第35話 夜はまだ明けない
「バカな……!バカなバカなバカな!!」
“暗闇の狼” リーダー
ボーネスは目の前の惨状に狼狽する。
数多くの構成員のいる “暗闇の狼” の中でも、薄暗い事案に慣れた精鋭20人を引き連れての奇襲作戦であった。
それが事前に察知されただけでなく、あっさりと切り伏せられた。
しかも、最近ハンターになったばかりの新人である小僧にだ。
「お前等! あの小僧に近づくな! 遠距離から魔法をぶっ放せ!!」
現時点で残ったメンバーは、パーティーの中でも主要な猛者であり、やられてしまった連中と比べれば力量も段違い。
まだ、形勢逆転とはいかない!!
「ギャア!!!」
しかし、その考えを一笑に付すような仲間の叫び声。
遥か離れた位置で剣を振り抜くディールという小僧。
その剣は仄かに赤い光を纏っているが、その光が一瞬伸びたかと思うと、それが仲間を切り裂いたのであった。
未知の魔剣。
未知の魔法。
あまりの衝撃に立ち尽くす、ボーネス。
「お、おいボーネス、しっかりしろ! お前ら、いいからガンガン魔法をぶっ放せぇ!!」
その声に我に返るボーネス。
副リーダーがボーネスの意識を戦場へ引き戻した。
その言葉に呼応するように放たれる魔法の数々。
だが。
『ガアアアアンッ!!』
まただ。
またあの硬質音。
今度はディールの周りにチラチラと輝きを放つ石礫が宙を舞い、その礫と礫が光のベールのような膜を作り出し、それが魔法を弾き消したのであった。
「これは……凄いな。」
視線は敵に。
だが言葉は後ろで “星盾” を発動してくれたユウネに向けてだ。
「ディール! あまりたくさん攻撃を受けると消えちゃうから、気を付けて!」
「十分だ!」
ユウネの言葉に笑顔で答えるディール。
浮かぶ礫は、ディールの動きに合わせ付いてくる。
敵の攻撃や魔法を、その力が続く限り守ってくれる防御魔法 “星盾”
そのおかげで、ディールはさらに敵陣の深くに切り込めるのであった。
「いや、あんなの無いですって……。」
呆れたように呟くのは “銀の絆” のセイリーン。
彼女は “風属性” の回復や補助魔法が得意である。
もちろん、防御魔法 “風防壁” に、それを上回る防御 “暴風壁” をも習得している。
だが、どちらも “その場に魔法の防壁を展開する” ものであって、ユウネの “星盾” のように対象者の周囲に纏いつき、自動で障壁を展開するような魔法ではない。
むしろ、“星盾” のような効果は見たことも聞いたこともなく、あまりに非常識な魔法に感じられた。
「セイリーン殿! 引き続き防壁をよろしく頼みます!」
その声でハッとする。
細身剣 “大地のレイピア” を構え、残る敵を見据える執事バゼット。
「私が正面の2人を抑えます。先ほどのような魔法攻撃がこちらに来ないとも限りません。ソマリお嬢様をよろしくお願いいたします!」
そう伝え、“銀の絆” やソマリ達の正面に立つ “暗闇の狼” の精鋭目がけて走り出した。
「ピピン、メイリ! お嬢さん方を守れ!」
ウェルターも背中の大剣を抜き、バゼットに続く。
「護衛対象に守られてばかりいられるか!!」
気持ちを奮い立たせ、格上のハンターに肉薄する。
仲間が次々と切り伏せられ、魔法も防がれてしまう状況に動揺し、本来の半分の力も発揮できていない “暗闇の狼” である。
ウェルターの激しい剣戟を防ぐのが精いっぱいで、徐々に後退していく。
「やりますな、ウェルター殿!!」
拮抗していた剣戟と防御を破ったのは、バゼット。
防ぐに精一杯であった敵ハンターは、バゼットの一閃に切り伏せられるのであった。
「助かったよバゼットさん。さすがだ。」
「いやいや、この状況で果敢に挑める勇気を持ち合わせるのは並大抵のことではありません。」
倒れる敵から、敵陣のボスが居る方向を向く。
そこには、強靭な力で次々と敵をなぎ倒す少年がいた。
「オレ達も負けてられねぇな。」
「ええ。行きましょう!!」
「ぐぎゃあああああ!!!」
“熱纏” の前ではどんな剣も役に立たない。
何とか剣戟を防ごうとした “暗闇の狼” のハンター達は、あえなく剣ごと切り裂かれるのであった。
「残りはお前たちだけだな。」
チラチラと輝く礫を纏い、赤く光る魔剣を握るディールが睨む。
その眼光に背筋を凍らせ、一歩下がるボスのボーネスと副リーダーの男。
「何なんだ? なんだよ、お前は……。」
ボーネスは思わず口から悪態が吐き出る。
「観念しろ。ハンターが盗賊行為に走った場合の罰則がどんなもんか知らないが……抵抗するなら、容赦はしない!」
「なめるな!!」
構えるディールに剣を振りぬくボーネス。
それを難なくホムラで防ぎ、切り裂こうとするディールだが、
『ガキキキキキンッ!』
ディールの目の前の“星盾”が光り輝き、攻撃を防ぐ。
「!?」
ディールは一瞬何が起きたか理解できなかった。
思わず一歩下がると、
「死ね!!」
副リーダーの男の腕に付けられていたボウガンから矢が放たれた。
ディールはその矢をホムラで切り裂いて防ぐと
『ガキキキキキキキッ!』
再度。
頭の上、“星盾” が何かの攻撃を防いだ。
攻撃を防ぐごと、光輝く礫がポロポロと落ちていく。
「……なるほど。」
ディールは一言呟き、ボーネスのもとに走り出す。
「浅いな、小僧っ!」
遠く離れたボーネスが構える。
ディールも “熱纏延伸” でボーネスを切り裂こうとするが、暗闇の中で赤く光る剣線は目立つのか、避けるボーネス。
そしてボーネスはそのまま剣を振りぬいた。
「そこだ!」
ディールは掛け声と共に、空をホムラで斬る。
『パキン!』
甲高い音と同時に、ディールの周囲を舞う “星盾” が一瞬光った。
そして、ディールの足元に太い鉄線に繋がる剣先が転がった。
「くっ!?」
自慢の武器が見切られ、苦悶の表情となるボーネス。
「見た目じゃただの剣だったが、まるで鞭のようになる武器だったんだな。」
「この暗闇でこいつの正体に気が付くなんて! 化け物めっ!」
ボーネスの剣は、剣刃に細かい切れ目が入っており、柄に付いているスイッチを操作することで剣刃が分かれ、鞭のような形状になる特殊暗器であった。
最初、剣を切り裂こうとしたのだったが、そのタイミングで剣刃を分かれさせて逆にディールに斬りかかったのであった。
それが “星盾” に防がれた瞬間を見逃さず、武器の特性を掴むディールであった。
“星盾” の効力もあとわずかであったが、効果が無くなる前に見切ることが出来たのは僥倖だった。
「こいつぅ! 来るな来るなぁ!!」
副リーダーは腕のボウガンから矢を放ちまくる。
だが、それをディールは難なくホムラで切り裂く。
「無駄だ!」
「うわあああああああ!!!」
矢が無くなり、腰に刺していた剣を抜いてディールに斬りかかる。
だが、ホムラの “熱纏” の前には無力だ。
武器ごと、身体を切り裂かれるのであった。
「残りはお前一人だな。」
「ぐっ!!」
自慢の武器も折られ、仲間も全員やられた。
完全に相手の力量を見誤っていたのだ。
ボーネスは奥歯を噛みしめ、何とか自分だけでもこの場を切り抜けることに考えを巡らせた。
「ディール様、残すはこやつのみですか。」
そこに、バゼットがやってきた。
「ああ。みんなは無事か?」
「おかげ様で、全員無事です。いやはや、このような襲撃で無傷とは。貴方は本当に素晴らしい。」
「ユウネのおかげさ。」
実際、ユウネの “星盾” が無ければ無傷というわけにはいかなかっただろう。
自分の未熟さを痛感するディールであった。
「さて、あとはこやつを縛り上げればよいですな。」
バゼットはギロリとボーネスを睨む。
「ひっ」と短く怯えるボーネス。
「ま、待ってくれ! まさかあんた等がこんなに強いだなんて思いもしなかったんだよ!」
一歩ずつ下がりながら乞うように言うボーネス。
「この状況で命乞いか? このような闇夜に多勢での襲撃。もはや言い逃れは出来ぬぞ、“暗闇の狼” よ。」
“大地のレイピア” を振り抜き、バゼットが冷たく言い放つ。
「す、すまねぇ! ほんの出来心だったんだ! 命まで取るつもりは無かった!」
「今更見苦しいぞ。このような盗賊行為を働いたハンターが、どうなるか分かっているかな? しかもレリック侯爵令嬢の一行に対する襲撃。相応の罰は受けてもらわねばならんな。」
一歩下がると、一歩詰められる。
万事休す。
「オ、オレは見逃してくれ! そうすれば、オレ達がため込んだ金や財宝を全部差し出す! な、な、それでどうだ小僧!?」
「知っているだろ。オレは金に困っていない。」
軽蔑する目を向けるディール。
「すでに “銀の絆” の皆様が、貴様等の仲間を縛り上げている最中だ。貴様一人運よく逃げたところで、結局お尋ね者として追われるのみ。観念して大人しく縄に付け。」
それとも……。
バゼットは呟き、全身から怒気を発した。
「貴様の四肢を切り裂き、死より過酷なありとあらゆる苦痛を味合わせてやろうか!?」
かつて【散刺】の異名を持った壮年の男。
連合軍第2軍団軍団長バゼット。
一線を退いたとは言え、歴戦の猛者である。
そんな遥か格上の男から発せられる怒気に完全に心折られ、震えながら尻もちを付くボーネス。
「年甲斐もなく剥き出しになってしまいましたな。私もまだまだ。大変失礼しましたディール様。」
「いや、さすがだと思うよ。バゼットさん。」
この凄み。
連合軍の軍団長になった男の背中に、追う兄の姿がまだ遥かに遠いと感じるのであった。
「さて、こやつを縄で縛りあげますか。」
「あんた……それをどこから。」
どこからか、縄を取り出したバゼット。
唖然とするディールであるが、出来る執事は何でもこなせるのであった。
その時。
―ディール! そのオッサン連れて、すぐ離れて!―
ホムラの叫び。
ただならぬ予感がして、その言葉通りディールはバゼットの身体を掴み、転がるように下がった。
「ディール様!?」
次の瞬間。
『ドゴオオオオオオオオオオオオン!!!!!』
「グギャアアァァァァァァァア!!!!」
ディールとバゼット、それとボーネスが居た場所に、巨大な火柱が舞い上がった。
間一髪、ディールとバゼットは火柱から難を逃れた。
ただ、倒れこむボーネスは巻き込まれてしまった。
火柱が収まったところを見ると、真っ黒の炭となり、絶命するボーネスの姿があった。
「なんだよ、これ!?」
「これは、まさか!!!」
次の瞬間、ディールとバゼットの後方から、轟音と共に3つの火柱が舞い上がった。
「キャアアアアアアアアア!!!!」
悲鳴。
「ユウネ!!!」
ディールは即座にユウネの元へ駆けつける。
見ると “星盾” を大きく発動させ、先ほどの火柱を何とか防ぎきり、ユウネとレリック侯爵令嬢ソマリや御者の二人、“銀の絆” の全員が無事な様子が見えた。
だが、周囲は火柱に巻き込まれたか、ボーネス同様に炭化して絶命する “暗闇の狼” の者や、わずかに火を食らってしまい、辛うじて息はあるものの危険な状態な者が多く倒れていた。
「良かった、無事か!」
「でも、この人たちまで守られなかった……」
咄嗟のことで、同行しているメンバーの周囲にしか “星盾” を展開できなかったことを悔やむユウネ。
つい先ほどまで自分たちを襲撃してきた連中まで気を使うユウネの優しさに、少しだけ胸を打たれるディールであった。
「仕方がない。だが、一体これは……?」
最初の火柱。
そして直後に上がった3つの火柱。
「ディール様、そして皆さま。今すぐこの場から逃げてください。」
追いついたバゼットが剣を抜き、そう伝える。
「バゼット!? 一体これはなんです!?」
「説明している暇はありません!」
ソマリの問いに、大声で諫めるバゼット。
その表情に余裕はない。
『逃がす訳がなかろう、ニンゲン共よ』
大地に響く、轟音のような声。
全員、その声がした方を見上げる。
それは “森街道” の上空。
先ほどの火柱で森が焼け、火が立ち上る中。
それは現れた。
火に照らされ光沢のある蝙蝠の羽。
獅子と山羊の双頭と、赤い目を輝かせる蛇の尾。
異様なほど、黒い巨体。
全員が、息を飲んだ。
その圧倒的存在感に。
「嘘……」
誰が呟いたか、わからない。
全員、恐怖で動けないのだから。
そこに居たのは“森街道”の王者。
“二つ名持ち” の魔物。
『黒獣王』
上空から、ディール達を見下しているのであった。




