に娶っていただけないでしょうか…」
最後のセリフを言った子に「抜け駆けダメ!」「この女狐め!」と辛らつな言葉を浴びせる他の女子。
「ちょっと、あんた達!先生は手を抜いていたのよ!?あんまり言いふらすと先生この村から出て行っちゃうかもしれないんだからね!大人には内緒にするのよ!!」
とナルが大声で言う。
「え、そうなの…?」
村娘の一人が怪訝な顔で尋ねる。
答えたのは、当の本人、ディール。
「そりゃそうだ。先生の剣の腕前は兄さんと同じくらい。それがオレに後れを取るはずがない。それに先生には魔剣も魔法もある。魔剣も魔法も使えないオレが唯一寝首を掛けるのが、模擬戦で、手を抜いてもらっているところだけだ。まだまだ、オレなんてまだまだだよ。」
素振りをやめもせず、答えるディールに村娘たちは「キャーーー!」と黄色い声を上げる。
「その謙遜ぶり!手を抜かれようと隙を突こうと、一本取ったにも関わらずストイックに打ち込むディール君、本当に素敵―!」
「絶対、ゴードン様以上の加護をお受けになられる、まさに神の子って感じねー!」
「ハァハァ…妻が無理なら、奴隷でもいいですわ…」
最後にちょっと危ない子もいるが、そう、ディールはモテるのだ。
兄ゴードンが連合軍本部フォーミッドに旅立ったあの日から、ストイックに修行に明け暮れ、その剣の腕前は村の大人達すら凌駕するレベル。魔法講義はからっきしだが、座学もそれなりに修めている。そして端正な顔立ちも相まって、同世代や村の若い娘達からの人気は絶大なのだ。
ただ、それを面白くないと思う娘が若干1名…。
「あんた達!オーウェン先生からの課題は済ませたの!?午後、私やアデルちゃんと一緒に魔法講義受けるんでしょ!?『五体系の相関及び関連』あのレポートは済んだの!?」
ナルが顔を真っ赤にして言う。
「あ…」と顔を見合わせる3人。これはやっていないな。
さらに諫めようとしたナルの、言葉の前に…
「先生は結構、いや、かなり不真面目な人だけど、オレ達の成長を本気で信じて色んな課題やアドバイスをくれる。先生が『やれよ』って言ったことを、きちんとやれば、オレ達が覚醒の儀を済ますとそれが凄い力になって未来を切り開くことになるはずだ。だから、課題があるならしっかりやろう。」
汗だくで素振りを続けるディールが答える。
もちろん、この言葉はディール自身のものではない。
何年か前にゴードンに言われた言葉、そのものだ。
しかし、ディールに憧れる村娘3人には金言に聞こえただろう。顔を赤らめ、
「もちろん!ディール君には負けないんだからね!いつか、その、彼女として隣に、立つから…」
「本当にディール君すてきー!私、もっと頑張るから、今度一緒に大河のほとりで…」
「ハァハァハァ…あぁ、私を奴隷じゃなく性のどr」
バチコーーーン!と村娘2人+ナルに引っ叩かれ、卒倒する村娘一人。
「はい!課題、大事!やっていないなら午後までに出来るところまでやる!解散!」
手をパンパンと叩いてナルが言う。
「はいはいー。小姑ちゃんがうるさいし課題こなしてないから私たちは退散しますー。」
「またねー、ディール様―!」
「ハァハァ…ディール様に…虐げられ…たい…」
気を失う危ない一人を引きずり、村娘たちは去っていった。
「誰が小姑じゃーーーー!」
ナルの大声がむなしく響く…。
「…ナルちゃん。」
このやり取りを黙って見ていた、アデル。
「!!!!どうしたの、アデルちゃんっ!?」
「姉の私としては…あの三人よりも昔から姉妹のように一緒だった、それこそ4年前から本当の家族になったナルちゃんが義妹になってくれると、ディールのことも安心だし、いいなー、って思うの。」
サラりと言うアデルの言葉に、頭から湯気が噴出するんじゃないかというくらい顔を真っ赤にしてナルは叫ぶ。
「何言っているの、アデルちゃんはーー!!!!!」
だが、さも平然とアデルは言う。
「そこはアデルちゃんじゃなくて、お義姉さん、でしょ?」
顔を真っ赤にさせて、言葉にならない言葉を大声で叫ぶ、ナルであった。