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第38話 伝承の生き証人

『そもそも儂がニンゲンを襲わないのは、かつて500年程前にニンゲンに命を救われたからだ。』


”暗闇の狼”の夜襲に加え、『黒獣王』とその従属達による襲撃を退いたディール達。

まだ息のある”暗闇の狼”の面々はディール達に縛り上げられ、最低限の回復魔法のみ掛けて捕らえられている。

ボスであったボーネスがディールにあっさりと倒された事に加え『黒獣王』のブレスで絶命したため、他の”暗闇の狼”は非常に大人しい。


”暗闇の狼”はハンターの掟を破った現行犯に加えて数々の黒い噂が事実であることが判明したため、ハンターギルドからも”森街道”を管轄するラーグ公爵国からも厳罰が下されるのであろう。

さらにラーグ公爵国の最高位貴族であるレリック侯爵の令嬢一向への襲撃である。

より熾烈な罰が与えられることは確定である。

例えこの場にいない他の”暗闇の狼”の構成員であろうと、厳罰は免れないのであった。

そのため”暗闇の狼”の面々の表情は暗い。


”暗闇の狼”は万一にも逃げ出さないようにギチギチに縛り上げた上、あまり活躍の場がなかったガザンと、傷や毒は癒えたが失血によってフラフラなバゼットの捕縛魔法によって完全に拘束されている。

明日には警戒している治安部隊に会えるであろう。

引き渡して終わりである。



一通り作業を終え、改めてキャンプを整え『任侠道』と話をする面々。


「500年前…!?貴方は大英雄時代から生き抜いているのですか!?」


その事実に全員驚愕する。

『ふむ…』と一息ついて『任侠道』は続ける。


『その頃の儂は、ただのマーダーベア…まぁ、魔物という畜生の一つであったため人語を解すことも無ければ自我も乏しいものであった。』


『任侠道』の話はこうだ。

普通の魔物特有の、人類に対する敵愾心。

自我が乏しくとも迫りくる人間を返り討ちにしては、その日その日を生き抜く魔物であった。


ところがある時期。

飢饉により食糧難となった。

普段は果実や川魚などを食していたが、いよいよ食べ物が得られなくなってきた。

そんな中で起きたのが、魔物同士の喰い合い。


巨体なマーダーベアは、そんな激戦も勝ち抜いてきた。

だが、ある時に魔物が徒党を組み、自分に襲い掛かってきたのであった。

自我の乏しい魔物も種族によっては群れを成すこともあるが、その時は飢饉という異常状態。

食物ヒエラルキーの上位に居たマーダーベアである自分を喰い殺そうと、魔物が薄い自我ながらも集団で襲撃してきたのだ。


さすがにその状況では太刀打ちできない。

いよいよ命が尽きる、そう思った矢先。


『通りかかりの剣士に助けられたのだ。』


黒く、長い髪をなびかせるニンゲンの雌。

手に持つ赤い剣を振るい、魔物の群れを簡単に蹴散らした。


「赤い剣!?」


ディールは驚愕する。

そう、ホムラと同じ、赤い剣を持つ500年前の剣士。

しかも、ディールと同じく黒髪。

これは偶然なのか?


『そのニンゲンに助けられたとき、儂は自我を持った。』


それは、魔物の進化である。

魔物は生まれながらの一定種から外れることが稀にある。

人間を退き、敵対する魔物を屠り、自らを鍛え上げたその果てに訪れるのが”進化”である。

進化は様々な形態があり、同種でありながら肉体が巨大化する者、魔法が扱えるようになる者、より上位種へ変貌する者と、多種多様である。


『任侠道』はその時、自我を持ったというのだ。


『儂が人語を解釈するようになったのはそれからずいぶん時が経ったからだが、あの時の御恩は今も忘れ得ぬ。儂を救った時に見せた慈愛の表情。ニンゲンが崇拝する女神とは、彼のような者のことなのだろう。』


「その人が持っていた剣はホムラ…いや、この赤い魔剣だったか?」


そう言い、ディールは『任侠道』にホムラを見せる。

だが『任侠道』は首を横に振る。


『すまんな。そこまではさすがに覚えてはおらぬ。』


ただ…、と『任侠道』は続ける。


『彼の者が携えていた赤い剣は、それはそれは禍々しい力を感じた。我に迫っていた魔物を一瞬にして灰塵に帰したのを今でも鮮明に覚えている。お主が持つその剣も、同じ赤の剣だが…感じ取られる力量は天と地ほどの差がある。』


(どうだ、何か思い出したかホムラ?)


-ううん、サッパリ。てか失礼しちゃうね、この熊!このホムラ様より強い剣があるって言うの!?しかも同じ色!キー!!-


憤慨するホムラに呆れるディールとユウネ。


『あの強力な力に当てられたからか、決死の状況から運良く助かったからか、儂の全身から青白い光が立ち上り、そして自我…つまるところの進化を果たしたのだ。彼の者から受けた御恩に報いるため、儂はニンゲンを襲う魔物達を間引きし、時にニンゲンを助けたりもした。ただまぁ、ニンゲンからして見れば儂も化け物。死に物狂いで襲い掛かってきた者もいたわ。』


少し寂しそうに言う『任侠道』


「そうだったんだな…」


『任侠道』の話を聞き入り、すっかり同情するウェルター。

”銀の絆”の面々も表情は険しい。


『そうして過ごしている中で、何度か進化をし、今のこのような姿となった。だが、同時にあの黒キマイラがこの森を根城にし、我が物顔で森の魔物やニンゲンを襲うようになったのだ。』


それが約300年前。

何度も『黒獣王』と相対したが、決着ならず。

それどころか徐々に追い詰められ、森の奥に追いやられてしまったと言うのだ。


『それが今回、多数のニンゲン共の争いを感じた。ヤツ等の格好の餌食になると思い、この場に向かったのだ。このニンゲン共を逃がせば儂は黒キマイラに殺されるだろう、そうも思ったが、儂はあの日に死んでいた者。彼の者の御恩に報いることを考えれば、小事というもの。』


自分自身の命すら、小事と言い捨てる『任侠道』

その言葉にバゼットが俯く。


「私は…連合軍の先輩や同僚、後輩に数々の恩を受けていた身にも関わらず…逃げたのです。」

「バゼット!それは結果です。貴方ははすでに連合軍や公爵国に多大な貢献をしているです!」


事ある度に自己嫌悪に陥っていたのだろう。

普段はあまり口に出さないが、時折出てしまう言葉にこうして主人の娘ソマリに檄を飛ばされていたのだ。

その都度、礼と謝罪を繰り返していた。


だが、今回は違う。

目の前にいるのは、恩に対して自らの命すら投げ打つ覚悟がある本物の戦士。

その姿勢、その心意気。

自分には無かった、その覚悟。

例え相手が魔物であろうと後ろめたく感じるのであった。


「お嬢様…私にはこの偉大な者のような覚悟がありませんでした。」

「バゼット…」


だが、その暗い心に寄り添ったのは、意外な者の言葉だった。


『お主のことは知っている。ここ最近、森に入るニンゲンが増えて賑やかになった。どうやらそれはニンゲンの国に仕える者の中に勇者が入り、ニンゲンを鍛え、魔物やら族やらから同じニンゲンを守護していると。ここに良く出入りするニンゲンに感じられる特有の気配と力、お主からより強く感じる。勇者とは、お主だな?』


『任侠道』の言葉に、目を見開くバゼット。

その言葉に無い胸を張って言い切るのは、主人の娘。


「良く気付いたです『任侠道』!そう、その勇者こそ、このバゼットです!」

「ソ、ソマリお嬢様…」

『ふむ。お主の影響か。かの黒キマイラもニンゲンを襲撃し辛くなっていた様だった。奥に引きこもってしまったが儂の役目を担う者が増えたと感謝していたところだ。勇者にも老いには勝てぬ。然らば、その技術、知恵、持てる物を次代に渡すのも勇者の役目であろう。逃げたと称したな、それはどうかな。お主の周りにおる者が、そう風潮しているようには見えぬぞ?』


バゼットは打ち震え、両目から大粒の涙が零れ落ちた。

そのまま地に伏せ、涙を流すバゼット。

その背中に、ソマリが抱きつく。


『周りを見よ勇者よ。お主の足跡により救われる者がいるのだ。それはお主自身も含まれる。もしそれでも足らぬと言うなら、今一度その身に受けた恩に報いるよう、恥じぬよう、生きれば良いだけのことだ。』


「まさか…魔物に…救われる日が来るとは…」


薄っすらと白む空。

一人の初老の男の嗚咽が響き渡るのであった。



----



「お見苦しいところを見せてしまい、大変申し訳ありませんでした。」


そう言ってディールやユウネ、旅の面々に頭を下げるバゼット。

その顔は心なしか晴れやかで、何か憑き物が落ちたようだった。


「さて、狼煙を上げているので夜が完全に明けば治安部隊の者がここに着くでしょう。そこで”暗闇の狼”の引渡しと、『黒獣王』の死、そして…」


バゼットが見上げる。

そこに居る『任侠道』を見た。


「この森の真の王者を紹介せねばです。」


空が明けてきたため『任侠道』は寝穴に帰る、と言い出したがそれをバゼットが引き止めた。

理由とすると『任侠道』は人間に害をなす魔物ではない、人語を解し、慈しみの心を持って人々を守護していた森の守護者である。

また、今回の『黒獣王』討伐に多大な貢献をしたことを伝えるためだ。


『儂はそういうつもりで森に居るわけではないのだがな。』

「そうです。貴方様がこの森にいるから、我々は守護されているというものです。間違っても貴方様を狙う者が現れぬよう、触れを出す必要もあります。」


すっかり『任侠道』に惚れ込んだバゼット。

ならばそれを守るのも、レリック侯爵家の指南役である自分の務めである。


「まぁ、そう時間がかからず来るでしょう。」

「それなら…今のうちに、どうしても聞きたいことがあるんだよ…」


恐る恐る、『任侠道』に尋ねるウェルター。

「聞けよリーダーだろ!」と”銀の絆”の面々に押されて、代表して尋ねているようだ。


『何だ、ハンターよ。』


その響く低い声に若干戸惑いつつ、ウェルターが尋ねる。


「あんた、500年以上も前から生きているって言ってたよな?」

『いかにも』

「じゃ、じゃあ!5大英雄が倒したっていう【赤き悪魔】ってどんなんだったか知っているか!?」


それは、この世界の者なら誰もが知る”英雄譚”

四大公爵国とグレバディス教国を建国した5大英雄が“大英雄”と呼ばれる所以。


500年前に彼らが三日三夜の激闘の末に葬り去ったという凶悪かつ邪悪の権現、世界に厄災を齎した絶対的な悪神【赤き悪魔】のことである。


5人の大英雄が実在したのは建国された公爵国に教国、それを治める公爵家が証明をしている。

また、世界各地にその戦火の傷跡が残っているのであった。

未だ風化せず、子供のころから聞かされ、伝承として伝わる英雄の軌跡。


ただ、一つ。謎がある。


【赤き悪魔】


これが一体どのような風貌で、どんなモノであったのか。

伝承には一切伝わってないのだ。

この世界の謎の一つ。

それが、【赤き悪魔】の正体である。


目を子供のように輝かせて尋ねるウェルターと”銀の絆”の面々。

また、その質問に食いつくのは彼らだけではない。

バゼットもソマリも、御者のベッツ、サティも。

そして、ディールもユウネも目を開いて『任侠道』を見つめるのであった。


『…思い出すのも、苦痛なのだがな。』


それは、知っているということ。

加えて【赤き悪魔】が実在したという事である。

次の言葉を、興奮して待つ面々。


『儂は実際に目にしたかどうか分からぬ。もしかすると、空を飛翔していた巨大な翼を持った、まさに【悪魔】といった者がそれかもしれぬ。』


「すげぇ…マジかよ…」

「実在したって…この証明、もしかして世界で私達が初めて聞くことなのかも!」


全身に鳥肌を立てて”銀の絆”の面々が騒ぐ。


『当時の飢饉の話はしたな?儂ら魔物は”赤い空”が原因だと考えた。あの頃、昼も夜も、世界の空は血のように赤かった。何やら、得体の知れぬ魔力のような…邪気のような…そういったモノに世界は覆われていたような気がする。』


「世界が赤…それって!」

「ああ、グレバディス教典の”血空”の伝承だな。」


セイリーンとガザンが言う。


『そういった中で、儂は彼の者に命を救われた。それから暫くして…この森に大きな火の塊が降り注いだ。儂は運良くそれから外れたため、今もこうして命を繋いでいるが、あれによって多くのニンゲンや魔物が命を失った。』


「まさしく…【赤き悪魔】に伝わる“火の雨”だな。」


『ちなみに儂が寝穴にしている洞は、その火の塊で抉られた岩山だ。その火の塊が降り注いだわずか後に、世界を覆っていたモノが晴れ、空は色を取り戻した。』


「5大英雄が…【赤き悪魔】を打ち滅ぼしたのね。」

「す、すげぇっス…すげぇ事聞いちゃったス!」

「これは…森の守護者だけでなく、歴史の生き証人として、この御方の価値は跳ね上がりましたな。」


メイリ、ピピン、バゼットそれぞれの感想。

そして一生懸命メモを取るソマリ。


『すまぬがこのくらいしか覚えておらぬ。他に何か大事な事があったと思ったが…500年も前のことだ。曖昧で申し訳ない。』

「いやいや!十分だ、十分すぎるよ!オレ達からすると【赤き悪魔】って本当に居たかどうか分からなかったし…公爵国や教国の丁稚上げって話もあるくらいだしな。」


ウェルターが言うと、ギョッとしてバゼットが忠告する。


「ウェルター殿!そのような事を言うと禁固刑ですぞ!」

「おおっと!ソマリお嬢さん、バゼットさん、今の無しで!!」



全員の笑い声が響く中、街道の遠くから治安部隊の馬が走ってくるのが見えた。

そして、談笑する面々の隣に座る、巨大な熊に度肝を抜かれるのであった。



そんな中、ディールの脳裏にあの言葉が響くのであった。



【ホムラの封印14から封印21までを解除しました。残り、78。】

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