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第37話 黒獣王と任侠道

ご覧いただきありがとうございます。

本業が年末進行に差し掛かりました。

しばらく一日1話、18時掲載となります。

今後もよろしくお願いします。

―やっぱり、あのデッカイ熊さんは黒キマイラに突っ込んでいったね―


遥か前方の、黒い巨体と巨体がぶつかり合う様を見てホムラが呑気に言う。


「あんなのがこっちに突っ込んできているって聞いた時は流石に肝が冷えたけど、ホムラの言うとおり、本当に『黒獣王』目当てで来たんだな、あの熊。」


3匹のキマイラと相対中、ホムラから巨大なマーダーベア、『任侠道』が近づいてきていることを告げられたディール。


目の前に居たキマイラは、あの魔窟で出会った銀の斧を持つミノタウロスや、黄金装備ミノタウロスに比べると、躰は巨大だがさほどの脅威を感じなかった。

色々な事が立て続けであったから、自分の感覚が鈍くなったのか、麻痺したのか。

いつも通り、ホムラの“熱纏”と“延伸”があれば、例え3匹同時に相手しようと、容易に切り裂けると判断した。

むしろ、いつ後方からガザンの大魔法が飛んでくるのか分からず、そちらの方にも注視するようホムラに告げて相対したのであった。


そんな中で突如現れた、巨大熊。

キマイラ以上に警戒をしたが、ホムラより“―狙いはどうも魔物の方―”と告げられたため、その言葉を信じてキマイラをまず倒すことに専念したのであった。


その間、何度も後方から叫び声や“星盾”で攻撃を防ぐ轟音が聞こえた。

一刻も早く!だが流石は危険度Bのキマイラ。

それも3匹。中々骨が折れる相手であった。


ただ、あのミノタウロスを始めとする魔窟の魔物に比べると、動きは鈍く、弱々しく感じるのであった。

多少警戒して出方を見てからの撃退となったため時間は掛かったが、さっさと切り伏せてしまえばよかったと少し後悔するディールであった。


「みんな無事…では無いのか!」


ユウネ、“銀の絆”、業者の二人とソマリは無事だったが…。

顔面蒼白で服を血まみれにして、辛うじて起き上がったバゼットを見て驚愕するディールであった。。


「油断したつもりは無かったのですが…やはり老いましたな。」


弱々しく答えるバゼット。

退任したとはいえ元軍団長。

節々に感じる屈強な気配と判断力。

そんなバゼットに致命傷を与えるほど、あの『黒獣王』は手強いのか。


ディールは、『任侠道』と嵐のような衝突を繰り返す『黒獣王』を見据える。

獅子の炎と、山羊の吹雪。

毒を交え咬傷を負わせる蛇の尾。

巨体には似合わないほど、素早く緩急つけた狡猾な動きで徐々に『任侠道』を追い詰める様子が伺える。


流石は“二つ名持ち”だ。

動きは今しがた切り伏せたキマイラ達とは格が違う。

だが、それでも…


「あいつが強いって思えないんだがな…」


思わず呟くディールの言葉に、ギョッとするウェルター。


「おいおい!あいつに斬りつけたがまるで鋼鉄か何かの感触だったぞ!オレはこれでも鉄の塊くらいは易々と切り裂ける。それが全く歯が立たなかったんだ…」

「とにかく後方のキマイラは全滅しました!今のうちに離脱しましょう!」


ウェルターの声に続くセイリーンの声。

全員頷いて同意する。


ユウネとホムラを除いて。


「ディール、援護は必要?」

「万全にって考えると、例の盾は欲しいかな。魔力とかは大丈夫か?」


ユウネも心配で無いわけではない。

だが、先ほどから聞こえるディールとホムラのやり取りで、あの『黒獣王』も他のキマイラと変わらず切り伏せてしまうのだろうという確信のほうが強いのであった。

ディールの目を見つめ、はっきりと伝えることが、自分の信頼の証だ。


「もちろん!いつでも発動できるから!」

「よし、それなら早速…」


『ズドオオォォォォォォォン……』


ディール達の前方やや右側に『任侠道』が横滑りで倒れこんできた。

その全身から、血が噴き出し、ところどころ胴体が焼けただれ、凍り付き、噛み千切られていた。


『お、お主ら…まだ…こんな場に居たのか…早く…逃げろ…』


満身創痍ながらも、まだ逃げ戸惑う人間を気遣う『任侠道』であった。


『クカカカカカカ!!熊の肉は固くて不味いから、貴様はここで森の肥やしにしてやろう』

『我らがだいぶ砕いてしまったからなぁ』


獅子と山羊が獰猛に笑う。

『黒獣王』も全身に爪傷や咬傷があったが、『任侠道』に比べると軽傷である。

そして、まだ逃げ戸惑うニンゲンを睨みつけた。


『お前等もまだ生きているとは感心するなぁ。我らの従属共は一体なに…を…!?』


『黒獣王』は絶句した。

後方で、ずたずたに切り刻まれ絶命する、同胞。

罠にかかり逃げ惑う脆弱なニンゲンに、後れを取るはずはない!


『一体どうやって…!』


怒気を放ち『黒獣王』が問いただそうとした瞬間、不自然に『黒獣王』が右側へ逸れようと動いた、が。


『ズバッ』


響く、断裂音。


『アギャアアアアアアァァァァァァァ!!!!』


大地に、空に、響く絶叫。

『黒獣王』の左肩と左羽、そこから左前足の爪先まで、切り裂かれた。

噴き出す鮮血。

急に大地を踏みしめる足と、巨体を軽々と飛翔させる羽の半分を失い『黒獣王』は大きく倒れこんだ。


切り裂いたのは、もちろんディールとホムラの“熱纏延伸”であった。


「…脳天目掛けたんだが流石に勘がいいな。だが次は外さない。」


ユウネ以外、その場に居た全員が驚愕のあまり立ち尽くす。

ついでに怯えていた馬たちも口を大きく開けて呆然とする。


『お主…その剣…もしや…』


同じく、満身創痍ながらも膝を付きながら起き上がった『任侠道』も驚愕する。

そんな『任侠道』を見上げるディール。


「あんた…何か知っているのか?」


『任侠道』はホムラについて心当たりが!?

それを問おうと口を動かそうとしたが、倒れこむ『黒獣王』に動きがある。


「ユウネ!頼む!」

「はい!!“星盾”!」


次の瞬間、轟音と共にディール達のもとに火柱が迸った。

しかし、またも硬質音と共に防ぐ“星盾”であった。


『ぬぐううう…貴様、貴様、よくもぉ!この森の王者たる我らにこのような傷を負わせるなど…!』

『許さん…許さんぞ…』


震えながら立ち上がる『黒獣王』

だが、その隙を許すほど愚かでないディールである。

猛スピードで『黒獣王』に肉薄する。


『喰ろうてやる!!』


その動きを読んでいたのか、蛇の尾も先のバゼット同様、噛み砕こうとディールに襲いかかる。

だがディールはそんな蛇を見据え、素早く、確実にホムラを振るう。


「そんな動きじゃ、無理だな。」

『ギャペラッ』


横薙ぎのホムラに、巨大な口と頭が半分に切り裂かれる蛇。

“熱纏”の高音で、溶けるようにその尾を失う『黒獣王』であった。


『アガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!』


絶叫する、獅子と山羊。

それぞれが意思を持つキマイラだが、躰は一つ。

想像を絶する痛みと意識の一つを失う感覚が同時に襲い、生まれてこの方経験したことのない衝撃が全身を覆う。


ディールは蛇を切り裂き、そのまま『黒獣王』の本体に切りかかる。


「これで終わりだ!!」

『ウガアアアアアア!!』


獅子と山羊の口に、炎と吹雪の魔力が宿う。

だが、それが発動されるよりも早く、ディールは黒い巨体目がけ斬撃を飛ばす。

ホムラの“熱纏延伸”の剣線は、獅子と山羊の口元から胴体を一瞬で切り離した。


断末魔も発せず、躰が滑らせるように崩れ落ち、土煙を巻き上げ倒れ伏す『黒獣王』

まるで何事もなかったかのようにディールは、ゆっくりとホムラを鞘へ納めた。


「やっと静かになったな。」


平然と言い、振り向くと…


「嘘…勝っちゃった…」

「しかもあいつ一人で、ほとんど…」

「あれでBランク…?冗談だろ…?」


絶望、驚愕、絶句。

生き残ったという歓喜よりも、あまりに人外なディールの強さに我を失う“銀の絆”の面々と、御者の二人であった。


「…えっと?」


頬を書いて焦るディール。

先の3匹のキマイラもこの『黒獣王』も大した事が無かった。

それが正直な感想であるが、どうやら同行者たちはそうではなかった様子だ。


ただ、一人。


「お疲れ様、ディール!」


笑顔で迎える、ユウネであった。


「ああ。ただいま。」


照れくさそうに答えるディール。

そんなディールを見て、頬を赤らめるユウネ。


『まさか…あの黒キマイラをこうも容易く…』


ズウン、という音と共に力無く座りこむ『任侠道』が呟いた。


「さて、次はあんただが…やる気はないんだろ?」

『ああ。ニンゲンは信じられないだろうが、儂はお主らをどうこうするつもりは無い。』


マーダーベア。

熊の顔であるため表情は分かりにくいが、笑っているように聞こえた。


「それなら、オレ達もあんたをどうこうしようとは思わない。本当に人間を襲わないというならな。」


確かに初志貫徹で『黒獣王』を狙っていた。

それどころか『黒獣王』の攻撃で全滅も覚悟したタイミングで横やりを入れてきたのだ。

最も、一瞬でもディール達への害意をホムラが探知したら容赦はするつもりはないが。


「…“星の息吹”」


光り輝く礫が『任侠道』の周囲を包む。

すると、爪傷、咬傷、そして体内に侵入した毒素が癒されていく。


「ユウネ様!?」


バゼットが驚愕してユウネに叫ぶ。

そう、ユウネの【星の神子】によって使えるようになったもう一つの魔法。

回復魔法“星の息吹”であった。


『…万全だ…。』


やや声を弾ませて『任侠道』が呟く。

元々あった切り傷や火傷、目の傷といった古傷は癒えなかったが、先ほどの先頭で負った傷は全て完治した。


「何て回復速度なの!?」


同じように驚愕するセイリーン。

回復魔法が得意な彼女の目からして見ても、異常な回復効果であったのだ。


謎の光の礫。


防御魔法といい、自分の知識にはない数々の魔法。

光の魔法…?それにしても…。


『礼を言う…お嬢さん』

「いえ、あなたにとってはたまたまの偶然かもしれませんが…私にとっては命の恩人ですし、それに悪い魔物に見えませんから。」


笑顔で答えるユウネ。

そう、偶然かもしれないが結果的にはユウネ達の命を救ったのだ。


「結構危なかったのか、ユウネ。」

「うん…もうちょっとで盾が砕かれるところだったの。それをこの熊さんが助けてくれたの。」


魔物に回復魔法を施すだけでなく“二つ名持ち”を熊さん呼ばわりするユウネ。

それに“命の恩人”という言葉が当てはまり、全員の緊張感が解れた。


「確かに…あんたが出てきてくれなかったら危なかったわ。」


頭を掻きむしりながらウェルターも続く。

バゼットも伏せながら詫びるように言う。


「…私が傷を負ったことでソマリお嬢様をはじめ皆様を危険に晒してしまったのだ。『任侠道』…その名に恥じぬ侠客であった。私からも礼を言わせてくれ。」


『任侠道』に頭を下げ、礼を述べるバゼット。


『ニンゲンに…礼を言われたのは初めてだ』

「私も、魔物に礼を言ったのは初めてです。」



夜の“森街道”に、ディール達と『任侠道』の笑い声がこだまする。

ようやく、平穏な夜がやってきたのであった。

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