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第34話 暗闇の狼

「よぉ、久々だなウェルター。」


正面に立つ、黒尽くめの男が被虐的な笑みを浮かべて言う。

苦々しい顔をするウェルター。


「てめぇ等の噂は…本当だったんだな、ボーネス。」

「今となっては隠しても無駄だな。お前さんの想像通りだ。」


“暗闇の狼”と呼ばれた集団のリーダーの男、ボーネスが口を三日月のように裂け答える。


「…ウェルター、こいつらは?」


ディールが“暗闇の狼”と呼ばれた連中を睨みながら尋ねる。


「“暗闇の狼”というハンターのパーティーだ。ランクはB。この辺りじゃ一番人数の多いパーティーで、実績は最高峰。だが、同時に薄暗い噂が絶えないことでも有名だ。」


薄暗い噂。

まさに、今目の前の光景がそうなのであろう。


「夜な夜な、こういう人通りの少ない街道で盗賊紛いの行為をしているって話だ。当然ギルドではそういう行為は処罰の対象となるが…こいつらは尻尾を掴ませない。荒くれ者の多いパーティーなんだが、性質の悪いことに時々慈善活動とかもするからギルドも手が出せないんだよ。」


ウェルターも“暗闇の狼”ボーネスを睨みながら答える。

その言葉に静かに笑うボーネス。


「今、お前たちはオレ達“暗闇の狼”の精鋭20人に包囲されている。オレが合図をすれば一瞬でカタが付く状態だ。ウェルター、そっちはCランクのパーティー5人に、護衛対象の6人で11人だけだ。この中には当然、非戦闘員もいるだろう。抵抗は無駄だってバカでも分かる話だ。」


その言葉に、にやにやと他の“暗闇の狼”のメンバーも笑う。


「要件は何だ。」

「そう怖い顔をするなよウェルター。要件は簡単だ。」


ボーネスが少しづつ近づいてくる。


「単刀直入に言う。そっちのハンター小僧と小娘をオレ達に寄越せ。」


要件は、何とディールとユウネであった。

怪訝そうな顔をするウェルター。


「オレ達の護衛対象に用があるだと?こいつらは、この前ハンターになったばかりだ。お前等の恨みを買うような真似をしたとは考えられないが。」

「ああ、ほぼ初対面だ。」


笑って答えるボーネス。


「じゃあ、一体何の要件だ?」

「悪い事は言わねぇ。ウェルター、こっちに付け。」


“護衛対象を裏切れ”

その提案にウェルターは益々顔を険しくする。


「言っている意味分かってるんだよな?“銀の絆”を解散しろとでも言いたいのか?」


護衛対象を裏切る。

それはつまり任務失敗に加え「理由は何であれ裏切るハンター」というレッテルが張られることである。

ハンターにとってその評価は最悪なものであり、今後ハンターとして生計を立てることは困難となる。


実力と実績が全てのハンター。

実績は『信頼』の裏付けである。


信頼を失うこと。

それはハンター失格を意味する。


「はははは!その点は心配いらねぇ。護衛対象のそいつらはオレ達が責任を持って皆殺しにしてやるから、問題にはならねぇ!ここは“森街道”だ。“二つ名持ち”に襲撃されて護衛対象は全滅、たまたま通りかかったオレ達が命がけで手助けして“銀の絆”は辛うじて命を繋いだってことにすれば、お前さん等はギルドにお咎め無しでいけるし、オレ達の評価も上がる。持ちつ持たれつって奴さ。」

「…下衆が!」


ウェルターだけでなく“銀の絆”の全員が、怒りに震える。

それを見て、肩を竦めるボーネス。


「おいおい、いいのか?慈愛に満ち溢れているオレ達がお前さん達だけでも助けようって言っているんだぞ?」

「…まだ半分だ。お前等が何でオレ達の護衛対象を狙うのか聞いていない。」


その言葉にボーネスは「おっと、悪い悪い」とわざとらしくおどける。


「これを聞けば、お前等もこっちへ付きたくなるだろうな。オレ達が用事があるのはそこに新人ハンター君とハンターのお嬢ちゃんだが、そいつら、ラーカル町の素材屋でとんでもねえ物、売りやがった。」


まさか…。

ディールは少し焦る。


「そいつら、新人のクセしやがって…あの金剛天鋼を売って大金をせしめたんだ!」

「金剛天鋼…!!」


“銀の絆”と、バゼット含めレリック侯爵家の面々が驚愕する。

伝説とも呼ばれる、貴重で高価な希少金属の名であった。


「もしかするとまだ持っているかもな。」

「バカかお前、持っているわけないだろ。あれで全部だよ。」


ホムラを構えながら、ディールは呆れたように言う。

実際は、まだユウネのアーカイブリングに50枚近く残ってはいるが。


「それでも、てめぇが持っていた魔石と含めて160枚もの金貨になっただろ?まさか町に居た2、3日で全部使うわけねぇだろ。背中に背負っているストレージバックの中にたんまりと金貨があるんだろ?」


狙いは換金した金貨だった。

まさか素材屋が!?

それを察したかボーネスが笑って教える。


「おう、心配するな。素材屋の親父は口は悪いが取引先は絶対に口を割らねぇ。たまたまだがオレ達“暗闇の狼”のメンバーがそこにいたんだよ。」


確かに、あの素材屋には数人のハンターも来店していた。

たまたま居合わせていたハンターが“暗闇の狼”だったのだ!


「もう一度言うぜ。その小僧と小娘は少なくとも100枚以上の金貨を背負っている。お前ら“銀の絆”はこの護衛ミッションでどれだけの報酬を得るんだ?サスマン市までの護衛なら…せいぜい金貨5枚ってところじゃないか?」


図星である。

この護衛依頼は、メジック家から成功報酬で金貨5枚が渡される。

それに加えて、旅路の食材やら準備やらに必要となるとのことで、手付金として金貨1枚を受け取っているのであった。


「どうする?こんなチンケな小僧共の護衛を続けて、チンケな金貨のため、意味なく命を散らすか、オレ達が身の保障をする形で分け前の金貨を得るか。そうだな、金貨15枚は渡そうかな。」


嫌らしく笑って伝えるボーネスに、うつむくウェルター。


仲間の命と、成功報酬の3倍の金貨。

それか、命を失うことが必至の今の状況。

抜け出しても何人命を失うか。

仮に依頼成功しても、得る金貨は5枚。


大切な仲間だけでない。

血を分けた妹、メイリ。

恋人である、セイリーン。

もはや“銀の絆”は家族と言っても過言ではない。


揺れるウェルター。

だが、それを打ち破る声。


「クズが!!我々を侮辱するな!!」

「そうよ!依頼主を裏切れって?それがハンターのすることか!」

「恥を知りなさい!」

「お前等全員、地獄行きだ!!」


叫ぶ“銀の絆”の面々。


そうだ。

自分がどんなに悩もうと、迷おうと、それを支えてくれる仲間がいる。


ウェルターは剣を握り、叫ぶ。


「オレ達の命を奪うだと!?やってみろ“暗闇の狼”のクズども!闇夜に隠れてでしか獲物を仕留められない腰抜けに、オレ達が遅れをとるはずはない!見ろ!オレ達はすでに万全の体制だ!」


ウェルターの叫びに“暗闇の狼”のメンバーが数人たじろく。

“闇魔法・隠密”で完全に気配を断っていたはずなのに、ウェルターの言うとおり、ターゲット全員が迎撃の準備を済ませ、こうして対峙しているのだ。

予定では、護衛である“銀の絆”の背後から近づき、脅しながら引き入れるつもりであった。

ボスであるボーネスも同様で、余裕の笑みを浮かべてはいるが内心は穏やかではない。

自分の知らない未知の加護の力か、“最上”か“極”の探知持ちがいるのか。


だが、あくまでも優位性は自分たちである。

いくら虚勢を張ろうと、多勢に無勢。

こちらは多数のCランクに、自分含めBランクのハンターも数人居るしている。

人数が少なくランクも最高でC、残りはDランクばかりの“銀の絆”には負けない。


問題は新人にしてBランクとなった二人の小僧と小娘。

しかし、それは『ギルドの戯れか、間違い』と判断しているのだった。


たまたま素材屋で見かけ、後を追った二人。

追っ手に気付かず、普通に町を出発した奴らだ。

実力はBランクも無いと判断した。


道中も、追跡する“暗闇の狼”に気付いた様子は無かった。

予定通り、襲うなら“森街道”に入ってから、油断する3日程経った真夜中とした。


だが、気付かれた。


不気味にも感じるが、その力はもしかすると他に同行している者かもしれない。

どこの誰かまでは調べられなかったが“銀の絆”程度が護衛するのだ。せいぜい地方の貴族の子息だろうと考えている。


ボーネスの狙いは、概ね正しかった。



だが、あくまでも概ねである。

それが、大きな間違いでもあった。



護衛をしているのは、確かにCランク評価の“銀の絆”の5人である。

だが、そこにいるのは…。


強靭な魔剣を持つ、剣の天才“神童”ディール

“星“という謎の属性だが、最高位の加護【神子】のユウネ。

そして、最強の連合軍で10ある軍団の一つ、第2軍団の軍団長を歴任した【散刺】の異名を持ち、ラーグ公爵国で治安維持を担うレリック侯爵家で執事長と治安部隊・騎士団の指南役を務めるバゼット。


“銀の絆”を遥かに超える『化け物』が揃っているのであった。


―ディール、そろそろやらない?いい加減ムカついてきた。―


(ああ。距離はあるが…“アレ”でいけるな。)


ディールとホムラは迎撃の準備を整える。


「ハハハハハ!バカな連中だ!じゃあ、仲良く死ね!!」


ボーネスの叫び声と共に“暗闇の狼”が全員、音を立てず一斉に襲い掛かってきた。

だが。



「“熱纏延伸”」


ディールの掛け声。

そしてディールは“銀の絆”の隙間を縫うように、赤い光を迸らせる。


「ぐぎゃっ!?」

「ぎえっ!!」


短い叫び声。

一瞬、何が起きたか理解不明だった。


“暗闇の狼”のボス、ボーネスの掛け声で一斉に突進したのはいい。

暗闇に紛れ、音も消し、一瞬で皆殺しに出来ると確信していた。


だが、結果はどうだろうか。

“夜目”という固有技能で、暗闇もわずかな灯りで昼間のように映るその瞳には、先陣をきったメンバーが、謎の赤い光に身体を切り裂かれたのであった。


うごめく、6人の仲間。

奇妙な叫び声で、足を止める他の仲間。

理解不能。

完全に硬直する、ボーネスと“暗闇の狼”の面々であった。



「…なんと、ここまでとは…!!」


そんな連中に目もくれず、ディールに対しバゼットが歓喜を浮かべた表情で震える。


強力な能力と、魔剣の力。

それだけではない。

この暗闇の中、正確に、仲間を傷つけず、間を縫うように敵を切り裂いた。


そして恐ろしいほどの攻撃範囲。

あまりに埒外なディールの戦闘能力に息を飲むバゼットであった。



「ひ、ひるむな!!魔法と並行してやれ!」


ボーネスの叫びが響く。


「あいつ等の用事があるのはオレだ。先に行く!」


目の前で起きた事実に頭も身体も付いてこず、未だ呆然とする“銀の絆”の面々にディールが言い放ち、目の前に飛び出す。


「ま、待てディール!!」


無謀だ!!

そう叫びたかったウェルターだが、実際はどうだろうか。


暗闇で見えにくいが、次々と“暗闇の狼”を切り裂いていくディールであった。

その速度、正確さ。

何より、前へ、前へ出る勇気。

仄かに赤く光る魔剣の、残像のように流れる光線。

その光が通りかかった後には、倒れ伏す襲撃者たち。


「死ねえ!!“大破闇球”」


魔法力の長ける“暗闇の狼”のハンターが叫ぶ。


「しまった!!」


その叫びに我に返ったウェルター達。

巨大な闇の魔球が、ウェルター達やレリック伯爵家の面々、そしてユウネを襲う。


「セイリーン!!」

「間に合わない…!!」


咄嗟にウェルターは、セイリーンに防壁魔法を要求した。

しかし、このタイミングでは発動する前より闇の魔球が先に届く。


「クッ!」


自分が傷を負ってもこの魔法を打ち砕く!

バゼットは腰に指していた細剣の魔剣“大地のレイピア”を抜いた。


(これは…切り裂けても致命傷は必至…!)


戦線から離れ長かったこと。

ディールの強さに見惚れたこと。


油断だった。


だが、大切な主人の娘を守り抜くこと。

そして未来ある若者達を守り抜くこと。


これで自分が死のうとも、本望!!

そんな覚悟を持って、巨大な魔球に対峙するバゼット。


「バゼット!!」

「バゼット殿!!」


ソマリとベッツ、それにサティが叫ぶ。


「“星盾”!!!!」


次の瞬間。

バゼットの周りにキラキラと輝く小さな礫が集まってきた。


「こ、これは!?」


突然のことに驚愕するバゼット。

その驚きに、動きがさらに鈍る。


「バゼットーーー!!!!!」


バゼットの身体に上位の闇魔法“大破闇球”が直撃する。


『ガアアアアアアァァァァァン…』


魔法が直撃したとは思えない、硬質音。

破裂した魔法球はあっけなく霧散し、無傷のバゼットが立っていた。


「そんなバカな!!」

「何だ…これは。」


闇の魔法を放ったハンターとバゼットが同時に驚愕する。

バゼットの周囲に浮かぶ光輝く礫同士が、線と線を結ぶように光を放ち、うっすらとベールを展開していた。


「これは…魔法なのか?」

「バゼットさん!良かった無事で…」


目を向けると、手に持つロッドを光らせるユウネの姿。


「こ、これはユウネ様が…!?」

「今です!バゼットさん!」

「!!」


ユウネの言葉を受け、バゼットは闇の魔法使いに一瞬で肉薄し、切り裂いた。

バゼットの周囲には、まだ光る礫が浮いている。


徐々に光を抑え、礫は消えていった。


「ユウネ様…助かりました。」

「間に合ってよかったです…。」


安堵の表情のユウネ。


ユウネは咄嗟に、星魔法“星盾”を発動させた。

『助ける!』その想いだけで、一瞬で展開させたのであった。


「嘘でしょ…」


一部始終を見ることとなったセイリーンは驚愕のあまり立ち尽くす。


自分は間に合わなかった。

ユウネはいつから準備していたのか?

いや、闇の魔法が発動されたときは、まだユウネも魔法を発動準備していなかった。


バゼットが飛び出した、あの一瞬で発動させたのか!!



この娘にも底知れぬ実力がある。

“銀の絆”の面々も、バゼットもそう思ったのであった。



ふと見ると、いつの間にはディールは“暗闇の狼”のあらかたを切り伏せているのであった。

『タッ』という音を立てて、ユウネ達の元へ戻るディール。


「やるなユウネ。大丈夫だろうと信じていたけど、流石だな。」

「ホント、咄嗟のことで…間に合ってよかったよ…」


今にも尻もちを付きそうなくらい震えるユウネを労うディール。


「さて、形勢逆転だな。」


“暗闇の狼”は残り8人まで数を減らした。

ディールは“熱纏延伸”と自身の剣技を駆使し、精鋭で有名なBランク評価“暗闇の狼”の大半を切り伏せたのであった。



「このわずかな間に…何とも凄まじい。」


バゼットは、改めてディールの力量に唖然とするのであった。


二つ名である“神童”は、その名の通りであった。

それどころか、今やその呼び名すら矮小に感じる。

目の前で起きた事実を照らし合わせると、こう呼ばざるを得ない。



「“剣神”ディール…」



バゼットが打ち震え呟いた言葉。


後に大英雄となるディール。

そのディールの二つ名となる『剣神』の誕生であった。

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