第43話 ステータス
ディールとユウネはまず部屋の外に立っていたメイドに声を掛けた。
さすが侯爵家の“賓客”に対する扱いである。
何かあれば即座に対応できるよう、各自の部屋に最低一人はメイドが付いているのだ。
「これはディール様。いかがなさいましたか?」
頭を丁寧に下げ、恭しくメイドが尋ねてくる。
「申し訳ない。これからレリック侯爵にお会いすることはできるだろうか。」
「旦那様に、ですか?少々お待ちください。」
そう言い、メイドはエプロンのポケットから、先端に水晶玉が付いている小さな棒を取り出した。
マジックアイテムの一つ“通信具”である。
特殊な魔石と魔力が込められた魔道具で、本体と分体に別れており、本体と分体がそれぞれ通信・通話できるアイテムである。
ただし、分体同士の会話は不可能であり、本体もあまり遠くに離れていると使用できなくなると、制限は多い。
そして、非常に高価なマジックアイテムである。
「メイド長。よろしいでしょうか。」
『はい。どうぞ。』
「ディール様とユウネ様が、これから旦那様にお会いしたいとのお申し出なのですが、ご案内してもよろしいでしょうか。」
『お待ちください…。』
恐らく、メイド長はレリック侯爵に確認しているのだろう。
『お待たせしました。執務室までご案内ください。』
その言葉を受け、メイドは通信具をポケットに仕舞い、ディールに向けて会釈をする。
「大変お待たせしました。ご案内いたします。」
「よろしく頼む。」
――――
客室から少し歩いた先。
見事な庭園の先にレリック侯爵の執務室があった。
執務室の大きな扉の前に、専属メイドと護衛の騎士が立っていた。
「ディール様とユウネ様ですね。メイド長からお話しは聞いております。」
専属メイドが会釈をし、続けて護衛の騎士の男も頭を下げ、ディールとユウネに伝える。
「失礼します。中は武器類の持ち込みはご遠慮いただいておりますので、こちらにお預けください。」
―え、私、ここでお留守場!?―
騎士の男の申し出に、ホムラが不満満載の声を出す。
(仕方ないだろ。仮に相手は侯爵だ。武器携帯で通したら大問題だろう。)
-あー、こういう時は仕方無いよね。でも、私、ディール以外には触られたくないからそれは念を押しておいて!-
(……わかった。)
「ディール様?」
騎士の男が不思議そうな顔で尋ねてくる。
「ああ、すまない。これでいいか?」
そう言い、ディールは綺麗な布で覆われている台に、そっとホムラを置いた。
ユウネは、武器であるロッドは自分の部屋に置いてきたので、ディールがホムラを置いて完了だ。
その台座の布も美しい花柄であり、置かれたホムラの赤い鞘と剣がのコントラストが、まるで絵画のように映える。
思わず「おぉ…」と感嘆の声を上げる騎士の男と専属メイド。
「流石『黒獣王』を退き、ソマリお嬢様をお救いになられた方だ。大変素晴らしい剣をお持ちで。」
「ああ。だがその魔剣、オレ以外が触れると危険だからな。手を触れないことをお勧めするよ。」
「そ、そうですか。確かに持ち主以外が触れると危険な魔剣も世にありますからな…。承知しました。レリック侯爵専属の近衛兵長の名に懸けて、この剣には何人たりとも指一本触れさせません!」
「あ、ああ…頼む。」
流石レリック侯爵の専属騎士団の近衛兵長である。
武骨なまでの生真面目な性格だ。
バゼットにも通じるものがあり、そういう者を好んで登用しているのだろう。
改めて会釈をする専属メイド。
「それでは、改めてご案内します。」
そう言い、専属メイドは扉を軽くノックする。
「旦那様、ディール様とユウネ様がお見えになりました。中へご案内してもよろしいでしょか?」
『どうぞ』
「では、ディール様、ユウネ様。中へお入りください。」
そう言い、扉を開けた。
レリック侯爵の執務室も、棚には色とりどりの花が添えられており、非常に高価と分かる調度品に囲まれていた。
中心には非常に大きな執務机があり、両脇に大量の書類が積まれる中、仕事に励むレリック侯爵が居た。
「ディール殿、ユウネ殿、よく尋ねてきてくれた。見てのとおり少し仕事が溜まっていてな。切りの良いところまでもう少しなので、しばらくお待ち願えないか?」
書類に目を通したまま、レリック侯爵は言う。
「こちらこそ、お忙しい中申し訳ありません。」
「も、申し訳ありません!」
「そう畏まらなくてもよい。おい、ディール殿とユウネ殿にお茶を淹れて差し上げてくれ。」
レリック侯爵の声で、中に居たメイドが二人をソファに案内する。
ふかふかのソファはまるで雲のようで、世の中にこんな椅子があるのか!?と目を丸くするディールとユウネ。
さらにそのソファから見える庭園の風景はとても美しく、まるで夢の中にいるような感覚に陥るのであった。
驚く二人に、メイドは紅茶を淹れクッキーを差し出した。
紅茶には、小さな白色の花びらが浮いている。
「当家で採れました茶葉に、リンゴのエキスと花びらを添えたものです。どうぞお召し上がりください。」
中に居たメイドはそう説明し、下がる。
恐る恐る口にするディールとユウネ。
「っ!!美味しいっ!!」
思わず歓喜の声を上げてしまうユウネ。
ここしばらく、生まれて初めての贅沢な暮らしであり、貴族の紅茶は美味しいという事を知ったが、レリック侯爵家のこの紅茶はまさに別格であった。
「ははは、気に入ってもらえて何よりだ。」
いつの間にか、ソファの近くに来ていたレリック伯爵が笑いながら言う。
「すすすす、すみません!」
顔を真っ赤にして大慌てで頭を下げるユウネ。
そんなユウネに座るよう促すジェスチャーをして、レリック侯爵も対面のソファに腰を掛ける。
「いやいや。良いよ。当家の紅茶を気に入っていただけて何よりだ。」
すぐ、レリック侯爵の元にも紅茶とクッキーが差し出される。
「お忙しい中、すみません。」
改めてディールは頭を下げて伝える。
微笑みながら、それを制するレリック伯爵。
「いや、良い。私に何か用があって来たのだろ?ソマリの命の恩人だ。私に出来る事であれば話を聞こう。」
「ご寛容、感謝します。」
ディールは意を決して、レリック侯爵に伝える。
「実は……褒章についてです。」
「うむ。今夜の晩餐会でそなた等に授与しようと準備をしている。褒章は形だけになるかもしれないが、そなた等のステータスにも刻まれる。娘からも聞いたが何やら北へ旅をしているのだな?きっと、その旅路の助けになろう。」
笑顔で紅茶を啜るレリック侯爵。
やはり、ステータスプレートに刻まれるのか。
「その褒章なのですが。オレとユウネの二人ですが、辞退したいのです。」
「……なに?」
笑顔が真顔になり、ディールを見据えるレリック侯爵。
あまりの気迫に一瞬たじろいてしまうディール。
隣のユウネは顔を伏せ、恐怖に少し震えている。
ディールは、ユウネの手を握る。
思わずディールを見つめる、ユウネ。
“大丈夫。オレに任せろ”
そんな言葉が、聞こえるようだ。
「何か訳ありのようだな。」
「はい。」
「だが、君らは我がラーグ公爵国の中で優先的に対処せねばならなかった、かの『黒獣王』を屠ったのだ。しかも侯爵であるこの私の愛娘を命懸けで守り抜いてくれた勇者だ。そんな実績があるにも関わらず、褒章を辞退されたとなると私の沽券に関わる。下手をするとラーグ公爵直々にレリック家へ制裁が入るかもしれぬ。それは理解しているかな?」
口元だけ笑った形をしているが、目は全く笑っていない。
若干、怒りも感じる。
「ええ、レリック侯爵がおっしゃることは、理解しています。」
「それなら、何故辞退しようというのか? ラーグ公爵直々でなければ受けられないというなら、時間をいただければ善処しよう。ただ、そうであっても辞退したいと宣うのであれば、相応の理由を述べてみよ。」
ディールは、ユウネの手を強く握る。
ユウネも、それを握り返す。
“ディールに、任せる”
そう、信頼の証だ。
「レリック侯爵。これからお伝えする話は、オレとユウネの根本に関わる話です。出来れば……」
「うむ、人払いをしよう。」
レリック侯爵が言うな否や、部屋内に居た3人のメイドと執事が頭を下げ、扉から外へ出た。
主人が一々指示しなくても、即座に動くのが侯爵に仕える本物の家臣の証だ。
「さぁ人を払ったぞ。遠慮なく話せ。…ああ、儂が聞いた話を風潮するとかどうかかな。儂らレリック家やラーグ公爵国に害成すものでなければ誰にも伝え無いことを約束しよう。」
そう言って紅茶を改めて一口飲むレリック侯爵。
「もしかすると害を成すと判断されるかもしれません。」
「そなた等は娘を救った勇者だ。そうは思わないが……。言ってみろ、まずはそれからだ。」
ディールとユウネは、意を決して伝える。
「オレは……【加護無し】です。」
「私は、未知の属性が加護に刻まれました。【星の神子】、それが私の加護です。」
――――
「なるほど、合点いった。」
ディールとユウネから語られる、今までの旅路の話。
それに耳を傾けたレリック侯爵は呟くように言った。
「ディール殿。バゼットから “内密に” と、主がスカイハート家の者だとは聞いていた。かの【剣聖】と【水の神子】の弟であるから、恐らく伝説級の加護を授かっているだろう、想像以上の力を持っていると、聞いていたが…【加護無し】とは、俄か信じられぬ。」
「だが、事実です。」
「うむ……。そしてユウネ殿の【星の神子】か。こちらもソマリやバゼットから聞いてはいた。見たことも無い強力な防壁魔法と、回復魔法を有していた。ユウネ殿も恐らく【神子】に近い高位の加護を持っているのだろう、と。それがまさか本当に【神子】で、それも見たことも聞いたことも無い【星の神子】とは、な…」
天を仰ぎ、頭を抑えるレリック侯爵。
「褒章授与の時、侯爵にステータスを開示すると聞いた。ユウネは問題なくステータスが開くが、オレは開くことが出来ない。中身まで見られないとしても……オレはそもそもステータスを開けないから、【加護無し】だって気付く人もいると思います。」
ディールは少し伏せながら伝える。
褒章授与、侯爵の目の前でステータスを開き、そこに侯爵が褒章と褒章授与者の名前を刻む操作をするのだ。
この世界で、貴族と高位の神官だけに与えられた特権の一つでもある。
そもそもステータスプレートは、グレバディス教国が作成している。
その製造過程は謎に包まれているが、一説には、過去グレバディス教国を興した女神の一柱【顕現の女神アシュリ】が、自らの奇跡の力を使って、人々が鍛錬してステータスを上げようという向上心の醸成と、実力を可視化することによって無益な争いを未然に防ぐためことを目的に、ステータスプレートを生み出す魔道具を作ったとされる。
そしてステータスプレートは、与えられた際は「加護、戦闘力、魔法力、固有技能」そして『DEAR』という謎の記号のみが表示されるが、貴族や高位神官によって与えられた秘伝により、“徳が高い者” “名声ある者” に対してステータスプレートに【勲章】を刻むことが出来るのだ。
【勲章】持ちは、各国でも信頼が高く、取引における免税や爵領での滞在優遇、はたまた馬車運賃の減額など、幅広い特典が適用されるのだ。
また、ハンターでも、最高位の“A”ランク評価の者が、更なる高い信頼と実績に加え【勲章】がステータスに刻まれた者は、 “S” 以上のランクを与えられるチャンスがある。
逆に言うと【勲章】が無いハンターは、どんなに実力と実績があっても“A”止まりであるのだ。
「話を整理しよう。ディール殿は【加護無し】であるから、ステータスプレートは開示することが出来ない。ユウネ殿は【星の神子】という未知の加護のため、様々な影響を考慮して伏せておきたい、と。」
ディールとユウネは揃って頷く。
「なるほど。それでグレバディス教国へ、か。」
レリック侯爵は、改めて二人に向き合った。
「私は、基本的に自分の目で見た物しか信用していない。『黒獣王』の死も、きゃつの耳と魔石を直接この目で確かめたから、事実であると判断した。『任侠道』においても同様。ソマリのスケッチと、直接見たという報告に来た治安部隊の者の話を照らし合わせ、真偽判定はまだしも “ほぼ事実” と考えている。」
つまり、『任侠道』については、まだどこか疑っているということだ。
「ディール殿とユウネ殿。二人のステータスを見せてはくれないか?」
「オレも、ですか?」
「うむ。確かに【加護無し】はステータスが表示されないと、以前、グレバディス教国の神官から聞いたことがある。女神に愛されず、魔神もしくはその眷属だからとも耳にするが、実際の原因は全く分かっていないとのことだ。儂自身、本当にステータスが表示されないというのを見たことが無いからな。」
“ステータスを見せてくれ”
その言葉に頷くディールとユウネ。
ただ。
「オレはステータスプレートを自分のストレージバックに入れたままだから、一度取りに行かなくては。」
「私も、今持ち合わせていません。」
「だろうな。私は仕事をしながら待つので、持ってきてはくれないか?」
「わかりました。」
ディールとユウネは、レリック侯爵の執務室から出て、自分の部屋へと戻った。
その途中。
―ねえ、どんな話になったの?―
ホムラが尋ねてくる。
(ステータスを見せろだってさ。)
―ふーん。って、ディールは表示されないって言ってなかったっけ?―
(それを実際に見てみたいそうだ。)
―なるほどねー。私も実際に見た訳じゃないし、もしかすると今やれば見えるかもね!―
(そんな上手い話があってたまるかよ。)
――――
改めて、レリック侯爵の執務室。
「お待たせしました。」
「ああ。見るのが楽しみで仕事に身が入らなかったよ。」
笑顔で迎えるレリック侯爵。
すでに人は払っている。
「では、まず私から。ステータスオープン!」
ユウネが宣言する。
ステータスプレートが淡く光り、ホログラムのようにステータスが表示される。
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[名前] ユウネ・アースライト
[年齢] 15歳1か月
[加護] 星の神子
[戦闘力] 102
[魔法力] 4,921
[固有技能] 星 気配探知(小) 神子 危険察知(中) 発動短縮(大)
[所持魔法] 星魔法(星弾、星盾、星の息吹、星連弾、[未収得5])、星天魔法(流星、[未収得4])、極星魔法(魔星、剣星、巨星、[未習得2])
[属性値] 火0 風0 雷0 土0 水70 光0 闇0 星1,214
[DEAR] 89,100
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「これは凄まじい。さすがは【神子】だ……」
舌を巻くレリック侯爵。
驚くのは侯爵だけでない。
「なんだこれ! 前より数値が上がっているぞ。」
「魔法力4千超えている。前は3千だったのに……」
ディールもユウネも驚愕する。
それにレリック侯爵は答える。
「数値は、魔物をから身を守ったり倒したりすることで上昇することもある。我々はこれを“格の上昇”と言っている。ユウネ殿も旅路で色んな経験をした証だろう。」
「ユウネは確かに“暗闇の狼” や “黒獣王” の襲撃の時、みんなを守ってくれたからな。」
二人の絶賛に顔を赤くして伏せるユウネ。
いよいよ次は、ディールの番だ。
「……。」
ディールは伏せる。
そもそもの始まりが、あの『覚醒の儀』からだ。
強靭な加護を授かると、信じて止まなかった自分と、周り。
それが【加護無し】と判明した時に起きた、一斉の掌返し。
司祭を始めとする村の人々の襲撃。
ディールにとって、悪夢の日。
その元凶が、今、手元にある。
震えるディール。
あの言葉が出ない。
「ディール殿?」
怪訝そうに尋ねるレリック侯爵。
早く言わねば!そう思えば思うほど、焦り、声が出ない。
言え、言え、言え!早く、言え!早く、言葉にしろ!
ディールは強く目を瞑る。
ダメだ!!!!!
ふと、ステータスプレートを握る、反対の手に、ひんやりとした感触が伝わる。
細い指先。
優しく触れる、手のひら。
ユウネが、ディールの手をそっと握った。
「ディール、大丈夫だよ。」
微笑んで、そう口にするユウネ。
その目を見つめるディール。
そうだ。
あの惨劇から辛うじて命を繋ぎ、ホムラに出会った。
それから魔窟を彷徨い、光に焦がれた。
そこで出会った、ユウネという光。
魔窟から外へ出ることが出来た。
温かく美味しい食事にありつけた。
ホムラとユウネのやり取りに心が躍った。
一緒に居られることが、幸せと感じた。
離れることが、怖いと感じた。
そうだ。
オレはこの笑顔を守りたいんだ。
例えどんな結果であろうと。
レメネーテ村の村長との約束だろうと。
この笑顔を、守りたい。
ずっと、傍に居たい。
ディールは、ユウネに笑顔で返した。
ユウネも目を潤め、少し頬を赤らめて頷く。
ディールは一呼吸息をして、宣言した。
「ステータス、オープン。」
それは、予想通りだった。
何も表示されない。
ディールが【加護無し】である動かぬ証拠であった。
レリック侯爵もユウネも苦々しい表情でディールをみる。
が。
「あれ?これ、何だろう……」
ユウネが指したその先。
薄っすらと、何かが浮かび上がっていた。
目を凝らさなければステータスの文字とは気付かないほど、薄く、そしてそれは記号だった。
「なんだ、これは?」
そこに刻まれし記号。
【ERROR】
謎のステータス【DEAR】に似た、記号であった。